昼休みが終わるぎりぎりまで三浦と手をつないでいた。昨日つないでいた時間よりもずっと長かったためか、手の奥に残る熱の密度も尋常ではない。教室に戻る間も、5限と6限の授業を受けているあいだも、ちらりと自分の手を見れば、華奢な指が絡まったことを思い出すことができる。
三浦は三浦で、屋上から戻るときも授業中も、ちらちらと自分の手を見たり、俺のことを見たりしているのには気付いていた。俺も同じことをしていたからだ。目が合うとお互い残像が生じるのではと思うほどの速度で顔を逸らしていた。首を痛めそうだった。
× × ×
迎えた放課後。
「あー、……三浦」
「ん、なに?」
さりげなく俺を見ているつもりなのかもしれないが、目が盛大に泳いでいた。スーパーボールを箱の中に投げつけて、2分の1倍速再生をしたかのようだ。
俺も目を泳がせる。自分から行動を起こすというのはいつだって力が要る。エアコンは点けたときよりも点けっぱなしにしているときの方が電気代は安いのと似ているのかもしれない。
「その……今日、空いてるか」
「え? あ、うん、空いてる、けど、え、な、なに……?」
俺が発した数文字の情報で、三浦が目に見えて慌てる。前髪をちょんちょんとつまみ、髪を手櫛で梳き、膝に置いた手をきゅっと握りしめる。まるで落ち着かない動作のさなかでも、両の瞳は爛々と輝いていた。こんな三浦の可愛らしい姿は、2年のときどころか数ヶ月前までだって想像できなかった。
「その……勉強会、しないかと思ってな」
「………………あー、うん、大丈夫、行く」
100から0へ……とまでは言わなくとも、17くらいまではテンションが下がったようだった。俺が必要以上に緊張していたから、きっと三浦はもっと大事な用事だと思ったんだろう。
俺にとっては、この勉強会も大事な大事な用事だが。三浦にとってもそうであってほしいな……と思いつつ、鞄を持っていつもの市立図書館へ向かった。
× × ×
勉強はいつも通り集中して取り組むことができた。昼休みのこともあってか、昨日のように手をつなぐことはなかった。今は2人で、夜の帳が落ちた街をぽてぽてと歩いている。会話はできそこないの間欠泉のように、ふっと湧いてはすぐに途絶える。
いつもはお互いもう少し喋るんだけどな……と思ったが、こんなことになっている理由はごく単純だ。俺の右手と三浦の左手の距離が極めて近く、時折互いの手の甲がちょんと触れているからだろう。
すべすべとした手が触れるたびに、動揺が表情に出るのを抑えようとして不自然に言葉が止まってしまっていた。三浦は三浦で、自分が話している途中であっても急に言葉が止まっていたので、きっと同じような状況なのだろう。
触れては、離れる。
触れては、離れる。
触れては、離れる。
ごくりと喉を鳴らす。視線は不自然なくらい、正面に縫い付けられていた。
触れては、離れる。
触れては、離れる。
触れたら――離れぬように、掴んだ。
「……っ」
三浦がこくりと息を呑んだ音が聞こえた。風が吹いているし車も通っているのに、自分の鼓動がまるで聴診器で聴いているかのようにはっきりと聞こえた。つないだ三浦の手がもぞもぞと動く。強く握りすぎていたことに気付き、慌てて手の力をゆるめた。
するとわずかな自由を手に入れたなめらかな指が嬉しそうに動き、するすると絡み付いて三浦からきゅっと握ってきた。宮大工が木と木の合わせ目を精巧に削って調整したかのように、同じ人間なのかと疑ってしまうほど感触が違う三浦の手がぴたりとはまった。
――ここからだ。
昨日手をつないでいたときは、そのこと自体がなかったかのように振る舞っていた。昼休みは一言も喋らなかった。2人の身体は、もっと言えば手は、確実に親密度が増しているのに、俺と三浦の言葉が、心が、自分の5本指に置いてきぼりにされているような感覚。今こうして手のひらで感じるぬくもりに、自分の言葉を、心を、追いつかせたい。
「……弁当、日に日におかずの種類が増えてるけど……何を見て勉強してるんだ?」
……追いつかせたいが、急にアクセルを踏み込むような真似はしない。ビビっているわけでは決してない。
「え? あ、えっと……あ、弁当か、ええっと……」
ニュースで見るテレビ中継のように、三浦が時間差で質問を把握する。数十センチの距離にいるのに、俺の声がわざわざ静止衛星に届けられて、それが三浦に届いたかのようだ。
細指がキュッと絡み、視線がちらりと上を向く。何かを思い出すときの仕草だ。
「えっと……最初は自分で調べようとしたんだけど、1つの料理でも何個も何個もレシピがあってよくわかんなくなっちゃって。それで、小町にちょこちょこと聞いてる。おすすめのサイトも紹介してくれたから、そこは自分で調べて試してるとこ」
「そうなのか。……ありがたい」
