※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(2)

 めぐり先輩の新居は、セキュリティのしっかりしたマンションだった。

 

「お父さんは最初『危ないから女性専用マンションにしなさい』ってうるさかったんだけど……。わたしが渋ってたらお母さんと一緒になって理由を聞いてきて、迷ったんだけど結局比企谷くんのことを言ったの。そしたら普通のマンションを選べるようになったんだけど……その後が大変だったんだ」

 

 入口で暗証番号を押して中に入っためぐり先輩が、くるりと振り返ってちょっとだけ苦笑いを浮かべた。ああ、だから俺が引越しを手伝うのを止めたんだな、と納得する。

 

「……なんかすいません」

「君が謝る必要はないの! ほら、行こ?」

 

 めぐり先輩が腰に手を当てて前屈みになって俺をたしなめ、かと思えばにっこりと笑みを浮かべて俺の手を引っ張ってくる。心が気持ち良く振り回される幸せは、会えなかった時間の空虚さを容易く埋めていく。

 

 エレベーターに乗り込みドアが閉まると、めぐり先輩は俺との距離をちょっとだけ縮めた。互いの手がちょん、ちょんと触れ合い、めぐり先輩がちらちらとこちらを見てくる。

 

「えへへ……」

 

 あまりに可愛いもんで、思わず俺も笑ってしまう。

 

「ふはは……」

「…………?」

 

 めぐり先輩にきょとんとされた。

 スベるより恥ずかしかった。

 小町みたいになじってくれた方がまだ良かった……。

 

 めぐり先輩の部屋がある4階に辿り着くまで、俺はずっと壁を凝視していた。めぐり先輩が不思議そうに俺の顔を覗き込み、頬を3回ほどつつかれた所で4階に到着した。

 

 エレベーターのドアが開き、廊下を2人並んでとっとこと歩いていると、めぐり先輩が不意に振り向いた。

 

「比企谷くん、さっきのって……」

「……聞かないでやってください……」

 

 素でぶり返されると中々にきついものがあった。

 時間差の追及ってお笑いの高等テクニックですやん……。

 自然な笑い方を追求しようと心の内で誓った。あくまで誓うだけだけども。

 

       ×  ×  ×

 

「それじゃあ、どうぞ」

「お邪魔します……」

 

 寝起きどっきりの挨拶くらい静かな声で断りを入れ、三和土で靴を脱ぐ。泥棒さながらに静かに移動する俺を見て、めぐり先輩がくすりと笑った。

 廊下を抜けると、めぐり先輩の寝室兼リビングがあった。

 

「……良いっすね、この感じ」

「そう? 良かった」

 

 俺のざっくりとした感想に、めぐり先輩はどこか安心したような声音で笑う。

 

 引っ越ししてまだ2週間程度しか経っていないためか、部屋の中はまだまだ物が少なかった。ベッドとソファ、ローテーブルに勉強机。

 

 一見するとさばさばとした印象を受けるが、それでもそこかしこに可愛らしい小物が置かれ、これから女子大生の部屋になっていくことが容易に想像出来て何だか楽しい。

 

 ゆっくりと時間をかけて、以前の住人が住んでいた時の匂いが、俺もすっかり馴染んだめぐり先輩の匂いに少しずつ入れ替わっていくのだろう。

 

「ソファにどうぞ。結構気に入ってるんだよ?」

「それじゃ、遠慮なく……おおう」

 

 もふっ、という感触と共に、予想の倍くらい心地良く身体が沈み込んだ。あれ、これって一時期話題になった人をダメにする系の家具でっしゃろか……?

 

 気持ち良いでしょ、もっとくつろいでいいよ、という天使の囁きがあったので、躊躇なく背もたれに身体を沈める。

 

 ……あかん……これ、ニートになってまう……。ヒキニートになってまう……。そしてトラクターにはねられて転生してまう……。

 

 …………。

 す、す、スティー…………ル……。

 ……………………。

 

「このまま1ヶ月くらいこうしてたい……」

「う、ううん……そんなにだらけた人を養いたくはないかなぁ……」

「……養う?」

 

 めぐり先輩の優しいツッコミの中に紛れていたワードが引っかかり、顔をがばっと上げる。するとめぐり先輩は高速で顔を逸らした。めぐり先輩には珍しくえらく機敏な動きだったが、滑らかな黒髪から覗く耳が真っ赤になっていた。

 

「めぐり先輩、今のって……」

「……聞かなかったことにして……」

 

 意趣返しに気付いたのか、めぐり先輩が拗ねたように眉をひそめてちょっとだけ俺を睨んだ。この人が可愛くない瞬間を探す方が大変だな、と思うくらい可愛かった。

 

 ちょっと待ってて、お茶を淹れてくるから……と言って、めぐり先輩がキッチンに向かう。俺はその間、スマホをいじるでもなく、かといって本を読むには時間が短いからその選択肢もとらず、部屋をこれ以上じろじろ見るのは不躾かと思い視線を天井に固定させる。

 

 つまり、引き続きだらけていた。

 

 のへーん。

 のほーん。

 

 …………。

 

「……行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず……」

 

 ……誰もが知っている古典の一節を口ずさんで、俺は何をやってるんだろうという猛烈な虚無感に襲われた。

 

「お待たせ……って、比企谷くん? そこまでだらけるのもどうかと思うんだけど……」

「……すいません」

 

 家にいるときよりもだらけている俺を見て、ティーカップ2つを載せたお盆を持っためぐり先輩が呆れ笑いを浮かべる。これからこの家に来るようになったら、こんな雰囲気が続くのだろうか。めぐり先輩と一緒に過ごす時間が更に楽しみになった。

