俺と雪ノ下が、廊下に出てすぐに気付いたこと。
こんなこと、普段だったら部屋を出る遥か以前に気付くべきことなんだけれども。
この時は、気付くのが、認識するのが、状況把握が、遅れた。
ただ。
ただただ。
寒い。
超寒い。
えげつない。
や、ちょっと、というかすんごい阿呆だった。
お互い気持ちがふわついていたため、バスタオルを巻くだけという湯上り気分でうろつくのは危険だと判断するのが遅れた、というよりぶっちぎりで手遅れだった。
汗も冷えるし、このまま悠長に脱衣所まで歩いていたら、身体がどうにかなってしまいそうだ。
で、まあ。
俺と雪ノ下がどうしたかというと。
「~~~~!」
「~~~~!」
極寒の廊下の中を。
ささささささささ、と。
早歩き。
なんか70年代のアニメとかで見そうな動きだ。
出来れば走りたかったが、もうじき高校3年生になる身で、家の廊下をバスタオル1枚だけ纏ってのダッシュは恥ずかし過ぎる。というか恥ずかしくて死ぬ。
ましてやそれを小町に見られようものならイジられるを通り越軽蔑されて悲しくて死んじゃうまである。やだ、Dead or Die !
そんな訳で、出来るだけみっともなくならないよう、あまり足音を立てずに、しゃしゃしゃと早歩きをした。俺はまだしも、雪ノ下の早歩き姿とかシュールすぎるだろ超見たい――などと思いはしたのだけど、後ろを振り向く余裕も無かったし、雪ノ下から「振り向いたらどうなるか分かってるわね?」という寒々しいオーラががんがん飛ばされていたため、足音は確認すれどその歩き姿を視認することは出来なかった。シュールゆきのんを見たかった……。
ていうか、ただでさえ寒いんだから、オーラまで冷たいのを放たなくてもいいと思うんですけど……。
× × ×
がらら、と。
脱衣所のドアを開け、急いで駆け込む。
小町が気を利かせて、脱衣所に置いてあるミニヒーターを点けていてくれたおかげで、中はバスタオル1枚でも問題無いくらいにぽかぽかだった。ナイスだ妹よ。
ぬくぬくだにゃー。
「……はあ、はあ、はあ……」
数十メートルも無い行程を早歩きしただけなので、体力的には全く消耗してはいないのだけど、精神的にやたらめったら摩耗していた。
雪ノ下は大丈夫かと隣を見やると、
「……はあ、はあ、けほっ、けほっ、……けほっ、はっ、はっ、はあ……けほっ、はあ、はあ、はあ……はあ……はあ……はあ……」
……瀕死ですやん。
体力の無さもそうだし、寒さによる消耗もそうだし、何より、女性がこんな服装(布1枚)で人の家の廊下を歩く(超速で)っていうのは精神が削れるよなあ……。
「……雪ノ下、大丈夫か?」
聞くと、胸に手を当てたまま息を切らした雪ノ下が顔を上げる。
暖房の効いた部屋に来て血の巡りが良くなったためか、その頬がほんのり紅潮していて、その艶っぽさに胸がとくんと鳴る。やっべ、超抱きしめたい。
雪ノ下は髪を手で払うと、表情を引き締めた。
「……何のことかしら?」
「…………」
…………。
……えー?
ここで? ここで強がり? うそでしょ? 奇跡かよ。
「や、別にそんな意地張らなくても……」
ごく。ごくごく正直に気持ちを伝えたのだけれど。
「あら、比企谷くんは、はあ……私が本当に、ふう、疲れていると思っているの? ……ふうっ、ふっ、ふう……いくら私が体力に自信が無いとはいえ、はあ、それはいくらなんでも軽率な判断と、はあ、捉えざるを得ないわ……はあ、はあ、はあ……」
「…………」
……奇跡だった。
雪ノ下は俺に対する弁明をまくし立てたせいか、回復することなく未だに息を切らしている。ていうか若干ひどくなってる。どんだけ体力無いんだ……。
でも、ちょっとこれは、せっかくだから煽りたくなる。
邪悪な笑みを浮かべるのをこらえつつ、肩を竦めた。
「そうか、性急な判断だったな、悪い。雪ノ下は今、全然何ともないんだな」
「……はあ、はあ……どうしたの? 急に、ふう……ふっ、ふっ、素直に、なって。捻くれとねじくれと屈折が、はあっ、比企谷くんの持ち味でしょう? ……あと、目ね。 ふう、その、はあ、はあ、……腐った目」
「…………」
こいつ……調子に乗りやがって……!
