からり、と浴室のドアを開けて、さあ入るぞ――などと変に気合いを入れて足を一歩踏み入れる。
――と。
「……ん?」
違和感を覚えて、ふと、斜め後ろを振り返ると、
「…………」
雪ノ下が顔を真っ赤にして俯いて、足を半歩だけ進めたものの、体重を後ろに残したままという面白い体勢で止まっていた。
……何を警戒してるの?
俺ん家の風呂、別に足場がぬかるんだりしてないと思うんですけど……。
「……どうしたんだ?」
さあ2人で風呂に入るぞ、と気合を入れていた為、気勢を削がれたのか、雪ノ下に問いかける声が必要外に低くなってしまった。
俺の声に反応すると、雪ノ下が微かに顔を上げる。
長い睫毛の間からしおらしい眼差しを向けてくる中に、確かな熱っぽさを感じる。
「な……なんでも、ない、わ……」
「や、そうは言ってもお前……」
顔は上げたものの、体勢は依然として同じだし。なんだよこの状況。
「…………」
あ、足を引っ込めた。元の木阿弥。
まあ、浴室を見てこれからのことを実感して恥ずかしくなったんだろう。
俺も期待感が半端ないし……とか考えていたら、勃ってしまった……。
雪ノ下さん、訝しげに僕を見ないでください。下の方をガン見しないでください。そしてドン引きしないでください。しょうがないじゃない! しょうがないじゃない! タオルを巻いてすらいないから、何にも誤魔化せないんですもの。
「……ほら、行くぞ」
言って、雪ノ下の肩を抱く。
「…………っ」
手に力を込めると、彼女の折れてしまいそうな白くて細い肢体を実感して、雪ノ下にばれないように小さく息を呑んだ。
「あ……」
雪ノ下は抵抗することなく、きゅっと縮こまって俺に身を寄せた。
儚げな声と共に、濡れたような視線を俺に向ける。え、なに、イジメてほしいの?
取り敢えずキスしようかなーと思ったのだけど、また浴室に1歩しか踏み出してないので、このノリで行ったら風呂から上がるのが15時間後とかになりそうだからやめておいた。なにそれ死んじゃう。
× × ×
雪ノ下の肩を抱いてふらふらと数歩進めて、ぴたりと立ち止まる。
……この後、どうしよう。
考えてみると、誰かと一緒に風呂に入ったのなんていつ以来だろう。
母親と入っていたのは小1の途中までだし、小町と入ったことは一時期あったけど、それもすぐに終わったし……ある日、いつものように小町を風呂に連れて行こうとしたら、小町が「お年頃なのー!」と言って拒絶したのが最後だったっけ。なにそれ泣ける。拒絶の仕方も可愛かったけど。取り敢えず撫でたら怒られた。理不尽だなあ全く。
さてさて、本当にどうしたもんかのーとのほほんと考えていると、肩で刻むように息をする雪ノ下が目に入った。
「…………」
俺に肩を抱かれたまま、手を所在無げにもぞもぞ動かしている。
俯いているため、雪ノ下の凛とした長い睫毛がよく見える。ふと、雪ノ下との行為で互いに汗をたくさんかいた時、雪ノ下の睫毛が汗を纏って、照明で艶やかに煌めいた事を思い出した。騎乗位で乱れながら、泣きそうな顔で目の周辺を妖しく光らせるその様はあまりに美しくて……ってめっちゃ現実逃避してるーーー。そして更に勃っちゃってるーーー。
――なんて悶々としていると。
「……うっ……!?」
不意に下腹部に刺激が貫き、反射で身を屈めた。
見ると、雪ノ下がいつの間にか俺の肉棒にそろりと両手を伸ばし、細い指をしゅるしゅると絡めていた。
互いに立って、横並びの状態。肩を抱いていなければ、そしてあらぬところを触られていなければ、街中を歩いているのと同じ物理的・心理的距離感なのだけれど。
「……ふっ……ふっ……」
雪ノ下の息遣いは色を帯びて荒くなり、口は物欲しげに半開きにしていた。
「雪ノ……下……」
