ひどい目にあった。
6丁の水鉄砲にひたすら狙い撃ちされて、すっかり疲れ果てていた。水鉄砲遊びに飽きたのか、女性陣は思い思いの遊びに興じている。
「あっつ……」
炎天下の下で塩水を浴び続けたものだから、ひどく喉が渇く。カバンに入れたペットボトルを取ろうと砂浜をよろよろと歩いていると、後ろから足音が聞こえた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「せーんぱい」
「…………」
振り向いたらやられる。ジャコッて音したもん。絶対撃つ気満々だもん。
ぴたりと止まって固まっていると、「む?」「む?」と唸る声が聞こえた。どっちも可愛いからちょっと腹立つ。
「そこは振り向くとこじゃない?」
「せんぱーい、空気読んでくださいよー」
「…………」
手だけ後ろに伸ばして、霧吹きを後方に乱射した。
「わっぷ! お兄ちゃんが抵抗しましたよいろはさん!」
「先輩のくせに生意気です! やっちゃおう小町ちゃん!」
「……っ!」
パラソルの周りをぐるぐると回りながら、5分ほど撃ち合いをした。もちろんめった撃ちにされた。中途半端な抵抗が良くなかったんでしょうか……。
ちなみに、パラソルの下にいた葉山は追いかけ回される俺を苦笑しながら見ていた。許さん。
× × ×
「沁みる……」
清涼飲料水が乾いた身体に染み渡る。カバンから取り出したペットボトルを傾けながら、砂浜の周辺を散歩してみることにした。ついさっきまで慣れない多人数プレイをしていたので、一度一人になりたかったからだ。
「ん……?」
民宿から来る時に使った松林の通り道とはまた別の道を見つける。同じく松林に囲まれた道ではあるが、観光客が使うルートではないのか、秘密基地のようなひっそりとした空気だった。見ればベンチが置いてあり、そこから海を眺められるようになっている。
「中々気が利くな……ん?」
せっかくなので利用させてもらおうと近付くと、先客がいることに気付く。これは休めそうにないな……と踵を返そうとしたが、
「……三浦か?」
「……ヒキオじゃん」
日影になったベンチに座っていたのは、三浦だった。
× × ×
「どうした」
「ん、ちょっと疲れたから休憩」
三浦が答えて、僅かばかり横に移動する。ちょっと迷った末に腰を下ろすと、先程まで見ていた砂浜が道を囲んでいる松林に切り取られて、見事な一枚絵になっていた。
「…………」
ちらりと横を見る。
三浦は、今はTシャツを羽織っていた。しかし下はビキニ姿のままなので、なんだかちょっと危うい。ここが人の少ない場所で良かったなと思う。
「……ヒキオ」
「ん、なんだ」
「……み、見すぎだから……」
「……すまん」
例によって見すぎていた。三浦が仄かに顔を赤らめているが、特に隠そうとしたりしていない。
2人で前を向き、ぼーっとする。潮風が吹き抜けて松林が小さくざわめいた。時折隣でペットボトルを傾けてはくぴりと飲み込む音がする。俺も同様の行動をとる。
時に交替で飲んで、時に同時に飲んで。当たり前のように何百何千と無意識にやっていた行動が、ちょっとだけ楽しい。
「ヒキオといると、喋んなくても楽」
ぽそりと三浦が呟く。話す前兆が全く無かったので反応が少し遅れてしまった。
「そうか。……それは褒め言葉なのか?」
「さあ? でもほんと楽だから。下手したら一人でいる時より喋んないかも」
「それおかしくないか?」
「一人だとたまにひとりごと言っちゃうじゃん。それがないから」
「ああ、なるほ……ど?」
依然として褒め言葉として受け取っていいか分からないでいるが、三浦が楽しそうに笑うので良しとする。
もう一度風が吹き抜ける。今度は少し強めの風だった。三浦の長い髪が風でそよぎ、ふわりとした弾力を一瞬だけ含んだかと思うとすぐに萎む。
俺がじっと見ていたことに気付いたのか、三浦がちらりとこちらを見てきた。一瞬だけ視線が噛み合い、すぐに離れる。
お互い、一度ずつペットボトルを傾けたところで――三浦がぽそりと呟いた。
「あーし……もう一回、隼人に告ってみる。返事を聞きたい」
「……そうか」
