1.
買い出しに向かう道中、手を繋いでいる雪ノ下を見ると、いつもの凛然とした歩き方とはおおよそかけ離れたものになっていた。
元々、小町に強制されて手を繋ぎながら家を出た時点で、既に雪ノ下の歩き方は気恥ずかしさ故か多少なり崩れたものになっていたのだけれど――ある程度時間が経ってからは、慣れてきてまた元の歩き方に戻っていたはず。
なのに、その歩き方が再び崩れている。
……なんで?
と、不思議に思っていたのだけれど、割とすぐ答えは出た。
雪ノ下の視線が、まるで落ち着いていないからだ。
と言っても、別に借りてきた猫の如くきょろきょろとあちこちを見回しているとかではない。
視線が、俺の胸元に寄せられているのだ。
正確に言えば、俺のコートの胸ポケットからぺろんと顔を出しているパンさんストラップに。
このストラップは雪ノ下の携帯に付けられているのだけれど、見やすいようにしたかったようでわざわざ俺の胸ポケットに携帯を入れて、パンさんストラップだけ外に出している。
それを、雪ノ下はずーーーーっと、ちらちら見ている。
いやもうこれ、一回パンさん凝視時間とか作らないといけないレベルだと思うんだけど。5時間くらい。
前をあんま見てないから危ねえし。
たまに俺と目が合うと、照れたのか分からんけど目を逸らしがてらまたパンさんを見るし。そんなに? ねえ、そんなに好きなの?
「……あんま見過ぎてると危ねえぞ」
ぽそっと忠告すると、愛おしげにパンさんを見ていた雪ノ下がはっと目を見開いた。
「あ、ご……ごめんなさい……つい……」
俯いてしまい、言葉の後ろに行くにつれて声がぽしょぽしょと力無さげに小さくなって行く。
……超撫でたい。
「まあ、ある程度見る分には大丈夫だからな……って、おい」
一瞬前を向いてもう一度雪ノ下を見たら、もう既にパンさんのことをがっつり見つめてた。すげえなこの子。俺の話聞いてた?
「え、あ、ああ、そうね。なるべく前方とパンさんを交互に見るように努めるわ」
何故かちょっときりっと言われた。
あれ、俺がアウトオブ眼中なのん? さっきすげえ恥ずかしいこと言いかけてくれたような……。
うーん。
試しに、胸ポケットから雪ノ下の携帯を引き抜いて、歩きながら空いた手で彼女の目の前にパンさんストラップを垂らしてみた。
あれだ、馬の前に人参を垂らしておくやつ。
さて、どうなることやら。
ぷらぷら。
「あ……」
小さい声を上げると、雪ノ下は目の前でぷらぷらしているパンさんをほけっとした顔で見つめ始めた。
「…………」
無言で、パンさんを左右に揺らしてみる。催眠術的な感じで。
「あ……」
目で追ってらっしゃる。
もう少しぷらぷらと揺らしてみる。
ぷらぷら。
「…………」
引き続き目で追ってらっしゃる。無言だ。
…………。
もう、完っ全にパンさんから視線が離れない。
もう、パンさん作ってる会社に入っちゃいなよ……。
歩いたまま、今度は顔を雪ノ下に近付けて、パンさんをぷらぷら左右に揺らしながら、より近くでその様子を観察することにする。
「…………」
さっきと同様、惚けた顔で、どこか子供っぽい顔でぽへーっとパンさんを見つめている。
しかし、今度は何故か一定のリズムで眉をひそめている。なんで?
「パンさんに紛れて……目の腐った人が……」
雪ノ下がぽそりと呟いた。喋り方が心霊映像の解説みたい。
…………。
俺が顔を目の前まで近付けてパンさんを揺らしていたため、パンさん→俺→パンさん→俺と交互に見えていたようだ。どうやらそれが不快だったらしい。
……え、なにそれ、ひどくない?
