三浦の下駄を直したあと、二人で祭りの喧騒に横から飛び込んだ。
「む……」
行き交う人波の密度が、下駄を直す前と比べて明らかに増していた。先程までを早朝の電車とするなら、今は通勤ラッシュのピークといったところだろうか。流石に満員電車ほどの不快感はないが、それでも道行く人が思った通りに進めないことに若干の苛立ちを覚えているのが見てとれた。
うわー、入りたくない。
真っ正直な本音だった。
小町が指定した場所はついさっき射的をした店で、普通に歩けば5分とかからない場所だ。しかしこの密度の人波をかいくぐりながらではもっと時間がかかるだろうし、その間に三浦とはぐれる可能性だって十分にありそうだ。
「…………」
ちらりと三浦を見やる。三浦は「行かないの?」と無言で小首を傾げて尋ねてきた。思いの外可愛くて思わず目を逸らす。
数秒の間逡巡すると、俺は帯に挟んでいたうちわを手にとり、扇ぐ部分を掴んで取っ手を三浦に差し出した。
「……すげえ混んでるから」
言葉足らずにも程がある声掛けだったが、三浦は色々と察してくれたようだった。本文よりも隠れた文脈の方が多いのではと思うほど厄介な問題の解答がわかった上で、こてんと首を傾げる。
「……なんでうちわなの?」
答えづらい。
「察してくれ」
今できる精一杯の言葉を呟くと、三浦がくすりと笑った。
「そ」
素っ気ない返事が気になったが、これで三浦がうちわを持ってくれれば、はぐれる心配は幾分減るだろう。
うちわが引っ張られる感触がするのを待っていると――
「……え?」
うちわがひょいと奪われて、代わりに柔らかな感触が手を包み込んだ。
「別に、こっちでいいし」
さっぱりとした声音とは裏腹に、三浦は顔を逸らして隣の屋台を眺めている。俺の右手を包み込む三浦の左手はとても温かくて、細くて、柔らかくて、少し震えていた。もしかしたら震えているのは俺の手かもしれないが、考えれば考えるほど恥ずかしくなるのは目に見えている。深い思考は止めた。
「……あいよ。じゃあ行くか」
今にも裏返りそうになりながらなんとか平静を保って答えると、三浦は目をぱちくりとさせ、拗ねたように顔を逸らした。俺からさらりと奪ったうちわで口元を隠す。
「……もうちょっと、動揺しろし」
がんがん動揺してますがな。
独り言にしては若干声が大きいんじゃないですかねえ……というツッコミは心の中に留めておいた。
× × ×
人ごみの間をひたすら進む間は、三浦と話す余裕はなかった。それでも、時折俺の存在を確かめるように、細い指にきゅっと力を入れる仕草は強く記憶に刻み込まれた。
「あ、いたいた! お兄ちゃーん!」
鬼のような人波が幾分緩んだ頃、小町が元気よく手を振るのが見えた。他のメンバーも全員いる。
しまった、まだ手を繋いでいた……と焦りを覚えた瞬間、三浦からするりと手を離した。ちらりと隣を見やると、三浦が少し寂しそうな表情を浮かべている……気がした。真偽はわからない。
「わりいな」
合流するなり謝ると、由比ヶ浜が「ううん、全然」と心底安心したといった様子で微笑みかけてきた。三浦と目を合わせて「よかった」と頬を緩める様に、俺や雪ノ下はまた違った温かい関係性を感じる。
「そっちは大丈夫だったか」
何かトラブルはなかったかという意味で聞いたのだが、由比ヶ浜は若干違う意味で捉えたようだった。
「大丈夫だよ、ヒッキーがいなくても全然困んなかったから」
「お前それ俺が誹謗中傷に対する耐性がなかったら泣いてるぞ?」
トラブルがなかったのは何よりだが、俺の心が不意にキュッてあった。キュッて。
由比ヶ浜が「え、あれ? ちがった?」とわたわたしていると、雪ノ下がふっと優しい笑みを浮かべた。
「あら、由比ヶ浜さんはありのままの事実を告げただけよ?」
笑みを浮かべて刺しにきた。
「こういう時にこそ『あー、先輩ってほんと存在感ないんだなー』って思いますねー」
一色がにっこにこの笑顔でもう一本刺しにきた。俺は黒髭じゃねえぞ。当たりの穴にナイフを刺したら飛び出したりしねえぞ。
「あれ? 何これイジメ?」
冗談と分かっていながらも泣きそうになっていると、小町がとてとてと寄ってきてにこぱーと笑いかけてきた。天使か。
「お兄ちゃんお兄ちゃん。大丈夫、これも皆さんの愛情表現だから」
「そんな歪んだ愛情はいらねえよ」
心の底から願いだった。小町の言葉が聞こえたからか、由比ヶ浜、雪ノ下、一色があらぬ方向を向いている。何これ、会話もしたくないの?
