「しかし、本当に大量にあるな……」
疲れて寝てしまったのか、可愛らしい寝息を立てる陽乃さんの髪を撫でながら、ふと独り言ちる。時計が見当たらないが、ここに来たのはまだ午前中だった。あまりにも濃密な時間だったのですっかり感覚が狂っているが、恐らく昼間を迎えたくらいだろう。
自分のすぐ横に広がった、陽乃さんの用意した大量の道具。これから使う、或いは既に使ったものを見ながら、この3連休で一体どう使おうかと考えていた。同じものを一度しか使っていけないルールなんていうものは無いから、取り敢えずローターとバイブはこの先何回も使うとして……と、俺の胸に顔をうずめる陽乃さんを抱き締めながら、何とも鬼畜なことを考える。
「……ん、あれ、わたし寝ちゃってた?」
「おはようございます」
陽乃さんが目を覚ますと、いつもより幾分子供っぽい顔つきで俺を見上げた。汗で湿り気を帯びた前髪をかき分けると、真っ白な額に視線が吸い込まれる。陽乃さんの頭を抱きながら、ちゅっと口付けをした。陽乃さんは俺の行動に少し驚いたのか、目をぱちくりとさせている。生まれて初めて水族館に来た子供のような瞳だった。
「……比企谷くん。今すっごく恥ずかしくなってるでしょ」
「……はい」
陽乃さんがにやりと笑って言った台詞に、身体の芯から熱くなった。勢いでやったことはそのまま見逃してほしかった。「さっきスベってたけどどうしたの? 熱でもあるの?」とでも聞かれているかのようだ気分だ。何それ死んじゃう。
寝室の壁をぼうっと見つめて羞恥に浸っていると、陽乃さんがくすくすと笑った。
「ん、じゃあわたしも同じことしてあげる。それでおあいこだね」
「え……」
言っている意味が分からない、と陽乃さんの瞳を見つめると、陽乃さんはベッドの上でずりずりと身体の位置を動かし、先程とは逆で俺の顔をその豊満な胸にうずめる形をとった。どんな枕にも代えられない温もりと柔らかさに包まれて、意識がとろりと緩んでいく。ついさっきまでは陽乃さんを見守るようにずっと起きていたため、本当に寝てしまいそうだ……と思っていたが、前髪をさらりとかき上げられ、額に熱を感じた瞬間――一気に意識が覚醒した。
「……ええっと……っ」
陽乃さんにキスをされたのだと気付くと、身体中に熱が伝播した。羞恥のあまりどんな表情をして良いか分からない。陽乃さんを見ると、てっきり悪戯っぽい顔をしているのかと思いきや……意外にも、恥ずかしそうな顔をしていた。
「……あ、あはは、これ、思ったより恥ずかしいね……」
「…………」
何だこの可愛い生き物。
「……陽乃さんって、自分の娘が寝ている間にこういうことしそうですよね。寝てるから気付かれないと思ってたら『お母様、またいつもみたくおでこにチューしてください』とか言われて顔を真っ赤にする未来まで見えます」
陽乃さんの顔が茹だった。よし、この顔が見ることが出来たならもう後はどうなっても良い。この人に「どうにでもしてください」と言う場合の恐怖は異常だけど。
陽乃さんは視線を泳がせた後、頬に赤みを残したまま俺を見てにやりと笑った。
「……そういう比企谷くんだって、寝るとき娘に腕枕をするのが楽しみだったけど段々そんな歳でも無いかと思って迷いながらやめそうだよね。それである日娘に『お父様、ちゃんと前みたいに毎日腕枕してくれないと寝られません』とか言われて顔を真っ赤にしながら腕枕する未来まで見えるよ」
顔、あっつ。
2人の言葉がピンポイントすぎて、いとも容易く情景を想像してしまった。
――俺と陽乃さんに挟まれて、陽乃さんによく似た美しさを持つ娘がすやすやと寝ていて。
俺が腕枕をして、時折陽乃さんの居る側に寝返りを打った娘のおでこに、陽乃さんが瞳に愛情を湛えながらキスをして。
俺が驚きで目を見開いていると、俺と目が合った陽乃さんがぴんと立てた人差し指で唇を押さえてウインクをする。
…………。
……………………。
『…………………………………………』
陽乃さんも同じことを妄想していたんだろうか、唇をもにゅもにゅと動かして、俺を見ては苦笑いを浮かべ、また唇をもにゅもにゅと動かす。
「ひ、比企谷くん、子供は何人欲しい?」
「俺を巻き込んで自爆しないでください……」
「……ごめん……」
有り余る羞恥の結果、俺の顔を柔肉に限界までうずめる陽乃さん。
雪ノ下陽乃は、意外とこういう話に弱いらしい。とんでもなく可愛くなるらしい。
うし、覚えた。
× × ×
「すっごくだらだらしてみよう」
2人で未来予想図を描いて死ぬ程羞恥に悶えてからしばらく経った頃。
ようやく落ち着いた所で、陽乃さんが突然提案してきた。俺の返事を聞くまもなくうつ伏せになり、肘をついて両手のひらに顎を乗せる。何気ない一挙動に見惚れていると、陽乃さんは目で「早く早く」とせかしてきた。のろのろとうつ伏せになり、2人が寝てまだ余る程大きな枕に顎をぼふんと乗せる。
