三浦と図書館を出ると、食事処を探しにぷらぷらと歩きだした。どちらが先を行くでもなく、どちらが道を決めるでもなく、ふらりふらりと、まるで分かれ道に出くわす度に傘を倒して道を決めているような歩き方をする。自分一人で散歩してもここまでランダムに歩かないだろう。なんだか不思議な気分だった。
気が付けば大通りから随分と逸れた道を歩いていて、コンビニがなくなる代わりに昔ながらの個人商店が多く見えるようになってくる。
色のくすんだ外壁に、いつから貼ってあるかわからないポスター。道行く人の年齢層と服装。
今も残る昭和の匂いがした。
しかし、ここまで来るといつも無難に行っているようなファミレスだなんだといったところが皆無だな……。
どうしたものかしらと、すれ違う散歩中の柴犬をちらりと見ながら考えていると、三浦が左肩をちょんちょんとつついてきた。ちょっとドキッとする。
「あそこでいい」
「ん?」
三浦の視線を辿ると、営業開始から何十年と経っていそうな定食屋が見えた。見た目はいかにも地元の人が通いそうな場所といった風情で、よれたスーツを着たサラリーマンが慣れた足取りで入っていくのが見える。
店名が書かれた看板の横に、でかでかと「営業20周年」と書かれた紙が貼られているが、今にも風化して吹き飛んでしまいそうになっている。もしかしたらあの数字の倍くらい経っているのかもしれない。
「あそこでいいのか」
「ん、あんま探すのも疲れるでしょ」
「まあそうだな」
三浦がさらりと言って髪を手で梳いた。何その潔さ、かっこいいな……と思いながら歩き出すと、今まで隣を歩いていたのに急に一歩後ろを付いてくるようになった。視線は定食屋の入口に縫い付けられている。どうやらちょっと緊張しているらしい。
何この可愛い子?
× × ×
立て付けの悪い引き戸を開けると、がらら……と懐かしい音がした。
「いらっしゃいませー」
還暦を迎えるかどうかといった年齢の店主らしき人が、厨房から威勢の良い声を上げる。店内はLEDライトを使っているのか見慣れた明るさで、店の外観とのギャップを感じた。左手側に厨房と5つのカウンター席があり、右手側に4人掛けのテーブルが3台ある、こじんまりとした店だった。
他の客は、カウンター席の一番手前に先ほど店に入っていくのが見えたサラリーマン、そして奥のカウンター席に若い女性が座っていた。なんだか見覚えのある女性な気がしたが、黒髪ロングの若い女性なんて世の中に恐ろしいほどいる。そして大体モテる。つまりほぼ確実に彼氏がいる。急にどうしたんだ俺は。
特に席の案内も無いようなので、一番奥のテーブル席に座った。天井近くの壁に貼られたメニューが昔ながらのスタイルを感じさせる。
「はい、ヒキオ。メニュー」
「ん、おう」
普通のメニュー表もあるらしい。
三浦が先に開いて、結果の外れた競馬新聞を見ている人のように眉をひそめている。ちょっと恐い。たぶん、普段はファミレスやファーストフードの店でのメニューくらいしか見ないから戸惑っているんだろう。
「俺は油淋鶏にするわ」
「ゆーりんちー?」
「ああ、ゆーりんちー」
「…………」
「…………」
なんか、変な間が生じた。一昔前のアニメなら2人の頭の上に「…………。」って文字が浮かんで、アホっぽい鳥が通り過ぎるやつだ。この町の昭和丸出しの雰囲気に思考が呑まれている感はある。
三浦が何やら複雑な表情をしている。「こいつ何言ってんの?」と「いや、自分が知らないだけか」という感情が混ざり合ったような表情。顔立ちが整っている女性が混乱するとこうなるのか。ちょっとというか結構面白い。
メニュー表を見ると、写真は一部の王道のものだけだった。
「ほら、これだ」
スマホ画面をすいすいと遷移させて、油淋鶏の写真を見せる。三浦は大して驚くこともなく、「ああ」とうなずいた。
「あーしもこれにする」
「いいのか」
「うん」
まあ、大学近くにあるがっつり食べる類の料理屋でもないだろうから問題ないだろう。
すみません、とさして大きくない声で呼びかけると、店主の奥さんらしき人がメモを持って来た。
「はいはい、なんにしますか?」
笑みを浮かべると、目が猫のように細められた。顔がくしゃりとなるのがなんとも愛嬌がある。良い年のとりかたをしているんだなと、偉そうながら思った。
「油淋鶏2つで」
メニューを指差して、チョキの形を作って示す。
「はい、少々お待ち下さいね」
店員の女性がとことこと厨房に戻る。てっきり大声でメニューと数量を言うと思っていたが、女性が「あなた」とぽそりと呟き、調理中の店主の肩を人差し指でとんとんと叩く。どうやら夫婦という予想は合っていたらしい。
「油淋鶏2つ。お願いね」
「あいよ」
奥さんが店主の二の腕をぽんぽんと撫でて注文内容を告げると、店主はちょっとぶっきらぼうに答えて調理に戻った。奥さんはにこにことしながら別の作業に戻り、店主はよく見るとちょっと照れてるように見える。え、なに、何十年もこんな感じなの? 見てるこっちが照れるんですけど。
「……ん?」
ふと前を見ると、三浦も同じように今のやりとりを見ていたようで、ほんのりと頬を赤らめていた。やめろ、こっちまで恥ずかしくなるから!
