小町にとある作戦を吹き込まれた翌日。
昼休みの教室で三浦と隣り合って食事をとりながら、俺は悩みに悩んでいた。
小町に命じられたのはシンプルな指令たった一つ。
それを三浦に伝えればいいのだが、いかんせんハードルが高すぎる。ちょっと瞬きの仕方を忘れかけるくらいにはハードルが高い。
俺が購買のパンを食べながらうんうん唸っていると、三浦が怪訝な顔をして首を傾げた。
「ヒキオ、さっきからあーしのことチラチラ見てるけど……なに、なんか言いたいことでもあんの?」
こわっ!
これでも、数ヶ月前までに比べたら言い方はかなり優しい。優しいが、いかんせん字面が怖すぎる。その道の人が刀を持ってニコニコしながら「怖いことはせんから。な?」と言って肩を叩いてきたら絶対怖いだろう。それと同じだ。いや、同じと言い切ったら三浦にかなり失礼なんだけども。
あー、うー、とゾンビのように唸ったあと、こほんこほんげほがふっとむせた。咳払いのつもりが本気でむせた。三浦が「ちょ、だいじょうぶ!?」と心配そうに背中をさすってくれたのだが、手のひらの感触にドギマギしてしまって落ち着くまでにエラく時間がかかってしまった。
「すまん、助かった。……えーとだな、その……」
「なに? 言いたいことがあるなら早く言いなって」
「今日の放課後、空いてるか?」
「……へ?」
三浦の頬が一瞬で可愛らしく朱色に染まった。
「え、あ、うん、別に、空いてるけど……なに?」
さっきまでの俺とは比べ物にならないほど慌てふためき、何度も金髪の毛先をいじって目を泳がせる。
いかん、言葉が足りなすぎた。
この言い方だと、デートに誘っているようにしか見えない。
このあとの説明をしたら絶対不機嫌になる……!
すまん、ちゃんと説明するとだな……と頬を掻き、キョトンとした顔で首を傾げる三浦に小町との計画についての説明をはじめた。
× × ×
その日の放課後。
総武高の昇降口に三浦と2人で向かうと、今年から同じ総武高に通うことになった、元気いっぱい弾丸娘の我が妹小町が俺たちに気付くなり嬉しそうに手を振った。
自然と手を振れる人ってほんとコミュ力の塊だなーと思う。奉仕部で言えば由比ヶ浜と一色(半分奉仕部みたいなものだ)がコミュ力強者で、俺と雪ノ下が圧倒的弱者だ。
雪ノ下なんてどこぞのロイヤルファミリーかってくらい控えめな手の振り方しかできないからな。俺に至っては手を上げるだけで限界まである。
「こんにちはー! お疲れ様でーす!」
気怠い授業を乗り越えてのテンションとは思えない、笑点の自己紹介かってくらい明るい挨拶を小町がしてくる。由比ヶ浜と一色を足して2を掛けたようなテンション(しかも可愛い)に、三浦が静かに一歩引いたのが見えた。
「あー……うん、お疲れ」
言葉選びに悩んだ三浦が力なく答えた。今年の初詣のときに小町と三浦は会っているが、あくまで最低限の会話しか交わしていない。意外と人見知りなのかしら……? と全力で自分を棚に上げて考えていると、三浦の反応を見た小町が即座にテンションを調整してきた。
「今日は小町とお兄ちゃんにお付き合いいただきありがとうございます!」
明るい声音は保ちながらも落ち着いている。元気でいて尚且つ礼儀もわきまえた絶妙な話し方だ。なにこのコミュニケーションモンスター。
「べ、別にいいけど……。それより、今日のこと、もうちょっと詳しく聞きたいんだけど」
「はい! お兄ちゃん、ちょっと説明する時間をとっていい? いいよね! じゃあこっちにお願いします!」
「え、あ、うん……」
俺に確認した意味なくない?
