決戦の土曜日、来たる。
三浦は14時に来る予定だ。駅まで迎えに行くと言ったが、「一度行ったから大丈夫」と断られたので、大人しく家で待つことにする。
小町は気を利かせて外出していた。「お兄ちゃん、頑張ってね」とやけに優しい口調で言い、友達と遊びに出かけた。総武高の1年生の中でまばゆい存在感を放っている妹は、学校の中でいつも友達に囲まれている。俺とすれ違うたびに「あ、お兄ちゃーん!」と言うのはやめてほしいのだけれども。毎回小町の友達が「え、あれが……お兄さん?」と言いたげな顔をするから。
つい10分ほど前、三浦から「駅に着いた」と端的なメッセージが届いた。俺は忠犬かと自分にツッコみたくなるほど、リビングのソファで三浦の到着をそわそわそわそわしながら待っている。
もうじき約束の14時だな……と思っていると、家のチャイムが鳴った。全力で駆け出しそうになるが、家の中でどったんばったん大騒ぎする音が聞こえては三浦も落ち着かないだろう。意味もなく咳払いをして立ち上がり、いつも通りの歩幅を意識して玄関に向かった。右手と右足が同時に出そうになった。
ドアを開けると、三浦がすぐ目の前に立っていた。
「うぃっす」
「……こんにちは?」
なんで疑問形? と思ったが、普段三浦と挨拶を交わす場合は朝と夜に限られていた。「おはよう」「じゃ」くらいの挨拶しかしていない。だからこそのこの挨拶なのだろうが、それにしても不器用すぎるだろう。俺も人のことは言えないが。
デニムジャケットを羽織ってミニスカートを穿いた三浦は、サバサバした印象と可愛らしい印象を同時に与えてくる。頬をほんのりと赤く染めて顔を逸らし、金髪を指にくるくると巻き付けている姿は――正直に言えば、目眩がしそうなほどに可愛い。
「……お邪魔、します」
まるで初めて友達の家に来た小学生の女の子のようなか細い声。テレビの字幕だったら字が薄くなっていそうだ。
玄関で立ち話をすることもなく、早々に家の中へ入ってもらう。三浦は三和土で靴を脱ぐと、きょろきょろと不安げに視線を巡らせた。借りてきた猫の意味を外国人に説明するときにちょうど良さそうな仕草だ。
「あの……小町は?」
「ん、今日は出かけてる」
俺の言葉に、両手でバッグを持った三浦がびくりと震える。目をぱっちりと見開き、それからゆっくりと視線を泳がせた。
「そ、そっか……」
上ずった声が、あまりにも強烈な緊張を物語っていた。なんだか申し訳なくなってくる。
「……とりあえずリビングで落ち着くか?」
本当に緊張してもう無理! となったら、本当に惜しいが今日は帰ってもらった方がいいかもな……と考えていると、三浦はぶんぶんと首を左右に振った。
「だ、大丈夫。あーし、ヒキオの部屋、行く」
「お、おう、そうか」
気合を入れた声音で片言になる三浦にたじろぐ。なんだか「オレ、ニンゲン、クウ。ニンゲンノチカラ、ホシイ」とか言い出しそうだ。
階段を上がり、自室のドアを開ける。俺も急に緊張してきた。
「ど、どうぞ」
「う、うん」
よどみなく喋る術を忘れてしまったような2人が、部屋に足を踏み入れた。
× × ×
「へえ……綺麗にしてんだね」
三浦は俺の部屋を見渡して、さらりと嬉しいことを言ってくれた。ちょこちょこと掃除はしているが、今日は午前中いっぱいを使って鬼のように掃除をした。テーブルの上の積ん読本が本棚に入りきらず、一部は段ボールに詰められ押入れの中に眠っている。読む優先度が高い本なので、後で忘れずに戻さないといけない。
ちなみに、掃除をするときは消臭剤の類を使いまくろうかと思っていたが、昨夜の小町の意見を参考にして極力使っていない。
「まあ、せっかく招待したんだし、これくらいはな」
消え入りそうな声で呟くと、三浦の頬にほんのりと朱色が刷かれた。もじもじと身体を揺すり、じっとこちらを見つめてくる。すぐ隣に並んだ三浦の髪の毛から甘やかな香りがして、可愛らしい仕草と凶悪なまでの相乗効果を生む。
