気を失っためぐり先輩の介抱をしたあと、ベッドに並んで寝ていると――気がつくと眠ってしまっていた。2週間ぶりの再会ということで、俺も舞い上がっていたのかもしれない。
「ん……っ?」
目を覚ますと、見慣れない天井に一瞬ここはどこだと驚く。しかし数秒でこれまでの経緯を思い出した。
「んん……っ」
柔らかな声が左耳に流れ込んできて顔を向けると、めぐり先輩が気持ち良さそうにこちらに寝返りを打っていた。身体を拭いただけで俺もめぐり先輩も裸で、長い掛け布団を2人の腹に共用で掛けていた。そのため距離が近い、というかぴったりとくっついている。
うんうん。
幸せ。
「んんん……っ」
めぐり先輩の手が俺の胸板に伸び、さわさわと撫でてくる。長いまつ毛がふるふると揺れて、長い黒髪がさらりと流れた。もぞもぞと動いたかと思うと、まるで子犬が安心する場所を求めるかのように、可愛らしいおでこを胸板にくしくしとすりつけてきた。
うんうん。
可愛すぎて死ぬ。
「ん……っ? あっ、んん……っ」
決して起こさないように、左手で白い頬をそっと撫で、右手で黒髪を撫でる。めぐり先輩は気持ち良さそうに身をよじり、ふにゃりとした笑みを浮かべた。何か良い夢でも見ているんだろうか。
「……んん……もう、だめだよぉ、比企谷くん……っ」
「…………」
夢の中でも俺はエロガッパ仕様らしい。
ちょっとショックだ。
しかしぐうの音も出ない。
このまま何時間でも撫でていられるな……と誇張なしに考えていると、ふとめぐり先輩の閉じた目が更にきつくつむられ、やがてゆっくりと開いた。
「……おはようございます」
俺の言葉に、めぐり先輩の可愛らしい目がぱちくりとする(可愛い)。
きょろきょろと視線を巡らせる。2人とも裸なのに気付いたからか、頬がほんのりと朱に染まった。
「……おはよう」
消え入りそうな声で返事をしたかと思うと、恥ずかしそうに俺の胸板におでこをこすりつけた。穴があったら入りたいと言うが、めぐり先輩がこの場で見出した穴は俺の胸板らしい。そう思うと無性に頬が緩んでしまう。
時計を見る。夕方くらいで、これから夕食の準備をすればちょうどいいくらいだった。夜はうちで……とめぐり先輩も言っていたことだし。
「……今から晩ご飯の用意をしますか? それとももうちょっとゆっくりします?」
小さなあたまをぽんぽんと撫でると、めぐり先輩は微かに眉根を寄せて「むむ……」と唸った。
「悩みどころだけど……もうちょっとこのままでいい?」
「いいですよ。あと8時間くらいでいいですか?」
「それだと深夜になっちゃうね……」
冗談半分のテイストで願望を口にしてみるも、苦笑混じりにさらりと流される。
「それも良いんだけどね……流石にお腹が空いちゃうと思うから……」
意外と提案を汲んでもらえていた。
俺とちらりと目が合うと、楽しそうに笑った。そして、もうちょっとだけ、もうちょっとだけ……と、どこか楽しそうに呟きながら毛布をかぶり、俺の胸に顔をうずめる。
ある意味だらしない姿ではあるのだが、休みの日にきびきび動く必要なんてない。それに、普段はぽわんとしながらもしっかり者の印象が強いめぐり先輩が、こんなだらけた姿を見せてくれるのはむしろ嬉しいばかりだ。
温かな感触に浸りながら、ふとこの後のことを考えた。
今日と明日は、久しぶりに2人でゆっくり出来る。
けれど、明後日からは、俺は受験生としての生活に戻り、めぐり先輩も大学生としての忙しい生活に戻る。
それがどうしようもなく歯がゆい。今日久しぶりに会うまでに募っていた様々な感情を混ぜ合わせたものは、幸せを感じれば感じるほど膨らんでいった。
「……めぐり先輩。俺が卒業したら、一緒に住めませんか? ……あ」
「え……?」
眠かったからだろうか、めぐり先輩を抱きしめて安心していたからだろうか。
気がつけば、頭の中に思い浮かべていた願望をそのまま口にしていた。
独り言のようにぽそりと呟いただけだったが、目の前にいるめぐり先輩にはしっかり聞こえてしまっていた。
「え、ええとですね……今のは……」
どうにかしてごまかそうとするが、そもそも今口にしたのは紛れもない本音だ。それをウソと言うのも気が引けて、どうしたらいいか分からずにいると。
「……いいよ」
「……へ?」
思わぬ返事に間抜けな声を漏らす。めぐり先輩はこちらをじっと見つめて、穏やかな笑みを浮かべていた。
「わたしも……比企谷くんともっと一緒にいたいなって思ってたの。大学生活は楽しいんだけど、やっぱり君がいないとなーんか足りないなって思っちゃって……。今日久しぶりに会えてすっごく楽しかったし、この後の時間もすっごく楽しみなんだけど……明後日からはまた、すぐには会えなくなっちゃうんだなって思うと……なんだかすっごく寂しいなって」
「めぐり先輩……」
同じことを考えてくれていた――その事実が、俺の胸にどうしようもないほどの幸福感を生む。
「そ、それなら、本当に」
「ただし」
「へ」
「比企谷くんのご家族とわたしの両親、両方にきちんと説明する必要があるからね?」
おうふ、しっかり者ですね。
ますます惚れる。
「大丈夫です、うちの親ならこんな可愛くて素敵な人と同棲するなんて言ったら、ものの数秒で快諾してくれますから」
「か、かわ……すて……っ」
カワステ?
