追加メニューをどうするか色々迷ったが、俺も折本もコーヒーを頼むことにした。これは正真正銘おかわり自由だった。
「さて、じゃあまずは1時間くらい勉強してからご飯に……ん?」
「ん、どうかしたの……ん?」
俺が眉をひそめた直後、折本も訝し気に視線を巡らせる。2人の視線は、俺の後ろに位置する個室に向けられた。
『しかし、こうして2人でゆっくりするのも久しぶりだな』
『そうだね、本当に久しぶり……』
どうやら俺たちより先に入った社会人カップルが会話しているようだ。本当に声が聞こえてしまうらしい。別にこの2人の会話の声が急に大きくなって迷惑しているなどという訳ではない。俺と折本が訝しんだのは、この2人の雰囲気が何だか妖しくなってきたからだ。声音一つで伝わる空気感に、俺と折本の注目は自然と集まる。
『中々休みが合わなかったけど、今日明日と久しぶりに2日間一緒に居られるな』
『そうだね。……ねえ、そっち行っていい?』
『……ああ、どうぞ』
女性が立ち上がる音がすると、椅子に座る小さな音がした。……すぐ、背後で。どうやら俺から見て手前側の席に2人が横並びで座ったらしい。折本を見ると、何にも関心を持っていない風に店内を見回しているが、明らかに視線が俺の背後の個室にちらちらと向けられている。すこぶる分かりやすい。
『……そんなに近寄るなよ、何するか分かんないぞ?』
『えぇ……? もう、……何しても良いんだよ?』
良いのかよ。
ここはカフェですから、お茶のみと雑談以外はお控えください。
カフェで壁ドンしたらそれはそれで斬新かなぁ……と考えていたが、関心が無い風に装っている折本がテーブルに両肘を乗せて、思い切り前のめりになった上で窓を眺めて口笛を吹いている。どんだけ興味津々なんだよ。壁ドンしたら俺が怒られそうだな……。
しかしこのカップル、一体どこまでやるつもりなんだろうか。個室自体はしっかりした作りで天井まで仕切りの壁はあるが、ドアに鍵が付いている訳ではない。音はだだ漏れでセキュリティなど皆無なんだけども。
『……私の今日の服、どう?』
『すごく可愛いよ』
『ありがと……その、ね? すごく恥ずかしいこと言うよ?』
『え、なになに?』
言わんでいい。
何かなー、恥ずかしいことって何かなー。『私、音姫が世に出回り始めた頃、使い方が分からなくてずっと、実際流したのと同じタイミングでスイッチを押してたの』とかかなー。
折本を見ると、もはや関心の無いフリがどうでも良くなったのか、俺の肩の上辺りをガン見していた。何だろう、何か見えてはいけないものが見えるのかしら。
『私ね……今日、君にこういうことしてほしくて……ミニスカートを履いてるんだよ? ほら……』
想像の斜め上を行っていた。
『おいおい、ほんとかよ……触っていいのか?』
『うん、良いよ……ほら』
大丈夫大丈夫、まだR-15にもなっていない、はず。まだToLOVEるよりエロいことにはなっていないもの。じょうろとか使っていないもの。
折本ってこういう話も平気そうだな、と思いながら顔を正面に向けると。
「ちょ……ちょっと、これ、やばくない……?」
折本が椅子の背もたれにぴったりと背中を付けて俯き、両耳を手で押さえながらもじもじしていた。
え、何その可愛すぎる反応……?
