カフェに行く道すがら、折本とぽつぽつと話をした。
最近のこと、特に受験。
今までの高校生活。
折本自身はもっと喋ることが出来るのだろうが、俺に合わせてかペースを抑えてくれていたので、会話は緩やかに始まって静かに終わるのを繰り返していた。会話が途切れると互いに街並みを眺めていたが、どちらもスマホを取り出すことはしなかった。互いの存在は常に意識していたんだと思う。
俺は車道側で、折本よりほんの少し後ろを歩いている。付かず離れずの距離感は存外心地良く、少なくとも今の二人の関係とぴったり合った距離なのだと思った。
人波に溢れる都会(と胸を張って言っておく)からしばらく歩くと、落ち着いた雰囲気の住宅街が現れた。店なんてあるのか……と思っていると、折本がここに来て初めてスマホを取り出す。どうやら目的地を確認しているらしい。
やや危なげな足取りに付いて行くと、やがて、開けた所にぽつんと建っている店が見えた。
「あ、あそこあそこ」折本が安心した表情で店を指差す。
「良かったー、あんま目印無いから不安でさー」
「確かにこれだと分かりづらいな……」
折本の言葉に頷く。
近くにコンビニの一つでもあれば全く事情は違うのだろうが、生憎周りは判で押したように同じ形のマンションが並んでいて、目印らしい場所が何一つない。
不思議な場所だった。
これだけ同じ形のマンションが立ち並んでいる中、この店が建っている場所だけエアポケットのように浮いている。上空から見れば落とし穴のようにさえ見えるだろう。
一体どういう経緯でこの場所だけマンションになるのを避けてこられたのだろうか……と不思議に思った。カフェが物凄い老舗というのなら分かるが、外装は至極おしゃれで今っぽく、いかにも若者向けという雰囲気なので尚のこと不思議に思う。
「最近Twitterで話題になってて。友達で行ったって子も多いんだけど、中々予定が合わなくてさー」
よほど行きたかったのだろうか、折本は嬉しそうに言う。折本の口から出た友達という言葉に、ふと疑問を抱いて立ち止まる。折本もこちらの変化に気付いてすぐに立ち止まった。
「……俺で良かったのか」
洒落た外装のカフェには、今この瞬間もキラキラした女子大生らしき2人組が入っていった。俺の場違い感が募るばかりで、正直言えば今すぐ帰りたい。
俺の質問に、折本はふっと目を細めた。今まで知らなかった穏やかな笑みに、胸の奥が仄かな熱を帯びた。
「大丈夫だって。比企谷だって友達だし。それにウケるし」
「いや、ウケね……って、んん?」
さらりと言われたことに、去年のクリスマスイベントの帰り道での会話を思い出す。
『友達としてはちょっとありかな』
――あれはつまり、あの時点では俺と折本は友人関係ではない、と言っていたのではなかったのか。
俺が首を傾げると、折本は俺の様子に気付いて――何故か同じ向きに首を傾げた。後ろから見るとすんごくシュールな光景だからやめてほしい。
「? あたしたちって、友達じゃないの?」
「いや、だってお前、クリスマスの時の言い方からするに……」
俺の言葉に、折本は更に首を傾げる。腕を組んで瞑目して小さく唸ると、何か思い出したのか目をぱちっと開いた。
「ああ、そんなこと言った言った。でももう友達で良くない?」
「え、なに、そんな手続き要らずで友達って出来るもんなの?」
俺の言葉に、折本はからからと笑う。
「それこそ何言ってんの。そんな難しく考えて作るもんじゃないでしょ友達は」
折本の言葉に、クリスマスイベントの帰り道で折本が言った言葉の続きを思いだす。
『……まぁ、何でもいいけどね』
――あの言葉には、今の折本の態度に繋がる、余裕のような、クッションのような役割があったのだろう。グレーゾーンをアウトとせずに、それで良いだろうとアバウトにセーフにしてしまえる寛容さがあったのだろう。
友達なんて、元々曖昧なものだと。
そんな、「今日から僕とあなたは友達です!」なんていう、仰々しいやりとりは必要無いんだと。
固く考える必要は無いんだと。
――と、まあ、こんな風に考える時点でだいぶ固いのだろうけども。
少なくとも、折本はそれくらい余裕を持って考えている。俺とはえらい違いだ。
「……じゃあ、まあ、よろしく」
後頭部をぽりぽりと掻きながら頭を下げると、折本はからっと笑う。もうじき訪れる梅雨の時期をあっさり跳ね除けてしまうような、裏表の無い爽やかな笑みだった。
「だから固いって。ウケるんだけど。ま、よろしくね」
「……おう」
ウケねーよと心の中でツッコんだ後。
……やっぱり、それなりにウケるかなと思い直した。
「つーかあたしら、外で話しすぎじゃない?」
「……それもそうだな。行くか」
「うっす!」
またしてもこの言葉。すっかり気に入っているようで、俺が戸惑う様子まで楽しんでいるようだ。悪戯っ子にも程があるだろう。
社会人カップルと思われる大人びた男女が俺たちを追い越して店に入ったところで、俺たちも後に続いた。
× × ×
からん、とドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
女性店員の声が2つ重なって飛んでくるのと、店を包むコーヒーの香りが鼻腔を擽ったのはほぼ同時だった。
店内は狭くもなく、広くもない程好い広さという印象。
木の内壁は安心感を与えてくれて、テーブルや椅子一つとってもこだわりが感じられる。
耳を澄ませば、どこかで聴いたことのある洋楽がボサノバアレンジで流れている。音量は料理を食べて会話をしながらも微かに耳に入るような、絶妙な塩梅。
4人掛けのテーブルが入口近くに5つほど置いてあり、その内の3つは女性の2~3人組が埋めていた。さっき見かけた女子大生らしき2人組も座って楽しそうにメニューを眺めている。
「いらっしゃいませ、お2人様でしょうか?」
髪を明るく染めたセミロングの女性がエプロン姿でこちらにやってきた。こういうカフェにはそもそも綺麗な人しか採用しないのか、それともカフェという補正がかかるから皆綺麗に見えるのか、ふと疑問が湧いた。
女性店員を見て反応が遅れている俺に気付いたのか、折本は「2人です」と手早く答えた。すまんとアイコンタクトで謝罪すると、折本は呆れたように笑った。
女性店員は俺たちをちらりと見た後、手前の4人掛けテーブルを見て、更に奥を見やった。
「個室もございますが……如何なさいますか?」
この言葉を聞いて奥に目をやると、簡素なドアで外から見えないようにしている個室が4つ程見えた。恐らくあのどれか一つに、店に入る直前に俺たちより先に入った社会人カップルらしき2人がいるのだろう。
個室は恥ずかしいが、それ以上に女性に囲まれて勉強なんて出来る訳が無いな……と思っていると。
「じゃあ個室でお願いします」
これまた折本が先に答えて、店員が笑顔で「かしこまりました」と頷く。またしてもすまんとアイコンタクトで答えると、脇腹を軽くつんと突かれた。危うく声を出しそうになって恨めし気に見つめると、折本は口元を手で覆ってぷるぷると震えていた。
「それではご案内しますね」
「あ、はい」
ようやく言葉を発して、店員の後ろを付いて行く。
一人で来たら店員が来るより先に出てしまうのではないかというくらい洒落た空間なのだけども。
折本と居ると、不思議とそこまで気にならなかった。
続く。
折本でした。ゆったり。
明日は定休日です。皆さん良い休日を!
それでは、また【明後日】ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!