今の俺は、本当に俺なのだろうか。
そんな、中二病ど直球なことを考えてしまうほどには、俺は奇特な行動をとっていた。
具体的に言えば。
俺が、比企谷八幡が。
スクールカースト最上位の、葉山隼人を。
そして、三浦優美子を。
積極的に。
誘っている。
あくまで健全に。
告白をはぐらかされた三浦とはぐらかした葉山の関係を考えて気が気でなかった俺は、終業式の日に教えてほしいところがあるからと二人を誘った。
そしてその日の夜。俺は何故か、次はいつ集まるかと二人に連絡をしていた。
俺はメッセージを送った自分の指を疑った。
指を疑うという経験は人生であまり無いだろう。
しかし俺がいくら自分の指に「お前何してくれてんの? ねえ?」と問い掛けたところで、誘いを受けた三浦と葉山にはそんなことを知る由も無い。2人とも30分と待たずに返信が来た。
そして気が付けば、週2ほどのペースで二人を勉強会やらラーメンやらに連れ出していた。誘いの連絡をして2人からオーケーの返事が来るたびに「なんでそんなに予定空いてんの? 暇なの?」と返しそうになっていた。俺ならまだしも、あの2人はもっと予定が詰まっていそうなものなのだが。俺ならまだしも。2回言ったらすごく悲しくなった。
そんなこんなで、気を揉みつつ受験勉強も続けている内に8月を迎えた。
× × ×
家のソファにだらんと寝転がって、今にもソファと同化しかかっている生き物がいる。
どうも、僕です。
「うへぇぇ……っ」
何だこれはとツッコみたくなるような声が自分の口から漏れ出ている。疲れすぎて、自分の吐息の中に空也上人像ばりのミニ八幡の幻覚が見える。小さくても可愛くない辺りが流石だ。幻覚でも可愛くないとかまるで容赦が無い。
疲れていた。とても。
一応高校生なので、金曜日の夜に見る父や母のように心底疲れ果てた状態にはなっていない。それでも、慣れないことをしながらも受験勉強に没入しているので、確実に疲労はたまっていた。
「うへぇぇ……っ」
もう一度情けない息を漏らす。18割増し(ほぼ3倍)の死んだ目で視線を床に這わせていると、我が家の愛猫であるカマクラがとてとてと歩いてきた。
「ナーゴ」
「……ぬぁぁぁご……っ」
ふてぶてしい鳴き方をするカマクラに対して地を這うような声で鳴き真似をしてみると、表情筋が少ないにも関わらず明らかに「は?」と言わんばかりの顔をされた。家の猫に心底軽蔑される俺、マジでクール。
カマクラがこちらを一瞥して離れるのを見送ると、今度はてとてとと愛らしい足音が聞こえた。
「……どしたのお兄ちゃん、こんなゴミみたいに寝転がって」
愛しの妹がのっけから容赦ない言葉をかけてきた。しかしひどい言葉をかけてきた割には心配してくれているようで、しゃがみこんで俺と目線を合わせながらじっと見つめてくる。
「……慣れんことはするもんじゃないな」
説明になっていないことを言って身体を起こし、背もたれによりかかる。「ふはぁぁ……っ」と息を吐きながら天井を見上げていると、すぐ隣に小町が座った。ソファが沈み込む感触がしただけで、何だか安心感を覚える。
「今度は何をしてんの? 奉仕部に関係してること?」
「ん……いや、俺が勝手にやってることだ」
俺の返答に、小町はあごに人差し指を当てて「んー」と唸った。考えながら足をぷらぷらさせる仕草が可愛い。
「詳しい詳細を聞いてもいい?」
「頭痛が痛いみたいなこと言うな」
「こういうのよくあるよね、『まだ未定です』とか」
「たしかによくあるな……って、話が逸れてるぞ」
「あ、そうだったそうだった。で、誰絡みなの?」
これは二人のプライベートな話だ。本来であれば話さない方が良いだろう。
しかし小町は優しげに微笑みかけつつも、静かに心配してくれている。それに小町はこういった話を不要に口外したりしないだろう。
こほんこほんと咳払いをして、頬をぽりぽりと掻いた。
「まあ、小町の知ってるヤツらだ」
「えーっと、中二の人?」
「なんでそこをチョイスした?」
「奉仕部ではないとすると……いろは先輩も除かれる?」
いつの間にか仲良くなって名前呼びしていることに驚きつつもかぶりを振る。
「あいつは奉仕部に入り浸ってるだけで奉仕部ではないぞ」
「じゃあ、葉山先輩とか」
「うぐっ」
的から大きく外れて刺さっていた矢が、急に心臓を貫いてきた。思わず変な声が漏れた俺に、小町は少し驚いたような顔をする。
「当たったんだ……。えーっと、『ヤツら』ってことは……」
小町が大体見当をつけたところで、俺は頭をがしがしと掻き、小町に向き直った。
「小町、ちょっと時間いいか」
「ん、いいよ」
小町が向日葵のような笑みを浮かべ、「じゃあ先に飲み物とってくるね」と言ってソファから立ち上がった。
× × ×
ひとしきり説明を終えると、小町は透明なグラスに注いだサイダーを両手で持ちながら天井を見上げた。
