元旦。
「んじゃ、行くか」
「はいはーい」
お兄ちゃんと家を出ると、外の空気はとても澄んでいて、肌に刺さるように冷たかった。
「うひゃー、超寒いね」
「だな」
小町がマフラーに顔をうめると、お兄ちゃんも同じタイミングでマフラーに顔をもふもふとうめた。つい1週間くらい前に優美子さんからもらったマフラー。今まで家族以外からプレゼントされた経験がほとんどないお兄ちゃん――この言い方はとてもひどいけど、まったくもって否定しようがない――が、ここまで躊躇なく貰ったものを身に着けてるのがなんだか不思議な感じ。
優美子さんのことが本当に好きなんだなー、とニヤニヤしていると。
「……なに見てんだ」
「にゃー!」
不良みたいな喋りになったお兄ちゃんに頭をぐしぐしと撫でられた。ちょっと力が強い。せっかくセットした髪をものの数秒で無駄にされ、歩きながらこんこんと説教した。けれどお兄ちゃんは「はいはい、可愛い可愛い」と極めて適当に流しやがりました。小町自身が可愛いのか、はたまたお説教が可愛かったのか? いや、お説教が可愛いってなんだろう。すごく斬新。
ぽてぽてと最寄り駅まで歩いて電車に乗ると、通勤ラッシュほどではないにしろかなりの人でごった返していた。
「……なんで年始からみんなして電車に乗ってんだ……帰りたい……」
「まだ乗って10秒だけど」
返す刀(最近覚えた)で斬り捨てると、お兄ちゃんは「ぐ……っ」と唸った。やだ、ホントに死んじゃうの? お兄ちゃんが文句を言うのをやめて吊り革につかまったので、コートの袖をちょんとつまんで支えにする。お兄ちゃんは小町をちらりと見ると、「ん」とだけ答えて、あとは窓の外の景色を眺め始めた。なんだか熟年夫婦みたい。「ん」「はいはい、お茶ですね」みたいな。
――今日はお兄ちゃんと優美子さん、小町で初詣に行く予定になっていた。ふたりで行こうとしていたので小町は別行動にしようと思っていたけど、お兄ちゃんと優美子さん、それぞれから誘われた。ふたりして小町のことが好きすぎるまである。まあ悪い気はしない……というか嬉しすぎるので、喜んで承諾した次第です。お兄ちゃんとは毎日顔を合わせてるからなんでもいいんだけど(ひどい)、優美子さんにはとっても会いたいのです。
最寄駅から数駅移動したところで電車を降りる。電車の中はちょっと不快な暑さだったので、外の寒さがちょっとだけありがたい。あ、やっぱり今のはウソ。30秒で寒くなった。寒い! 寒いよ!
「思うんだが、みんな家の中に神社とかの写真を貼ってそこにお参りすればいいんじゃなかろうか。移動時間も省けるし、ごった返す人波に揉まれる必要もないし」
「あー、わかるわかるー」
「いっそ『は?』って言ってくれたほうが傷は浅くて済んだ……」
自分でもびっくりするくらい棒読みで答えると、お兄ちゃんが遠い目をした。視線の先にはちっちゃくて白い雲しかないんだけどねー。お兄ちゃんはあまりに戯言(たわごと)が過ぎるので、お兄ちゃんのせいで戯言という言葉を調べて覚えたまである。……たぶんだけど。
「…………」
「ん、どうした。俺の顔に何かついてるか」
隣を歩くお兄ちゃんをじっと見ていると、信じられないくらいベタなことを聞いてきた。普段はあれほど王道を嫌うくせに。
「ん、べつに何も憑いてないよ」
「今なんか、違う漢字になってたような気がするんだが」
「んなこたあないよ」
適当にごまかすと、「はいはい、可愛い可愛い」と頭をくしくしと撫でられた。高校1年生にもなって兄に頭を撫でられるのってまあまあ恥ずかしいけど、いかんせんキライでもないのが困ったところ。
お兄ちゃんの顔をじーっと見つめて思ったこと。
優美子さんとお付き合いするようになってから、あるいはそれよりももうちょっと前から、お兄ちゃんの顔つきが少しかっこよくなった気がする。いや、かっこいいと言うと調子に乗っちゃうかな。少しはマシになった気がする。小町は何様なんだろう。
けれど、変わったのはたしか。やわらかくて、そして強くなったような、そんな感じ。
「あ、優美子がいるな」
誰かと寄り添うようになると、こんなに人って変わるんだな……と思っていると、お兄ちゃんのマフラーとよく似たチェックのマフラーを巻いた優美子さんが見えた。
× × ×
神社の前で合流した優美子さんは、相変わらず綺麗で、かっこよくて、そして可愛い。真冬の澄んだ空気に白い息を吐き出す優美子さんは、どこかの個展で飾られている一枚絵のように見えた。
「あけましておめでとう、優美子」
「優美子さーん! あけましておめでとうございまーす!」
