スーパーに行ったあとは、小町と三浦のやりとりを後ろから犯罪の匂いがしない程度に見守っていた。小町は三浦に、「~を作るならこれがいいですよ」などと逐一丁寧に説明していて、ものすごく楽しそうだった。対して三浦は真剣にうなずきながら何やらスマホをいじっていた。どうやら熱心にメモをとっていたようだ。
たっぷりと時間をかけてスーパーを回って家に帰る。広い道を歩くときは徒歩の三浦を挟んで、自転車を引いた俺と小町がその横を歩いた。慣れない光景だが、いざやってみると意外と馴染んだので少し驚いた。
家に着くと、三浦の表情が途端に強張った。家を見上げる様はまるで魔王城か何かを見上げているようだ。うちにそんな恐い人はいないんだけどなぁ……。
「そんじゃ上がってくれ」
「え? あ、うん、お、お邪魔、します……」
女子に話しかけられたときの俺のキョドり具合と並ぶのではと思うほどに、俺が声をかけたときの三浦は挙動不審になっていた。俺は猫を借りてきたのだろうか。
いつもよりサイズ感が一回り小さくなった三浦が、大人しく敷居をまたいだ。
× × ×
リビングに入ると、三浦がそろそろと辺りを見回す。特に珍しいものがあるわけでもないだろうに。しかし他人の家というのは匂いから何からまったく違うだろう。いつも毅然としている印象の強い三浦がしゅんと丸まっているのはいっそ可愛らしくすらあった。
「……ヒキオ、なに笑ってんの?」
「ご、ごめんなさい……」
調子に乗った瞬間に撃墜された。
小町はメモ紙をまとめて置いてある箱からその内の1枚をサッと取り出すと、テーブルに置いたビニール袋の中身を確かめてものすごい速度で何事かを書きはじめた。恐らくこの後、三浦にどのように教えるかを考えているんだろう。料理の適切な順番もあるだろうし。
主婦というのは、最も効率を重視した労働者であると聞いたことがある。家政婦などをしない限り対価はないためそういった認識は薄いと思われるが、確かに朝から家族の朝ごはん、弁当作り、掃除、洗濯等々を次々と並行してこなしているのだ。自分がそれらの作業を同じ時間でこなせるかと言ったらまずできないだろう。小町も長年家事をこなしてきたことにより、すっかり主婦の域に達しているようだ。
何が言いたいかと言うと、小町すごい。世界一の妹なだけはある。
「……え、え、なに?」
「ん? ああ、カマクラか」
三浦が戸惑う声に振り返ると、ずんぐりむっくりしたうちの愛猫であるカマクラがナーゴと鳴きながら三浦にすり寄ってきていた。やだ、甘え上手!
三浦は初めこそ戸惑ったものの、
「へえ……可愛いじゃん」
と、まるでラブコメ漫画の第2話辺りの最後のコマで、ヒロインを陰から見つめて意味深なことを呟く怪しい新キャラのような言葉を言い、そっとしゃがみこんだ。三浦の脚はぴったりと閉じていたが、それでも反射的に横にスライドした。
「ナーゴ」
ドラクエに出てくる街の名前みたいな鳴き声を上げているカマクラを、三浦がうりうりと撫でる。手つきは至極優しく、瞳も優しく細められていた。いつの間にか顔から緊張の色が抜けている。俺もしゃがみこみ、三浦の手が及んでいない部分をうにうにと撫でる。2つの手に撫でまわされて、カマクラは気持ち良いんだか鬱陶しいんだかわからない顔をした。
「ふふ……」
隣から漏れた楽しそうな声に驚き、反射的に振り向く。俺が見たことで三浦もいましがた自分が発した声に気付いたのか、一瞬で顔を真っ赤にして慌てて逸らした。
「あー、その、なんだ、うん。気に入ってくれたんなら、またカマクラと遊びに来てくれていいぞ。こいつも嬉しそうだし」
「え、い、いいの?」
三浦が目を瞬かせる。素直に喜んでいいのかわからないといった表情をしていた。
「……また来ていい?」
カマクラのあご周りをわしわしと撫でながら、三浦がエラく可愛い質問をカマクラに投げかけた。カマクラは喉をごろごろ言わせて三浦をちらりと見ると、「ナー」と鳴いてそのまま撫でられるがままになった。
「……来ていいってことなのかな」
「いいんじゃねえか」
俺の返事に三浦がクスリと笑う。
「わかった、また可愛がりに来てあげる」