小町は三浦に手招きをして、俺から数m離れたところでごにょごにょと説明を始めた。
――小町が俺に提案したのは、自宅に三浦を招き、小町が三浦に料理を教えるというものだった。
放課後に合流して、一緒に買い物をして、料理をする。
細かい流れは小町が調整するから! と言われ、俺は三浦を誘う任務を託された。
ちなみに、三浦には小町がこういった企画をするに至った経緯を一切説明していない。誘う以上俺が説明すべきだろうと言ったが、小町曰く「仲良くなるにはこの説明からしておきたいから」とのことだった。
さて、大丈夫かな……と思っていると、2人の会話の断片が聞こえてきた。
『……なんであんたがそれを……』
『昨日の夜にですね、……』
『そ、それを聞いてなんでこんなことになんの?』
『だって、お兄ちゃんのこと……なんですよね?』
『は、はぁ!? べ、べべ、別に、そんなこと……!』
『声をおっきくすると聞こえちゃいますよ! はぁ……うちの兄は面倒ですよね、ほんとお手数おかけします……』
『べ、別に……いいところもあるし』
『ほぁぁぁ……! ぜ、ぜひともうちの……に来てもらえませんか!』
『は、はぁぁ!? い、いきなり何言ってんの!』
『はぁ……こーんな素敵な人に……のに……お兄ちゃんはほーんともう、アレです……』
『アレってなんなの……』
『お兄ちゃん、ほんと鈍いですよね?』
『え? いや、その……』
『正直、部分麻酔でも打たれてるのかってくらい鈍いですよね』
『ぶっ!? ……くく……っ、ちょっと、変なこと言わないで……』
『か、可愛い……っ! 優美子さんって呼んでいいですか?』
『へ? 別にいいけど……』
『やった! ありがとうございます! 優美子さんも小町って呼んでください!』
『え、い、いいよそんなの』
『遠慮せずに! ほら! ほら!』
『……こ、小町……』
『最高かよぅ! ありがとうございます! 全力でサポートしちゃいますね』
『だ、だから、サポートとかいいから……!』
『優美子さん……ふへへ……かわええ……』
『ちょっとキモいよ』
『うぐ……ごめんなさい』
兄妹揃って斬り捨てられてしまった。
最初はひそひそ話になっていたんだが、途中から声が大きくなり、スマホをいじっていても何を話しているかが大方聞こえてしまった。俺は何も聞いていなかった、うん。
「お待たせ! それじゃ行こっか!」
「おう」
小町がルンルンと歩き出し、俺と三浦がそれに続く。
「…………」
三浦が、まるで未確認生物でも見るかのような目で小町の後ろ姿を見ていた。
「どうした」
「……あの子、ほんとにあんたの妹なの?」
もっともな質問だった。
「そうだな、普段はまるで似てないが、色々と追い詰められて目が腐ると俺そっくりになるぞ。つまり小町から限界まで心の余裕を奪うと俺になるわけだ」
「どんだけ自虐してんの……」
三浦がクスリと笑う。よく見れば、小町を見る目もずいぶんと柔らかくて優しい。
いきなりにも程があるイベントでどうなることかと思ったが……意外と、なんとかなりそうだ。
俺と小町はどちらも自転車で来ていたが、三浦は電車だったので3人でポテポテと歩く。買い物袋は俺と小町の自転車カゴに入れれば問題ないだろう。俺たちの自宅近くのスーパーで買い物をすることにした。
「優美子さん、どんなのを作りたいですか? 一般的な家庭料理なら大体いけますから! どーんと頼っちゃってください!」
小町がニコパーッと笑う。はいはい、太陽太陽。
妹の問いに、三浦は何故か俺をチラリと見て「えっと……」と消え入りそうにぽしょぽしょと呟く。なんぞや。
三浦の様子を見た小町は「ほほう?」とあごに手を当てて鬱陶しい笑みを浮かべ、三浦の隣りに並んで耳を近付けた。三浦が俺のことをちらちらと見ながら、小町に耳打ちをする。
「これは……気合を入れないといけませんね! 頑張りましょう、優美子さん!」
「う、うん、よろしく……」
やる気みなぎる小町とは対照的に、三浦は風が吹いただけでかき消されそうなほど小さい声で呟いて俯いてしまった。元気がないというよりは恥ずかしがっているようだった。なんぞや。
三浦がチラリと、まるでリスがひょっこり顔を出すかのように可愛らしく見つめてきた。
「どうした」
「な、なんでもないし……っ」
プイと顔を逸らされてしまった。
なんぞや。
事情を尋ねる意図を込めて小町をちらりと見る。
ものっすごくニヤニヤしていた。
……なんぞや。
続く。
今回の個人的ツボは「最高かよぅ!」と「なんぞや」です。
この世で一番好きな漫画が「僕らはみんな河合荘」なんですが、次回で最終回と聞き心の底から寂しいです。コミック組なので最終巻を見るのはしばらく先になるのがまた……!
9巻で大きく動いたので、もう物語は畳みに入っているんだろうなと思っていましたが、いざ聞くとやっぱり寂しかったです。最後まで楽しみにしています。
ここで皆さんにお勧めされた小説やコミックで、本当に好きになって今でも手元に置いてあるものが結構あるなーと思いました。なんだかしみじみしてます。連載開始から2年8ヶ月ってマジか!? って今思いましたwこれからもよろしくお願いします!
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!