 

「はい、どうぞ」

 

 めぐり先輩は俺に紅茶を渡すと、俺の隣に座った。

 ふわりと香る優しい匂いは、益々この場所への愛着を湧かせてくれた。

 

       ×  ×  ×

 

 紅茶を飲んで精一杯賛辞を送り、めぐり先輩が困ったように笑うのを見届けたところでふと静寂が訪れる。

 

「……大学はどんな感じですか」

 

 ぽそりと呟いた質問に、めぐり先輩は紅茶の最後の一口を飲み干し、ティーカップをローテーブルに置いて「うーん」と可愛らしく唸った。

 

「高校までとはがらっと変わってて最初は驚いたけど……結構楽しいよ。色んな講義が受けられるし、部活やサークルもいっぱいあるし」

 

 サークル、という単語にぴくりと反応する。

 

「サークルは決めたんですか?」

「うん、多分ここに入るかな、って所は決まってるよ。ボランティアサークルなんだけど」

 

 如何にもめぐり先輩らしい答えに、思わず頬が緩む。

 

「子供たちのいる施設や老人ホームに訪問したり、色んなことをやってるみたい。わたしは新歓コンパで話を聞いただけだけど、もうわくわくしてるんだ」

 

 可愛らしくも美しい顔が更に輝いたが、俺はめぐり先輩が発した言葉の一つが引っかかってしまった。

 

「新歓コンパって言うと……あの悪名高い新歓コンパですか……?」

「どこでそんな悪名がついてるの……。比企谷くんが心配するようなことは何もないよ? 外でお花見しながら、ソフトドリンクを飲んでお話するだけだから。大丈夫大丈夫」

「そうですか……」

「……?」

 

 俺の反応を訝しんだめぐり先輩は、俺の顔をじっと覗き込み、やがて何かに気付いたように目を見開いた。ほんのりと頬を赤らめたかと思うと、悪戯っぽい微笑みを浮かべる。

 

 めぐり先輩が距離を詰めて、二人の間のソファの生地が沈み込む。二の腕が触れ合うくらい近付くと、温かい手が重ねられた。

 

「……心配しなくても、ちゃんと『お付き合いしてる人がいます』って言ったよ? 最初のコンパで」

「……え……あ……そ、そうなんですか……」

「うん、そうだよ。お調子者の男の先輩が新入生みんなに恋人はいるのかどうかを聞いてまわっててね。わたし以外にも男女合わせて10人くらいいたんだけど、同じように恋人がいる人は何人かいたなぁ」

「……そう、ですか……」

 

 心がふわりと軽くなり、同時に自分の狭量さにうんざりする。いつにも増してめんどくさい振る舞いをする俺を見て、めぐり先輩は微笑みを浮かべながら俺の頭をくしくしと撫でた。

 

 柔らかい手の感触に目を細めていると、おでこ同士がこつんとぶつけられる。ずっと大切に思っている女性の顔が目の前に来て、情けないくらいに鼓動が高鳴った。

 

「わたしのことばっかり心配してるけどさ、比企谷くんこそどうなの?」

「え、どうっていうのは……?」

「もう……そっちは新入生が入ってきたでしょ? 可愛い子に目移りしちゃわない?」

 

 めぐり先輩がどこか意地悪な声音で問うてくるが、俺は目をぱちくりとして答えに詰まった。めぐり先輩が言ったような事態は、ただの一度も考えたことが無かった。

 

 そのためどう答えたら良いか一瞬分からなくなってしまう。俺の反応が予想外だったのか、めぐり先輩も目をぱちくりとさせている。

 

 互いの目がぱちくりとする。

 ぱちくり。

 ぱちくりぱちくり。

 

「……どうやって目移り出来るかが、まず分かりません」

 

 瞬きの応酬の後にぽそりと呟くと、めぐり先輩のおでこがかぁっと熱くなった。恐らく顔全体が熱くなっているんだろう。

 

「え、あ、そ、そっか」

「はい、そんなの無理ですよ、無理無理。めぐり先輩から目移りするってどんだけ大変だと思ってるんですか」

「う、うぅん……君ってわたしが想像してたよりも一途だなぁ……って、自分で言って恥ずかしくなっちゃった……っ」

 

 めぐり先輩がぱっと顔を離し、手でぱたぱたと顔を扇ぐ。容量を遥かに超えた幸せに我慢が出来なくなって、めぐり先輩を両腕で抱きしめた。

 

「わぷ……っ?」

 

 可愛らしい声を漏らしためぐり先輩が、俺の胸板に顔をうずめる。

 

「……めぐり先輩は本当に可愛いですね」

「……調子に乗り過ぎだよ? もう」

 

 顔を上げて上目遣いで呟くと、めぐり先輩は身体をもぞもぞと動かして俺の正面に回り込み、背中に両腕を回して抱きしめてきた。身体の前後を心地良い柔らかさに挟まれて陶然とする。

 

 あまりにも幸せすぎて、だいぶ暑くなってきてしまった。

 

 少し窓を開けないと汗をかきそうだな……と思いながら、めぐり先輩の頭をくしくしと撫でる。気持ち良さそうに目を細めためぐり先輩が、ソファに身体を沈めてだらけている時の俺よりもリラックスしているように見えて、少し笑ってしまった。

 

 俺が笑うのを見ためぐり先輩が、不思議そうにくりんと小首を傾げた。

 

 

 

 続く。

 

 

 

 

 

 




 久しぶりにだるんだるんなやりとりを詰め込みました。めぐりんの母性は無限大。

 それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!
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