「なんかその言い方、ちょっと恐いんだけど……」
「なんか言った?」
「い、いえ、なにも……」
冷や汗をかきながら顔を逸らすと、三浦がクスリと笑う。本気で怒ってるわけじゃなくてなによりです……。
しばしのあいだ、三浦と2人でひたすらカマクラをごろにゃーごろにゃー言わせていると、小町がメモ書きをやめ、複数のビニール袋を指差してブツブツ呟きだした。「これやって、これやって、ここでちょっと休憩入れて、これやって……よし」とキリリとした表情で呟くと、まるでテレビカメラが回ったタレントのように、にこぱーっと太陽のような笑みを浮かべた。
「それじゃ優美子さん、始めましょうか!」
「う、うん。よろしく」
三浦がおずおずと返事をして、最後にカマクラの背中を優しく撫でて立ち上がった。
「取り敢えず手を洗っていただいて、それからそこに今日作るものをメモしたので眺めておいてもらえますか。手を洗うのはキッチンでやってもらって大丈夫ですので!」
「わかった」
小町の指示に従って三浦がとてとてとキッチンに向かう。入れ違いに小町がこちらに来て、ついさっきまで三浦がいた場所にしゃがみこんできた。
「何か手伝うことはあるか?」
「うんにゃ、リビングでテレビでも見てて。優美子さんから見える位置にいるのが良いと思う」
小町の言葉にはてと首を傾げる。
「そんなもんか」
「うん、そんなもんなの」
小町がニコリと笑う。深くは聞かないでおこう。
それよりも……と呟くなり、小町が急にニヤニヤとしだした。
「お兄ちゃん、やるじゃん。カマクラをダシに優美子さんを誘うとか……うりうり」
「やめろやめろ」
肘で脇腹をぐりぐりと突いてくる。二ヤけ方が半端じゃない。
「俺はただ、三浦がカマクラをすげえ気に入ったっぽいから言っただけでだな」
「ほんとにー?」
「……ほんとだし」
「なんかいまの言い方、優美子さんっぽいね」
「……べらんめえ、うるせえやい」
「なんで急に江戸っ子になってんの……」
生温かい呆れ笑いをされた。悲しい。
「小町、準備できたけど」
手を洗ってメモの確認を終えた三浦が小町に声をかけた瞬間、妹の両目がクワッと見開いた。
「ぐふっ!」
『っ!?』
小町が上げた悲鳴に俺と三浦が同時にビクリと跳ねる。カマクラは知らん顔をしていた。
「おい小町、どうした」
「……名前呼びは……ほんとに、ええのう……」
「早く行きなさい」
「あ、うん」
素に戻るまでが早すぎる。
「それじゃ優美子さん、始めましょう! オー!」
「え、あ、うん……」
元気よく握りこぶしを上げた小町に、三浦はおずおすと返事をするだけだった。
「優美子さん。オー!」
「…………」
もう一度握りこぶしを振り上げる。三浦は戸惑ったままだ。
「……オー!」
「……オ、オー……っ」
根負けした三浦が、俺をちらりと見た後、消え入りそうな声で掛け声を上げ、肩くらいの高さまで握りこぶしを上げた。あまりにも不憫だが、可愛いと思ってしまったので小町を叱るに叱れなかった。
× × ×
小町と三浦が調理にとりかかったところで、俺は手洗いうがいをしてからソファに腰掛けて、料理ができるまで何をするか考えていた。テレビを見ると行っても、夕方の時間帯のテレビであまり見たいと思うものはない。仕方ないのでカバンから参考書を取り出し、何か書くことなく勉強できるものを選んだ。カマクラをちらりと見やると、三浦がキッチンに行ったことであっさりとリビングを出ていった。ヤツめ、三浦を気に入りおったな……。
『優美子さん、これを切るときは……こんな風にやってみてください』
『わかった。……こ、こう?』
『うんうん、良い感じです! どんどんやっていけば慣れますよ!』
小町の指導が褒めて伸ばすタイプのもので、そのうえ三浦はかなり真面目に取り組んでいる。きっと上手くいくんだろうな、となんとはなしに思った。
しばしのんびり待つとしよう。
× × ×
英単語を自分にしか聞こえない声でブツブツ読んでいると、キッチンから控えめに呼ぶ声がした。
「ヒキオ、ちょっと……食べてみてくれる?」
「お、おう、わかった」
