人が目を見開いて驚く、という光景を見たことはあるだろうか。
この光景、よく見るようで実際はあまり見ない……と、思わないだろうか。
何故なら、目を見開くという行為だけに意識が向くことがあまり無いからだ。
目の動きだけに注意が行くということは、即ち驚く人が目以外で反応をほとんど示さないからだと思うのだ。
人によっては声を上げ。
人によってはびくりと飛び跳ね。
人によっては両手で口を塞ぐ。
そういった動きに注意が向いて、目が見開くというポイントだけに注目することはあまり無いように思える。
「……っ」
しかし、俺は見た。
雪ノ下雪乃が、息を呑んで、はっきりと。
目を、見開く所を。
× × ×
「さて、まずは陽乃を介抱せねばな。比企谷は横で休んでいたまえ。……これから、大変な目に遭うのだからな」
「……っ」
平塚先生がさりげなく呟いた言葉に、息を呑む。
「あらあら~、ソファがもうぐしょぐしょね~。拭くだけ拭いて、後はカーペットの上でしちゃえばいいかしらね~」
由比ヶ浜マ――彼女が呑気な口調で言うと、周りの女性陣もわらわらと手伝い始めた。俺も手伝おうとすると、「鬼畜先輩は休んでてください。鬼畜なんだし」「鬼いちゃんは休んでなよ。鬼畜なんだし」「比企谷くん、君って……」「比企谷菌……」「ヒッ鬼―は休んでなよ」などと畳み掛けられた。一回ツッコみ始めたら身が持たないからやめておこう。君って……比企谷菌? それ何のコンボ?
「…………」
ふと雪乃に目をやると、陽乃さんを抱きかかえて身体を拭いていた。何だかんだで姉妹だなぁ……なんて微笑ましく思っていたのだが、何だか雪乃の様子がおかしいことに気付く。
……ああ、そういうことか。
どうしよう、言うべきか言わずにおくべきか。
……言って、おくか。
こほん、と咳払いをする。
「ええと、その、なんだ、雪乃。あまりその、見ない方が……」
「……っ、な、何のことを言っているのかしら?」
明らかに陽乃さんの豊かな胸部に視線をちらちらと送りながら、雪乃が悔し気に眉をひそめる。
「雪乃さん、雪乃さん!」
小町が雪乃の肩に手を置いた。雪乃が振り返ると、小町が舌をぺろりと出して親指を上げている。すげぇ可愛いけどすげぇ腹立つ。
「大丈夫ですよ、雪乃さん。小町も自分の胸の小ささを気にしてますけど、今は毎日お兄ちゃんに揉まれてるおかげでちょっとずつ大きくなってますから!」
「!? おい、小町!?」
妹が何かほざき出したと思って慌てると、今度は他の人まで身を乗り出した。
「そうですよ、雪ノ下先輩! わたしもおっきくなってますし!」
「そうだよゆきのん! あたしも、……おっきく、なってるんだよ?」
なんで俺を見ながら言ったの!? 恥ずかしくて死にそうなんだけど!?
この流れに乗るか迷っている様子だっためぐり先輩が、おずおずと雪乃に話しかける。
「ゆ、雪ノ下さん……わたしも、ね? その、おっきくなってるから、大丈夫だと、思うよ……」
「……………………」
雪乃の顔が、皆が畳み掛けるごとに虚無の表情になっていく。表情筋ってこんなに死ぬことがあるんだ。勉強になるなぁ。
雪乃は陽乃さんの髪の毛を手櫛で梳くと、皆から目を背けた。
「……私は、まるで大きくなっていないのだけど……っ」
『…………………………………………』
震える声に、答える者はいない。
なんていうか、地獄みたいな静寂だった。
このくだりはここで終わりにしよう、これ以上雪乃の心の傷に塩を塗る意味はない……と思っていたら。
ソファを拭いていた先生と彼女がふーっと息を吐き、額の汗を拭った。
「よし、綺麗になったな。それでは比企谷、早速おしおきを始めようか」
「うふふ~……」
2人は俺を見て蠱惑的に微笑むと――上着の裾に両手をかけ、腕をクロスさせてがばっと豪快に脱いだ。
「……っ」
俺は、目の前で4つの巨大な鞠が跳ねる絶景よりも、反射的に雪乃に目をやってしまった。雪乃の表情の変化はまるでスローモーションのように見えたし、雪乃もきっと、乳鞠の揺れはスローモーションのように見えていただろう。
雪乃の目が驚きで見開いた。
声も上げず、目以外の表情の変化も無く、ただただ、その瞳が驚愕を表している。
人類史における『不公平』という言葉の代名詞とも言えるであろう、女性の胸の大きさの差。
気にしさえしなければ楽に生きられるのに、雪乃はそうしなかった。あるいは、そうすることが出来なかった。
「ふぅ、やはり脱ぐとやはり涼しいな……ん? どうした、雪ノ下?」
