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高校2年生の春休み。
来年度からは受験の本番ということで、この休みは笑えるくらい大量の課題が出た。と言ってもそれらの質はきちんとしているので、自分の足りないところを見つける良い材料になる。修了式の後に奉仕部で軽く集まった際に課題の話が出ると、雪ノ下は「量は多いけどすぐ終わるわね」と平然と言ってのけ、由比ヶ浜は「一年くらいかかるかも……」などと言っていた。それ課題じゃなくて大学の卒業研究とかのレベルだぞ……。
修了式から数日経った、とある日のこと。時間帯は真昼間を少し過ぎた辺り。
朝から勉強していて、身体がばきばきに固まっていた為に身体のあちこちを伸ばす。
ぐいぐい。
こきっ。
ぱきぱき。
ぐいーん。
「んぐぐ………………ふぅ」
伸ばしている間も呼吸を忘れず行いながら、上半身のあらゆる場所を伸ばす。何か飲もうかと思い立ち上がると、その瞬間膝や腰からぱきぱきぽきぽきと節が鳴る音が聞こえた。そういえば最近家の中以外の活動範囲を広げていないことに気付く。MAXコーヒーを買いだめしちゃったからなぁ……出掛ける理由が激減したんだよなぁ……。
同じ場所で勉強を続けるのが基本スタンスではあるが、それでも限度はある。同じ場所にいると同じ思考に陥りがちだし。
仕方ないか……と浅く息を吐きながら、外出用の服装にぱぱっと着替える。近くのコンビニに行くだけの気の抜けた外出着なら小町は何も言わないのだが、こういう「軽く出かけます」感のある服だと目を細めてじっと見つめてきて、「……35点。行ってらっしゃい」などと言う査定込みで送り出してくれる。つらい。出かける前に心をくじくのはちょっと止めてほしい。
鞄に勉強道具と癒し(MAXコーヒー)と夢(戸塚とのトーク履歴が入っているスマホ)を詰めて家を出る。近くの市立図書館で勉強してリフレッシュすることにした。
勉強するのにリフレッシュって何だそれと思うかもしれないが、受験生のように勉強が日常生活の一部と化している者にとって、こなすのにちょっとわくわくする参考書とかがあったりする。この感覚で「どこそこで勉強する」ということ自体に曖昧模糊とした楽しみを抱くことがあるのだ。
人によってはその場所に向かうまでに音楽を聴いたり、景色を眺めることに楽しみを抱くこともあるだろう。勉強する内容、勉強する場所、場所に向かう道中。あらゆる「ちょっとした変化」が、長く続く受験生活のストレスやモチベーションの低下を和らげるのだ。仕事塗れの中で何とか取った休暇で旅行に行くのと同じ感覚かもしれない。例えが生々しいのは社畜の両親のせいだきっと。
そんなことを考えている内に、近くの市立図書館へ着いた。
3階建ての建物で、俺が小学生の頃に初めて来た頃より若干建物が古びていて、時間の流れを感じた。
図書館とは言っても他の施設も合わさっており、1階は小さめの図書館、カフェ、婦人会などが利用する講堂がある。入口すぐのホワイトボードには今月の予定表が書かれており、何日の何時からどの団体が使用するかどうかが書かれている。昔ながらの、地域に馴染んだ図書館という感じだ。
春を前にしてもまだ寒い日が続いていてコートを羽織ってきたが、図書館の中は満遍なく暖房が効いていて、入って間もなくしてコートを脱いだ。
2階に上がり、学習室に向かう。俺と同じく勉強に励む高校生に混じって、ちらほらと中 学生も勉強していた。
同じ中学だった連中と顔を合わせるかもと思ったが、学習室の中はカリカリとシャーペンをノートの上に走らせる音と、ページを捲る音しか聞こえない。皆集中していて、例え顔を覚えている人がいても互いに気付かなそうだった。
まずは1時間くらい集中してやるか……と意気込んで、奥まった席の一つに腰を下ろすと。
「……あれ、比企谷?」
「……おお」
