唐突に始まったファッションショーはまだ続く。
「さて、次は……お兄ちゃん、果たして耐えられるかな~?」
小町がにやりと笑い、片方の口の端をにやりと上げてニシシと笑う。
なんのこっちゃ。
「……ん?」
小町が引っ張ってきて最初に覗いた腕は、驚くほど白くて細かった。
「はあ……あなたたちは全く、何をやっているの」
「いや、これは小町が勝手に……っ」
見えていた腕と呆れるような声に、次に現れるのが誰なのかが既に分かっていたにも関わらず――呼吸の仕方を数瞬だけ忘れてしまった。
一色と同じく白のビキニを着ていて、意外と言うのも変かもしれないがフリルなどが何も付いていない。去年のようにパレオを着ていることもなく、今が夏真っ盛りであることを忘れるほどの肌理細かくて白い肌に目を奪われる。
形の良いふくらはぎから腰まで続くため息の出るような脚線美、美しさと女性らしい艶を兼ね備えたくびれ、控えめながらも形の美しい胸元。
「…………」
以上の感想を、呼吸の仕方を忘れて凝視している間に心の中に浮かべていました。
「……あ」
今の自分の変態にしか見えない行動にハッと気付く。視線が雪ノ下の首から下を何度も往復していた。いかん、これは人生初の砂浜でのジャンピング土下座か――別に砂浜以外でならジャンピング土下座をしたことがある訳ではない――と思っていると、雪ノ下がもじもじと身じろぎをした。腕で胸元と下半身を隠し、脚を頼りなげにこすり合わせている。
「ひ、比企谷くん……? その……そんなに見られると……こちらとしても反応に困るのだけれど……」
「…………っ」
ぐらりと視界が揺らいだ。
去年同じことをしていたら、きっと「私が美しいのは分かるけど、あまり下衆な視線を向けないでくれるかしら。半日くらい海に向かって土下座してみる?」くらいのことを言われていただろう。
それが、もじもじとしながら顔を逸らし、婀娜っぽい流し目を送られてしまっては――鼻血を出して膝から崩れ落ちてしまうじゃないか。
「ぐふっ」
……俺の妹が。
「え、こ、小町さん……!?」
「きゃー! 小町ちゃん、大丈夫!?」
小町の周りに雪ノ下、由比ヶ浜、一色が一斉に集まる。俺も呆れながらそばに寄った。
「ぐ、ぐふぅ……っ、両手でも余る花が咲き誇ってますよ~い……っ」
誰に呼びかけているのか分からない台詞を吐いて、由比ヶ浜の腕の中で小町がかくっと意識を失う。ちゃっかり由比ヶ浜の母性さえ感じる豊満な胸に顔をうずめていた。首を傾ける向きを一回変えて、わざと柔らかな丘に埋もれたのを俺はちゃんと見ていたぞ妹よ。
司会(?)の小町がいなくなってはファッションショーはもう無理だろう。いずれにせよ、雪ノ下の時点でかなり心臓にきていたので助かった……と思いながら、妹と妹を囲む女性陣を眺めていると。
「比企谷妹は大丈夫そうかね?」
ふと後ろから声がかけられた。俺にしか聞こえていなかったようで、俺だけくるりと振り返る。
「んぐっ」
頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。
声の主は平塚先生。
ただし服装は当然ながら学校で見ているスーツに白衣姿ではなく、先程まで着ていたTシャツにジーンズ姿というラフな姿でもない。
先生の豊満な身体を包んでいるのは、ワインレッドのビキニだった。白い肌と対照的な水着は野性味を感じる肢体に怖いくらい似合っていて、きつめの生地からこぼれる肉が生々しい。
雪ノ下が夏を忘れさせる涼やかな妖精なら、先生は真冬の山にさえ夏の陽気を持ち込める破壊的な魅力を持った女神だ。
「ふむ、少しきつかったな……」
俺の視線が自分に縫い付けられていることに気分を良くしたのか、先生が身体を横に向ける。よく見たら腰の脇の部分に金色のリングがあり、前と後ろの生地を繋げていた。色っぽさが格段に跳ね上がっている。
「ん……っ」
艶っぽい声と共に、臀部を包むぴっちりとした水着と尻肉の間に指を挟み込み、くいっと引っ張って縁の位置を変えた。柔肉が生地から解放されて元の膨らみを取り戻し、布が再び蠱惑的に食い込む様を見て、思わず。
「…………」
前かがみになった。
「……あ……っ」
俺の仕草の意味を察した先生が、悪戯っぽい笑みから頬を赤らめたあどけない表情に変わる。
「そ、その……すまない。まさか君がそんなに反応してくれるとは……」
「いいです、言わなくていいです……すいません……」
視線を泳がせながら謝ると、先生は「ほ、本当にすまない……」と言いながら俺の横を通り過ぎる。すれ違いざまに身体の下の方に視線を感じたのは気のせいでしょうかどうなんでしょう。
平塚先生も加わって合計4人になった女性陣に見守られていた小町が、ハッと目を覚ました。視線を高速で巡らせて、悟りを開いたような笑みを浮かべている。なんかちょっと腹立つ。
「みんなちがって、みんないい……」
消え入りそうな声で呟いて、また意識を失った。今度は躊躇なく由比ヶ浜の胸に顔をダイブさせていた。小町のセリフが、何について言及したものなのかは分からない、ことにしておく。雪ノ下だけが胸を両腕で覆って顔を赤くしていた。
先生が「ほれ、比企谷妹。そろそろ起きなさい」と優しい声をかけながら小町の頭を撫でると、小町は「ふぇ……?」と妙に幼い声を漏らして起きた。
まさかこいつ、この短時間の間に眠りに就いてたのか……? 由比ヶ浜の胸は一体どれだけ心地良いんだ……?
