めぐり先輩に連れて来られた先は、住宅街の中にひっそりと紛れているカフェだった。
「ここね、わたしの大学ではちょっとした穴場のお店として有名なの」
「へえ……そうなんですね」
店の入口に向かいながらめぐり先輩の説明を聞き、ふと要らぬ想像を巡らせてしまう。
大学の穴場。
カフェ。
雰囲気が良い。
良い感じに可愛くてふわふわした女の子がお茶を飲んでいる(偏見)。
以上の要素から鑑みるに、この店は出会いの場……とまでは言わなくとも、ナンパの温床になっていたりするのでは?
…………。
「……大丈夫でしたか?」
「え? なにが?」
「いや、その……」
ここでお茶を濁してしまうことは簡単だ。
しかし、今の俺はそんなことをすべきではない。
めぐり先輩と物理的な距離が離れてしまっている以上、みっともなくとも言いたいことは言って、聞きたいことは聞いておかなければ。
「……その、ナンパとか、されたりしないのかなって……」
緊張で口の中がぱさぱさになっていて、言葉尻はほとんど消え入るような声になってしまった。
めぐり先輩の顔をちらりと見る。
ぱちくりぱちくり……と不思議そうな表情で俺を見て、それから――向日葵のような笑みを浮かべた。いつか、白いワンピースを着て麦わら帽子をかぶっためぐり先輩と向日葵畑を見に行ってみたいと思った。
「大丈夫だよ、大丈夫」
「そうは言われてもですね……」
「……もう」
いつになく食い下がる俺に、めぐり先輩が呆れたような笑みを浮かべる。ドアの前に立つと、くるりと振り返った。
「大丈夫、っていう理由は入ればすぐ分かるよ」
めぐり先輩がぱちりとウインクをして、ドアを開く。これから訪れる夏を楽しみにさせてくれるような、涼やかなドアベルの音が優しく耳朶を包んだ。
「いらっしゃい。何名様だい?」
ドアを開けると、目の前に位置するカウンターの内側から野太い声をかけられた。
中年の、がっしりとした体型の女性店員。一目で「あ、この人が主人なんだな」と分かるような風格だ。
「こんにちは。今日も2人です」
「おや、あんたかい。ん、後ろのは……ははぁん、この間言ってた子かい」
「ちょ、ちょっと! そんなこと言わなくていいですってば!」
「はっはっは。まあゆっくりしておいきよ。奥の席でいいかい?」
「はい、そこでお願いします」
「はいよ」
「……………………」
店主らしき女性とめぐり先輩の会話を聞いて、ついさっきめぐり先輩が大丈夫だと言った訳が大体分かった。
この店主、何て言うか口癖が「お残しは許しまへんで」だったり、豊穣の女主人という店で態度の悪い客を店から叩き出したりしてそうな体格と性格だ。
それでいてめぐり先輩との距離感は何だかとても温かくて、どこか母娘のように思える。
「……確かに、この店でナンパなんてしようもんなら一瞬で追い出されそうですね」
別の店員に案内された個室の席に座ると、深い納得と共に呟いた。
「ふふ、分かってくれたみたいで良かった」
比企谷くんなら、説明しなくても分かってくれるだろうなって思ったんだ……と、メニュー表を広げながら楽しそうに呟く。
「このお店ってね、なんだかとっても居心地が良いの。だからつい長居しちゃうんだ」
言いながら、めぐり先輩が窓の外に目を向ける。釣られて外を見ると、狭いながらもきちんと管理の行き届いた庭に様々な花が咲いていて、自然と頬が緩んだ。
……んん?
「……なんか、猫がすげえ多いですね」
「そうなんだよね、ほんと可愛い」
庭の中には、首輪を着けた様々な種類の猫が何匹も遊んでいた。ころころとじゃれあっている姿は正直死ぬほど可愛い。庭は隣の建物のかなり高い塀に囲まれていて、猫が道路に飛び出してしまう心配も無いようだった。
「あ、あれカマクラちゃんに似てない?」
「えっと……ああ、たしかに似てますね」
めぐり先輩が指差した先に、我が家の愛猫そっくりのふてぶてしい態度の猫がいた。子猫が花と花の間をすり抜けて楽しそうにじゃれあっているのを、身体を丸めて眠そうに見ている。子猫のうちの一匹がカマクラ2号(勝手に命名)にすり寄ると、カマクラ2号は薄目を開けて子猫を見つめ、しっぽで子猫の身体をしゅるりと撫でつけた。すると子猫は許可が下りたと思ったのか、カマクラ2号に寄り添って同じように身体を丸めて気持ち良さそうに目を閉じた。
「あ、やばい、ほんとに可愛いですね」
「でしょ、でしょ?」
めぐり先輩が喜色満面の笑みを浮かべる。庭の中で猫が戯れる画がこんなにも破壊力があるとは……恐るべし。
「ほんと可愛いなぁ……」
ちらりとめぐり先輩を見やると、窓の縁に両手を置いてとろんと蕩けた目をしている。艶を刷いた表情とはまた違う優しげな表情に、強烈な母性を感じてどきりとした。
「この間ここに来た時も、庭で猫と遊んだんだよね……」
「あ、そんなことも出来るんですね」
「そうそう」
返事をしながら、めぐり先輩はひたすら庭を眺め続けている。
「……後で庭に行きますか?」
「え、いいの?」
めぐり先輩の顔がパァっと輝く。殺人的に可愛い。
「俺も愛でてみたいので。行きましょう」
「……嬉しいな、比企谷くんと来たかったから」
そっと手を重ねながらぽそりと囁かれて、心臓が穏やかに波打つ。
「え、そうなんですか?」
「うん。この店には大学で仲良くなった子と2回来たことがあるんだけど……比企谷くんと一緒に来てみたいなって思ってたの。こんなに早く叶うなんて思わなかったけど」
「……そう、です、か……っ」
はにかみながら紡がれる愛情いっぱいの言葉に、頭がクラクラとしてしまう。
目線をしばし泳がせた後、不意にめぐり先輩と視線が噛み合った。
めぐり先輩の頬はチークを塗ったようにほんのりと朱に染まっていて、両の瞳はどれだけ好意を注いでも全て受け入れてくれるような深い愛情を湛えている。
あれ、なんだかおかしな雰囲気になってるぞ。
これじゃまるで、この後キスでもするような――
「お2人さん、イチャつくのは注文してからにしてもらっていいかい?」
『ごめんなさい!』
ドア越しにかけられた野太い声に、2人ともビンッと背筋を張って答えた。こういう時こそ「イエス、マム!」と言うべきなんだろうか。
慌ててメニューを選び始めためぐり先輩とふと目が合うと、照れくさそうに微笑んだ。
自分で開いたメニューの文字を追っている間も、めぐり先輩の色とりどりの笑顔が頭から離れなかった。
続く。
めぐりんでした。カフェの話をどう膨らまそうかと思いつつ書き、完全にその場の思い付きで膨らませてみました。次回もゆるゆるの展開です。
体調が最近非常に優れなくて執筆が捗らなかったんですが、何とか回復しました。
次回からはまた日曜日更新に戻りますので(^^)!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!