1.
「あ、そうだ。雪乃さん!」
外に出て少しばかり歩いたところで、小町が不意に立ち止まり、雪ノ下の方を向いた。
「なにかしら?」
小首を傾げてきょとんとした雪ノ下に、小町は何やら紙袋らしきものを差し出した。
「雪乃さんに今すぐ必要なものをさっき買っておいたのに、渡すのをすっかり忘れてました! 不覚です。さ、どうぞ!」
「え、え? あ、ありが……と……」
戸惑いながらもお礼を言い、紙袋の中を覗き込んだ途端に、雪ノ下がぴしっと凍り付いた。
……なんかすげえいやな予感がするんだけど。
「小町、雪ノ下に何を買ったんだ?」
「あ、そ、それは……その……」
小町が答えるより先に、雪ノ下が慌て始めた。どういうこと?
慌てながら真っ赤になっている雪ノ下をよそに、小町はくるりと振り返り、
「んー? ふっふっふ、替えのショーツと匂いが漏れないように密閉出来る袋を買ってきたのです!」
言って、右手で大きくVサインを作った。
…………。
……そりゃあ。
雪ノ下も、固まるわな。
「小町……先を見越し過ぎじゃない?」
なんかもう、色々把握されてるようで怖い。
「ん? 今日家で二人がやってたことを考えたら……お兄ちゃんはケダモノだし、雪乃さんは敏感な上に結構乗り気になると思ったから……あ」
言ったところで、小町がハッとする。
雪ノ下には、デジカメで撮影した動画を小町は見ずにデータを消したと伝えている。
……これ、やばくない?
雪ノ下の顔を見る……までもなく、明らかに体感温度が下がったので、彼女が激おこなのは手にとるように分かった。
それでも一応顔を見ると、表情だけ見るとやたら素敵な笑顔だった。表情だけ見るとね。
「小町さん……」
「はひゃいぃっ!?」
素敵な笑顔を顔に貼り付けた雪女さんの口から、恐ろしく威圧感のある声が這い出てきた。
小町は既に涙目になっている。
「動画……見ていないのよね? 私は比企谷くんからそう聞いたのだけれど……」
ぎぎぎと、首がこちらを向く。
あれ、おかしいな。さっきまで結構良い雰囲気……あれ、おかしいな、俺、死ぬのかな?
脳内で、瞬間的に落としどころを探る。選択を誤れば、二人とも死ぬ。
受験の時よりも、生徒会選挙の時よりも、凄まじい速さで頭を回転させて、何とか一つの方法を絞り出した。
そして意を決して雪ノ下に話しかける。
「雪ノ下」
「……なあに?」
わぁ……。
笑顔のままなのに、口調は穏やかなのに、声音だけがただただ冷たいよぉ……!
小町が泣きそう。
無理もない、俺も泣きそう。多分由比ヶ浜や一色でも泣くだろう。
「そ、その話なんだけどな。雪ノ下が起きる前に、俺から小町に大雑把に話したんだ。ほら、何が撮られてるのか全く分からないままデータを消されても、小町はもやもやするだろ? だから、最低限の情報だけ教えた……ん……です、よぉ……」
怖くなって、思い切り尻すぼみになった。超ダサい。
でも、それっぽくはある。はず。
さあ、判決は……?
雪ノ下は、「そう……なの」とぽそりと呟いて俯き、じっと動かなくなった。
俺と小町でちらりと目を合わせる。一歩間違えれば、これが兄妹最期のアイコンタクトだ。何その悲しい結末。
兄妹で同時にごくりと息を呑んだとき、雪ノ下が顔を上げた。
なんとも言えない顔をしていらっしゃる。
怒ってはいないけど、すっきりもしておらず、なんだろう、この気持ちは、なんだろう……。
なんかもうひと波乱ありそう……などと思っていたら。
雪ノ下はすいっと俺に近寄ると、俺の胸元にぽすっと顔を埋めた。
「お、おい……?」
戸惑いの声を上げると、雪ノ下は顔を胸に付けたまま、
「そういうことだったら、今回のことは……まあ、よしとするわ。……でも」
つっと、目線を上げた。
雪ノ下の上目遣いなんて、普通に接している時に見れば殺人的に可愛いのだけれど……今の状況で見ると、殺人的に怖い。
恥じらってる表情なのに、なんで目だけそんなに冷たく出来るのん? 視線だけで俺の生命活動が止まりそうなんだけど。
がたがた震えている俺の様子を見て、雪ノ下はふっと笑い、
「敏感とか、結構乗り気とか……そこまで言う必要はなかったわよね? ……今後は気を付けてね」
言うと、別に平手打ちなどをするでもなく、その手を俺の胸にただそっと置いた。
すごい。
人間の力って、すごい。
女の子の細くて綺麗な手が添えられただけなのに、日本刀の切っ先を突き付けられたみたいだよ! 誰か助けて!
