俺が起こした行動に対して、幸いにも多くの人が反応してくれた。
しかし、勇気となけなしのコミュ力を振り絞っての行動は皆の目によほど奇特に映ったようで。
「比企谷くん、熱でもあるの?」
いつも痛烈な言葉を放つ雪ノ下に真面目に心配され。
「ヒッキー……相談ならいつでも乗るからね?」
由比ヶ浜には慈母のような優しさを向けられ。
「普段からこれくらいやってれば先輩ももっとモテると思うんですけどねー、あ、それはそれで困るか……」
一色からは何だか反応に困る言葉をかけられ。
「いくらでも手伝うとは言ったけど、まさかこんなことするなんて……お兄ちゃんも成長したねえ」
小町にはお前は俺の母親かとツッコみたくなる言葉をかけられ。
「比企谷……君は私が思いもよらぬ方向に成長したな。嬉しいぞ」
平塚先生にはニヤニヤしながら褒め言葉を贈られ。
「比企谷……ありがとう、苦労をかける」
葉山にはなんだか鬱陶しい感じの礼を言われ。
そして――
「……取り敢えず、楽しみにしとくから」
三浦には、つっけんどんながらもどこか温かい言葉を掛けられた。
「……どうしてこうなった……」
「お兄ちゃんが言い出したことでしょ……」
平塚先生が運転する八人乗りのワゴンの窓から空を見上げ、回想シーンの始まりを告げるような台詞をこぼすと――小町に食い気味にツッコまれた。
× × ×
お盆の前に、2泊3日の勉強合宿なんてどうでしょう。
みっちり勉強して、休憩時間には海に行ったりもして。
メリハリもついて良いと思うんです。
学年と言うか年齢を問わず誘いをかけてみました。
どうでしょう。
「ヒッキーから最初にLINE来たときさ、ほんと訳わかんなかったよ」
「……そりゃそうだわな」
ワゴンに揺られながら、俺の誘い文句を振り返った由比ヶ浜が呆れたように笑った。シートベルトと由比ヶ浜の身体のコンボで凶悪な光景が展開されているため、迂闊に視線を向けられないでいる。
――前述のお誘いメッセージを、俺は奉仕部関係者及び葉山グループに送った。去年の千葉村を思い出すような面子の方がイメージしやすかったからだ。
結果としてほとんどのメンバーが誘いに乗ってくれた。葉山グループは葉山と三浦と由比ヶ浜以外のメンバーの都合がつかず、奉仕部関係者は軒並み参戦する流れとなった。
「8人ならばワゴンを借りるか」
皆で一緒に移動した方が楽しいだろうという平塚先生の提案で、レンタカーで8人乗りのワゴンを借りた。
運転を平塚先生が担当して、平塚先生の小話に付き合うために助手席に雪ノ下が座っている。
ちなみに初めは俺が助手席に乗ろうとしたのだが、平塚先生に「たまには別の生徒とじっくり話したい」と言われたため断念した。切ない。
そして二列目に小町・俺・由比ヶ浜が座り、三列目に一色・葉山・三浦が座っている。後ろの雰囲気がまめに剣呑になって気が気でないです。
何だか妙なことになったなとは思っているが、この面倒な状況を一から作ったのは俺なので何とも言えない。
しかしまあ、人格のバランスがほどよくとれたメンバー(だと思われる)なので、道中は中々和やかな雰囲気が保たれている。
「わー、すっごい良い景色ですよ結衣さん!」
小町が窓から見える山並みを指差し、楽しそうにこちらを振り返る。待て、俺が間にいるんだぞ。そんな風に由比ヶ浜に呼びかけたら――
「ほんと? わ、すご……ってちょっとヒッキー! どこ見てんの!?」
「俺は悪くないだろ」
案の定。
窓の景色をもっとちゃんと見ようとして由比ヶ浜がシートベルトを緩めて身を乗り出し、俺は目の前に現れた二つのバレーボールに魅入られてしまった。由比ヶ浜が顔を真っ赤にして非難してきたが、これは不可抗力だろう。
しかしこの状況を不可抗力と見なして流してくれる優しい人は、この車内に存在しないらしい。
「わーお兄ちゃんがスケベだー」
「おい小町、にやにやしながら煽るのはやめろ」
「先輩って結構そういうとこありますよねー」
「あれ、後門に狼がいるぞ?」
「わたしの太ももとかちらちら見てますもんねー」
「いやそれは不可抗力で……っておい、雪ノ下、やめろ、顔を左半分だけ出して怖い顔で睨むのをやめろ、完全にホラーだぞ」
「ねえヒッキー」
「なんだ、どうした」
「こうもんの狼って……」
「ちょっと顔を赤くすんのやめてお願いだから。漢字違うからな第一」
車内のど真ん中に座っているためかリズム良く集中砲火をくらっていると――斜め後ろに座っている三浦が、金髪の毛先をくりくりと巻きながら何とも言えない視線を向けてきた。
