めぐりん編アフター、スタートです!
(1)
季節は春。
高校生活最後の1年が始まってから、およそ2週間ほどの時間が過ぎていた。
理系と文系に分かれるクラス替えがあったものの、俺にとって大した影響は無かった。正確に言えば戸塚と一緒のクラスになれたので後はもはや何でも良かった。
受験の年ということである程度の緊張感や浮つきはあれど、3年目ともなれば皆さして動じない。新しいクラスメイトとそれぞれのペースで馴染んでいく空気感は、どこか熟達した雰囲気をも感じさせた。
――そんな中で、俺は。
「…………」
皆が楽しそうにしている中、一人で声にならない小さなため息を吐き、そっと目を瞑る。
――傍から見ればまるで分からないが、俺の心には大きな穴が空いていた。
新しく入ってくる人がいれば、彼ら彼女らに道を譲るように出ていく人がいる。
そんな――様々な思いを抱えて総武高を出ていった人の中に、あの人がいた。
授業を受けている時、開けた窓から吹き込んだ風にノートをめくられ、なんとはなしに外を見る。
あの人も、今頃は授業中だろうか。1年生は授業が多いと聞く。あの人のことだ、きっと真面目に授業を受けているんだろう。もしかしたら最前列を陣取っているかもしれない。そう思うと、くすりと笑ってしまった。
カレンダーを見て、今日の日にちを確認する。
週末になれば――あの人に、めぐり先輩に会える。
二週間ぶりの逢瀬が、楽しみで仕方なかった。
× × ×
めぐり先輩は、以前宣言していた通り――大学から程近く、且つ総武高からも比較的近い場所に引っ越していた。女性の引っ越しは何かと大変だろうと手伝いを申し込んだのだが……。
「あ、あ~……比企谷くん、厚意は嬉しいんだけど、大丈夫だよ。ありがとね」
「そんな遠慮しないでくださいって、そんくらいならいくらでも手伝いますよ」
「あ、その、あのね? 本当にそうしてくれるのは嬉しいんだけど……その、引っ越しの日はわたしの両親も来るの」
「……っ、い、いや、それでも、世話になった後輩って言えば比較的穏便に行けるのでは……」
「……後輩の男の子とお付き合いしてるっていうのはもう話してあって、二人とも比企谷くんに興味津々なの。お母さんはまだ良いけど、お父さんは……その、お母さんとはちょっと違う意味で興味津々というか……多分比企谷くん、大変な目に遭う気がするんだ」
「…………それは、流石に、厳しいですね……」
「そうなの、ごめんね……。それと、引っ越してからしばらくはかなりばたばたしちゃうから、今の内に会う日を決めておかない?」
「わかりました、どれくらい空けますか?」
「う~ん……2週間くらい、かな? あくまで目安だけど」
「に、2週……間……っ」
「そ、そんな悲しい顔しないで……」
などというやりとりがあり、引っ越しに立ち会えない上に2週間ものお預けをくらってしまった。俺とは違い、めぐり先輩の環境はあまりにも大きく変わる。無理をさせたくはなかったので、自分を無理やり納得させて彼女の提案に従った。
そして迎えた週末。めぐり先輩の現在の住居が近くにあるという公園で待ち合わせていた。
「……あったけえな……」
腕時計をしきりに見やりながら、ふと呟く。春とはいえまだまだ暖かさと寒さが同居している日が続いていたが、今日はとても暖かい。冬の寒さもなく、かといって夏の暑さが頭を過ぎるでもない程良い天気。まるで、めぐり先輩が陽気を運んできてくれたかのようだった。
ふと背中に気配を感じて振り向くと、柔らかな風が吹いた。
「お待たせ」
めぐり先輩が少し浮き立った声音で挨拶をして、にっこりと微笑んだ。
「……お久しぶりです」
あまりにも素敵な笑顔と出で立ちに、動揺を隠そうとして妙に低い声になってしまった。
めぐり先輩は、白のブラウスにカーディガンを羽織り、淡い水色のロングスカートを履いて小さなバッグを両手で持っている。そして高校生の頃とても印象的だったおさげ髪はやめたらしく、艶やかな黒髪は下ろしていた。いかにも清楚なお嬢様といった印象で完璧に目を奪われて、ついさっきまではっきり見えていた周りの景色が全てぼやけてしまう。まるで視覚がめぐり先輩だけを見るように命令しているかのようだ。
「会いたかったぁ……」
あまりに可憐な姿にくらくらときていたのに、その上とても幸せそうに頬を緩めて微笑まれ、心臓を綺麗に撃ち抜かれた。俺だって会えてものすごく嬉しいのに、きっと今のめぐり先輩は俺よりもずっと嬉しそうな顔をしている。
「……お久しぶりです」
浮かれた声にならないよう必死で平静を装って答えると、めぐり先輩が不意に距離を詰めてきた。綺麗で可愛らしい顔立ちが目の前に迫り、思わず呼吸の仕方を忘れる。
「比企谷くん……しばらく会えなくて、ごめんね?」
「ああ……いえ、忙しかったでしょうし……」
顔を逸らして答えると、可憐な顔が更に近付く。吐息が鼻腔をくすぐって、身体がびくりと跳ねた。
「……お詫びに、好きなことしていいよ?」
煩悩がものすごい勢いで飛び出した。多分1080個くらい。
「ただし、常識の範囲内でね?」
飛び出した煩悩を物凄い勢いで回収した。
