休み時間に三浦と2人で話し、昼食を一緒にとる機会が格段に増えた。休み時間の会話は二言三言交わすだけに留まっているし、昼食の席を共にしたところでがんがん喋っているわけでもない。
俺を基準にすると誰でもお喋りになってしまうので最近まで気付かなかったが、三浦はそこまで口数が多いタイプではなかった。
去年の修学旅行の際、コンビニで出会ったときはそれはもう一つ一つの言葉の重みが凄かったもんね! 総武の母とかミウラ・デラックスとか名乗れるまである。
そんな、傍から見れば「なんで隣り合って座ってんのに全然喋らないの?」と言われそうな関係だが。
俺も、そしてどうやら三浦も。
それが存外、心地良いらしい。
× × ×
2学期が始まって2週間ほど経った、金曜日の放課後。
「ヒキオ」
HRを終えて早々に帰ろうとしていた俺を、三浦が引き止めた。
「どうした」
尋ねると、三浦は金の髪のロールを指でくるくると巻き、何やらもじもじとしている。数ラリーで終わる会話ではなさそうだと判断して、ちらりと周りを見渡すともう一度腰を下ろした。三浦さん、こういう「取り敢えず引き止めるパターン」が結構あります。大人しくなっても女王様は女王様なのか……? と訝しんでしまう。飲み物を買うときは結局毎回2人で行ってるんだけども。
「あの、さ……明日、暇でしょ?」
「なんで俺の予定が空いてること前提なの?」
恥じらいながら攻撃するのやめてほしい。
俺の切実なツッコミをさらりと流して(結構ひどい)、三浦は俺をちらりと見ては視線を逸らす仕草を何度も繰り返す。エサをねだろうとして躊躇うツンデレの犬みたいだ。そんな厄介なヒロイン気質の犬なんているのだろうか。
ちゃんと自分で言葉にするのを気長に待っていると、三浦がもじもじしている間に最近名前を覚えはじめたクラスメイトが3人出ていき、俺と三浦以外誰もいなくなった。
静かに深く息を吸う音が聞こえた。
「明日一緒に勉強しない?」
「ん、他に誰か誘うのか?」
ごく普通の質問を反射的に返すと、三浦が目に見えて慌てた。可愛らしい顔にほんのりと赤みが差し、急に幼く見える。
「あ、いや、その……く、空気読めし」
理不尽だ。
意趣返しをしてみる。
「ふむ、既に由比ヶ浜とか海老名さんを呼んでるってことか」
「よ、呼んでない! そういう空気じゃないって!」
予想よりも慌てている。なんだかちょっと申し訳ない。
ああ、もう……と隣の俺が辛うじて聞こえる声で呟いた後、膝に置いた手をきゅっと握って、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「ふ、2人で、勉強、しないかって、言ってんの……っ」
ぐらり、と世界が揺れた。
もどかしそうにもにゅもにゅと動く唇、ちょっとばかり拗ねたような瞳、微かに覗いている赤くなった細い首。
ありきたりな言葉の組み合わせが、三浦の表情と声音によって目にも鮮やかに彩られた。つい数秒前までは窓の外や教室の様子を眺めていたのに、今は三浦にしか意識が向かない。
「……あ、ああ、わかった……」
へどもどしながら、肯定の言葉を返した。自分の視線が一体どこに向いているのかも分からない。
「う、うん……」
三浦の視線を顔に感じないので、恐らく三浦もどこか妙な方向を見ているんだろう。
願わくば、教室の前を通りがかった人が、この間抜けにも程がある光景を目撃しませんように。
× × ×
翌日土曜日、午前9時。
「俺は何をやってるんだ……」
市立図書館の開館時刻と同じ10時に現地集合ということにしていたんだが、何を思ったのか1時間前に来てしまった。
『お兄ちゃん、そんなに急いでどこ行くの?』
『ちょっとな』
『ほほう?』
『やめろ、目を輝かせるな』
『相手は異性ですか? 同性ですか? 異性ですか? 異性ですね?』
『決めつけてんじゃねえか』
『まあまあ怒らんといてくださいな。で、で、で? どなたですか? なんなら小町が候補を挙げてみましょうか?』
