※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(21)

 小町たちと別れると、俺と三浦はちらりと目を合わせ、何を言うでもなくうなずいた。祭り会場から駅まで一つの川のように連なる人混みの中を、三浦と一緒にゆらりゆらりと流れていく。

 

 祭りのときほどではないが、人波の密度はかなりのものだった。いつもならしゃきしゃきと歩くイメージのある三浦が、よほど疲れているのか油断するとすぐ視界から消えそうになる。

 

「大丈夫か」

「うん……大丈夫」

 

 一度完全に見失い、ゆらゆら揺れる金の髪を目印になんとか三浦を見つけると、驚くほど力なく笑った。これは早く電車に乗った方が良さそうだ。座れる可能性が低いのがきついところだが。

 

 駅の改札を抜けてホームに行きつくと、ちょうど目の前で電車が行ってしまった。しかし最前列に並ぶことができた上に、次の電車も数分後に来た。

 

 電車のドアが開き、スーツと私服がごちゃ混ぜになった集団がダムの放水のように流れ出るのを見送って中に滑りこむと、ちょうど2人分の席が空いていた。

 

 三浦を先に座らせて、俺は俺でそれなりに疲れていたので遠慮なく隣に座ることにする。幸い俺たちの後ろに並んでいた人は祭り帰りと思われる若い人だけだったので安心した。

 

 一人のときなら遠慮なく座ったり遠慮なく譲ったりできるが、他の人といると途端にそういった決意が揺らぐからな。他の人といるときって言っても、俺の場合統計学的に全く意味がないくらいサンプルが少ないんだけどね!

 

 ようやく人心地ついてふひーと息を吐き、何とはなしに中吊り広告を見ていると、隣に座った疲弊せし獄炎の女王(失礼)がぽしょりと呟いた。

 

「ありがと」

「ん、どういたしまして。……何に対して?」

 

 反射的に感謝の言葉を受け止めたものの、何に対しての言葉かまるでわからない。俺がはてと首を傾げると、三浦は珍奇なものを見るような視線を向けてきた。

 

「……何の礼かわからないのにどういたしましてって……」

「や、違う、俺はアレだ、感謝とか褒め言葉とかを言った人に対して『いえわたくしは……』なんて謙遜する日本人特有の受け答えをあまり好ましく思ってないだけだ。だからまずは感謝の言葉をきちんと受け止めた。それだけのことだ。だから俺は悪くない。むしろ世間の風潮が悪い」

 

 至極真っ当な反応をされて何だか恥ずかしくなり、思わずゆきのん・いろはすと並ぶ勢いで捲し立ててしまった。膝の上では高速でろくろを回してしまい、向かいの席に座る同年代と思われる女子から「は?」という視線を向けられた。恥ずかしすぎて生まれ変わりたい。

 

 向かいの見ず知らずの女子にさえこんな反応をされるんだから、隣の女王様にはさぞどん引かれるんだろうな……とびくびくしていると――三浦は目をぱちくりとさせただけで、いつもの、それも最近よく見るようになった穏やかな笑みを浮かべた。

 

「なにそれ、気持ち悪い」

 

 直截な言葉の割に、とても温かい声音だった。不意打ちをくらったことで顔が熱くなっていると、三浦がぷいと顔を逸らしてしまう。なに、顔を見るのもNGになったの?

 

「……送ってくれるのもそうだし、ここまで結構庇ったり守ってくれたりしたでしょ。……だから、そのお礼」

「お、おう、そうか」

 

 照れ隠しなのか金髪をさらりと梳く仕草をすると、真っ赤になった耳がちらりと見えてしまった。上ずった声と可愛らしく照れた表情によって、ろくろを回してあれこれひねっていた思考が一瞬で真っ白になる。

 

 やけに文字数の少ない2人の会話を区切るように電車のドアが無機質に閉まり、ゆらりと電車が動き出す。ホームからまだ流れ込んできていた祭りの喧騒が、ぷつんと途切れた気がした。

 

 発車したあとは2人の会話が綺麗に途切れた。それでも2人の間に流れる空気は意外と悪くない。

 

 祭りの帰り道という、寂しさの象徴のような状況にいるにも関わらず。

 不思議と、心は温かかった。

 

       ×  ×  ×

 

 酒を飲むことができる年齢ではないので、俺自身が酔っ払うという経験はない。それでも、両親(主に父親)が酔っ払うのを見たり、夜の街を千鳥足で歩く普段大人しそうなサラリーマンなんかを見て、「ああ、人は酔うとこうなるんだな」という認識をおぼろげながら持っている。

 

 もちろん、程好い酔い方、可愛らしい酔い方をする人もいるのだろう。アルコールを摂取すると普段抑圧したものが出るというから、酔って饒舌になる人は本当ならもっと喋りたいと思っているし、酔ってけらけら笑う人は本当ならもっと笑いたいと思っているし、酔って服を脱ぐ人は普段から服を着たくないのだろう。最後のケースは本当にそうなのかはわからない。

 

 こうした「酔う」という状態と、若干のベクトルは違えど似た状態がある。

 それが「眠い」という状態だ。

 

 アルコールが入っていないとはいえ、眠くなると人の本音が出やすくなると思っている。疲れているからこそ余裕がなくなり、その本性が明らかになる。眠くなってもいつも通りの人もいれば、眠くなったら露骨に不機嫌になる人もいる。ちなみに低血圧で朝は死にかけているという人は除いた方が良いだろう。

 

――と、ここまで長々と前置きをしましたが。

 端的に、何が言いたいかと言いますと。

 

「……祭り、楽しかった……」

「ん、そうだな」

 