「比企谷くんはしょっちゅうわたしに見惚れるねえ。写真でも撮る?」
「そうですね、ぜひ撮って待受けにしたいです」
「良いよ良いよ。いくらでも写真を撮らせてあげる。どのポーズが良い?」
「まずはうつ伏せの身体を足元から撮りたいですね」
「下半身目当てだ……」
「言い方……。だって陽乃さんのお尻、エロすぎていつも……いって」
「? どうしたの? クラスメイトに足をひっかけられて転んだ時の身体と心のダブルの痛みを抱えたような顔をして」
「例えがエグすぎる……。いや、バックでしてる時の陽乃さんのことを思い出したら思いっきり立っちゃいました」
「あー、だから芋虫みたいな体勢になってるんだねー」
「……今ので落ち着きました……ありがとうございます……」
げんなりして言うと、陽乃さんは「どういたしまして」と楽しそうに笑った。
しかし――と、陽乃さんの顔を改めて見つめる。
カーテンを閉め切って、枕元の小さなライトで照らされる陽乃さんの顔はどこまでも綺麗で、色っぽくて、柔らかい。互いの肉欲をぶつけ合う時はこの端正な顔立ちがあらん限りに歪んで、征服欲と嗜虐心をどこまでも掻き立ててくる。かと思えばこんな、聖母のような表情も浮かべるのだ。俺はこの人の表情のまだほんの一部しか見れていないのでは……と悔しく思うと同時に、まだまだ沢山の表情を見ることが出来るんだ、と嬉しくもなる。手を伸ばして頬を撫でると、陽乃さんは猫のように目を細めた。陽乃さんとこんな関係になっているにも関わらず、気を抜けば誰かに奪われそうな気がしてひどく焦ってしまう。それこそ本当に陽乃さんが孕むまで、気が狂う程まぐわりたい……なんていう衝動が鐘突きのごとく心を揺らしてくるが、今はだらだらしたいと言ったのは陽乃さんだ。そこは守らなければと思い、気分を替えようと話題を切り出す。
「そう言えば陽乃さん、大学のミスコンとかって出たことないんですか」
「んー? あー、出たことないなー」
「え、そうなんですか。意外です。陽乃さんなら『友達が勝手に応募しててー』とかさえ言わずに自分で応募しちゃいそうですけど」
「……君はわたしをどんな目で見てるのかな?」
「ごごごごごめんなさい」
「けど、一回冗談交じりで本当に応募しようとしたことはあったなー」
あったのかよ。何で今怒られたの?
「マジですか」
「うん、マジマジ。そしたら周りの友達が『陽乃は何て言うかあれだから! 絶対王者って言うか殿堂入りって感じだから!』『レベル高すぎて周りが萎えちゃうっていうか!』『ミスコンはあくまでランキング1位を競う大会であって、雪ノ下さんは既にチャンピオンだから! ランキング1位を後で迎え撃てば良いと思う!』とか言われてね。最後のはよく分かんなかったけど」
「何故にボクシングネタを挟んできたんですかねその人は……」
取り敢えず陽乃さんにはじめの一歩を進めてみようかしら。
しかし、周りの友人の言うことは一理ある。
普段から街中を歩いただけで、道行く人が男女問わず陽乃さんに振り向くのだ。女慣れした軟派男が振り向くのならまだ分かるが、スーツをきっちり着こなした大人の男性でさえ陽乃さんを二度見するのだ。それでいて最近また更に綺麗に色っぽくなっているのだから、もはや中高生の男子からしてみれば目に毒な存在にまでなっているかもしれない。フレイヤという渾名を付けたくなる勢い。
陽乃さんをちらりと見ると、頬を緩めて笑みの花を咲かせた。うつ伏せをやめてこちらを向くと、俺ににじり寄ってきた。同じく横向きになるように促され言う通りにすると、おでこ同士がこつんと当たった。
「よーし、次はこの状態でだらだらしよう」
「死ぬ……」
陽乃さんが喋ろうが喋るまいが、甘い吐息が意識せずとも鼻腔に送り込まれる。身体の隅々まで陽乃さんの息遣いが染み込んでくるのが心地良く、それでいてどこまでも溺れて行ってしまいそうで怖かった。
鼻先をこすり合わせて、陽乃さんが微笑んだ。
もっと、目の前で笑うこの人のことを知りたい。
続く。
はるのんでした。連続でエロを書くつもりでしたが、ふと思い付きでのほほんとしたシーンを書いてみました。はるのんは以前書いた本編からエロ成分多めだったので、こういうシーンを書くと妙に和みました。楽しかったです。
また1週間が始まりますね。頑張りましょう。
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現在カクヨムにて初のバトルものを書いています。明日までの更新で一度完結します。高橋徹名義で書いています。よろしければぜひ!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!