「……は、はい、わかりました。誓います。ごめんなさいでひた」
怖すぎて、下手に出過ぎて、敬語を使った上に普通に噛んだ。日本語としてもおかしいし。死にたい。
「……分かればよろしい」
雪ノ下はそう言うと、小町の方にもぎぎぎと向き直り、
「小町さんも、いいわね?」
「は、はいぃ! イエス、マム!」
小町に軍隊ばりの応答をさせた。いや、したのは小町なんだけど。なんで軍隊風味なのん?
小町の返事を聞くと、雪ノ下はふっとため息を吐いた。
「それじゃあ、二人はここで少し待っていてもらえるかしら」
「え? どうしたんだ?」
「どうしたんだって……あなた、それは……」
雪ノ下がさっきまでとは一転して、可愛らしくもじもじする。
「……あ、そ、そうか。わるい」
彼女の手には、小町から渡された紙袋が未だに握り締められていた。
「ゆ、雪乃さん、どうぞ行ってらっしゃいませー!」
「え、ええ……」
怒られてびびっている俺と小町、そして、怒ったりはずかしがったりと振る舞いが安定しない雪ノ下。
まったく、凸凹の3人だな。
まあ。
雪ノ下の不安定さの原因は、200%俺ら兄妹にあるんだけどね!
2.
トイレから雪ノ下が戻る。
どうやら着替えたショーツは既にバッグに入れてあるようだ。バッグに入れてるだけでも相当恥ずかしいのか、ずっと俯いたままである。まあ、そりゃそうだよね……。
さて、今度こそ行くか……と歩き出した所で、ふとある所に目が行き、今度は俺が立ち止まる。
「……あ、そうだ。雪ノ下」
「あなたたち、兄妹で同じことを言ってるわよ……」
雪ノ下のツッコミを聞いて、小町と目を合わせる。
なんか恥ずかしいねー☆って感じでたははと笑った。
……余計恥ずかしくなった……。
俺たちの様子を見て、雪ノ下がこめかみに手を当てながらふーと息を吐く。
「それで……どうしたのかしら?」
「あ、そうそう。あの店、さっきお前が卓球場の方からちらちら見てた店じゃねえのか?」
言って、小洒落た雑貨屋を親指でくいと差した。
「……あ」
視線をそちらに向けると、雪ノ下は小さな声を上げた。まあ、あんな事をした上で少し寝たんだから、そりゃ忘れていてもおかしくはない。
「せっかくすぐ近くまで来たんだし、今から行くか?」
聞くと、彼女は少し逡巡したものの、こちらにちらりと流し目を送って、
「そ、それじゃあ……い、行きましょう?」
言うと、俺のコートの袖をきゅっと握った。
…………。
何この子。持ち帰りたい。
まあ、持ち帰るけどね!
……自分で言ってて死にたくなった……。
3.
雑貨屋に入ると、中は様々な商品で雑然としつつも、さり気なくお洒落なインテリアがそこかしこに置いてあって、そこはかとなくセンスを感じた。
……うーん、どう生きていたらこんな内装を作れるものなのん? 一生分かりそうにない。
「雪ノ下、お前のお目当て――」
言葉を言い切るまでもなかった。
彼女は入口付近に置いてあった、パンさんのストラップを凝視していた。目つきこそ怖くは無いけれど、本当にじっと見ている。ほっといたらパンさんに穴が開きそう。
「お、おい……」
戸惑いつつも呼び掛けると、雪ノ下ははっと顔を上げた。
「あ、ご、ごめんなさい。つい……」
どんだけ好きなんだよ、パンさん……。
「それがさっき目に入ったやつなのか?」
「ええ。卓球場に向かう時にこの店の前を通ったでしょう? そのとき外からこの子がちらりと見えて、それからずっと頭から離れなくて……」
…………。
まずは。
こんな雑然と商品が置いてある中から、こんなストラップ程のサイズで一つしか置いていないパンさんを見付け出しただと? パンさん救助隊になれるぞお前。あるいはダンジョンで古代パンさん発掘とか出来そう。
それと。
「この子」って。離縁した夫に引き取られた子どもにでも会ったのかよ。
あと。
ずっと頭から離れないのかよ。好きを通り越して愛だよそれ。
まあ。
この辺のツッコミを真面目にやっていたらどれだけの時間が取られるか分かったものではないので……さらりと返事をして済ませた。
「うし、じゃあ、これ買うぞ」
「あ……良いの? 本当に?」
「良いんだ。気にすんな」
言って、頭をぽんぽんと撫でる。
店の中とはいえ、これは雪ノ下も恥ずかしいかな、いやがるかな、などと思ったのだが……。
「あ、ありがとう……」
雪ノ下はぽしょりと呟いて、俺の手に自分の手を重ねた。
それからふわりと浮かべた笑みに、心臓が止まるのではないかと思う程どきどきしたのは内緒。
会計を済ませ、雪ノ下にパンさんのストラップを渡す。
「……ありがとう」