お兄ちゃんがすんなりと(でもちょっと照れつつ)挨拶したことに驚きながら、小町も続く。
「ん、……あけまして、おめでとう」
優美子さんは挨拶を返すなり、ちょっと恥ずかしくなったのかマフラーに顔をうめた。もふって。可愛すぎて卒倒しそう。
「ヒキオ。顔真っ赤だし。寒かった?」
「現在進行形で寒いぞ」
「ふーん?」
優美子さんが可愛らしく微笑み、手袋を着けた手でお兄ちゃんの頬をそっと撫でる。お兄ちゃんが気持ち良さそうに目を細めた。今まで見たことのないお兄ちゃんと優美子さん。あまりに自然な動作に、小町の反応が遅れた。「ほえ?」って顔をしてしまう。そして小町が事態を呑みこんだと同時に、お兄ちゃんと優美子さんもハッとした。
「バ、バカップルだー!」
「やめろ、大声はやめろ……!」
お兄ちゃんの声が珍しく荒くなる。もがもがと口を塞がれてしまった。優美子さんは不自然なくらい首を逸らしてる。耳が真っ赤なのはたぶん、寒いからではないんだろうなー。
「……結婚すれば?」
ふたりの呼吸が整いかけたところでぽつりとつぶやくと、ものの見事に揃ってむせた。ジャンプして着地しようとした足をぱしーんと払った感じ。すってんころりん。
なんだかこのふたり、ちょっと前よりもずっと可愛くなってるなーと思いました。
× × ×
神社の境内は人でごった返していた。背がそんなにおっきくない小町がお兄ちゃんと優美子さんからはぐれまいと頑張っていると、優美子さんも人波に押されてはぐれそうになっていた。
まずいなー……と思っていると、とつぜん手を掴まれた。大きくてけっこう逞しい手。手袋をしていても、お兄ちゃんだとすぐに分かった。顔を上げると、優美子さんも目をぱちくりとさせていた。
「……状況が状況なんでな」
優美子さんと小町、ふたりと手を繋いだお兄ちゃんがぽそぽそとつぶやく。優美子さんと目を合わせてくすりと笑うと、
「ヒキオ、今何ていったの?」
「ザワザワしてるからよく聞こえなかったよーお兄ちゃん」
「……ぜったい聞こえてただろ……」
お兄ちゃんの顔が赤くなった。可愛い。優美子さんとアイコンタクトして、くすくすと笑い合う。
ふと、本当になんとなくだけれど。
こんなやりとりを、この先10年も20年も続けていけるような、そんな気がした。
× × ×
混み合っているところを抜けると、お兄ちゃんはさすがに小町から手を離した。優美子さんからも手を離そうとしたけど、そこは小町が「は? いや、そこは空気読めよ」顔をして(ひどい)、繋いだままにしてもらった。優美子さんもちょっと寂しそうにしていたので、繋いでいたほうが良いと思う。優美子さんって意外と甘えたがりなんだな……何それ可愛すぎて死んじゃう……。
朝から出店がたくさん出ていて、3人で好きなように食べた。優美子さんと小町があんこもちをモニョモニョと食べていると、お兄ちゃんが3人分の甘酒を買ってきてくれた。温かな液体が喉から五臓六腑に染み渡る感じ。
お兄ちゃんとふたり揃って「ほふぅ……」と息をつくと、優美子さんが思いきりむせて、それからしばらく笑いっぱなしだった。縁側でくつろぐおばあちゃんみたいな兄妹で笑ってもらえて何よりです……。
いざお参りだーと御手洗で手を洗うと、びっくりするくらい冷たかった。「うひゃー! 冷たい!」とはしゃぐと、お兄ちゃんと優美子さんが微笑ましく見守っていた。なんだかふたりの子供みたいな気分。
もう一回「やっぱり結婚しなよ」というと、ふたり揃って顔が赤くなり、冷まそうとしたのか慌てて手を洗い、水の冷たさにふたり揃ってビクーン! と飛び跳ねた。なんだこの可愛い生き物たちは……。
大きな鈴をガランガランと鳴らし、3人で二礼、二拍手、一礼。3人とも、手を合わせている時間が長かった。
「お兄ちゃんと優美子さんは何て願ったの?」
「……そういうお前は?」
「小町はねー、『お兄ちゃんと優美子さんが幸せになれますように』って願っといたよ。これならふたりが志望大学に合格して、好きなだけイチャイチャできるでしょ?」
にひっと笑うと、ふたりは目をぱちくりとさせ、ほんのりと顔を赤くして、ちらちらと互いを見やった。
「……あー、その、なんだ。ありがとな」
「おー、素直にお礼を言えるようになったんだねー」
「お前は俺を何だと思ってんだ……」
お兄ちゃんに頭をわしわし撫でられて「ぎにゃー!」と悲鳴を上げていると、優美子さんが照れながら微笑んだ。
「その……ありがとね、小町」
お兄ちゃんとふたり揃ってひざから崩れ落ちた。
