図書館が開く前に、三浦との気まずい空気はなんとか解消できた。時間があればどんな問題もうやむやにできると実感しました。
「……どこで勉強する?」
図書館に入ってすぐのところで立ち止まり、三浦に尋ねた。この図書館は1階と2階に図書を置いていて、3階に学習室や様々な団体が使える貸し部屋などがある。
「んー……2階にする」
「ん、2階?」
学生が使うなら、迷うことなく3階を利用する。学習室の席数は多く、適度にピリッとした静けさが立ちこめているからだ。受験勉強にはもってこいのはずだが……。
「……まあ、そうだな。2階にするか」
「うん」
――3階には総武高の生徒も来るし、地理的に海浜の生徒も来る。学校の中でならともかく、外で見られるとなると色々とややこしいのだろう。さっき図書館前で並んで座っていたときは……ほら、どっちもあらぬ方向を見ていたからセーフってことで。
ちらりと自販機のラインナップを確認する。
マッ缶の存在を確認して、三浦にバレないように手をぐっと握りしめたところで、2階へ続く階段に向かった。
× × ×
図書館が開いて間もなくということもあってか、利用客はまだ数人しかいなかった。のろのろと勉強する場所を探して、端の方のテーブルに座ることにする。6人がけのテーブルのうちの2席を陣取った。
「さて、やるか。三浦は何からやる?」
「あーしは数学。ヒキオは?」
「俺もだ。午前中に理数科目をこなした方が良いと聞くし、何より俺は『好きなものを先に食べるor後に残す』論争に対して『嫌いなものを先に食べて、心の平穏を真っ先に手に入れる』というやり方を提唱するほどの男だからな」
「何言ってんの?」
「ごめんなさい」
心に軽い傷を負って、勉強道具をごそごそと取り出す。結構自信のある論なんだけどなぁ……。こういう論争って決して終わりが見えないよな。それこそきのこ・たけのこ論争なんて永久に終わらないだろ。
「んじゃ、聞きたいことがあったらお互い遠慮なく聞くってことで」
「ん。数学は頼りになんないの知ってるから大丈夫」
「うっせ」
思わぬ攻撃にそっけない口調で返すと、三浦が楽しげにクスリと笑った。
「冗談だって。前よりはよっぽどできるようになったでしょ」
「……まあな」
春先、勉強会を始めたときはひどかった。文系科目とのあまりの落差に「え、本当に?」という目を向けられて、とびきりの腫れ物扱いされた感覚は未だに忘れられない。
私立文系志望とは言いつつも、主に三浦・葉山にちょこちょこと教えてもらっている内に案外楽しくなってきて、息抜き(失礼)のような感覚で勉強するようになった。このペースならもし私立文系以外を受けたくなったとしても、センターの結果で極端に足を引っ張ることはなくなるだろう。
「でしょ? もっと自信持てばいいのに」
「あ、ああ……そうだな」
金の髪をそっと耳にかけて浮かべた柔らかい笑みに、思わず顔を逸らしてしまう。オカン気質で怖いところは相変わらず見えているものの、以前は知らなかった優しい部分や魅力的な部分を日に日に発見している。
……それに今日は……。
フリルカットソーを着て、さりげなく露出した肩を見る。夏をくぐり抜けたとは思えない白さと滑らかさに思わず見惚れた。
「……ヒキオ」
「え、あ、は、はい、何でしょうか」
「……見すぎだから」
自分の肩を抱いて身を捩り、ほんのりと頬を赤らめて見つめてくる。三浦にそのつもりは無いだろうが、自然と流し目になって妙に色っぽい。
「あー、その、……本当にすまん」
「……別に、いいんだけど」
「え?」
「ほら、早く始めろし」
「あ、ああ」
ぽそりと呟かれた言葉ははっきりと聞こえていたんだが、それ以上追及することはできなかった。
× × ×
小休止も挟みつつ、勉強は順調に進んだ。
時計をちらりと見ると12時を回っていた。
「昼はどうする」