わりいな、と言いそうになって慌てて止めた。さりげない小町の暗躍が気になるが、この場合はグッジョブだ。
俺がぽそりとつぶやいた礼の言葉に、三浦がくすりと笑った。手はつないだままなのに、手をつなぐ前よりもリラックスしているようだ。
「ヒキオ、すっごい美味しそうにがつがつ食べるんだもん。今まで料理なんて何が楽しいかわかんないって思ってたけど、最近は結構面白くなってきた」
「……そうなのか」
「そう。餌づけって感じ」
「餌づけ」
思わぬ言葉に衝撃を受けていると、俺の呆けた顔を見て三浦が――
「ん。小町にも、『しっかりお兄ちゃんを餌づけして胃袋を掴んでくださいね』って言われ……」
――楽しそうに笑って、口をすべらせた。まるで喋っている途中に言葉という概念を身体から抜き去られたかのように、三浦の口だけがぱくぱくと動いている。
夜なので顔色まではしっかり見えないが、つないでいた手が明らかに熱くなった。俺の手もたぶん熱い。
なんか、こう、変な感じになった。
ふたたび訪れる無言。圧倒的無言。
三浦の手がもぞもぞと動く。もしかしたら手を離してこの場からも離脱しようとしているのではなかろうか。それを許すと明日以降またロクに話せない状況に陥るのが目に見えている。というわけで絶対に離さない。
――今から切り出そうとしている言葉のためにも、手を離すわけにはいかない。
噴水のある広場を通りかかる。他の場所よりも一際明るく照らされていて、今は周りに誰もいなかった。三浦の顔がしっかりと見えるのを確認して、ぴたりと足を止める。
「どうしたの?」
三浦がもじもじと動き、目を右へ左へとさまよわせる。知らない人にさえ、手をつないでいるところを見られるのは恥ずかしいのだろうか。俺も似たようなものだけれど。
けれど今は、俺が発する言葉に三浦がどんな反応をするのかを、ちゃんと見ておきたかった。
「あー、その……なんだ、今度の週末、うちに来ないか」
「え? あ、……小町と料理をするってこと?」
「ああ、いや、そうじゃなくて……」
しまった、さっきの話の流れからすれば、しかも今の言葉足らずにも程がある言葉では、三浦がそう思うのも無理はなかった。
左手でぽりぽりと頬を掻く。やけにぎこちない指の動きに、いつもは右手で頬や頭を掻いていたんだなと気付く。
「ええと……俺の部屋に、漫画を見に来ないか? 小説でもいいんだが」
「……へ?」
三浦がきょとんとして、無垢な少女のように首を傾げる。それからゆっくりと首を戻し、俺の目を見ながら徐々に、徐々にその顔を赤らめていく。
「……あ……えっと、その……あ、あーしが、ヒキオの、部屋に……?」
たどたどしい言葉と、まるで小動物のような雰囲気に反して――その瞳だけは、爛々と輝いている。放課後、空いてるかどうかと聞いたときに見せた反応だ。あのときは勉強会と言ったことでがっかりさせてしまったが、今度は良い反応をもらえたようだ。
三浦の問いかけにこくりと頷いて答えると、三浦が俯き、ちらりとこちらを見た。
「……うん、行く」
「……わかった。準備しとく」
顔を上げ、見つめ合って笑い合う。三浦の笑みはぎこちなかった。俺はたぶん、その何十倍もぎこちないだろう。
「……ヒキオ、笑い方、変」
「…………」
はっきりと言われてちょっと凹んだ。しかし、三浦が「ま、それはそれで結構気に入ってるけど」と独り言なのか何なのかわからない声の大きさで呟いたことによって、残りの帰り道は静かに浮かれていた。
続く。
綿矢りさ先生の作品を読んだ後だと色んな表現が思い浮かぶので、どんどん読み進めていきたいです。
<夏コミC94で出す本について>
前回の冬コミC93では出しませんでしたが、夏は出そうと思います! 個人サークルでR-18本を出すつもりです。表紙・挿絵もばっちり依頼して作ろうと目論んでいます。
そこで皆さんにアンケートをとらせていただきたいです。これは「高橋徹の本が出たら絶対買うor買うかも」という方を対象にしています。
今のところサキサキは確実に書くつもりでして、もう1人分の物語を書こうと思っています。そこで皆さんには
「誰のお話が読みたいか?」
をお聞きしたいです!
上述したサキサキ、及び今までの本で出したいろはす、ゆきのん、はるのんは除き、且つこの作品上で書いているヒロインとします。
なので候補は
①ガハマさん
②平塚先生
③小町
④めぐりん
⑤ルミルミ
⑥由比ヶ浜マ
⑦折本
⑧あーしさん
の8人です!
このアンケート結果をそのまま採用するわけではないですが、思いきり重要視します!w
受付窓口は
(1)活動報告
(2)Twitterのアンケート
のどちらかとします(感想欄だとだいぶごちゃつきそうなので)!
以上です、よろしくお願いいたします(^^)!
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!