※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(2)

 折本かおりと久しぶりに出会ったのは、近所にある市立図書館だった。何てことの無い場所に、何てことの無い思い出しかない、自分にとって平凡な場所。

 高校生にもなって、新たな思い出が刻まれるような場所ではない。精々「ああ、あの夏休みはちょこちょこ勉強しに通ってたな。あの休憩所でよくМAXコーヒーを飲んでたっけ」などと思える程度だろう。カフェに通うなんていう小洒落た発想は無い俺である。

 しかし、そんな場所で、折本と再会した。それも、会って会釈してはい終わりという展開ではなく、こんな風にベンチに並んで喋るだなんて。中学の時の俺が今の俺を見たら何て言うだろう。今の俺よりも卑屈かつ純情な中学生八幡(ひどい言い方だ)なので、「取り敢えず逃げろ!」などと言うかもしれない。

 

 実際、俺は折本とサシで会って、「さあ話そう」と言う状況になった瞬間に思い切り緊張してしまった。がちがちに強張ってしまった。

 けれど、折本はしょうもない悪戯をすることで、それを解いてくれた。

 

 何てことは無い、それだけの話。

 心の距離が近付いたような、錯覚と呼ぶにも馬鹿馬鹿しい錯覚。

 それだけの話。

 ……に、なると思ったんだけども。

 

       ×  ×  ×

 

「比企谷、じゃ、戻ろっか」

「おお、じゃあな」

「え、今来たとこでしょ? 帰るの?」

「んー、あー、まあ、そんな感じか」

「なんで? ウケるんだけど」

「いや、ウケねーよ……」

 

 さりげなく帰ろうとしたら、ウケるの一言で一蹴されてしまった。汎用性広すぎませんかねぇ……。

 折本はすっくと立ち上がると、スカートをぱたぱたと軽くはたき、とことこと歩き出した。

 

「ほら、行こうよ」

「お、おお、おう」

 

 オットセイみたいな返事をしたら、折本は口に手を当ててくすりと微笑み、「ウケるんだけど」と小声で呟いた。柔らかな表情に心臓がとくんと跳ねた気がするが、こんなものは超短期的なものに過ぎないだろう。だって目の前で日岡なつみを見たら絶対同じ気持ちになるもの。やべえ、考えたらどきどきしてきた……。

 妄想を膨らませて折本を待たせていては元も子も無いので、そそくさと立ち上がり折本に付いていく。

 

 中学の時、折本とこんな風に話したことはあったかとふと思う。

――全く思い出せなかった。ずっと、遠くから、近くから、見ているばかりだった。

 今は誰にも抱いていないはずの、恋慕の情。

 あの時の気持ちがどれだけ安易なものであったとしても、彼女の表情や言葉があの時の自分の心根に確かに息づいていた。

 それを恋と呼んでも良いのかは、今でも分からない。きっとこの先も分からないかもしれない。全ては終わったことなのだから。

 

――心の中にあの時の自分を思い浮かべてぐるぐる考え込んでいられたのは、学習室に再び入るまでだった。

 

       ×  ×  ×

 

 人目を気にする時というのは、大抵の場合今の自分にプラスなりマイナスの面なりで出っ張った部分があり、且つそれを跳ね除けるだけの気概が無い場合だと思う。

 どれだけ奇抜な髪型やファッションをしていようと、どれだけ異性の目を惹く整った顔立ちをしていようと、自分は自分だと自信を持っている人。こういう人はまるで人目を気にせず堂々と振る舞える。しかし、そういった自信が無い人はちょっとでも見た目で冒険すると「笑われてないかな……」なんて思ってしまうし、あるいは何の冒険もしていなくても「こんなにおどおどしてたら馬鹿にされるよな……」などと卑屈に考えてしまう人もいるだろう。

 

 これ以外で人目を気にしない場合というのは、プラスにもマイナスにも何の出っ張りもない、平々凡々であるということを自覚している時であろう。

 見た目も、雰囲気も、表情も。

 どこの街にも、どこの町にもいるような、平凡な人。

 ゲームなら村人Aなどと名前を付けられて「この道の先に村長の家があるぞ」などと決められた台詞しか言わないようなキャラクター。

 

 俺は、一人で居る時は後者として振る舞っている。目立ちたくないし、そもそも目立てない。俺くらいの身長のやつも、俺くらい猫背の奴も、どこにだっている。俺くらい目が腐っているやつは見たことはないが(嗜好が腐っている女子なら見たことがある)、すれ違った人の目をよく見て「うわ、あいつ目が腐ってる。写メってツイートして拡散だ! 炎上だ!」なんてアグレッシブなことをするやつはそうそういないだろう。そういった笑えるくらいアレなやつは世の中に一定数いるが、短い一生を生きている中でエンカウントする率は高くない。経験値のないはぐれメタルくらいに思えば良い。やだ、出くわす意味無い……。