少し前も聞いた言葉が、今はまるで違うように聞こえる。心臓が錆びたナイフで抉り出されるような、鈍く鋭い痛みがあった。
ちらりと隣を見やる。三浦は真っ直ぐ海を見ていた。先程までのぽけっとした表情とは明らかに違っていた。
「いいのか」
俺が発した質問は、俺自身明確な意図が分からなかった。そんな質問に、三浦は柔らかな笑みを浮かべた。抉れた心臓が動きを取り戻したような気がした。
「このままだとさ……前に進めないじゃん」
一人の女の子が、しなやかに美しくなる瞬間を見た気がした。
「……それもそうか」
三浦の穏やかな笑みに対して、自分がどういう表情をしていたかは分からない。
「そうそう。……今夜かな」
三浦が呟く。横顔に視線を感じないから、きっと三浦も海を見ているのだろう。
そこからしばらくの間、俺と三浦は時折聞こえてくる女性陣の楽しげな声を聞きながら、海と風と松林が鳴らす音に耳を澄ませていた。
× × ×
晩ご飯は民宿の食堂でとった。みんなで食卓を囲んでわいわいした後は自由時間。勉強する者、遊ぶ者と分かれる中で――
「隼人。ちょっといい?」
みんなが食堂を去り、さて俺も……と出口に向かったところで、三浦の声が聞こえた。
「わかった。……、……、…………」
葉山の返事の後の詳しい会話までは聞こえないが、2人が玄関に向かったのが分かる。
ふらりと廊下へ出て、壁にもたれかかった。
天井を見上げ、ゆっくりと息を吸い、吸った時以上にゆっくりと吐く。吐息が震えていた。過剰に息を吐きすぎて、慌てて吸い直した。
今はただ、三浦の幸せを祈るばかり。
× × ×
待っていてもしょうがないとは思いつつも、待たずにはいられない。
俺は食堂で一人、時間を潰していた。勉強をしてもまず身にならないだろうから、漫然とスマホでゲームをして過ごした。
しばらくすると、玄関の扉が開く音がした。足音は一つしか聞こえず、そのまま部屋のある方へと廊下を歩いていく。
なんだか心配になって、玄関をそっと覗くと――一つ目の足音からは少し遅れて、三浦が帰ってきた。
「ヒキオ……?」
三浦の顔は、晴れやかとは言えなかった。
憔悴しているようにも見えた。
玄関の明かりは少し暗くて、三浦の表情の機微が分からない。
「……部屋に戻るか?」
やっとのことで搾り出した言葉は、何とも情けないものだった。
三浦は少しだけ迷い、ふるふると首を振る。
「このままだと、結衣に心配かけるし」
思いのままに話せる仲でもあるし、却って気を遣う関係でもあるのか。
「……じゃあ、ちょっとだけこっちにいるか」
ちらりと向く。食堂の手前に談話室のような開けた空間があり、ソファが並べて置いてあった。角度的に、食堂に行こうとしない限り誰かに見られることもない。
「……うん」
三浦がこくりと頷く。なんだか子どもみたいな仕草だった。
2人でソファへと向かう。三浦の足音はやけに小さく、今にも消えてしまいそうだった。
× × ×
自販機で飲み物を買って差し出すと、三浦は少し驚き、僅かに戸惑った後受け取った。「ありがと」と呟く声は掠れていた。
プルタブを開け、缶を傾けると細い喉がこくりと鳴った。三浦の表情から少しだけ強張りが抜けた気がする。
「ダメだった」
躊躇することなく三浦がぽそりと呟いた。まるで近所のコンビニに買い物に行くような気軽さで、恐らく今の生活の中で最も大きな比重を占めているであろうことを。
「……そうか」
短く答えてプルタブを開ける。飲み慣れたコーヒーの味がほとんど分からなかった。
古めかしい時計台の針の音が響く。遠くの部屋ではしゃぐ声が聞こえた。女性陣が盛り上がっているのだろう。まるで別世界のように遠く思えた。
「……ありがと、ヒキオ」
「……何がだ」
予想していなかった言葉に、二口目を飲む手を止める。隣を見やると、三浦がどこか疲れた笑みを向けていた。
「一回目に告った後さ、あーしと隼人が気まずくなってた時にヒキオがよく動いてくれてたでしょ? あれのおかげもあってさ、さっきはっきりと答えをもらった後も、冷静に『これからもよろしく』って言えた。きっとこれからもいつも通りに出来ると思う。……ありがと」
「……そうか」
