※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(11)

 折本と再会した日から、3週間程経った。

 何だかんだ迷いながらも一度俺から連絡すると、メッセージ越しにも折本が喜んでくれているのが分かって妙にむずがゆかった。

 

 それからしばらくの間は、俺から連絡したり折本から連絡してきたりで、2人はぽつぽつと繋がっていた。しかしそれも時間が経つと次第に頻度が減っていった。どちらかが急に連絡を渋った訳ではない。気付いたらそうなっていた、というくらいに、徐々に徐々に変わっていった。気を遣っていたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 

 正直、折本とカフェに行った日の気持ちの高まりを考えれば、もっと俺から会いたがるものだと自分で予想していた。

 けれど俺はこんな性格だから、いざ誘おうと思っても中々重い腰が上がらなかった。そうしている内に徐々に会いたいという気持ち自体が密度を失い薄れていった。

 そうやって、人と人は会わなくなって、長いこと会っていないことさえ忘れ、いずれ相手のことさえ忘れてしまうのかもしれない。

 そう、思った。そう、思っていた。

 

――けれど、学校帰りの街中でふと折本に似た人を見付けて思わず振り返った時、ああ、やっぱり会った方が良いなと思った。何だか、会わなければいけない気がした。

ひとたび焦燥感に駆られると、周りの景色が面白い程に色褪せた。自転車を立ち乗りで飛ばすと、気に入っていた場所の景色も路傍の石のように思えた。その間、ずっと頭の中に折本の顔が浮かんでいた。

 

 それが、金曜日の夕方のこと。

 連絡がめっきり減っていたのに、突然会いたいなんて言ったら、折本は一体どんな反応をするのだろうか……と、不安に塗れた心を抱えて、俺は家に帰った。

 

       ×  ×  ×

 

 その日の夕食後。

 

「電話とか久しぶりじゃん。どうしたの?」

「あー、いや、まあ、その……」

 

 小町が部屋に戻ってから、俺はリビングで折本に電話をかけていた。緊張を紛らわそうとテレビを点けて、意味もなくチャンネルを回しながら。

 

「……その、なんだ、元気か」

 

 下手にも程がある話の切り出しに、折本はくすりと笑った。

 

「何その言い方。うちのお父さんみたい」

「え、そうなのか」

「そうそう。忙しくて一緒に夜食べることがあんまり無いんだけど、その度に聞いてくるんだ。何その聞き方~って、あたしもお母さんも毎回笑っちゃうんだけど」

「……そんなお父さんに、俺は似てると」

「うん。……そう、だけど……」

 

――人は、男性なら自分の母親に、女性なら自分の父親に似た人を好きになる事が多いという。

 そんな話が、俺と折本の脳裏に同時に過ぎったからだろうか。

 

『…………』

 

 2人とも、急に黙った。

 どうしようもない2人の静寂に、バラエティの笑い声が割って入る。すると、折本が小さな声で「あれ?」と言った。

 

「比企谷もその番組見てるんだ」

「ああ、たまたまチャンネルをここに合わせてた」

「奇遇だね、あたしも何となくこの番組見てた」

「そうか」

「うん」

「…………」

「…………」

 

 再び訪れる静寂。

 不思議と気まずいとは思わなかった。

 それ以上に、折本が今どんな顔をしているのかというのを、見たくて見たくてしょうがなかった。

 誘ったら、会ってくれるだろうか。

 カフェに行った日に誘っていたら、きっとオーケーを貰えていただろう。あの時の2人は、どこか感傷的だったから。

 けれど、今は?

