(1)
――夏――
「ほらほら、お兄ちゃん。どいてどいてー」
朝のまどろみに浸っていると、頬をぺちぺちとはたかれた。さして広くないアパートで一人暮らしをしているはずなのに、なんでまたこんな可愛い声に起こされているのだろう。アレか、実はゆらぎ荘的な場所だったのかここは。
「お兄ちゃん、起きてるのは分かってるんだぞー。どいてどいてー」
益体もないことを考えているあいだも、可愛らしい声とともに頬をぺちぺちとはたかれ続ける。聞こえてくる声がだんだんいたずらっぽくなってきて、今度は頬を指でつついてきた。寝起きの声でオウオウとオットセイのような声を上げると、本格的なオッサン感がする。すごいぞ、自己嫌悪で目が覚めた。
「……小町、いつの間に?」
ゆっくりと目を開けてのろのろと起き上がると、キャミソールにホットパンツという健康的な格好の妹が楽しそうに微笑んでいた。すでに可愛い。すでにってなんだ。
「合鍵は持ってるからねー」
ローテーブルに置かれた鍵を指差してにひっと笑うと、二の腕をさすってブルリと震えた。
「お兄ちゃん、エアコン強すぎじゃない? 朝入った時『さむっ!』ってびっくりしちゃったんだけど」
「エアコンでキンキンに冷やした部屋で布団にくるまるのが人類史上最高の贅沢だろう」
「『だろう』ってさも当然であるかのように言うお兄ちゃんが信じられないよ……」
呆れたように笑った小町が、「ふむ、くるまる、ねえ……」とつぶやいたかと思うと、俺がかぶっている布団の中に潜り込んできた。とつぜんの行動に鼓動が高鳴る。
「え、おい、こら……」
ためらう俺ににひっと笑いかけ、身体をぴったりとくっつけてくる。
「おー、たしかにこりゃ気持ちいいねー」
小町が仰向けの状態で布団を引っ張るため、俺まで強制的に寝かされる。触れ合う二の腕。久しく触れていなかったやわらかさに激しく動揺する。
「……これはまずいだろ、さすがに」
ぽそりとつぶやくと、小町がぷいと顔をそらす。かと思えば、今度は身体ごとこちらに向き直った。
「なーに? やましいこと考えてんのー? ……あ……っ」
小町が布団の中で俺の腹をぺちぺちと叩き、すりすりとなでたところで――スウェットのズボンを押し上げる膨らみの存在に気付いてしまう。
「あー……その……ごめんね?」
小町が気まずそうに謝り、うつむいて顔を隠してしまう。ベッドから出ればいいものを、なぜか俺の胸に顔をうずめてしまった。
しばし無言の時間が流れると、小町が顔を上げた。
目が合う。
先ほどまでの和やかな空気とは明らかに違う。
「小町……」
顔を寄せると、小町が慌てて逆側を向いた。
「だ、だめだめ、それは、うん、さすがにね! うん、うん……」
背中を向けたまま、ぽそぽそと、まるで自分に言い聞かすようにつぶやく。目の前まで来たのに、腕の中からするりと抜けてしまう。まるで逃げ水のような感覚。
「……ん、そうか、そうだよな」
淡い期待を砕かれてつぶやいた声が、思っていた以上に悲しそうなことに自分で驚く。小町が「う……」と気まずくうなるのを聞きながらごろんと背を向けた。見慣れた白い壁を意味もなく見つめる。
「お兄ちゃん……」
小町が寂しそうに、甘えるように囁き、俺の背中に抱きついてきた。反射的に振り返ると、小町はまた背を向けてしまう。かと思えばまたこちらを向いた。今にも泣きそうな顔をしている。
「……いったいどうしたいんだ、お前は……」
小さな背中を抱きしめて頭を撫でると、「うー、うー……」と可愛らしくうなりながら俺の背中をてしてしと叩いてくる。ツヤツヤの黒髪に顔をうずめると、甘くて良い匂いがした。
――小町の中で、そして俺の中で、いまだに整理のできない感情が渦巻いている。
× × ×
総武高を卒業すると、俺は実家を出てアパートでの一人暮らしを始めた。実家から通えない距離ではなかったが、電車で片道一時間半もかかるのでさすがに厳しいものがある。悩みに悩んだ末の決断だった。
小町は俺の部屋にほとんど毎週末遊びに来ては掃除をして、それが終わると昼食を作り、午後からは勉強していた。俺は掃除と昼食の礼に勉強を教える……ということになっている。