三浦がローテーブルに缶を置き、両手をぐいと伸ばす。「ん~……」と気持ち良さそうに伸びをして、ふっと力を緩めた。
「ほんと、ヒキオのおかげ」
三浦の声音が変わった。
「……三浦」
「ほんとよかった。中途半端な状態から抜け出せたから。やっと次に行ける、って気がすんの」
「三浦、もう……」
「よかった。ほんとよかった」
「……三浦、もういい」
「なんで? あーしはさ、やっと、隼人から、返事、聞けて、向き合ってもらえて、それで、それで……」
三浦は気付いていないのか。
それとも、気付いていないフリをしているのか。
明るい言葉を重ねるごとに、声が潤み、掠れて、悲痛なものになっていることを。
隣を見た。
三浦と目が合った。
泣いていた。
俺は、どんな顔をしていいか分からなかった。
「……っく、ひっ、ひっく、うぅ……うぅぅ……うぅぅぅぅ……っ」
――人の恋が終わる瞬間なんて、初めて見たから。
三浦は両手を膝に置き、俯いて、静かに静かに嗚咽を漏らしている。こぼれ落ちた雫が、ショートのデニムパンツの色を変えていく。
――こんな時、どんな言葉をかければいいんだろう。
分からないまま、それでも何とか言葉を練り上げる。
「……頑張ったな」
呟くと、三浦の身体がぴくりと震えた。
「……あっ、うっく、ひっ、うぅぅぅぅぅ……っ」
足をソファに上げて、額を膝に当ててうずくまった。悲痛な泣き声はより大きく、よりくぐもったものになっていた。
今は、時計の音は聞こえない。部屋で楽しくお喋りする音も聞こえない。
ただ、ほんの数十センチ横にいる女の子のか細い泣き声が、何度も何度も耳朶を打ち、心臓を締めつけていた。
× × ×
泣き疲れたのか、三浦はいつの間にかソファで小さな寝息を立てていた。
「ん……っ」
時折身体がぐらりと傾いて、こちらに寄ってくる。そっと肩に触れて元の位置に戻すという単純極まりない仕事をひたすら繰り返していた。
30分ほどしたところで三浦が目を覚まし、缶の中身をちびちびと飲み干して、「……ありがと」と掠れた声で囁いた。
「あの……さ」
後は部屋に戻るのを見送るだけ、と思っていると。三浦がぴたりと歩を止めて、背中を向けたまま話しかけてきた。
「どうした」
聞き返すが返事はない。何やらもじもじと動いているのが分かる。先程までとは何やら違う雰囲気を感じた。
「……明日も、その、今日みたいに……話していい?」
心に小さな花が咲いた気がした。
「ああ、全く問題ない。面白い話は出来ないけどそれでもいいか」
「大丈夫、そういうのは期待してないから」
振り向いた三浦が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ひどくない?」
「さあ、どうだろ」
不意に見せられた可愛らしい表情に心臓がばくばく言うのを感じながら、軽口を交わし合う。
「……ほんとにありがと。おやすみ」
「おう、おやすみ」
三浦が笑みを浮かべて小さく手を振る。俺もぎこちなく振り返すと、三浦は先程までよりも幾分元気な足取りで部屋に戻った。ドアを開けるなり「優美子―! どこ行ってたの!?」と由比ヶ浜が本心から心配を滲ませた声を掛けていた。
部屋に戻ると、葉山の書き置きがローテーブルに置いてあった。温泉に浸かってくるから先に寝ててくれ、とのこと。
要望通り寝床に入ると、小一時間後に葉山が戻ってきた。葉山からすれば俺は寝ていることになっているので、言葉を交わすこともなく男子部屋は就寝時間を迎える。
長年想っていた人にフラれた人と、長年一緒にいた人をフった人。
どちらも近くにいる分、二人の気持ちを考えただけで心がずきずきと痛んだ。
開けた窓から流れ込んでくる風と虫の音は、千葉で聞くものよりも優しく感じた。
あーしさんでした。
頑張れ、あーしさん!
一昨年、去年と「今日は誕生日なんです!」と言えたんですが、今年は週1更新なので噛み合わず……!
今後も続けるモチベーションに繋がりますので、ぜひお祝いの言葉ですとか応援のメッセージを頂けるとありがたいです! と、正直に募集します!!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!