 分からない。

 だから、言葉に詰まる。

 迷いは言葉を詰まらせる。

 それは分かっている。

 それも、言葉に詰まる原因の一部なのだ。

 けれど、今はもう少し違う理由があるかもしれない。

 折本と話している内に気付いたこと。

 俺は、自分が思っていた以上に、折本に会いたい。

 会って何をしたいかなんて言うのは、ほとんど考えていない。

 ただ、会いたいのだ。

 会って話して、笑わせたいのか、優しさを見せてほしいのか、触れたいのか、どれもこれも分からない。

 ただただ、会いたい。

 その感情が溢れ出てきて、小さな口から外に出る時に詰まってしまう。蛇口から出せる水の量が限られているように、この感情を一気に表す術が無かった。

 

「……折本」

 

 普通の会話でならまずあり得ないくらいの静寂を経て、言葉を紡ぐ。

 

「ん、なに?」

 

 俺の声音を察したのか、折本の声は少し柔らかい。それだけで、会いたいという気持ちが強くなる。

 

「……会いたくなった。いつ会える?」

「……っ」

 

 何のひねりもない俺の言葉に、折本が息を呑んだのが分かった。恋人同士だってもう少し気の利いた言い方をするだろう。一体何を言っているんだ俺は……と思っていると。

 

「……あ、はは、どうしたの急に。そんなストレートに……っ」

 

 折本の声が上ずって震えているのに気付く。いつものはっきりとした喋り方は影を潜めて、どこかしおらしくなっている。

 頭をがしがしと掻いて、ソファの背もたれに寄りかかって天井を仰いだ。電灯の明るさに目を閉じて、瞼の裏に折本の表情を浮かび上がらせる。

 

「……すまん、俺も何でこんな言い方をしたのか分からん。……だめか?」

「……あたしは別に、今からでもいいけど」

「今? 今って……」

 

 折本の返答に驚き、身体を起こしてリビングの時計を見る。時刻は20時を回っていた。

 いくらなんでもそれは申し訳無い……と俺が言うよりも先に、折本が口を開いた。

 

「……会えない?」

 

 先程の上ずった声から一変して、今度はしゅんと寂しそうに言う。

 一日を終えた気だるさが、いとも容易く消し飛んだ。

 

「会える。いや、会いたい。どこでなら会いやすい? どこにでも行くぞ」

「えっとね……」

 

 折本と電話をして、場所を決める。

 電話を終えて跳ねるようにソファから立ち上がると、着替える為部屋に向かった。

 気持ちの迷いも、持て余す程の感情の昂ぶりも。

 行動に移せば、それは全て足を前に進める力になるのだと気付いた。

 

       ×  ×  ×

 

 折本が指定した公園に着くと、まだ折本は来ていなかった。唯一置いてあるベンチで会うことにしていたのだけれど、辺りを見回すとすぐにそれは見つかった。

 腰を下ろして、俺は一体何をやってるんだ……と、ほんの10分前の自分の行動を恥じる。

 この時期はまだ、夜は冷えることが多い。それでも、Tシャツの上に1枚羽織っただけの身体は既に火照ってじっとりと汗をかいていた。

 呼吸と心を静めた頃、小さな足音が聞こえた。振り向くと、折本が息を切らしながら走ってきた。

 

「ごめん、待った?」

「いや、今来たばっかり……って、何だこのデートの待ち合わせみたいな……」

「…………」

 

 折本が顔を逸らした。

 

「……取り敢えず、座ってくれ」

「……うん」

 

 のっけから気まずさ全開でスタートしてしまった。

 やってしまったな……と思ったが、折本が存外俺の近くに座ったことで、後悔の気持ちはあっと言う間に吹き飛んでしまった。

 しばし何も話さない時間が流れると、肌寒い風が2人の間を吹き抜けた。どちらから言うでもなく、まるで温もりを求めるように、2人揃って距離を詰める。2人を隔てる空間は、あっと言う間に半分になった。

 

「……あたしも……」

「……? あたしも……なんだ?」

「……あたしも、何でか分かんないけど、比企谷に会いたいかも……って思ってた」

「……そうか」

 

 カフェの時と比べるとひどく緩慢なペースで進む会話は、妙に緊張する。互いの一言一句がこの場の空気を醸成しているのが分かった。

 おかしいな……と折本が呟き、小さく笑う。

 折本の声が、急に小さくなった。

 