「お前な……」
「なにかしら? どちらかと言うとあなたに謝ってほしいくらいなのだけど」
すげえ真顔で言われた。
「ああ、私だけじゃなくて、パンさんにもね」
……こいつ……。
鼻と鼻が触れるくらいの距離で、ドヤ顔の雪ノ下をぐぬぬと睨み付けていると、さっきまで横にいた小町がぱっと俺たちの前に出てきた。
「いやー、二人とも本当に仲が良いですねー! こんな街中も街中で歩きながらそんなに顔を近付けちゃうなんて」
「あ……」
俺と雪ノ下が同時に声を上げた。
歩きながらだからまだマシなのかもしれないが、それでも道行く人の好奇の視線をありったけ集めていた。
「あ、ちなみにー」
顔を赤くしている俺と雪ノ下をよそに、小町がデジカメをちゃっと取り出した。
……んん?
「今のお二人の微笑ましいやりとりもばっちり記録してまーす!」
キラッ☆という効果音がしそうなくらいの眩い笑顔でウインクされた。
いや、超可愛いけど。超可愛いけど!
「小町ちゃん小町ちゃん、何しちゃってるの、ねえ?」
「あー、着きましたねー!」
俺の質問をガン無視して、小町が元気よくとててと駆けて行く。
こいつ(ら)、いい性格してるぜえ……。
2.
着いた先は、ショッピングモールの中に入ってあるスーパーだった。
「そう言えば、まだ何を作るか決めていないのよね……」
雪ノ下がふっと息を吐いた。割と混んでいるので、この中に入って行くのだという絶望も滲み出ている。人ごみが苦手で体力もないって大変だなあ……。
「まあ、ゆっくり品物を見ながら決めるのもありなんじゃないですか? まずは回ってみましょう!」
小町は元気に言うと、雪ノ下の腕をくいと引っ張った。
「あ、そ、そうね……ちょ、ちょっと、小町さん、引っ張らないで……」
雪ノ下は戸惑いこそしているものの、満更でもない感じだ。色々と捗るか……いや、捗らねえな。相手は妹だぞ、妹。気持ちが複雑すぎる。
二人が先行して歩くのを、俺は後ろでカートを押しながら見守る。食材を選ぶ眼力なんて無いから後ろにいるだけなんだけどね!
3.
「…………」
二人が仲良くあーでもないこーでもないと話しながら、仲良く歩いている光景を後ろから眺める。
……なんか、なんだろう、良い。
すごく良い。
「今の時期だとこの辺の野菜が……」
「そうね、これを使うのもありじゃないかしら……」
二人の会話が断片的に聞こえる。
穏やかで素敵な時間だ。
……くうぅ……。
カートを押しながら内心悶えていると、二人が腕を組んで悩み始めた。
「どうした」
聞くと、小町と雪ノ下が同時に振り返る。小町が先に口を開いた。
「うーん……中々決めらんないんだよね。いつもなら食べさせるのはお兄ちゃんだけだから、何にも考えなくても良いんだけど……」
「小町ちゃん小町ちゃん、それわざわざ言わなくてもいいよね?」
流れ弾で傷付いた感が拭えない……。
小町の発言によりそれなりに凹んでいると、雪ノ下がとことことこちらに近付いてきた。
カートを押す俺の真横まで来て、俺の目を見る。
「比企谷くん、何が食べたいかしら? しょうがないからリクエストさせてあげるわ」
「俺の立場どんだけ低いんだよ……」
まあこの中で言えば、俺一人だけ下なのは目に見えてるんだけど。目に見えてるのかよ。
うーん。
実際、いざこんな風に質問されて、ぱっと答えられる人なんて居るんだろうか。やべえ、戸塚が「僕、ハンバーグが食べたいな……」とか言ってくれたら鼻血噴きそうだ。ちょっと2年だけ待っててくれって言って海外にハンバーグ作りの修行に赴くまである。
「比企谷くん」
「お、おう」
妄想に浸っていたら、雪ノ下の冷や水のような声を浴びせられた。
「……何を考えていたのかしら?」
「え、や、べ、別に……」
戸塚のことを考えたら浮気になるんだろうか? 戸塚は性別の枠を越えた天使だし、良いのかな。言っちゃっていいのかなあ……どうなんだろ。
「比企谷くん」
「お、おう、おう」
「……何を、考えていたのかしら」
こえぇよ、こえぇ。あと怖い。なんでリピートするのん?