ついさっき躊躇した時の気持ちはどこへやら、雪ノ下の扇情的な表情に吸い寄せられるように顔を近付けると、正面から向かい合う体勢に変えて、色の薄いぷるんとした唇に吸い付いた。
× × ×
「んふっ、ちゅるっ、れろ、れちゅっ、ちゅぷっ、んんっ、んんん……ちゅりゅっ、はぷっ、んん……」
生まれてから何百何千と入った慣れ親しんだ浴室に、雪ノ下の悩ましげな声が悩ましげに響く。
浴室内の反響は、自分の声も、相手の声も、いつもとは違った趣にさせる。
ただでさえ、行為に及んだ時の雪ノ下の声は官能的にも程があって、毎回興奮しすぎて後で冷静になった時めちゃくちゃ後悔しているのだけれど……。こと今回に至っては、浴室内の反響により、彼女の声自体は小さいにも関わらず、湿り気を帯びた音がねっとりと反射してきて、リアルタイムで目の前から聞こえてくる声と遅れて反射してくる直前の声とが混ざり合って、熱に浮かされた頭の中を絶え間なく淫靡な声がかき回してくる。
雪ノ下は両手で俺の肉棒を触り、先走りを丁寧に引き伸ばしてぬちゅぬちゅといやらしい音を立てている。
下腹部から響く音と、口内から頭蓋へと直接送り込まれる音と、それらの音が反射して聞こえてくる音。
もう、これだけでも、10回くらいイけるくらいの興奮に達していた。
「……ぷはっ、お、おい、雪ノ下、そろそろ身体洗いたいんだけど……」
雪ノ下の肩に添えていた手に力を込めて、なんとか引き離す。
すると、雪ノ下はなんとも残念そうな表情をした後、にやりとした笑みを浮かべた。
予想していなかった表情の変化に、思わず半歩後ずさりそうになる。
「あら……もう終わって良いのかしら? せっかくこんなになっているのに……」
つつっ、と。雪ノ下の指の腹が肉棒の裏筋を舐める。
「……っ」
ほーん? なに、今の? ほーん?
や、正直気持ち良かったけど。
けど、今の嗜虐的な笑みはもう、なんか、猛烈に反撃したくなっちゃったぞー?
よし、と心の中で意気込んで、雪ノ下をぎゅっと抱きしめる。
「ひゃっ!?」
突然の事態に驚いたのか、今さっきとはまるで違う調子の、何とも可愛らしい驚きの声が耳元で心地良く響いた。
さっきのお返しとばかりに、指で雪ノ下の背中をなぞってやると、
「あぁうあぁぁぁ……ふあぁぁ……」
と、消え入りそうな喘ぎ声を上げて、俺にしがみついて身体をがくがくと震わせた。
再び雪ノ下を抱き寄せて、彼女の耳元に顔を寄せる。
「……ああ、この体勢でするのは終わりにしよう。まず俺が身体を洗うから……座ってくれ」
「え……あ、や、だ、大丈夫よ? 自分で洗えるから……」
「んなこと分かってるっつうの……」
この流れで各自で洗うとか、ドライにも程があるだろ。それなら別々に入るわ。や、身体を洗うのを見ているだけでも割と良いかもしれな――
「比企谷くん、何かいかがわしいことを考えたでしょう」
「え? あ、や、え? なななな何のこと?」
見透かされたことに阿呆丸出しで動揺していると、雪ノ下が呆れて眉根を寄せた。
「あなたの考えは顔に出やすいのよ……自覚なさい? 考えというより煩悩だけれど」
「は、はい……すいません……って、じゃなくて」
なんか不意の説教(しかも極めてまとも)に流れを忘れるところだった。
話の流れを引き戻す為、雪ノ下を強く抱きしめる。
「あう……」
苦しそうな、それでいて少しだけ気持ち良さそうな、そんな声を上げる。
「せっかく2人で入ったんだから……な?」
念押しをしながら、雪ノ下の尻をぐっと掴む。
「ひやああああ!? あ、う、わ、わかったから、んあ、洗っていいから、うっく、あう、そんなに、ひんっ、強くし……ひううっ、強く、しないで、あ、あう、あうううう……」
「……っ」
片手で軽く揉んだだけで、この反応。
本当に、たまらない。
このまま1回イカセようかなとも思ったけれど、それはこの後にとっておこう。
「よし、じゃあ座って……んん?」
んん?