「こういうのって……もうちょっと、何回かデートに行って……っていう段階を踏んでからの展開だと思ってたんだけどな……」

 

 折本の声は、申し訳程度に生えている木が風でざわめく音にかき消された。

 

「え? わりい、今何て言ったんだ?」

「何でもない。訳分かんないなーって」

「? そうか……」

 

 何のことやら……と思っていると、折本が俺の顔をじっと見つめた。

 

「どうした」

「……比企谷って、そうやって深追いせずにやめるとこない?」

 

 言われて、身体の奥底を強く掴まれたような感覚に陥る。

 

「……あー、そうかもな」

 

 頭をがしがしと掻くと、折本は正面に向き直って、どこか恥ずかし気に流し目を送った。

 折本の声がまた小さくなる。

 

「……別に、深追いしてくれても良いんだけど」

「え……いいのか?」

「何で今のは聞こえてんの……っ」

 

 街灯に照らされた折本の頬が真っ赤に染まる。風が吹かなかったからな、と言うと、折本は恥ずかしさで眉をひそめたまま俺を可愛く睨んだ。

 

「……今のはちょっと、無しで」

「分かった。じゃあその代わり、さっき聞こえなかったのをもう少し聞いてもいいか?」

「ちょ、ちょっと、そこ掘り返すの?」

 

 折本が戸惑い出して笑ってしまう。自由気ままな猫を彷彿とさせる彼女が慌てふためくのは、普段とのギャップを感じてとても可愛らしい。

 風が吹く。2人が距離を詰める。

 折本の手が、俺の手のすぐ横に置かれている。

 小指をそっと近付けたが、そこで手を止めた。

 今はまだ、早い気がした。

 

「……学校が違うと、思った以上に会わないもんだな」

「自然と会うことが無いしね」

 

 折本の言葉がすとんと腑に落ちる。

 そうだ、俺はどこか、同じ学校に居る人との仲を縮めるような感覚でいたのかもしれない。

 そうではない。俺と折本の物理的な距離はもっと遠い。

 会おうとしなければ、今こうしているように、折本と会うことは出来ない。

 それなら――

 

「……もう少し、今日みたいに短い時間でも良いから、会えないか? 手間を取らせる訳だし、嫌だったら言ってくれ」

 

 折本は目を見開き、それから悪戯っぽく笑う。

 

「……嫌だ、って言ったら?」

「すげえ凹む」

「正直だ……っ」

 

 折本が蹲ってぷるぷると震えている。

 顔を上げた折本が目尻の涙を拭く。相当面白かったらしい。

 

「手間、とか言わなくて良いよ。あたしにとっては手間でもなんでもないし」

「……いいのか?」

「ん、いいよ。比企谷があたしの興味を引くような話をしてくれるなら、毎日でも会ってあげる」

「……怖い話のストック、何個あったっけな……」

「ちょっとやめて、帰れなくなる」

「何だ苦手なのか、可愛いな」

「…………」

「…………」

「……帰り、送ってくれるなら、別にいいけど」

「……真剣に考えとく」

「……怖いのは一回きりね? 」

「……反応が可愛かったら、忘れた頃にまた話すかも」

「…………」

「やめてやめて、睨まないで」

 

 こんな雑談をして、結局その日は別れた。

 時間も時間だからと折本を家まで送ったんだけど、今日のような平日夜に会おうすると、待ち合わせ場所に来る時も折本は一人で夜道を歩くということに気付く。だから平日夜は迎えに行くと言うと、折本は「何それ、至れり尽くせりじゃん……」と照れ笑いを浮かべていた。

 

 俺が折本とどうなりたいのか、折本に何を求めているのかは、まだ分からない。

 それもきっと、これから折本と顔を合わせる日々を繰り返せば、見えてくるのかもしれない。

 

 

 

 続く。

 

 

 

 




 折本でした。

 それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
 今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!
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