ていうかまだ息切らしてんのかよ。息切れしながら強がってる姿マジで悶えるんですけど。正直今超押し倒したい。
ちょっと、イジめてみようか。
「雪ノ下、今お前は全く息切れも何もしていない訳だから、いつもやっていることをやっても何も問題は無い訳だよな?」
「? ええ、そうね。それがどうし――んむっ!?」
手始めの、キス。
舌を絡めるでもなく、シンプルに。
完全な不意打ちにやられたのか、雪ノ下の腰ががくがくと震える。
雪ノ下が巻いているバスローブの結び目をぱっと解き、尻に両手を回す。
形の整った小ぶりな尻をきゅっと掴んだ瞬間。
「んむううううううう!?」
雪ノ下は目を見開いて、全身を激しく痙攣させた。
ぱっ、と唇を離して、雪ノ下の表情を確認する。
雪ノ下は今しがた思い切り痙攣したばかりなのに、表情だけは懸命に取り繕っている。腰ががくがくしてるけど。
「あえっ、かはっ、ふうっ、ふうっ、ふうっ、ふう……い、いつも、通り、ふうっ、はっ、はっ、……でしょう?」
「…………」
引くに引けなくなってるんだろうか。
可愛いなあ。
さっきみたいに、雪ノ下が負けを認めるまでめちゃくちゃにしても良かったんだけど……あんまりやりすぎると、かわいそうだよなと思ってやめることにした。
「……分かった、認める。いつも通り、何とも無かったな」
言うと、雪ノ下の表情が緩む。
「そ、そう。分かったのなら良いわ」
「ああ。じゃ、風呂に入るか」
このくだりはさっと切り上げて、死ぬ程緊張するけど一緒のお風呂を楽しむとするか――と考えていると。
――ぴたり、と。
ごく自然な流れで言った筈の台詞で、雪ノ下の動きがぴたりと止まる。
「……わ、私たち、2人で入るのよ、ね?」
「ん? 急にどうしたんだ?」
「あ、いえ、その……」
「……まさか、急に恥ずかしくなったのか?」
や、俺もめっちゃ恥ずかしいんだけどね。
俺の問いかけに対し、雪ノ下は頬を朱に染めてかぶりを振った。
「そ、そんなこと……! ……ない、けれど……」
言って、俺の背中におでこをひたりと付けた。
…………。
……何この子、撫でようかしら。
撫でた。間髪入れず。
なでなで。
「あ、え、ど、どうし……て……うう」
観念した。
勢いで、後ろに振り返って、さらりと抱き寄せて引き続き撫でる。
なでなで。
……うん、超良い匂いする。お風呂入る前にこんな良い匂いするってどういうことなのん?
うーん。
まあ、直前になって躊躇するなんてこと、いくらでもあるわな。
――しかし、やめぬ。
「……さっきも言ったけど、俺はお前と風呂に入りたいぞ」
出来るだけ穏やかな声音にするように努めて語りかけると、俺の胸に顔をうずめた雪ノ下がぴくりと動く。
「……え、ええ、分かっているわ……でも、その……私は中に入ったら……確実に襲われる訳だし……」
「…………」
確実なのかよ。
そんな言われ方をしたら俺、ただの歩く性器じゃねえか。歩く性器ってそれ普通だなよくよく考えてみると。
しかし、部屋で話した時は言い方が中途半端だったしな。だから雪ノ下も吹っ切れづらいのかもしれない。
よし。はっきり言おう。
雪ノ下をきゅっと抱き寄せ、はっきりとした口調で告げる。
「ああ、襲うぞ。身体を洗う時かもしれないし、風呂に入った時かもしれない。いずれにせよ、絶対どこかで襲う。だから、一緒に入ろう。……ていうか、入るぞ」
「……っ!」
雪ノ下が顔を上げて、目をむいた。
俺はといえば、真顔。
それはそれはもう、真摯で、正直で、誠実な態度を示す、真顔。
純粋なる邪な心を、顔で示す。
どうだ!
俺としばし見つめ合うと、雪ノ下がふっと頬を緩めた。
「……今日は一段と目が腐っているわね」
「…………」
罵☆倒!
この子、何なのかしら、素敵な笑顔であまりに自然に悪罵を並べるから、反応が毎回遅れるんですけど。
「んむ……っ?」
腹が立ったので。
軽くキス。
雪ノ下の目がとろりと安らいだのを見て、心が妙に温かくなる。
雪ノ下が俺の背中に手を回して、優しくさすってくる。
――どうやら、改めて、正式に、オーケーを貰えたようだ。
ぷはっ、と唇を離すと、2人揃ってくすりと笑った。
「……それじゃ、入るぞ。良いな?」
「……ええ」
俺も身体に巻いていたバスタオルを外して、からりと浴室のドアを開けた。
……部屋を出て風呂に入るまでに、どんだけ時間かかってんだ、俺ら……。
続く。
ベッドシーンからのお風呂ということで、エロが立て続けになってしまうーと考えた結果、脱衣所でのくだりで1話丸々使うという試みをしてみました。飛ばそうと思えばさらりと飛ばせるところを膨らませるのは難しいですわ……。
最近感想でリクエストを頂くことがちょこちょこ増えてきたのですが、今までも後書きで何度か言いましたように
①三浦
②海老名
③相模
④折本
この辺りのヒロインを書くことはありません。サブで出ることはあるかもですが、メインで書くことはないです。なので、リクエストを頂いてもお応えは出来ませんのでご了承ください。
そして、
(1)はるのん
(2)ルミルミ
についてですが、はるのんは確実に書きます。ただ書き出しはしばらく先になります。
ルミルミは他のエピソードが落ち着いてきた頃に書くかどうか……というくらいです、今のところ。リクエストが多かったら考えてみます。
また1週間が始まりますね。頑張りましょう!!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!