明らかに緊張した様子の三浦に、俺まで釣られて緊張してしまう。
テーブルに座るように促されると、三浦が両手に料理の乗った皿を持ってやってきた。
「こっちは出汁巻き卵で、こっちがつくねハンバーグの照り焼き……です」
初めて聞いた三浦の敬語に面食らう。どうやら本当に緊張しているらしい。一瞬ツッコもうかと思ったが、あまりに限界寸前という顔をしていたのでやめておいた。
「わかった。じゃあまずは出汁巻き卵から……いただきます」
手を合わせて挨拶をすると、目の前に置かれた出し巻き卵を箸で割る。ふんわりと焼けた卵焼きは箸の圧力でほろりと割けた。
口に運ぶと、咀嚼するたびに砂糖や醤油、それから出汁の味が心地良く広がっていく。小町が俺の好みを知っているためか、少し甘めなのがまた嬉しい。ほふほふと言いながら噛んで呑み込む。幸せな味と熱が喉を満たしていった。
「うん、美味いな」
ちょっと偉そうになってしまったか……? と悔やんでいると、俺の悩みなどまるで関係ないと言わんばかりに、三浦が花の咲いたような笑みを浮かべた。
「こ、こっちは?」
俄然勢いに乗った三浦がつくねハンバーグの照り焼きを差し出してくる。三浦の笑顔を見ると何だか俺まで嬉しくなってしまった。
ばくりと半分ほど一気に口に運び、たっぷりと味わう。
鶏肉と豆腐の混ざった柔らかな食感にねぎのシャキシャキとした食感が加わり、噛むごとにしょうゆやタレの旨みが溢れだしてくる。ほんのりと感じる生姜やニンニクがまたたまらない。これは強烈だ。ご飯が進む。
「……すげえ旨いな。ご飯が欲しくなる」
素で呟くと、三浦がなんだか泣きそうな表情を浮かべた。
「よかったぁ……」
心から安堵する表情に、胸がとくんと高鳴った。
「どう? 優美子さん、筋いいでしょ?」
小町が三浦の両肩に手を乗せてひょっこりと顔を出してくる。いつの間にそんなに仲良くなったんだ……。
よく見れば、出し巻き卵もつくねハンバーグも形はちょっと歪で、三浦が初心者であることを物語っている。それでも丁寧に作られた2品はどちらも本当に美味かった。
「ああ、すごいと思うぞ」
「よかったですね優美子さん!」
「う、うん……」
三浦がもじもじと俯く。小町、ハァハァするのはやめなさい。
「料理はこれで全部なのか?」
ビニール袋で買い込んだ食材は、覚えがあるだけでもまだまだあったはずだ。俺の問いに小町は笑いながら首を振る。
「うんにゃ、まだまだあるよ。でもね、ここからはお兄ちゃんは見なくていいよ!」
「え」
「というか見ちゃだめ! 明日以降のためにね!」
「ちょ、ちょっと小町、それ言うなし……!」
慌てて振り返った三浦が、小町の口を手で塞ぐ。小町は目を白黒させながらも、三浦と仲良くできているのが心底嬉しそうだった。ただ口を塞がれて喜ぶとなんだか危ない人に見えるのでやめた方が良いと思う。
「取り敢えず、俺は部屋に戻ってればいいんだな。終わったら呼んでくれ。三浦を送るから」
「え、いや、そんなのいいから」
「いいっていいって、じゃ、続き頑張ってくれ」
「うん。お兄ちゃん、ご協力感謝します!」
「うい」
小町がシュピッと敬礼をした。俺も力の抜けた敬礼で返す。三浦は俺と小町を見て、そろりと手を上げかけたがすぐに下げた。もう少しで3人とも敬礼をしているシュールな光景を見れるところだったんだが……。
俺がリビングを出ると、小町がふたたび「それじゃ、残りも頑張りましょー! オー!」と言っているのが聞こえた。さて、今度は何回目で観念して一緒に握りこぶしを上げるんだろうか……と思いながら、俺は部屋に戻った。
続く。
あーしさんの可愛さが加速してます……。小町もカマクラもほんと良い動きをしてくれます。
☆☆☆祝・3500万PV達成☆☆☆
この書き方をするのは久しぶりだなーと思いました。連載当初の自分には信じられないような数字が次々と達成されています。最初から読んでいただいている方も、途中からの方も、本当にありがとうございます!! これからもよろしくお願いします(^^)!
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!