恥ずかしそうにぽしょぽしょとお礼を言うのは良いんだけど、目線が150%パンさんに向けられてるのが気になりますねー。なんだかそれだとパンさんに「生まれてきてくれてありがとう」って言ってるみたいになってますねー。ただのハッピーバースデーですねーそれ。
タグは予めレジで取っておいてもらったので、雪ノ下は無言で携帯を取り出すと、妙に素早く且つ丁寧な手際でパンさんを携帯にくっつけた。
「…………」
…………。
……わぁ……。
雪ノ下さん、超楽しそう。
パンさんの小さな頭を両手でこしょこしょと撫で、携帯を持ち上げてパンさんを天に掲げて「おお~……」と小さく感嘆の声を上げ、再び目の前に持ってきてじっと見つめたかと思うとふふっと微笑む。
……えー、なに、この子。
死ぬほど可愛いんですけど。
横を見ると小町が両手で頭を抱えて、
「ふおぉぉぉ……雪乃さんが可愛いよぉぉぉ……! 撮りたいよぉぉぉぉ……!」
などと言って悶絶していた。
撮りたい気持ちも分からんでもないけど。っていうか超分かるけど。
でも、多分。
さっきのくだりを考えたら、今度撮ったら本当にもう、この街が雪と氷で閉ざされると思うんですよ……。
「雪ノ下、小町、そろそろ行くぞ」
言うと、小町ははっと我に返り、渋々頷く。どんだけ口惜しかったんだお前……。
雪ノ下はまだパンさんを愛でたかったのか、しばらくパンさんと俺に交互に視線をやり、やがて何かを思い付いたようにぱっと目を見開いた。え、何事?
彼女はとてとてとこちらに近寄ると、俺のコートの胸ポケットに携帯の本体を入れた。パンさんのストラップは、ポケットからぺろっと外に出ている。は、初めまして……。
そして、妙に満足気な顔をしながら俺の手をきゅっと握る。
「……何してんだ?」
いや、ほんとによく分かんない。なんで俺に携帯を預けたみたいになってんの?
聞くと、彼女は下を向いて、
「……これなら、どちらも見やすい……し……あ、い、今のは忘れてちょうだい」
慌てたように、ふいっと顔を背けてしまった。
……なにこれ。急に身体が熱くなってきたんですけど……。
小町を見ると、両手で頭を抱えてぶんぶん振っている。
「かわいいよぉぉぉ……! 雪乃さんが可愛すぎて死んじゃうよぉぉぉぉ……!」
悶え苦しんでいた。
…………。
まあ、アレだ。
小町が俺の感想を代弁してくれてるのはありがた……なんでもない。
続く。
ゆるっっっゆるでした。
パンさん絡みのゆきのんは可愛いったらありゃしないよなーと思い、書いてみました。
本当はこの後の食材の買い出しのシーンまで行く予定だったんですが、替えショーツの話が思いの外膨らんだためカットになりました。ゆきのんの振り幅がやばい。
感想でも書いて頂きましたが、メールだけの登場も含めると、ほとんどのエピソードに小町が出ているんですよね。なんと活躍させやすい子なんだ……!すごいっすわ、本当に。
休日中に上げる話は誰になるか今の所分からないです。ゆきのんの連投は無いかなってくらいですかね。
はるのん&めぐりんの研究に勤しむとします。
アニメの8話見ました。やべえ、涙ぐんじゃった……。良いテンポで進めますね。3人の関係性にほろりとしつつ、一番ときめいたのが平塚先生の赤面顔っていう。原作でもどきっとしましたが、アニメだと破壊力がまた段違いに……!今4編同時進行してなかったら、すぐにでも平塚先生編をまた書き始める勢いでした。いやほんと可愛いっすわ先生。
最近のアクセス数やら何やらを見て、この作品での目標を決めてみました。ここには書きませんが、まあ達成出来るとしてもあと3ヶ月くらい先になりそうです。それまで毎日更新してたら……もはや鉄人ですね、僕。
どのキャラも今書いているエピソードを書き終えたらafter(タイトルを変える場合もありますが)を全員書きたいですし(アイディアはあります)、書いていたらまた違うアイディアが出てくるので、時間と体力が持つなら正直あと半年くらい毎日更新しても問題無いのですけどね。どうなるんでしょう!w
どうなるかは風任せと言うことで、感想や評価のコメントを励みに、皆さんと交流しながらゆるゆるとやって行こうと思います(^^)
感想欄を見ると平和ですごくほっとするんです。いつも本当にありがとうございます。欲求を爆発させている方も多々見受けられますが、僕の方がよっぽどアレなのでなんら抑えなくて結構です!w
感想の返信は土日に致します。もう本当にありがとうございます!!
ではでは、良い週末を!僕は家で能動的引きこもりライフを送ろうと思いますw
やばい、電話をすぐ切れないタイプなのが露骨に分かる後書きになってる!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!