風呂椅子に視線を落とした時、本来であれば浴室に入った瞬間に気付くであろう、いつもとの大きな違いに気が付いた。
「……や、なんでだよ」
まだ事態を把握出来ておらず、俺の反応にきょとんとしている雪ノ下(可愛い)の頭をそっと撫でながら、呆れ声を漏らした。
× × ×
スケベ椅子。
風俗店でごく一般的に使用されている(らしい)、主に男性が座る椅子である。
女性が男性の身体を洗う際、プレイ……やり方の幅が広がるように、形状や高さに様々な工夫が施されている。
そんな、スケベ椅子。スケベ椅子、スケベ椅子……(反響)。
…………。
……や。
なんでだよ。
なんでそのスケベ椅子が、うちに元々ある風呂椅子と堂々と肩を並べてんだよ。椅子が肩を並べるってなんか変な話だけど。
犯人には心当たりがある。というかあいつしか居ない。
……え、小町ちゃん、マジで何してくれちゃってるの? お兄ちゃんびっくりだよ? 後で事情聴取だな……。
ぶっちゃけでかしたなんて言う訳ない、そんな喜んでる訳じゃないし、でかしただなんて言う訳ない……なんていうよく分からない葛藤をしていると、雪ノ下が椅子を見つめているのに気付いた。
「これは……なに、かしら……?」
「……あ」
おお。
知らないのか。
まあそれは流石にそうか。ごく自然な反応だ。
うん、そうそう、そうだよね。
や、待てよ。
ここで、雪ノ下がスケベ椅子を知らないという今の状態で、ここからどんな風に事態を発展させようかとわくわくしすぎて、変にテンションを上げたら気持ち悪がられて死んでしまうまである。
よし、ここはごく自然に、真摯に振る舞おう。
こほん、こほん。
よし、準備完了。
せーの。
「えへーと、これはだな……」
「……何を声を裏返らせているの? 女子に嫌われる練習かしら?」
「…………」
ダメだった。
ていうか、すごい罵倒された。
「女子に嫌われる練習ってなに……」
「あら、いつもやっているじゃない。登校する時、授業中、休み時間に寝ている時、部活中……あなたは努めてその練習に励んでいるじゃない。その努力を継続する姿勢は尊敬に値するわ」
「あんまり丁寧すぎて一瞬褒められてるのかなと勘違いしそうになったけど、違うよね? 尋常でないくらい悪罵してるよね?」
絶望の吐息をぼへえと吐き出しながらツッコむと、雪ノ下はふふんと得意気に笑って、長く艶やかな前髪を払う。
「あら、気付くのが遅かったわね」
「…………」
…………。
こいつ……。
「……裸で俺を馬鹿にしたって、説得力ねえぞ……」
苦し紛れに言ってみたのだけれど。
「え、あ、う……そ、そんな、こと……」
急に現実に戻ったのか、顔を真っ赤にして恥じらう雪ノ下があまりにも可愛くて。
「ふあ……っ? んんっ……」
思わず反射的に、喉元に吸い付いた。
× × ×
結局、雪ノ下に吸い付いた後(すごい表現だ)、ついついキスまでしてしまい、舌を絡めたりなんかして、椅子の説明をしないままに5分程過ごしてしまった。なんだ俺。超満足です。
「えーっと、これはだな……」
口頭で説明しようとして、言葉にばりばり詰まる。スケベ椅子の説明だなんて、何言っても引かれますやん、絶対……。
うんうん唸る俺の様子を見ていた雪ノ下が、訝しみのオーラを放ちながら眉を顰める。
「……まさか、卑猥なものなんじゃないでしょうね?」