どこかの国の挨拶みたいになってしまった。
可愛い。
実際うちの親なら「相手に失礼がないかが心配だ」っていう別ベクトルの心配をするだろう。小町はニヤニヤニコニコしながら送り出してくれるに違いない。
「そうなると、後はめぐり先輩のご両親ですね」
「う、うん……」
俺が不意打ちで放った賛辞の言葉の余韻がまだ残っているのか、ぽわぽわと頬を赤く染めためぐり先輩が頷く。可愛い。
「お母さんは大丈夫だと思うけど……お父さんがちょっとね……」
「……ああ、たしかに」
俺が引越を手伝えなかったのも、めぐりんパパ……略してパパりんと俺を接触させないためだった。
パパりんはやめておこう。
語感が色々とアレだ。色々とアレ。
ぽりぽりと頬を掻き、ちょっとだけ考えを巡らせる。
俺の結論は、至極単純だった。
「いずれご挨拶もしなきゃいけないんですし、それなら今のうちに納得してもらうしかないですよね。早いに越したことはない」
「あ、挨拶……っ!?」
何気なく言った言葉に、めぐり先輩の顔と耳と首が一瞬で茹だってしまった。
「あ、いや……同棲するならそういうつもりじゃないと、めぐり先輩にも失礼だなと……めぐり先輩?」
天井を仰いだ先輩が、両頬を手で挟んで「ああ、もう……不意打ちだよぉ……っ」と可愛らしい声でぽそぽそと呟いている。
「もう……君って急にわたしのことをドキッとさせてくるよね。びっくりしちゃったよ、もう……」
こちらに向き直った先輩が、片頬を膨らませながら俺の頬をぷにぷにとつついてくる。オウオウとオットセイのような声を上げていると、どこか拗ねていた顔がふっと優しく緩んだ。
「でも……ありがとね? そんな風に考えてくれてるのは、本当に嬉しいよ」
「……っ」
ふわりと、花が咲いた気がした。
「わわっ? ふふっ……どうしたの?」
突然抱きしめてきた俺に、めぐり先輩は包み込むような笑みを向けて抱きしめ返してくる。
ああもう、とにかく勉強を頑張ろう。
そして、胸を張ってこの人の隣に並べるようになろう。
「……俺、頑張ります。待っててください」
「……うん、わかった。わたしも頑張るから」
「取り敢えず今年は週3で会いに行っていいですか?」
「う、ううん……それはちょっと、お互い大変だと思うなぁ……」
「じゃあ、週4は?」
「比企谷くん、君が今頑張るべきなのは?」
「……勉強です……」
「うん、よろしい」
頭を撫でられた。
いかん、あと3日間くらいこうしていたい。
なんにせよ、当面は勉強を頑張りながら……家族への相談と、めぐり先輩のご両親――というかお父さん――の説得をしていこう。
「めぐり先輩。何て言うかその……これからも、よろしくお願いします」
「……うん、よろしくね、比企谷くん」
おでこ同士をくっつけた状態で囁くと、めぐり先輩が花のような笑みを向けてくれる。
いつでも、いつまでも、この笑顔をすぐ隣で、目の前で見ることが出来るように。
やるべきことを、頑張っていこう。
今日、めぐり先輩に会うことが出来て良かった。
離れてしまってから悶々としていたものも、ことごとく霧散したから。
「……あと30分くらい、こうしてていい?」
「意外と長いですね……」
「う……だめ?」
「いいえ、大歓迎です」
「えへへ……ありがとう」
――少し大人びた城廻めぐりは、ちっぽけな不安などたやすく包み込んでくれる。
お終い。
これにてめぐりんの話はお終いです。ゆるゆる。
しばらくはあーしさん一本で書いていこうと思います。不意に気が向いたら誰かしらのアフターを書こうと思います。「え、この人をチョイスするの?」というパターンもあるかもしれません笑
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