 

――と、まあ。

 長々と語った訳ですけども。

 これはあくまで、「一人で」動いている時の話だ。

 これが、一緒に居る人という外的要因があると、途端にそうもいかなくなる。

 小町と歩いている時は「どうだ、俺の妹は世界一可愛いだろう。見ろ、けどあまり近付くな。特に男子、特に大志は近付くな」と堂々とした態度でいられるのだけれど、奉仕部の面々なんかと歩くことがあるとまあ緊張する。本当に緊張する。「なんでお前なんかと……」と俺を射殺さんばかりの視線を沢山プレゼントしてもらえる。嬉しくて胃に穴が空きそうだ。

 

――と、またしても長々と前置きをしてしまったが。

 要するに。

 

『……………………………………………………………………………………』

 

 周りの視線が、痛い。

 

「…………」

 

 …………。

 

 学習室の端にいて、左側と後ろは壁なのだが、右側と正面からちりちりとした視線の圧力を感じる。熱い、痛い……。

 そもそも、俺は久しぶりに折本と会ったということで気持ちが浮ついていたのかもしれない。

 

 だから、学習室に一緒に入った時、周りから「可愛い女子と一緒に入ってきた腐り目のアンデッドくん」と思われかねないという懸念がすっかり抜けていた。

 もしも室内にいる中高生がみんな集中していたら、そんなことは無かったのかもしれない。

 

 けれど、さっき俺が一人で入った時とは違い、今はちょうど大多数の生徒が休憩をしようとしているのか背伸びをしたりスマホをいじったりと、気を緩めている所だった。

 入った瞬間、数多の視線を感じて「しまった」とは思った。けれど、この時点でならまだ「たまたま同じタイミングでこの部屋に入ってきた赤の他人」という演出も出来ただろう。

 

 しかし折本はそんなことは気にする訳もなく、室内に入って学習机の間を歩く時、一瞬だけ俺と横並びになった。しかも小声で「比企谷、勉強教えてよ」と囁いて、ぱちんとウインクしたのだ。その僅かな挙動が、俺に微かな動揺と、周りの飢えた男子どもに嫉妬の炎を付けたようだ。

 

 おかげで今は、おでこと右脇腹の辺りが焼けて穴が空きそうだ。機械を使わずに火を起こす時のやり方で、きりきりと抉られるような、そんな感覚。

 

「…………」

 

 ちらりと隣を見る。

 ……奉仕部という環境で、雪ノ下雪乃・由比ヶ浜結衣という、タイプの違う魅力的な二人とずっと接していて、すっかり感覚が麻痺していたのかもしれないが、折本は折本であの2人とは違う確かな魅力がある。

 気取らない距離感を持ち、誰とでも分け隔てなく接する人柄と。

「この人に近付きたい」と思わせる、さばさばしつつも人懐こい顔立ちと表情。

 ああ、そりゃあ惚れるわ、当時の俺……と、気が付けばしばらくの間、折本の横顔を見ていた。

 

「……比企谷」

「あ、え、おう? どうした?」

 

 真剣な表情で視線をノートに落としてシャーペンを走らせたまま、折本が話しかけてきた。昼寝から覚めたような素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「……見すぎ」

「え、あ……うひゃえおぅっ!?」

 

 脇腹を突かれた。

 人生でワーストと言っても差し支えないくらいの気持ち悪い声が出た。しかも、静か極まりない学習室内で。

 

『……………………………………………………………………………………』

 

 周りからの視線に、今度は女子の「何あいつ気持ち悪い」という素敵すぎる嫌悪の情が乗っかった。視線が脇腹を貫通しそう。

 

 ふと横を見る。

 折本が、ノートに顔を突っ伏してお腹を抱えてぷるぷるしていた。

 こんにゃろう……。

 

「……おい」

「……ぷっ、くく、ごめん……。でもなに今の声……超ウケる……ぷくく、やば……っ」

 

 悶絶していらっしゃる。ノートの上でパーマのかかった黒髪がわしゃわしゃと揺れている。何かワカメみたいだ。

 頭をがしがしと掻いて、ふと思う。

 ……帰って、布団の中に籠りてぇ……。

 

 

 

 続く。

 

 

 




 折本でした。徐々に会話に命を吹き込んで行きたいです。

 最近はお勧め小説の募集をすっかりしていませんでしたが、かなり前に勧めて頂いた
「はなぢ店長じゃだめですか?」新井伸先生
「邪馬台国はどこですか?」鯨統一郎先生
 をようやく入手出来て読み始めました。どちらも面白い……!
 勧めてくださった方に改めてお礼を言いたいです。ありがとうございます!!

 それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
 今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!
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