「うぐ……」
ま、まずい、このままでは俺単独で変態扱いされる! ちがうんだ、俺だけじゃないんだ。兄妹揃って変態なんだよ! なにこの最低な責任転嫁っていうか責任拡散。
「どうなの?」
雪ノ下がずいと近付く。今までの凛然とした魅力に加え、最近は愛嬌もたっぷり湛えるようになった、整った顔が俺を責めるように眉をきゅっと寄せる。
うーん。
可愛いすぎる。
や。
そうじゃなくて。
めいっぱい目を逸らしながら必死で何を言うべきか考える。考えろ、俺! この場では何を言うのが一番安心なのかを! 選択肢を間違えてみろ、お前は自宅の浴室で凍死という特異な最期を迎えることになるぞ!
考える、考える、考える――
「……あ」
閃いた。
これならいける――と思っていたら。
「…………」
俺の顔を見て、雪ノ下が試すような視線を送ってくる。なんかこう、ふふん、って感じ。
「あら……どんな言い訳をしてくれるのかしら?」
「なんで俺が悪いことしてる前提になってんだよ……あれだ、口では説明しづらいから……」
言葉の途中から嗜虐の感情を込めて、雪ノ下の肩を掴む。
「ひあっ……え……え……?」
雪ノ下の顔色が一気に変わり、急激に色を帯びた。俺の目つきから、事態を察したのだろう。
そう。
口で説明出来ないなら、身体で説明すれば良い。
こんなフレーズ、普段自分が聞いたら、浅薄の極みと侮蔑するような薄っぺらい言葉なのだけれど。
今はそんなありきたりなフレーズが、果てしないわくわく感を帯びている。
「……実際に、色々やりながら説明するわ。まずは座ってくれるか?」
「え、あ、ほ、本当に……?」
震えながら、上目遣いで俺を見る。その視線にはさっきまでの力は無く、たまらなく嗜虐心を誘ってくれるものだった。
「……ああ、本当だ」
――さて、どうしてくれようか。
頭の中であらゆる欲望を思い描きながら、震える雪ノ下の肩をそっと引き寄せて、椅子の下へと招いた。
続く。
突然のスケベ椅子。
そういえばこの作品だとあまりというか全然道具を使っていないなと。まあ、基本的に肉感の籠った濃厚な絡みを書きたいのでそれでも良いんですが、これはとても良い具合に活躍してくれそうです。
前話の後書きで募集した小説情報について、情報を提供して頂いた皆さん、ありがとうございます!片っ端から集めて読むのを楽しみに頑張ります。もちろんそこから猛烈に吸収しようと思います。
まだまだ募集しておりますので、何かご存じの方がいらっしゃいましたらぜひ教えてくださいませ(^^)!
今書いているヒロインやそのアフターが落ち着いたら、ちょっとした設定の下、既に八幡と添い遂げた状態のヒロイン(アフター辺りの関係)それぞれとエロチックなイチャイチャをする企画を3つ程考えています。
まあ、はるのん・ルミルミのエピソードもあり、アフターでも書きたいことがてんこ盛りなので……全部書いていたら、誇張抜きで原作の最終巻が出てもまだ終わらないかもしれません。なんという。
気長にやるとしますので、皆さんもゆるゆるとお付き合いください(^^)感想、出来ましたら、超下さい!w
今日で平日も終わりですね!土曜日出勤が入った皆さん、僕と頑張りましょう(白目)!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!