ちなみにお兄ちゃんは「優美子が大学に合格しますように」、優美子さんは「ヒキオが大学に合格しますように」とお願いしていたらしい。ほんと結婚すればいいのに。
× × ×
お参りが終わると、3人でカフェに入った。暖かな空気にホッとしつつ、カフェオレを飲んでのんびりのんびり。
――やっぱり、本当に変わったなぁ。
今度はお兄ちゃんではなく、優美子さんをじっと見つめてそう思った。
優美子さんと初めて会ったのは、たしか去年、いや、もう一昨年の夏休みだった。あのときは「わー、パリピってこんな感じなのかなー」なんてことを考えたりしていた。金髪だし、クルクル巻いてるし。小町の根っこはお兄ちゃんと(不本意ながら)似ているところがあるので、きっとお兄ちゃんも似たような印象を抱いていたと思う。イジめられていた子――留美ちゃんだったかな?――のことをどうするかという話し合いをしていたときも、優美子さんはピリピリ刺々していて、どこか余裕のない印象だった。
けれど今は、そんな印象がウソみたいに和らいでる。人を跳ね除ける棘がすぽすぽと抜けたような、そんな感じ。綺麗なバラには棘があると言うけど、今の優美子さんは棘のなくなった、魅力剥き出しのバラだ。こうしている今もお兄ちゃんの口についたカフェラテの泡を拭いている。結婚すればいいのに。世話焼きなところとか、元々持っていたであろう魅力がよりいっそう強まった感じ。
要するに、優美子さんはすごく綺麗になった。ちょっと眩しいくらいに魅力的。
なんだか無性に幸せな気持ちになる。口元がむずむずする。
「? 小町、どうしたの? あーしのことジッと見て」
「え? あー、や、その……優美子さんって本当に綺麗だなって」
「な……っ」
「正確に言うと、『元々綺麗な人だったのに、さらに綺麗になった』なーって」
「…………っ!」
優美子さんが目を見開き、顔を真っ赤にして慌てる。可愛い。ちょっと訳がわかんないくらい可愛い。
お兄ちゃんはどんな反応をしてるのかなーとチラ見すると、自分の恋人が褒められたのが嬉しいのか、あるいは照れてる優美子さんが可愛いと思ってるのか、はたまたその両方なのか分からないけど……なんだか色んな感情がいっぺんに顔に浮き出たような、奇妙なニヤケ顔になっていた。小町は引いた。優美子さんも引いた。お兄ちゃんはダメージを受けている!
ふたり同時に引かれて凹んでいるお兄ちゃんに、優美子さんがそっと席を寄せた。お兄ちゃんはまるでアメをもらって泣き止む子どものような表情をした。あー、これ今、テーブルの下でぜったい手を繋いでるよー。見つめ合っちゃってるよー。
「……比企谷優美子」
『!?』
「……あるいは、三浦八幡」
『!?』
ぼそっとつぶやき、ぷいとそっぽを向く。「はやく結婚しろし」という分かりやすいメッセージ。見えない角度でふたりが大いに慌てているのが、可愛くて仕方がなかった。
× × ×
帰り道、お兄ちゃんと優美子さんを一歩後ろから眺めながら歩く。
本当にお似合いだなーと思っていると、
「小町、どうした」
「小町、どうしたの?」
ふたり同時に振り返った。似た者夫婦なんて言葉があるけど、ふたりはすでにその領域に達しているのかもしれない。
ふたりが同じ大学に合格して、好き放題イチャイチャして、早く結婚しますように……と祈りながら。
「なんでもないよ、お兄ちゃん、優美子さん」
にひっと笑い、ふたりの後ろをとてとてと付いていった。
続く。
突然の小町でした。
八幡・あーしさん、小町で初詣に……というのは以前から考えていたんですが、どうやったら楽しくかけるかなー、あれ、小町視点にすればいいんじゃね? となりまして。
ヒロイン視点を書くことさえ少ないんですが、小町視点ってもしかして初めてですかね……? 教えて読者様(他力本願)!
※以下、ネタバレはまったくしません。
俺ガイル13巻をゆっくり読み進めています。シリアスなのはシリアスなんですが、ところどころでぶっこまれる八幡のモノローグは安定して笑えます。
12巻を読んだときも思ったんですが、刊行に間が空いたからこそ読める渡先生の時事ネタがたくさんあるなーと。きっとこの作品が好きなんだなーというのがわかると、すごく嬉しくなります。
書籍化もできてオリジナル小説をたくさん書いていますが、俺ガイルの仕草の描写が多い地の文を読むと、まるで故郷の水を飲んでいるかのように身体に馴染みます。嬉しいです。
残り半分強ほどなので、じっくり読み進めたいと思います(^^)
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!