――あーしのこと、どう思ってる?
細い肩を抱き寄せて、今にも唇が触れそうなほどの距離。それなのに、三浦がこの言葉を囁いたときの表情は、切なげ、苦しそうで、今にも泣きそうだった。
「どう……って……」
俺がいま発した言葉は、本来ならば今すぐにでも告げたいと思っている三浦への気持ちをいったん脇にどかしてしまって、「取り敢えず、三浦の言葉を一度受け止めよう」という安直な発想から湧き出た言葉だ。三浦がこんな表情をする理由に薄々気付いているのに、その不安をすぐに拭うことができない自分がつくづく情けない。
三浦がそっと手を伸ばしてきて、肩を抱き寄せている俺の手に重ねてきた。温かくて小さな手は、微かに震えていた。
「……聞かせて」
三浦の言葉はとても短かった。なのに、たった四文字の中にたくさんの思いが込められている。耳朶からするりと入り込んだ言葉が脳の中で弾けて、三浦の思いが溢れ出すような感覚。
「……その、なんだ……。一緒にいるのが、当たり前っていうか……」
「友達止まりってこと?」
俺のたどたどしい、言い訳じみた言葉に三浦が食い気味で疑問を投げかけてきた。そんなわけないだろうと言いたい。一刻も早く三浦への思いを口にしたい。それなのに――まるで蜘蛛の糸に絡めとられたかのように、喉から言葉が出てきてくれない。
三浦が重ねている手にキュッと力を込める。まるで子どもが寂しがって親に抱き付くかのような、寄る辺を求めるような、そんな切ない力加減。綺麗に整った顔がくしゃりと歪んだ。
「……はっきりして。はぐらかされるのは、もういや……」
三浦の掠れた、消え入りそうな言葉にハッとする。
今、至近距離で俺の瞳を覗き込む三浦には、俺と、もう一人が見えているのかもしれない。今年の夏、三浦の心が、温め続けていた思いが、くしゃりと潰れたとき――もうこんな顔をしてほしくないと思った。なのに、今度は俺が悲しませてしまっている。気付いた瞬間、胸がズキリと痛んだ。
3年生になってから三浦と話すことが多くなり、徐々に惹かれて、俺も三浦も様々な出来事を経験して――それらは全て、期間にすれば半年弱の間に起きたことだ。
それが短いのか長いのかはわからない。
けれど、この期間で確かに大きく変わったものがあった。
――三浦に対する、俺の気持ちだ。
「……わかった」
俺の言葉に、三浦がびくりと震える。三浦の細い両肩を掴んで身体を離し、俺はあぐら、三浦は女の子座りになって正面から向き合う。
「俺は……」
――初めて会ったときは、自分と全く触れ合うことのない人種だと思っていた。きっと俺のような人間をバカにするタイプだろうと。
――けれど、修学旅行やマラソン大会、バレンタインイベントを経て、三浦の人間的な魅力に少なからず気付くことができた。
――そして春から接する機会が増えると、どんどん新しい魅力に気付き、それまで見たことのなかった面を見ることができるようになった。
近付けば近付くほど、もっと知りたくなる。
それはきっと、今後も変わらない。そんな気がする。
「俺は……」
口がからからに渇く。ごくりと喉を鳴らすと必要以上に大きな音が出てしまった。心臓がバカになってしまったのではと思うほどにうるさい。それでも止まる訳にはいかない。
三浦の顔を、笑みで満たしたい。
堂々とした言葉で、きちんと、この思いを告げる――
「三浦が、その、えーと、なんだ、うん。……す、好きだ。もしよかったら、その、えー、あー、……付き合ってほしい」
教訓:プレッシャーに弱いと大惨事を起こします。
「……………………」
俺が真剣な表情をしながら紡いだあまりにもたどたどしい告白に、三浦は目をきょとんとさせている。一昔前のアニメならキャラの頭上に巨大な『……。』という文字が表示される雰囲気。間抜けな顔をしたカラスもセットで付いてるよ!
俺が三浦の両肩を掴んだままなのでなおさらシュールだ。猛烈に手を離したいが、離したら離したできっと恥ずかしいし気まずいと思われるので動けない。
やってしまった。
これから先何十年と経っても、たぶん今この瞬間の気まずさを思い出せる自信がある。
タイムリープしてやり直せないかしら……と真剣に悩んでいると。
「……ぷっ、くくっ……っ」
「ぅぐ……っ」
三浦が俯いて、静かに笑い始めた。
「くっ、くくっ……あはははは!」
恥ずかしさやらなんやらで地味にショックを受けて唸っていると、三浦はお腹を抱えて笑い始めた。予想外の反応に呆然としていると、ひとしきり笑った三浦が「あー、もう……」と笑いながら顔を上げ、目尻に浮かんだ涙を拭った。え、そんなに面白かった?