めぐり先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべて、そっと俺の腰に手を添えている。
うーむ。
めぐり先輩……やはり小悪魔だな。
周りに視線を巡らせると、謀ったかのように誰もいない。恐らくめぐり先輩はこの状況が分かっていて言ったんだろう。しかしそれでもちょっと恥ずかしいのか、目の前にある顔はほんのりと赤らんでいる。俺を殺す気なんだろうか。
「……それじゃあ……」
どうするか数秒逡巡した末に、めぐり先輩の腰に手を回して抱き寄せた。きっとこれなら常識の範囲内に収まるだろう。
「あ……っ」
めぐり先輩が少し高い声を上げ、俺の胸に顔をうずめた。服と肌の柔らかい感触に陶然としていると、めぐり先輩が俺の腰に腕を回して抱きしめかえしてきた。きゅっと込められた力は決して強くなく、どこまでも優しい。春の優しい時間の流れが、もっと穏やかになった気がした。
「……ん?」
なんだか胸元がむずがゆい……と思って視線を下ろすと、めぐり先輩がおでこをくしくしとこすりつけていた。突然の小動物登場。
「……あ~、比企谷くんの匂いだ~……」
ぐらっと理性が揺らぐようなことを言って、顔を上げる。上目遣いで俺を見た顔は陶然としていて、さっきまでの小悪魔然とした表情はどこにもなかった。
目だけ動かしてひと気が無いことを確認して、そっと唇を重ねる。あまりの柔らかさと溢れ出す甘い匂いに溺れそうになるが、懸命に堪えてすぐに唇を離す。
「……もうちょっと……っ」
「え……んむ……っ?」
めぐり先輩が名残惜しそうに眉をひそめ、今度は自分から唇を重ねてきた。腰に回した手に力を込めて抱き寄せられ、思わず口内に舌を侵入させる。小ぶりな唇は容易く割り開かれて、朱い口内粘膜がぴとぴとと恐る恐る触れ合った。
「……ぷはっ。……えへへ……」
唇を離すと、めぐり先輩が照れたように笑った。正直この場で押し倒したい。
そういえば、今日の予定はめぐり先輩任せだった。内容をまだ聞いていなかったことに気付く。俺の顔を見て意図を察したのか、めぐり先輩がはにかんだ。
「今日はね? 街をぶらぶらしたいんだけど……その前に、わたしの家を見せたいなって思ってて。……どう、かな?」
おっと。
「……ぜぜぜ、ぜひ……っ」
「比企谷くん……声、裏返ってるよ?」
くすりと笑われてしまった。
めぐり先輩の家なんて死ぬほど見たいに決まってるが、その後に外に出るとなると今日はあれこれ出来ないか……と悲しく思っていると、めぐり先輩が何やらもじもじしだした。
「そ、それでね……? お昼は外で食べて、夜は、その……うちでどうかなって……」
心臓が跳ねる。
「……ぜひ。……あと、俺は明日何も予定はありませんので」
めぐり先輩が目を見開き、頬を赤らめて目を逸らす。
「……そ、そっか……。わたしも、明日は空いてるんだ……」
「そうですか、それならゆっくり出来ますね」
「……うん……」
めぐり先輩の言葉はか細く、今にも消え入りそうだった。小さな手をきゅっと握ると、めぐり先輩の身体がびくりと跳ねる。細い指が絡んでくると、まるで心臓が直接何か細いものに縛られているような感覚になった。
めぐり先輩が歩き出して、ちらりと振り返る。
綺麗な瞳にはほんのりと媚熱が篭っていて――聞こえないように必死で抑えながら、小さく小さく喉を鳴らした。
続く。
☆☆☆☆☆祝・2周年☆☆☆☆☆
ぬおあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
誰がここまで続くと思ったでしょう。書いている本人が一番「え、マジで?」となっています。気が付けば550話、お気に入り8000件、感想3700件ともはやピンとこない数字に達しています。PVは2800万目前です……どういうことなの……。
最初からずっと読んで頂いている方、途中でやめた方、途中から読んで頂いている方、全ての方に心の底から感謝します。
この作品を書くほんの3ヶ月前までは「人生で書いた一番長い文章? 中学の作文です」という状態でした。随分と遠くまで来た気がしますが、まだまだこれから頑張ります。
皆さん、今まで本当にありがとうございます(^^)!!
これからもよろしくお願いします!!
原作が4月に出るようなので、それをエネルギーにしてまたもりもり書いて行きたいと思います!!
そんな訳で、めぐりん編アフター開始です!
2周年記念にメタネタか人数を限定したハーレムものを書くか迷ったんですが、めぐりん編はずっと書きたかったので始めてみました。書きたいシーンは本編を終える前後から考えていたんですが、気が付いたら本編終了から13ヶ月が経過していました。ゆるゆるとお楽しみください(^^)
しばらくは
①はるのんアフター
②あーしさん
③めぐりんアフター
の3本立てでお送りします。不思議な組み合わせ!
はるのんとめぐりんの区切りが付いたら、以前から要望の多かったエピソードを書いてみようと思います。本編として書いたことのない流れになるのでどう転ぶか分かりませんが、不安も楽しめたらなと思ってます。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!