『候補? 何のことでしょうか。身に覚えがございません』
『それじゃあお兄ちゃんの気持ちを忖度して何人かに絞りますねー』
『行ってきます』
『にゃー! 待って待って! ごめんって!』
「…………」
ほんの30分前のやりとりを思い出してげんなりする。結局あの後、小町が「祭りのメンバーなのは確かだよね? その中で最有力候補を挙げるとすれば……」と呟いたところで、言葉の続きを待たずに全力で家を出た。というか逃げた。
図書館前の広場のベンチに腰かける。ここなら図書館に入る人が一目でわかるし、向こうからもこちらが見えやすい。
……つってもあと1時間あるんだよな……。
9月に入って2週間ほど過ぎたとはいえ、まだまだ暑さは街に居座っている。今日はまだ夏日だそうだ。そろそろ秋の心地良い空気と交代していただきたいところなんだけども。
「……コンビニ行くか……」
漫画の単行本を漁ってみよう。店舗ごとにラインナップが違って地味に楽しいしな。最新の漫画だと「あ、この店はこの作品を置いてるのか」などと作品の選択センスを脳内で偉そうに批評できる。
膝に手をついてよっこいせと立ち上がると、季節の移り変わりを示す涼しい風が図書館前の広場を吹き抜けた。
「あれ、ヒキオ?」
聞き慣れた声に顔を上げる。
朝の日射しを受けてきょとんとした表情を浮かべる三浦は、フリルカットソーにデニムのショートパンツ姿だった。滑らかな肌が目立つ肩が露わになっていて、色白の長い脚がショートパンツからすらりと伸びている。過ぎゆく夏が凝縮されたような姿に、思わず見惚れた。
「……なに?」
数ヶ月前までなら縮み上がるような凄みのある声音だが、ほんのりと朱に染まった頬が素直じゃない照れを表しているのが今ならわかる。
「あー、いや、その、なんだ……いいんじゃねえか」
「……当たり前だし」
ざっくりとした褒め言葉を受け止めて、三浦が俺の隣にすとんと腰を下ろす。脚を組むかと思いきや組まなかった。そういえば最近、この子が脚を組むのを見ていない。
「早いな」
「ヒキオこそ。なに、暇なの?」
「ちがうっつの。なんとなくそわそわ……」
しまった、と思って隣をちらりと見やると、三浦が落ち着かない様子で髪の毛をくるくると指に巻き付けて、俺と同じようにこちらをちらりと見ていた。
「あー、いや、うん、まあ……そんな感じだ。三浦は?」
「え? あーしは……に、似たような、感じ……?」
「なんで疑問形なんだ」
「…………」
身体ごと俺から逸らした。ものすごい拒否のされ方だ。
しかし、どうしよう。開館まであと55分あるぞ。
未だにこちらに向き直らない三浦を覗き見て途方に暮れていると、どこから来たのか、小さな女の子がこちらにやってきた。とっとことっとこ歩いてきて、俺と三浦の前で立ち止まる。なにやらポケーッとこちらを見てらっしゃる。
「ん? この子どうしたの?」
女の子の存在に気付いた三浦が俺に尋ねる。知らんですと首を振って答えると、三浦が辺りを見渡した。親を探しているのだろう。俺も一緒に見回すが、親らしき人はいない。
うーん、どうしたものか……と唸っていると、女の子が俺と三浦を交互に見て、にこぱーっと笑った。
「かっぷる!」
『…………っ』
俺たちの反応を意に介することもなく、両手をいっぱいに伸ばして俺たちを指差し、足早に去って行った。視界から消える直前に親らしき人と合流したのが見えて安心したものの。
『……………………』
いたたまれなくなり、2人して身体ごと逸らす。スキーのジャンプで跳んだときのような角度になった。
この後、雑談が再開されるまでにおよそ20分ほどかかった。
言葉の辻斬り、だめ、ぜったい。
続く。
ゆるく、ゆるく。引き続きお楽しみください(^^)
夏コミで出したはるのん本ですが、とらのあなの在庫がまだあります! ぜひよろしくお願いします!
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!