隣をちらりと見やって尋ねると、三浦はテーブルに両手をついてぐぐ……っと伸びをしていた。なんだか猫みたいだ。目をきゅっと閉じているのがなんだか可愛らしい。そして声をかけるタイミングを完全に間違えた。
「……ふぅ。……聞くタイミング悪いって」
ようやく伸びを終えた三浦が、呆れたようにこちらを見てくる。ぐうの音も出なかった。
「す、すまん」
俺の謝罪に対し、まったく……とため息を吐いたものの、それ以上追及されることはなかった。
「何でもいい」
出た。
出たよ。
出ちゃったよ。
大事なので3回言いました。しかも三段活用。
女子の厄介な台詞で長年頂点に立っている(と勝手に思っている)台詞が、今ここで聞けるとは。三浦さん、この関係性で伝家の宝刀を繰り出してくる辺りとてもロックだと思います。
脳内で夜神月ばりに恰好つけたポーズを付けて考える(実際にやったら地獄のような雰囲気になるのが目に見えているのでやらない)。
――以前ネットでこの質問に対する答え方が書かれているのを見た。普段ならそんな記事は見ないのだが、あまりにも有名な問いかけだったのでついチェックしていたのが功を奏した。
その記事曰く、
『何でもいいと言われたからと言って空気を読まずに男性が行きたいところに行けば、当然の如く引かれてしまいます。ならばどうするか。
美味しいパスタが食べられる店と、女子に人気のデザートがある店、どっちが良い?
などと聞いてみることです』
ふざけるな、と思った。
予め周辺の女子に人気のスイーツな(笑)お店を洗いざらい調べ上げて、そのときの状況に応じて質問を使い分けろということだろうか。
予習で朽ち果てるわ。
しかしこの記事は求められるレベルこそ結局まるで下がっていないことは突き付けているとはいえ、「AとB、どちらがいい?」という質問で返すのがいいというところは参考にし得る。
俺に対して当てはめるなら、
小町と戸塚、どっちがいい? →どっちも!
材木座と戸部、どっちがいい? →どっちも(いらない)!
といった具合だろうか。後者を実際本人(中二の方)に言ったらマジで凹みそうだが。戸部は「そーりゃないっしょー」とか言ってくるんだろうな。
――と、まあ。
ここまでをものの数秒で考えたところで、三浦に向き直る。危なかった。恐らくあと数秒待たせれば、不機嫌丸出しで眉をひそめて「何ちんたら迷ってんだ? あん?」とか言われてたに違いない。ひどいな、俺の三浦に対するイメージ。
深く呼吸をして、得意気に笑いかける。
「ファミマとミニストップ、どっちのイートインコーナーがいい?」
「は?」
呼吸が止まった。
いかん、数秒とは言え思案に思案を重ねたアイディアが、怪訝な顔一発で吹き飛ばされた。冗談抜きで泣きそう。
どうする、どうする、どうする。
俯くでもなく、かといって三浦の顔を見るでもなく、斜め下を向いてひたすら考えていると――三浦が「あー、そうじゃなくって……」と、何やら歯切れの悪い言葉を呟いた。何ぞやと顔を上げると、怪訝な顔から一転、何やらもじもじとしていらっしゃる。
「別に……その辺を適当に歩いて、見つけた店でいいってこと」
全身から力が抜ける思いがした。というか実際に崩れ落ちそうになった。
「説明が足りなすぎるだろ……」
「なに、何か文句あんの?」
「い、いえ、なんでも……」
呆れ気味に俺が言うと、顔を真っ赤にした三浦に睨み付けられた。こ、こわ……っ。可愛いけど恐いってすごいな。
「そんじゃま……取り敢えず外に出るか」
「ん」
未だにちょっと顔が赤い三浦に声を掛けて、俺たちは図書館を出た。
続く。
ほんとに、のんびりのんびり。
個人的に好きなものを食べる順番のくだりと女子の「何でもいい」のくだりは結構気に入ってます。
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!