 たどたどしい口調で、幼ささえ湛えた声音で話す、ウトウトした三浦優美子という女の子が。

 

 ちょっと本気で戸惑うくらい、可愛い。

 

       ×  ×  ×

 

 お互い乗り換えがないので、あとは最寄り駅までのんびりするだけだ。そのことに安心したのか、三浦は電車が動き出して間もなく、ウトウトし始めた。電車の揺れがまるで母の胎内にいるかのごとく心地良いのか、タタン、タタンと揺れるたびに三浦の表情がとろんと心地良さそうに和らぐ。

 

「寝ていいぞ、起こすから」

「ん、だいじょうぶ……ありがと」

 

 言うと、三浦は目をこしこしとこすり、こくんとうなずいた。まるでリビングで寝ていた子どもを寝室に連れていこうとしているかのような気分だ。最寄り駅を聞いていたから本当に寝てもいいんだが……と思いつつも、ぽわぽわした表情で窓の外を眺める三浦がいつにない可愛さを醸し出していて、この様子をちょっとというかなんならずっと見ていたくなってしまった。

 

「特に何が楽しかった?」

 

 何の面白味もない質問だが、三浦は「んー」と小さくうなって真面目に考えはじめた。あごに人差し指を当てて……なんてあざとい真似はしないが、無意識になのか足をぱたぱたさせている。和む。

 

「……花火と射的。あとは……下駄」

「ふむふむ……ん、下駄?」

 

 下駄飛ばしとか? いや、そんなことをやった覚えはない。

 俺が首を傾げると、三浦がこくんとうなずいた。

 

「うん、下駄」

 

 うーん、答えになってませんねー。しかし可愛いからもはや何でも良い。

 寂れたテーマパークに置かれた不気味なマスコットをイメージしながら首をカッコンカッコンと揺らしていると、三浦がちらりと俺を見た。

 

「鼻緒」

「……あー、そういうことか」

 

 一言で十分だった。それなら下駄って単語で気付けよという話だが。

 正直、あのときはだいぶ気恥ずかしいやりとりをしたので、意識的に記憶の隅に追いやっている節はあった。

 

 顔がほのかに熱くなり、顔を逸らして頬をぽりぽりと掻いていると、頬になんだか視線が刺さっていることに気付いた。隣をちらっと見やると、三浦が妙に楽しそうに笑っている。何ぞやと視線を返すが、三浦はにこにこするばかりで何も言ってこなかった。

 

 そのまま会話が途切れて、電車の揺れる音と、祭りの熱が冷めやらない同年代の男女グループがこそこそと話す音だけが耳に聞こえてくる。電車が橋を渡ってゆく。暗い川を船が渡っているのか、蛍のような儚い光が黒い水面にぽつぽつと映っていた。

 

「……ん?」

 

 ふと隣を見ると、三浦が目を閉じていた。寝たんだな……と思っていると。

 

(……んんんん?)

 

 右肩に、柔らかな重みがかかる。何が起きたかは確認するまでもなく、眠った三浦がしなだれかかってきていた。長い金髪がさらりと流れ、俺の腕を蠱惑的に撫でていく。

 

 ふわりと香る匂いは甘やかさと涼やかさの両方をまとっていて、鼻腔をそっと撫でられただけで冷静な思考があっさりと消し飛びそうになった。こういうときってどうするといいんだっけ、般若心経を唱えればいいんだっけ?

 

 がちがちに固まり、両膝の上で拳を固めてぴんと背を伸ばしていると、ふと視線を感じた。ちらりと視線を向けると、はす向かいにいる女性と目が合った。

 

 女子大生だろうか、背はすらりと高く、唇が薄く線が細い。格好こそ今時の若い女性といった風だが、どことなく古風な雰囲気を感じた。しかしそれら全体の印象から離れて瞳が大きく、それだけが清楚から離れて活発な印象を残していた。

 

 なんだろう、どこかで見たことがある気がする。わたし、気になります!

 

 女性は俺と目が合うなり焦ったように目を逸らした。そしてもう一度ちらりと俺を見て、それから隣で眠る三浦に目をやった。

 

 そして何故か、座った状態で極めて礼儀正しくお辞儀をされた。

 薄い唇が微かに動く。口パクで何かを伝えようとしているようだ。

 

「(ごちそうさまです)」

「…………」

 

 なんだこの人。

 

 溢れ出す思いを抑えこみ、口パクで「どういたしまして」と返した。女性はにこやかに微笑むと、次の駅で去っていった。

 

「ん……っ」

 

 三浦が艶めかしい声を漏らしてもぞもぞと動く。

 太ももに、白く細い手がそっと乗せられた。

 

「…………っ」

 

 両膝に乗せた拳を更に強く握り、視線を窓の外へ固定したまま、三浦が降りる駅までひたすらがちがちに固まっていた。

 

 安らかな寝息が聞こえるたびに、俺の気持ちは三浦の安らぎと反比例するかのように荒ぶっていた。

 

 

 

 続く。

 

 

 

 




 久しぶりにJDE(女子大生のえる)の登場でした。
 この作品を全部読まれてる方でもかなり記憶が薄れているかと思います。
 最初に登場したのがはるのんの本編で、その次がめぐりんの本編で、その後は……ルミルミ編……だったか……? 
 とにかく、良い味の出るモブキャラとして一時期ちょこちょこ登場してもらっていました。不意の復活です。次の登場がいつになるかは気分に依ります!


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③そういえば活動報告でリクエスト受付をしています。その1とその2がありますが、原作12巻を読んで「これが見たい!」と思い付いたことがあればぜひ「その2」の方に書き込みしてみてください(^^)!
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