どうも今この状況で戸塚のことを考える=俺の寿命が削れるという恐ろしい式が成り立つようだ。ここは真剣に考えよう。
…………。
……何も浮かばない。
「うーん……」
「……食べたいものはないの?」
困ったように眉をひそめる雪ノ下の問いに、頭をがしがしと掻いてかぶりを振る。
「……うーん、本当に浮かばねえなあ。だからもうアレだ、カレーでいいよ、カレーで」
「安直ね……」
こめかみに手を当てて呆れる仕草をする雪ノ下。
小町もやれやれと肩を竦めている。なんかムカつくな、こいつのリアクション……。
ちょっとこれだけでは言葉が足りないかと思い、少しばかり意見を足す。
つっと雪ノ下に目線を向ける。
「お前が作ってくれるのって、別に今日だけじゃねえんだろ? ならそんなに難しく考えなくて良いと思うんだ。第一、お前が作ってくれるんならどれも美味いに決まってるしな……ん?」
目を見ながら言うには幾分恥ずかしいので、ぼんやりと品物を眺めながら何気なく喋っていたのだが、ふと雪ノ下を見ると何故か真っ赤になっている。
「あ、そ、そう……それなら今日はカレーにしようかしら。そうね、こ、これから、何度でも、その、そういう機会は、あ、ある訳……だし……」
…………。
……ひょっとして、いや、ひょっとしなくても。
俺、すげえ恥ずかしいこと言った? うん、言ったな。
雪ノ下のリアクションで、自分の発言の小っ恥ずかしさに気付いた。
やべえ、身体が超熱い、どうしよう。死にたい。
……雪ノ下さん、俯いちゃったよ。
この空気をどうしようかと気まずさ全開で視界をあちらこちらに移していると、ふと袖を引っ張られる感触があった。
「……ん?」
見ると、雪ノ下が袖をきゅっと掴んでいる。
恥ずかしさに縮こまっているのか、いつもよりも一回り小さく見えるその姿が、妙に愛くるしい。どんぐりあげたらかじるかなあ。
「……あの」
か細い声で囁くと、上目遣いでこちらをちらりと見る。
「ひ、比企谷くん……今後、食べたいものがあったら……言ってちょうだい? その、気が向いたらだけど、私で良ければ、作る、から……」
…………。
ワインの栓を抜く道具であるコルク抜きが名前の由来となっている、腕に軸回転を加えたパンチ、コークスクリュー。
そのコークスクリューを、左胸の心臓を狙って打ち込む変則ブローで、元日本チャンピオン伊達英二の必殺技でもある、ハートブレイクショット。
それを、何の備えも無しに打ち込まれたような感覚。
無駄に説明が長くなったけど、要は今の雪ノ下の発言がちょっと可愛すぎて心臓が止まりそうになった。って言うかもう、一回止まった。
通常のハートブレイクショットなら効果は数秒くらいらしいけど、雪ノ下のときめき攻撃による心停止の時間は恐らく5~6秒くらい。何それ本格的に死んじゃう。
「お、おう、分かった。うん、おう、楽ひみにしてる」
神田。間違えた、噛んだ。文字変換の妙だな。何にも掛かってねえけど。
っていうか、声が裏返った。しかも思いっきり。
なにこれ、なにこれ、なんだこれ?