「普段はもっと散らかってるってこと?」
「……まあな」
ここで「ありがとう」や「嬉しい」などと言われようものなら悶絶も必至だったのだけど。
「ふーん」
髪の毛を指に巻きながら、なんとも反応しづらい言葉をぽつりと呟いた。情報量が少なすぎでしょその返答。現代文の問題でここに傍線が引かれていたら、絶対にわからん自信があるぞ。
「バッグはそこに置いてくれていいから」
「……ん、ありがと」
このまま黙ると妙な沈黙が生まれると思い、ありきたりでも必要なことを何とか口に出す。場が気まずくなりそうだからととりあえず話すだなんて、俺も成長したものだ。
その勢いでクッションに座るように勧めた。三浦も依然として落ち着かないのか、俺の言葉にこくこくと大きく頷いて従っている。可愛い。
クッションの上で女の子座りをした三浦が、スカートの裾をちょいちょいとつまんで捲れていないかを確認すると、ゆっくりと視線を部屋中に巡らせ始めた。
「ふーん……」
女王様、やっぱり情報量が少なすぎます。
三浦は手を太ももの上で重ねてこちょこちょと動かしながらしばらく部屋を見回していたかと思うと、細いあごをちょっとだけ上げてくんくんと鼻を鳴らした。
くんくん。
くんくん。
しばらくすると、何故かは知らないが気持ち良さそうにほわんと目を細めた。
「ふーん……」
ふーんってフレーズ、そんなに汎用性が広いのん?
座るタイミングを逃してだらだらと冷や汗を流していると、三浦がふたたびくんくん、すんすんと鼻を鳴らす。そのたびにほわんと目を細める。時折目を閉じて鼻を鳴らし、ゆっくりと目を開け、やっぱりほわんと目を細める。こういう犬、探したらいそう。
「……あの、三浦さん?」
たまりかねておずおずと尋ねると、三浦はもう一度くんくんと鼻を鳴らし、やはりほわんと目を細めた。ちょっとクセになりそうな可愛い仕草ですけども。
「……なんか、気に入ったかも」
「……そ、そうか」
「……うん」
情報量があまりにも少ない三浦の言葉の意味を考える。
恐らく今の言葉は、部屋の雰囲気がどうかと言うよりは……匂いについての言及なのだろう。たまに目を閉じてたし。
『相手の匂いが良い匂いかそうでないかってかなり重要だと思うんだー。だから小町としてはお兄ちゃんが気取った策をとるよりも、ありのままでいておいてもらって優美子さんがどんな反応をするか見た方が良いと思うんだよ』
昨夜の小町の言葉を思い出す。どうやら三浦は俺の匂いを気に入ってくれたらしい。
――胸の奥で、心地良い熱がポッと生まれた。
「……ヒキオ、顔赤いよ? 大丈夫?」
「え、あ、いや、うん、すまん、大丈夫、うん、そう、大丈夫」
ぜんぜん大丈夫じゃなかった。
この後、飲み物を持ってくるために一度部屋を出た。戻ってくると、三浦の身体の向きが若干変わっている。相変わらずすんすんと鼻を鳴らしていた。この子は灯台の生まれ変わりなんだろうか。
ローテーブルを挟んで向かい合う形で座り、飲み物を飲みながらぽつぽつと話す。大半は受験勉強のことだったが、それでもだいぶ緊張がほぐれた。
× × ×
「ヒキオ、本棚見ていい?」
「ん、いいぞ」
三浦の言葉に若干の緊張を覚えながら頷く。
今回、俺は元の本棚をほとんどいじっていない。ちょっと流石にこれは恥ずかしすぎる……というものだけ整理したものの、大体のものはそのままにしてある。
本棚はその人の趣味嗜好がたっぷりと詰まっている。だから、人の本棚を見るとその人の性格がよく見えるらしい。友達の家に行って本棚を見たり、逆に自分の本棚を見られたりという経験が皆無なので、俺にとってこの説は都市伝説でしかないのだが。
――なんとなく、ではあるけれど。
三浦なら、俺の趣味嗜好を受け入れてくれるのでは……という、根拠がありそうでない自信を持っていた。
三浦は後ろ手を組んで本棚を眺め、ちょいちょいと本を手に取ってはぱらぱらとページをめくっていく。漫画、ライトノベル、文芸書などとジャンルごとにきっちりと分けているが、三浦からしてみればそんな区切りは関係ないのだろう。