小町を含めた5人がパラソルの下へ向かい始める。
「ん……?」
まだ来ていないメンバーがいる、と思いきょろきょろとしていると、由比ヶ浜が俺の仕草に気付いた。
「優美子ならちょっと遅れるって言ってたよ」
「ん、そうか」
いつも通りの口調で答えたはずだったが、由比ヶ浜はくすりと笑って「……もう」と呟いた。
パラソルの方に目を向けると、初対面の女性グループからようやく解放されたらしい葉山が戻ってきていた。女性陣に当たり障りのないほどほどの褒め言葉を並べていて、雪ノ下の時だけはお互い妙な空気感になっていた。
雪ノ下が初めから「私に感想を言うターンはパスするわ」とか言ってあげればいいのにとも思ったが、それはそれで気まずいだろう。
パラソルの下でまず何をして遊ぶかを打ち合わせし始めている面々をよそに、どうにも落ち着かなくて視線をきょろきょろと動かす。
打ち合わせはしばらく時間がかかりそうだと判断して、俺は一行から離れて、民宿への道を逆戻りすることにした。
海の家の前を過ぎ、パラソルの下にいる一行が見えない位置に来たところで――
「……とと……っ?」
「あ……っ」
誰かとぶつかりそうになり、慌てて歩を止めた。
「あ、すいませ……ん……っ」
あぶねー、結構な勢いで走ってたから危うく怪我をさせるところだった……と心臓をばくばくさせながら顔を上げると――
「……ヒキオ、何してんの?」
「あー、いや、なんだ、その……」
聞き慣れた声と見慣れない姿に、心臓が違う意味でどくんと大きく脈打った。
三浦は日焼け防止のためか麦わら帽子をかぶっていて、白いビキニを着ていた。シンプルなデザインは引き締まった三浦の肢体の美しさを引き立たせている。
去年よりも水着の派手さは欠けるが、その分彼女本来の魅力を存分に見せられているような気がする。くびれの鮮やかさと、ビキニを押しのけんばかりの胸の膨らみに目を奪われた。
「ちょっと遅いから、その、な、どうしたんだろうかって、な、うん……」
別にやましいことをしていた訳ではないのに、目の前の瑞々しい魅力に動揺してしまって上手く言葉が喉から出てこない。
よく見れば白い肌はしっとりと汗ばんでいて、金色の髪が胸の谷間に流れている。健康的ながらも悩ましい色気に、心臓が馬鹿みたいに暴れている。
「……そ。……あと、さっきから見すぎだから」
三浦がさらりと言った言葉に、大量の冷や水を頭からかけられたような気持ちになった。
「え、あ、……すまん、本当に……」
これはドン引きされるやつだ……と本気で謝り、ちらりと表情を窺う。
てっきり、さぞ怒りを滲ませた顔になっているのだろうと思いきや――
「……まあ、別にいいけど」
ぽそりと、喜色と羞恥が混じったような複雑な声を漏らして、麦わら帽子を目深にかぶってしまった。
……何この可愛い子。
「……すまん」
念の為もう一度謝ると、三浦は帽子を更に深くかぶって「だ、だからもういいって……」と余裕のない声を絞りだした。
…………。
ふと、砂浜にいる俺たち以外の観光客はどれくらいいたか、記憶を辿ってみた。
葉山が帽子を届けに行っていた女性のグループと……。
「……うん、あとは親子連れくらいしかいないな」
「……何言ってんの?」
「なんでもない、独り言だ」
「ヒキオって独り言多いタイプ?」
「うぐっ」
ぐさりとくる言葉に胸を痛めて顔をしかめながら三浦を見ると、まるで悪戯が成功した子どものように無邪気な笑みを浮かべていた。教室での女王様ぶりはどこへやら、柔らかく微笑む表情はどこまでも可愛らしい。
なんとなく、なんとなくではあるけれど。
男がいるグループがいつ砂浜に来るのかも分からないので。
三浦にタオルを羽織らせて、周囲の目に触れないようにしたくなった。
続く。
あーしさんでした。
やはり小町は万能だなぁ……と改めて思った回でした。
それでは、また1週間後にお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!