カウンター席から妙な視線を感じて振り向くが、黒髪ロングの女性が黙々とご飯を食べていた。若干鼻息が荒い気がするのは気のせいだろうか。
「はい、お待たせしました」
間もなくして、奥さんが2人前の油淋鶏を運んでくる。
『いただきます』
しずしずと挨拶をして食事を始める。初めはスープから云々といった話はよく聞くが、初めに好きなものに食いついて何が悪い。甘い酢醤油に包まれた大振りのから揚げを割りばしで挟み込み、半分ほど一気にガシュッと噛んだ。
「……んん……っ」
じゅわじゅわと口内に広がる肉汁と酢醤油の旨み。から揚げだけだと重くなりがちなのを酢醤油が和らげ、適度な塩気がご飯への欲求をかき立てる。残り半分になったから揚げを茶碗の端に一時退避させて、ご飯をかかかっとかきこんだ。
「……んん……っ」
美味い、うまい、旨い。
とにかく旨い。
酢醤油をまとったから揚げとご飯の熱と食感が絡み合い、無限に食べてしまいそうになる。一緒に皿に乗っているキャベツは酢醤油が絡まって適度にしんなりとしていて、から揚げ、ご飯、から揚げ、ご飯、キャベツといったローテーションを組むととても丁度良い。
油淋鶏はどの店でも基本的に旨いと思っているが、この店は格別だ。通りすがりで見つけたと言う幸運も伴って余計に嬉しく感じる。
一緒に置かれているスープを思い出したように時々啜りながら、一心不乱に食べ進めていると――ふいに、おでこの辺りに視線を感じた。
「……どうした、食べないのか」
見ると、三浦が目をぱちくりとさせてこちらを見ている。
「いや……美味しそうに食べるなって思って」
「……そうか」
三浦には珍しい、ぽけーっとした顔で言われてなんだか恥ずかしくなる。
三浦が時間差でから揚げを箸でつまんだ。
「ん……っ」
控えめに3分の1ほど齧って、もぐもぐと咀嚼する。口のなかでカリ、カシュ、と心地良い音が聞こえる。俺のようにいきなり白飯をかきこんだりはせずに、から揚げを丁寧に噛んで、こくりと飲み込んだ。
「ん……おいし」
唇についた酢醤油をちろりと舐めて、ほわりと目を細めて囁く。口元に手を当てていたが、紅い舌がちろりと覗いてどきりとした。
こくりと嚥下した三浦が、ぱっと俺の方を見る。思わず見入っていた俺と思いきり目が合った。
「……ヒキオ、見すぎだってば」
「あ、す、すまん」
お前だって見てたのでは……とちょっとだけ言い訳したくなったが、それを言うと余計に気恥ずかしくなるだけなので黙っておいた。
× × ×
『ごちそうさまでした』
綺麗に食べ終わり、5分ほど食休みをする。このあと何を勉強するかなどの話をしてから、会計をしようと立ち上がると、カウンター席にいた黒髪の女性がくるりと振り向いた。
「あ」
「? ヒキオ、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
三浦の質問をさらりと躱してレジの方に歩みを進めつつも、目の前にいる女性をちらりと見る。
女子大生だろうか、背はすらりと高く、唇が薄く線が細い。格好こそ今時の若い女性といった風だが、どことなく古風な雰囲気を感じた。しかしそれら全体の印象から離れて瞳が大きく、それだけが清楚から離れて活発な印象を残していた。
明らかに、夏祭りの帰りの電車で見た人じゃないですか。なんでここで再会するんでしょうか。わたし、気になります!
顔見知りともいえない関係だが、一応会釈だけはする。すると、女性は俺と三浦を交互に見つめて、仏でも拝むかのように厳かに目を閉じた。
「(引き続きごちそうさまです、ありがたや)」
「…………」
「ヒキオ?」
「ああ、今行く」
レジ前で訝しげに俺を呼ぶ三浦の下へ急ぐ。女性は舌をぺろりと出して親指を立てていた。太陽かってくらい眩しい笑みを浮かべている。
……本当に、なんだこの人。
続く。
久しぶりにご飯回でした。そしてJDE再び。
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!