思いもよらぬギャップに心が跳ねる。
「ん、、確かにそうだな……」
「え、なんて?」
「手を外しなさい」
「あ、ごめん。なんて?」
「確かに、って言ったんだ」
「あ、そうなんだ。うーん、どうしよ『スカート、ちょっと捲ってあげようか?』やばいやばいやばい!」
折本が再び耳を塞ぐ。大パニックだ。
……どうしよう。
背後のバカップルにとっては俺たちの心配など全く関係ない。どんどん行為が進んでいく。
『……お前の太もも、やっぱすごく綺麗だ』
『ほんと? 例えば例えば?』
『え、えーっと……うどん、くらい?』
いや、白いけど。
彼女さんのフリも無茶ブリだが、彼氏のセンスが壊滅的だった。ちなみに折本には今の悲劇的なやりとりは聞こえていない。
どんな反応を返すのか……と思っていると、パコンと叩く音が聞こえた。どうやら彼女さんは若干バイオレンス。
『もう……そんなダメな所も好き』
『お前……』
何だお前ら。
催涙弾を放り込みたくなった。
折本を見るがやっぱり聞こえていない。ツッコミの人手が足りない……。
「ねえ、もう大丈夫?」
折本が耳を塞いだまま尋ねてくる。バカップルの会話を聞く限り、これはエロ展開にはなりそうにないな……と思い、人差し指と親指で丸を作ってオーケーサインを出した。
折本がホッと息を吐いて手を外した瞬間。
『あん……っ!? だめ、いきなりそこ触ったら……っ!』
『濡れてる……期待してたんだ?』
どれだけ急ハンドルを切ったのか、いきなりピンクな展開になった。
「ちょっと……っ!?」
折本が高速で耳を手で塞ぎ、顔を真っ赤にして俺を睨み付ける。目に涙を滲ませているものだからまるで怖くない。
やばい。
後ろのバカップルのイチャイチャにはまるで興味が無いけど、折本のこの反応は可愛すぎる。
本当にどうしよう。
迷っている間にも、背後ではどんどん行為がエスカレートしていく。
『あ、だめ、そんな、こすらないで……声、出ちゃう……っ』
『ちゃんと口押さえとけよ? うっわ、椅子がびしょびしょだ……っ』
『あ……っ、んっ、んんんっ、んんんん……っ!』
恐らく口を塞いでいるのに、漏れる声はさっきまでの2人の話し声より明らかに大きい。折本は耳を塞いでも聞こえてしまっているのか、蹲って震えている。
……流石にこれは行き過ぎだな。
バカップルを止めるかどうか考えたが、それよりも平和的な案を提示することにした。
鞄を漁って、取り出したiPodのイヤホンの絡まりを解く。
「折本、ほれ」
「え……?」
テーブルに置かれたiPodに、折本は手を耳から外してきょとんした顔を向ける。
「これで適当に音楽を聞いてしのいでくれ。今から場所移動すんのも勿体ねえしな」
「比企谷……ありがと」
折本がにこりと笑い、イヤホンを右耳にはめた。そしてもう一つをじっと見つめて――
「……比企谷は、いいの?」
なんてことを聞いてきた。
「ん、俺は平気だ。全く気にならないって言ったらウソになるけど、それでも折本よりはダメージは少ないから」
俺の言葉を聞いて、折本は無言で音楽を聴き始める。イヤホンから漏れる音が大きくなったので、恐らく音量を上げたのだろう。折本は片耳に着けたイヤホンから流れる音楽を聴いて、視線を俺の背後にずらす。
「……片耳でも、向こうの声はほとんど聞こえなくなるみたい。……だから、比企谷も、どう?」
「え……」
折本が妙にしおらしく、女の子の武器を全開にしてくる。俺は慌てて首を振った。
「い、いや、対面だと着けづらいだろ」
咄嗟に言った言い訳に対して、折本は、
「じゃあ……こっち、来る? 向こうの個室から遠い方が良いだろうし……」
そう言って、もじもじとしながら顔を逸らし、恥じらいを纏った流し目を送ってきた。
……なんだ、この子は誰だ。
本当に、俺が知っている折本なのか。
かつて好いていた女の子の急激な変化に思考がこんがらがっているのに、後ろから聞こえる嬌声が更なる混乱をもたらす。なんだこの混沌とした状況は。
「……じゃ、まあ、うん、お邪魔します……」
思考が纏まらぬ内に、気が付いたら提案に乗って立ち上がっていた。
……大丈夫、距離をとれば大丈夫、イヤホンの長さ分だけ離れれば大丈夫……!
頭の中で必死で唱えている保険の言葉は、一体誰の為なんだろう――と、ふと思った。
続く。
折本でした。こういうモブのやりとりって楽しいです。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!