「そっか……」
しみじみと呟く姿は、どこか他の高校1年生よりも大人びて見える。身体こそ小さいが、俺よりもよっぽど気遣いの出来る我が妹は精神年齢が結構高い。
氷の浮いたサイダーをくぴりと飲み込み、ローテーブルにグラスを置く。
そして振り向くと、俺の頭を唐突に撫でた。
くしくし。
「なんだいきなり……」
「お兄ちゃん、頑張ってるんだね」
「恥ずかしいんだが……」
「お兄ちゃんのそういうとこ、小町は好きだよ?」
「よし、もっと撫でてください」
「現金だなあ……」
小町が苦笑いしながらも撫で続けてくれる。なんだか眠くなってきた。
うとうとしていると、小町がぽそりと何かを呟いた。
「それにしても、お兄ちゃんの話を聞いた感じだと……三浦先輩、何だかお兄ちゃんのこと……」
小町の独白のような呟きも、朦朧とした意識ではろくに脳に浸透してくれない。
「何か言ったか」
「あ、いや……って、あれ? お兄ちゃん? お兄ちゃーん?」
小町の呼び掛ける声がなんだか遠くに聞こえる。
細い指が髪の毛をかき分ける感触に心地良さを感じながら、気付けば意識を手放していた。
× × ×
しばらくして目が覚めると、小町が膝枕してくれて……なんてことは特になかった。小町が来る直前と同じように寝転がっていて、ぼんやりした頭で意識が飛ぶ前の記憶を辿っていると、いつの間にかリビングに戻ってきていたカマクラがじっとこちらを見つめていた。俺と目が合った途端ぷいっとそっぽを向いて出て行ってしまう。ツンデレなのかしらん?
「あ、起きた?」
声の方向に視線を向けると、小町がもう一つのソファに寝そべりながら足をパタパタとさせていた。ショートパンツでその動きをやるものだから少し際どい。
のろのろと起き上がり、頭をがしがしと掻く。
「……で、だ。俺としてはもう何回か誘っておきたい訳なんだが……」
「……よく寝起きですぐ相談を再開できるね、お兄ちゃん……」
小町がちょっとげんなりしている。何かごめんね。
「お兄ちゃんはさ、葉山先輩と三浦先輩にどうなってほしいの?」
起き上がって小町が発した質問に、ここ1ヶ月弱の間に繰り返してきた自分の行動を振り返る。
俺は、葉山と三浦にどうなってほしい?
「……わからん」
自分に問うてみても、これといった答えは出なかった。
「けど、まあ、なんだ、ギスギスしてるのはそれなりに近くにいる身としてはやりづらいんでな……最低限のケアをするくらいのつもりでやってる、と、思う」
曖昧な俺の言葉に、小町はくすりと微笑む。妹なのにまるで姉のような安心感があった。
「ほんとにそれだけなのー?」
「どういう意味だ」
「さーねー」
あとは自分で考えなよと言って、小町が両足をぴったりと揃えて斜め上に伸ばす。そして「ほっ!」と軽快な掛け声と共に足を振り下ろし、その反動で手を使うことなくソファから立ちあが……ろうとして、勢いが足らなかったのか再びソファに尻もちを付いた。
なんだか変な空気が流れる。
「……別に、太ったとかじゃないからね?」
「誰もそんなことは言ってねえっての。あ、でもお前最近ほっぺたが何だか……」
「お兄ちゃん」
「はい」
「デリカシー」
「申し訳ありませんでした」
流れるように謝ると、小町は両手を使ってごく普通に立ち上がった。再チャレンジはリスクが高いと判断したらしい。
「お兄ちゃん。小町が手伝えることがあったらいつでも言ってね?」
「……助かる。多分すぐに助けを求めると思う」
「あはは、いいよいいよ」
楽しげに手を振って、小町がリビングから離れる。俺は再びソファに寝転がると、今後どうするかについて思いを巡らせた。
夏は受験の天王山と言う。
しかし、だからと言ってその夏をひたすら、修験者のごとく勉強にのみ励むというのは、おそらくほとんどの高校生にとっては苦行でしかないだろう。
大事なのはメリハリやリズムだ、とも思う。
「受験勉強……疲れ……息抜き……」
思いつくままにキーワードを呟いていく。
そして、今までの夏を思い返して――
「……あ」
1つのアイディアが浮かんだ。
去年の夏休みの例があるので、何となく流れがイメージしやすい。
しかしこれは、俺から提案すると絶対みんな「何でお前が?」感を出してくるよなぁ……でもなぁ……。
「……まあいいか」
どうせなるようにしかならない。
そう決断を下すと、俺は早速連絡をすることにした。
まずは葉山と三浦。
その後は……ちょっと人数が多くなるから、グループを作ってトークした方がいいかもしれない。
今の俺は、本当に俺なのだろうか。
改めて自分の思考と行動に驚きながら、指をせっせと動かし始めた。
続く。
あーしさんでした。のんびりのんびり。
次の更新は5月14日(日)です!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!