――折本かおりとの再会に、驚きで反応の遅れた声を漏らした。
× × ×
折本と顔を合わせて、挨拶のみでそのまま勉強を始めることも出来ず、かと言って席を替えるだなんて気まずい選択肢も取れなかった。鞄を机の横に置いてさてどうするかと悩む素振りを見せると、折本は周りに視線を巡らせ、学習室の出口を人差し指でちょいちょいと差した。
2階の、階段のすぐ前にベンチが置いてある休憩スペースに座る。なるべく距離を空けて座ろうとしたが、折本はごく自然に距離を縮めてきた。俺が遠ざかっても同様に距離を縮められて、最終的に俺がベンチからずり落ちるのが目に見えていたので、変な手汗をかきながらも最初に座った位置に留まった。
隣の折本をちらりと見る。ライトグレーのトップスに、活発な印象を受けるジーンズ。薄着なのを見ると、コートを羽織ってここまで来たのだろう。パーマでくしゅくしゅっとした黒髪は春に合わせてなのか、以前会った時より短く切られていた。
「久しぶりー。バレンタインイベント以来だっけ?」
「……そうだな」
「なに緊張してんの? ウケるんだけど」
「……いや、別にウケねーけど」
俺の緊張を見透かした折本が、何の悪意もない笑みを浮かべる。その笑顔の表裏の無さに、不意の再会に対する緊張が和らいだ。
……しかし、それにしても……。
「……ねえ、比企谷。なんか本当に緊張してない? 大丈夫?」
以前会った時よりも妙な強張り方をしている俺を見て、折本が本当に心配し始めている。俺も俺で何でここまで緊張しているのかと、過去と現在の状況を照合して原因を探る。
「……あー、ほら、クリスマスイベントの時は一時期毎日顔を合わせてただろ。そんでバレンタインイベントの時も、基本的に同じ空間に誰かいた訳だ。サシで話した時も自転車で移動中だったしな。だからこうやって、久しぶりに会う上にサシで面と向かって話すって状況が、その、アレなんだ」
考えを一気に捲し立てると、折本はきょとんした表情で目をぱちくりさせ、やがてけらけらと笑った。
「なにそれ、分析半端ないじゃん。ウケるんだけど」
「いや、ウケねーよ……必死なんだよこっちは……」
俺の言葉に、折本は笑うのをやめ、じっとこちらを見つめる。まるで品定めでも行うような目に、居心地の悪さを感じて身を捩らせた。
「……なんだよ」
「ん、もうちょっと気楽に話してもらいたいとこなんだけど」
「……それは難易度が高いってほぅんっ!?」
唐突に。
折本が、俺の脇腹を人差し指でつんとつついた。
抜群に気持ち悪い声を上げると、折本は身体を折り曲げて悶絶した。身体をぷるぷる震わせながら、ベンチをぺちぺちと叩いている。
「くっ……ふふっ……あー、やばい、比企谷、良い、今のマジで良い。超ウケる」
「ウケねぇよ……恥ずかし過ぎて死にそうだっつの……」
顔が熱くなっているのを感じて俯いていると、折本がゆっくりと身体を起こした。目元の涙を拭っている。どんだけ笑ったんだよ……。
「ごめんごめん。比企谷の緊張を解せるかなって思ってやってみたんだけど……あー、何その声。もうおかしくておかしくて……ぷっ、くく……っ」
「お前な……」
笑って顔を背け、尚も身体を震わせる折本を見て、呆れの嘆息を漏らした。
――とは言え、折本の今の行為が何の意味も無かったかと言えば、意外とそうでもない。
何とも締まらないやりとりを経て、折本に対する緊張がかなり解れた気がした。
まあ、今日別れたら次はいつ会うかも分からない程度の関係だ。旅の恥はかき捨てとも言うし、あまり気にしないようにしよう。近くの図書館まで行くのを旅と呼ぶのは中々ひどいが。
……そんな風に、思っていたんだけども。
意外と、そうはならなかった。
続く。
そんな訳で、折本編スタートです。他のヒロインとは違った八幡との距離感をお楽しみください(^^)!
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!