何この可愛い子? ちょっと訳分かんないんだけど。
「……ん?」
雪ノ下の可愛さに軽くパニックを起こしていたのだが、ふと前方を見ると、小町がぱたりと倒れていた。
普通なら全力でパニックになるくらいの衝撃的な図なんだけれど、この時はさほど驚かなかった。
何故なら、さっきハートブレイクショットの解説を脳内で行っている間に視界の隅で、小町が雪ノ下の台詞を聞いた直後にはらりと倒れるのを見たからだ。なんだこいつ……。
「こ、小町さん!? どうしたの!?」
「いや、雪ノ下、心配するようなことは無いから大丈夫……」
「え、でも、え……?」
混乱する雪ノ下を宥める。まあ、普通はこんなリアクションになるよね……。
しょうもないとは思いつつ、小町の所へカートをからからと押して行き、小町をちろりと見る。
そんな我が妹の体勢はと言うと。
まず、うつ伏せ。
そして右足は伸びて、左足はある程度曲がっている。
右腕は伸びていて人差し指だけ立てていて、左腕は曲がって床を引っ掻くような手の形をしている。
アレだ、ダイイングメッセージを書いて死んでる人っぽい。
ダイイング小町の誕生である。それただの死にかけの小町だな。
「……小町ちゃん、何してんの?」
訝しむなどと言う表現では到底追い付かない程に全力で訝しみながら、小町の頭上から声を掛ける。
俺の声に反応したのか、ダイイングメッセージ用の右手(多分)がぴくっと動いた。
「がふっ……ゆ、雪乃さん……」
「え、私? こ、小町さん、私がどうかしたの?」
雪ノ下はまだ混乱している。
小町は全く同じポーズのまま、言葉を続ける。
「ゆ、雪乃さんが……、お兄ちゃんに褒められて顔を真っ赤にした後に、お兄ちゃんに今後も料理を作ってあげる宣言をする様子が可愛すぎて……がふっ」
喋りながら顔をゆっくりと上げ、右手をまるで救いを求めるかのようにこちらに伸ばしたが、途中で力尽きてぱたりと床に伏せた。
……こいつ、馬鹿なのかなあ……。
心底呆れた目で小町を見つつ、脇の下を掴んでゆっくり起こす。ほーら、高い高い―い。突然掴まれて驚いたのか、はたまたコート越しでも脇の下はくすぐったかったのか、「ふにゃー!」と猫みたいな声を出された。猫撫で声とかじゃなくて、本当にただの猫。超可愛い。
小町を高い高いしたついでに、小町の言葉により再び顔が真っ赤になった雪ノ下の頭を撫でて宥めた。すりすり。
……うーん、何だこの変なご一行。
周囲に人がたまたま居なくて良かった……。
まあ、何はともあれ。
カレーを作るという目的が定まったので、その後の買い物は恙なく終える事が出来た。
このくだりの後、雪ノ下の視線が明らかにパンさんから俺にシフトした気がするけど、恥ずかしいので気のせいと言うことにしておく。
続く。
ゆきのんでした。のほほん。
ガンタンク小町に続いてダイイング小町の登場。もう訳分からんですね。
6.5巻を読み直し中で、クリパのシーンを50P程読んでから推敲したんですが……いやあ、超勉強になります。いつもより直し方が捗りました。
前にこの巻を読んだのは、まだこの作品を書き始める前だったので……今読んだからこそ分かる事がたくさんあります。本当に勉強になるなあ……。
なんとなく今思ったんですが、小町編は流石に佳境も佳境なので明日明後日で書き切るつもりではあるものの、他のヒロインの話についてはめぐりんやはるのんのエピソードを始めたり川崎のアフターを書いたりして、原作11巻が出るまでしっかり延ばしたいかもと言う思いが出て来ました。11巻を読んで色々々々と感じた上で、キャラに愛着が更に増した上で書きたいなと。
まあ、こんなことを言いつつも、そうやって延ばした場合と普通に書いた場合とでは進行速度はほとんど変わらないのですが。
そう言えば感想欄を見ていて思ったんですが、何日かぶりにこの作品を見て、何日か前に更新された話の感想を書きたい人もいるのかなーと今さらながらに思いました。最新の話についていち早く感想を書いてくれる人か、数話分まとめて感想を書いてくれる人が大半で、何話か前の話単体で感想を書く人があまり居ないなーと。
もう、ぜひ。
怪談噺の感想を今書いて頂いても良いですし! 時間差もまた違った喜びがありますので。
通りすがりでも、常連さんでも。
最新の話を見たときでも、2ヶ月前の話を見たときでも。
何の遠慮も要りませんので、どうぞお気軽に感想を書いて行って下さいませー(^^)!
1週間も終わりですね。また狂ったように本を読みつつ小説を書きたいと思います。
こちらは何故か朝が異様に寒くて、灯油ストーブを使うか本気で悩みました。どゆこと。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!