「はー、……ヒキオらしいね」
「……そりゃどうも。で、その、なんだ、さっきの返事をだな……」
顔が熱くなっていてついそっけない返事をしてしまったが、今は何よりも、告白の返事を聞かないといけない。
俺の言葉を聞くなり、楽しげに笑みを浮かべていた三浦の顔にほんのりと赤みが差した。表情の変化としては本当に微かなものだというのに、心の底から可愛いと思った。
「うお……っ」
三浦の両腕が首に絡まる。整った綺麗な顔が目の前にまで近付くと、耳まで熱くなった。三浦は三浦で顔を真っ赤にしている。なんで? なんで自分も恥ずかしいのにこんなことしたの!?
三浦が互いの鼻先が触れそうになるほど顔を近づけ、目を逸らす。右、左、右……とまるで横断歩道を渡るときのように。しばしのあいだ待っていると、やがて、意を決したように真っ直ぐ見つめてきた。
「あーしも、その……ヒキオのこと……す、好き」
「……っ」
俺ほどではないにしろ、中々たどたどしい告白。けれど、茶化す余裕などまったくなかった。恥じらいながら思いを告げる三浦の表情が、あまりに素敵で、魅力的で、可憐で、可愛かったからだ。今までだってたくさん三浦の可愛いところを見てきたはずなのに、その全てが霞むほど。俺が固まっていると、三浦は口元をもにょもにょと動かしながら、続きの言葉を綴った。
「だ、だから、その……つ、付き合う、から……。よ、よろしく、お願い……します?」
突然の敬語、からの疑問形だった。
「んぶふっ」
口をギュッと閉じていたら、代わりに鼻から声が漏れてしまった。
「ちょ、ちょっと、笑うなし……」
耳まで真っ赤にした三浦が拗ねたような目で見つめてくる。本人は怒っているつもりでも、この表情を見て怒っていると思う人はこの世にいないのではないだろうか。ただただ可愛らしい。
ふっと息を吐き、ゆっくりと深く吸って、未だに口をとがらせている三浦をじっと見つめた。背中に両腕を回すと三浦がびくりと震えたが、抵抗はしなかった。出会った頃はあんなに恐れていたのに、三浦の身体は驚くほど華奢で、やわらかくて、良い匂いがする。
「ありがとう。よろしく」
「……う、うん、よろしく」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
アレですやん。
ゲームとか漫画だと、ここで一旦区切って「そして数年後――」とか言うやつですやん。
結婚式とかね。
そんな感じですやん。
しまった、頭が真っ白だ。
目の前には、というかお互いに両腕で抱きしめ合った状態で、全く動けずにいる。なんだこれ、行動の選択肢が脳内に出てこないぞ。何をしたらいいか分からないのに、離れる雰囲気ではまったくないという奇妙極まりない状況。なんなの、なんなの!?
「……っ」
盛大に迷っていると、三浦が目を泳がせながらもゆっくりと顔を近づけてきた。恥じらいが浮かんだ可愛らしい表情で俺を見つめ、ゆっくりと目を閉じてゆく。
迷っている時間はなかった。
目を少しだけ開けて、ヘマをしないように気を付けながら、俺からも慎重に顔を近づけると――柔らかな唇がふにゅりと触れた。この感触も極上のものだが、何よりも「三浦優美子という素敵な女の子とキスをしている」という事実が、身体を内側から燃やすような感覚に陥らせた。
唇を重ねていた時間はそれほど長くなかった。2人とも口付けしながら息をする余裕もなかったからだ。三浦は唇を離すと、顔を逸らしてちらりと横目に見てきた。
「……言っとくけど、あーし、今のが初めてだから」
三浦の言葉と、婀娜っぽい流し目にぞくりとする。
「……そうか。奇遇だな、俺も初めてだ」
「ん、だろうね」
「それひどすぎない? んむ……っ」
三浦のさりげなくひどい言葉に抗議したが、返事の代わりに再び唇が重ねられた。今度はお互いに不慣れながらも呼吸をして、相手の感触や息遣いまでたっぷりと味わうように。三浦のまつ毛は驚くほど長く、切なげに揺れるのが愛おしい。
「……ん……っ」
唇を離すと、三浦がうっとりと目を細めた。心底幸せそうな表情に、どうしようもなく頬がゆるむ。
しかし、これ以上キスを続けると冷静でいられなくなりそうだ。一旦離れて落ち着くか……と思っていると。
「……あの、三浦さん?」
三浦は俺の首に腕を回したまま、全く離そうとしない。俺の顔をじっと見つめたままだ。初めて見る表情だが、これは恐らく物欲しげな表情なのではないかと気付く。
……冷静でいられますように。
ふたたび顔を近付けてくる三浦を見て、心の中で必死に自制するように言い聞かせた。
続く。
あーしさん編の開始日を見ましたら去年の3月13日でした。1年弱かかってようやくここまで来ました……!!
八幡、あーしさん、おめでとう!!
しかし本番はここからだ!!!
次回予告しておきます。
キスで1話使います。
(゜.゜)
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!