この後、俺が修理した下駄を三浦がみんなに見せて各々感心して(からかいがかなり混じったが)、再び全員で行動を開始した。
× × ×
祭りの最後の花火は、規模こそそれほど大きくはないものの、高校生活最後の夏休みに見る花火ということで、思っていた以上にしんみりと見てしまった。
花火を見るという行為は、切なくなったり、夏も終わりだなと思ったりと、なんだか負の側面を見てしまいがちになる。
ふと周りを見やると、雪ノ下と由比ヶ浜が寄り添って静かに見上げていて、小町と一色が楽しそうにはしゃいでいて、三浦は――どこまでも寂しそうで、それでいてどこまでも澄んだ表情を浮かべていた。
「…………?」
俺の視線に気付いたのか、三浦と目が合った。俺が目で「すまん」と謝ると、三浦が柔らかく微笑んだ。その瞬間、一際大きな花火が空に咲いて、目の前で浮かべられた笑みが鮮やかに照らされた。
三浦の笑みが照らされた時間は、ほんの1秒にも満たない程度だった。
それでも、俺の脳裏には、まるで一枚絵のように強烈に残った。
もしかしたら、何週間、何ヶ月、何年と経っても忘れられないような――そんな気さえした。
× × ×
祭りが終わり、浴衣レンタルの返却も終えて、さてこの後はどうしようかという話になった。時間はそこそこ遅いが、軽くどこかに寄る程度の時間ならある。
「あのー、皆さんがよろしければ、ちょっと寄りたいところがあるんですが……」
小町がもじもじとしながら(可愛い)尋ねてくる。雪ノ下と由比ヶ浜、一色が快く受け入れたところで、三浦が「ごめん」と気まずそうに笑った。
「ちょっとあーし疲れてるみたい。もう帰るわ」
「そっか。すっごく混んでたもんね。優美子……帰りは一人で大丈夫?」
「大丈夫、ほんとにちょっと疲れただけだから」
由比ヶ浜が気遣わしげに話しかけ、三浦が困ったように笑ってひらひらと手を振る。さて俺はこの場合どうするのが正解なのかと悩んでいると、いつの間にか隣に忍び寄ってきていた小町に小突かれた。
「お兄ちゃん。送ってあげなよ」
「え……」
小町が悪代官ばりに悪い笑顔で「にひひ」と笑っている。腹立つけど可愛い。
「どうせ『寄り道すんのもだるいなー、どっかで落ち着いてお茶でもしようもんなら、益々俺が浮くし』とか考えてるんでしょ? お兄ちゃんしか男子いないもんね」
「お前すげえな、流石は俺の妹だ」
「えっへん。それじゃよろしくね!」
「え、いや、あれ?」
俺の言葉をどう曲解したのか、俺が三浦を送るという流れを快諾したことにされてしまった。見れば雪ノ下、由比ヶ浜、一色もその流れを受け入れているようで、俺に「よろしく」とアイコンタクトをしてくる。
流石に頭が付いていかなくて「いやちょっと待て……」と言いかけたところで、三浦がふらりとよろめいた。一瞬の出来事だったため、他のメンバーは気付いていない。
……ああ、これは……確かに心配だ。
ゆらゆらと迷っていた心が、いとも簡単に定まった。
三浦の隣に歩み寄る。
「……大丈夫、じゃないよな」
「ん……平気だし、こんくらい」
「いや、送る」
「え……? い、いいよ別に……」
「いいから」
「う、うん……あ、ありがとう」
本当にいやなら、少し距離を置いた場所で護衛しながら歩かせてくれ。
それくらいの気持ちで語調を強めて言うと、三浦はもじもじとしながらも受け入れてくれた。
続く。
あーしさんでした。ゆるゆる。
俺ガイルの12巻を読んでいます(22日金曜日時点)。ああ、好きだなぁ……と改めて思いました。読んでる途中ですが既にアフターを2人分書きたくなっています。
<お知らせ>
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takahashi_toru_
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③そういえば活動報告でリクエスト受付をしています。その1とその2がありますが、原作12巻を読んで「これが見たい!」と思い付いたことがあればぜひ「その2」の方に書き込みしてみてください(^^)!
久しぶりに盛りだくさんな後書きでした。
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!