ゆったりとした手つきでページをぱらぱらとめくり、たまに本棚に戻さずにローテーブルに置いていく。仮置きされているのはみんな漫画だった。比較的中性的な、男女ともに楽しめる類の作品だ。後で読むのだろう。
「……ヒキオ」
「ん」
三浦がぽつりと呼んできたかと思うと、視線を巡らせて「えっと……」と呟きながら本を数冊手にとる。漫画とライトノベルを数冊ずつ手に持つと、ちらりとこちらに目を向けた。
「ヒキオは……こういうのが好きなの?」
「こういうのって……っ」
どういうのだよ、と聞こうとした声が、んぐっと鈍く濁って止まる。
三浦が見せてきたのは、表紙がことごとく金髪ロングの美少女がにこやかに微笑んだり、艶やかな流し目を向けている作品の数々だった。それぞれまったくキャラは違うが、金髪ロングという点は共通している。
三浦は両手に持った本で顔の下半分を隠し、上目遣いで見つめてくる。待て、どこで覚えたんだその凶悪な仕草は。鼓動が速まりすぎて危険域に入りそう。
「……好きなの?」
ダメ押しでもう一度聞いてきた。なんかもう目的語を省いて「好きです」と言いたくなってきた。落ち着け俺。
「……好きかどうかと聞かれたら、その、まあ、うん、好きだな」
顔を逸らして、木の葉がこすれる音よりもささやかな音量で呟く。
ちらりと横目で三浦の反応を窺うと、顔を隠していた漫画とライトノベルを下ろした。
「……ふーん」
先ほどまでと同じ言葉。
それなのに、頬は淡く朱に染まり、口元は照れているのかもにょもにょと忙しなく動いている。
……なんだこの可愛い生き物は?
俺への質問を終えると満足したのか、三浦はふたたび本棚の物色を始めた。予想……というよりは願望通りで、俺の趣味嗜好に興味こそ示すものの、馬鹿にしたりということは一切ない。今日一番の不安材料が取り除かれたことで緊張が柔らいだ瞬間――三浦が俺のいる側に手を伸ばした拍子に、甘やかな匂いが鼻腔をくすぐった。
「ヒキオ、どうしたの?」
猛烈に顔が熱くなっている俺に三浦が尋ねる。三浦から見れば俺の顔は真っ赤なのだろう。漫画のページをぱらぱらとめくりながらも、なかなか熱が引かない俺の顔をちらちらと見てくる。
「……いや、なんでもない」
「……ふーん」
またしても気の無い返事をしながら、気に入ったのか手に取っていた漫画をローテーブルに置く。その頬はほんのりと赤くなっていた。
……さては、いま近付いたとき、三浦もちょっと緊張してたな?
なんだか俺だけが緊張したことになっているのがちょっと納得いかなかったが、とても言及はできなかった。恥ずかしがりながら睨んでくる顔を見てみたい気もするが、嫌われたくない。そんなことで三浦は俺のことを嫌いになったりはしない、という根拠のあるようでない自信もあるけれども。
うーん。
三浦が家に来てからは、緊張したり、安心したり、内心悶えたりと忙しい。
つまるところ、要は、結局のところ。
三浦といる時間が、とても楽しい。
続く。
今日の個人的ツボは「ふーん」でした。ふーん。
☆☆☆祝・600話達成☆☆☆
連載を始めて3年弱で、とんでもない話数に到達しました。
いつか300話達成時辺りで「次はこの倍ですね!」的なことを言われて「流石にそれはw」などと答えていた覚えがあるのですが、淡々と続けていたら達してしまいました!w
今や週1でこの物語を書くのがすっかり習慣になっています。
まだまだよろしくお願いします(^^)!
ノクターンノベルズで連載中の、
「社会人が築く亜人ハーレム~ラブコメとエロを分ける理由なんてない~」
「コンビニで出会ったエロい女の子と爛れた関係になりました。」
もよろしくお願いします! 何気ないエロスが好きな皆さんにはきっと気に入っていただけるはず!
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!