「あら、このブラもきつくなってきたわ~、太っちゃったかしら……あら、どうしたの結衣? ゆきのんちゃんを覆い隠しちゃって~」
「……うぅ……っ」
結衣が悲痛な顔で雪乃を抱きしめている。
雪乃は、静かに嗚咽を漏らしていた。
俺は、何も言葉をかけることが出来なかった。
…………。
「お兄ちゃん、何で急にシリアスっぽくなってるの?」
「すまん、やってみたかっただけだ」
無駄に大袈裟にしてみた。
「もう、ヒッキーに小町ちゃん! ゆきのん落ち込んでるんだからからかわないで!」
結衣がぷんすかと頬を膨らませて怒り、俺と小町がへこっと頭を下げる。
雪乃が結衣の腕を掴んだ。
「由比ヶ浜さん、あなた、柔らかいのね……柔らかい、のね……っ」
「ゆきのん!? 何で2回言ったの!?」
由比ヶ浜(母)がダメージを与えた後、、由比ヶ浜(娘)が追い打ちをかけてしまったようだ。
――雪ノ下雪乃にとって、世の中は生きづらかろう。いつか、先生がそんなことを言っていた。
「……なんで、みんな柔らかいの……っ」
「ゆ、ゆきのん……なんか、ごめんね……?」
「謝らないで……」
……こういった意味でも、生きづらいんだな……。
しばらくの間、リビングの中はシリアスなんだかギャグ調なんだか分からない空気を醸し出していた。小町が「あれ? これふざけて良いの? どうなんだろ?」と俺にしきりに目配せをしていたが、俺は目を逸らし続けた。兄妹揃ってスベったら目も当てられないからだ。
ちなみに、こんな会話をしている間も。
俺はずっと、全裸でした。
× × ×
「さて比企谷、こっちに来たまえ」
身に纏うものを全て脱ぎ捨てた先生が、舌なめずりをして俺に手招きをする。その横では彼女が足を横に流して楽しそうに微笑んでいた。
今、このリビングには俺と先生、そして彼女の3人しかいない。
ほんの数分前のこと。
雪乃の精神状態があまりに悲惨な状態だったため、小町が見かねて、
「そ、そうだ、どうやったら胸が大きくなるかを皆で調べましょう! お兄ちゃんはここに残ってお2人にめちゃくちゃにされてね!」
なんてことを言い出したのだ。
それで、留美と川崎、そして折本がずっと待機している雪乃の寝室に他の女性陣がみんな押しかけて、ノートパソコンで胸を大きくする方法を調べるという謎の会を開くことになった。
ちなみに、その移動時のこと。
リビングのドア越しに、こんな会話が聞こえてきた。
『なんで!? なんであたしは入れないの!?』
『結衣さん。これは持たざるも会です。【豊穣の女神】とかって二つ名が付きそうな立派なものを持ってるんですから、自信を持って廊下で正座しててください』
『何それ!?』
『ちょ、ちょっと! 何であたしも追い出すんだよ!?』
『沙希さん。あなたもちゃっかり立派なものをお持ちですよね? 去年の夏休み、私服でさりげなく胸の谷間が出来ていたのを見逃す小町じゃないですよ? あなたも結衣さんと同罪です。一人称が【あたし】の人同士、仲良く正座しててください』
『何言ってんだあんたは!?』
小町の言葉を聞いて、女って怖い……としみじみ思った。このままでは本当に2人が正座しかねないので、リビングを出て寝室のドアを開けて小町のおでこにチョップして黙らせて、結衣と川崎を寝室に入れた。本当に何だったんだ……。
「比企谷、どうした? 早く来たまえ」
「……っ」
回想していたら、もう一度先生に呼ばれた。
女って怖い、とはさっきも思ったけども。
今は何より、目の前にいる2人が怖い。
「うふふ~……どうやって、気持ち良くしてあげようかしら……」
彼女の目が妖しく細められる。彼女も、先生も、既にその顔に普段の面影は無い。目の前にいるのは、発情した2人の牝だった。
ちらりとリビングのドアを見る。他の皆が寝室に行ってしまったのは失敗だったなと思う。この状態では、とても助けを呼べそうにない。
……干からびませんように。
これがフリにならないよう祈りながら、俺は2人にそっと近づいた。
続く。
前回がだいぶ濃厚なエロになったからか、いつもより感想が多くて嬉しかったです。ありがとうございます!
その反動かは分かりませんが、エロに入る前に「みんなの胸の大きさに凹むゆきのん」を書いてみようと思ったらほぼ1話分になりました。がんばれゆきのん!
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!