「ふうん……ヒキオ、あんたそんな感じなんだ」
「いやちょっと待て、三浦、え、なにその反応?」
小町や一色のノリに続くような三浦の反応が意外だったのか、由比ヶ浜や小町、一色が目をぱちくりとさせる。前を見ると雪ノ下も目をぱちくりさせていた。顔を左半分だけ出して可愛い表情をするとすごくシュールです。
「優美子……なんか変わったね」
「……なに、結衣。からかってんの?」
「ううん、褒めてるの。なんか嬉しいなって」
「……ふうん」
穏やかな笑みを浮かべる由比ヶ浜の言葉に、三浦がふいと顔を逸らす。窓に顔を向ける直前にちらりと目が合ったが、その瞬間の表情は思いの外柔らかかった。
「ところで葉山」
「なんだ? 比企谷」
「お前全然喋ってないぞ、大丈夫か」
「……今の流れには乗れないだろ」
「そうですよー、葉山先輩は先輩がめこめこにされるのを高みから見物してるくらいが丁度良いんです」
「その言い方だと葉山が極悪人にしか思えないんだが」
俺と一色のやりとりに葉山が困ったように笑い、窓を向いていた三浦が小さく震えていた。割とツボだったらしい。
そう言えば平塚先生が何も喋ってないなと思い、ふと前を向く。
「うむうむ、青春だな……うん、良いな、青春、うん……。……聞いてくれ雪ノ下、私も十年前はな……」
「…………」
先生が泥酔しているかのようなノリで愚痴をこぼし、雪ノ下が本気で対応に困っていた。ばっさり斬り捨てるのは可哀想と踏んだようだ。結構優しいところもあるんだな――と頬を緩めていると、俺の視線を感じたのか雪ノ下がくるりと振り向いた。
「比企谷くん、どうしたの? そんなに顔をだらしなく緩めているととても気持ち悪いわよ?」
「出会った頃並の罵詈雑言をどうもありがとう」
ギブ。と心の中で悲鳴を上げたあの頃を思い出した。
× × ×
2時間ほどの車の旅を終えて、ようやく目的地に着いた。
平塚先生のつてで予約をとってもらった民宿で、瓦屋根と玄関横の松の木が印象的だ。夏の民宿とは何故こうも素朴で魅力的に見えるのか。海の家で食べる焼きそばと同じくらい魅力的だ。比較の仕方が下手すぎないか俺。
「わー! 良い感じの宿だね、お兄ちゃん」
「そうだな、思わず帰りたくなるほどだ」
道中で既にくたくたになっていたために、ついこんなことをぽろりと呟いてしまう。しまった……と今しがたの発言を後悔していると、小町がごみを見るような目を向けてきた。まずい、結構本気の目だ。
「……それ、絶対宿の人の前で言わないでよ?」
正論も正論だった。
「……すまん。しかし俺にだってそれくらいの常識はあるぞ」
流石に弁えてるぞそれくらい……と言いながら、小町の頭をくしくしと撫でて一方的に和んでいると、一色がやけに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でもわたしの太ももちらちら見てますよねー? 最近は夏だから特にですけど。今日も既に何回か……」
「いやもうほんとごめんなさい許してください」
車内同様めこめこにされていると、民宿のオーナーらしき男性とその子どもが玄関から出てきた。
平塚先生が先頭に立って無難な挨拶をしていると、子どもが持っている玩具がふと気にかかった。なんだかどこかで見たことがあるような気がするが思い出せない。見たところやけに年季を感じる。お腹の中にビー玉を仕込んでいる不思議なフォルムだ。何だっけな、俺の世代ではない気がする。
「平塚先生、あの子が持ってるのって何か分かりますか」
オーナーとの雑談を終えた平塚先生にこっそり耳打ちして尋ねると、先生の視線が子どもの手元に向けられた――その瞬間。
「……な……っ」
先生が目を見開いた。
「ビ、ビーダマンだと……っ!? き、貴様、何故今になって……っ!?」
厨二全開で先生が悶えていると、子どもが楽し気に発射したビー玉が砂利の上をころころと転がっていった。
「うぐぁぁ……懐かしい……懐かしい……ちょっとやらせてくれないだろうか……っ!」
両腕で自分を抱きながら、平塚先生がちょっとギリギリな言葉を呟いている。
そんな先生を置いて、他の面々は淡々と荷物を運んでいた。
極めて正しい対応だなと思った。
続く。
あーしさんでした。しばらく皆で楽しくわちゃわちゃします。
最後に小ネタを入れようと思って何故か思いついたのがビーダマンでした。遊んだことがある方はきっと同世代です。
次回の更新は5月21日(日)です!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!