高校2年の時に小町と一線を越えてから、引っ越すギリギリまで何度も何度も身体を重ねた。この生活はふたりが離れても続くと思っていた。けれど、総武高卒業以来、俺と小町は一度もそういった行為を――それこそ、キスさえしていない。
「お兄ちゃん。そろそろこういうの、やめにしよっか」
総武高の卒業式も終わり、あと数日で引っ越すという日。いつものようにたっぷりと交わったあと、小町はまるでコンビニに買い物に行くかのような気軽な口調でぽつりと告げた。もちろん、初めは小町の言葉の意味がまったく理解できなかった。
「そうか、気絶するまでするのはさすがにきついか」
「そ、そうじゃなくて! ……もう……」
裸で毛布にくるまり、赤らめた顔の下半分を隠す仕草が可愛らしかったが……他愛のないやりとりを挟んだ中で、俺は小町の意図を汲んだ。汲んだ上で、まだ諦めきれなかった。長年いっしょに暮らしてきただけあって、俺の表情から小町も複雑な感情を汲み取ってくれたようで。
「……これ以上入れ込んだらさ、ほんとにヤバいと思うんだ」
「…………」
「お兄ちゃんは……さ。大学で彼女を作ってよ。あ、もちろん総武高の人とくっついてもいいんだからね!」
無理やり声の調子を上げてぎこちない笑みを浮かべる妹の姿が、今も脳裏に焼きついている。
その場ではうなずいたものの、やはり諦めきれなかった。小町と共に過ごす時間があまりにも当たり前になっていたからだ。関係が続いているならば一人暮らしも楽しめるかもしれないと思っていた。週末になれば家族の目を気にせず自由に過ごせるのだから。けれど、関係が終わりを迎えた状態で一人暮らしを始めるのは……。
考えただけで辛くなり、引越しを手伝ってくれた小町を連れてその日のうちに合鍵を作って渡した。今でこそ多少の傷は癒えているけれど、あの時は本当に、すがるような思いで小町に鍵を渡した。
正直、合鍵を渡したところで小町が来ることはないだろうと思っていた。そんなことをすればふたりの関係が曖昧なままずるずると続いてしまうのだから。
けれど、小町はほとんど毎週末、時間の許す限り俺の部屋に通っている。「お兄ちゃんはズボラだから、小町が定期的に面倒を見てあげないと」と大義名分を掲げるときの妹の顔は、いつも以上に明るく、いつも以上に影があった。
「もう、エッチはしちゃだめだよ?」
勉強中の小町とふと肌が触れた時、動揺する俺に小町がそっと囁いた。肩を抱きしめようと伸ばした手がすんでのところで止まった。ほんの数センチ動かせば触れる柔肌が遠い。温もりが遠い。小町との距離感が分からなくなった。
しかし、迷っているのは俺だけではなかった。俺は俺で小町と接するたびにムラムラと湧き上がる劣情と必死に闘っていたが、小町は小町で、まるで欲求不満を訴えかけるようにスキンシップを頻繁にとっていた。不意に抱きついてきたり、じゃれついてくすぐってきたり。俺の身体に触れながらも「エッチはなしだからね!」と快活に笑う時は、可愛らしい顔に曖昧な陰りはなかった。
そんなことを言いつつも、俺がソファで昼寝をしているとこっそり俺の股間をまさぐっていたこともあった。バレないようにちらりと覗くと、今にも泣きそうな顔をした小町も自分の下腹部をいじり、「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」と切なげにつぶやいていた。小町の両手を押さえ、押し倒し、理性が飛ぶまで犯したくなった。けれど、できなかった。
実家にいる小町と電話している時、我ながら情けないと思いつつも、我慢できずに自慰したこともあった。音声通話をしている時も抜いたし、ビデオ通話で顔を見ながら話している時に抜いたこともあった。小町は勘が鋭いのでバレやしないかとひやひやしていたが、どういうわけか怪しむ素振りを見せなかった。
俺も、小町も。
ふたりの関係性がどうあるべきか、いまだに迷い、悩み、答えを見つけ出せずにいる。
というわけで、予告通り今週と来週は今月末の冬コミC95で出します小町編の冒頭を掲載します!! ごりっごりに爛れた夏と冬のお話をお届けします(^^)! けっこう自信があります!!
とらのあなでの販売及びDLsiteでの販売もするので、よろしければぜひ(^^)!
<今後の連載についてのご相談>
現在連載中のあーしさん編ですが、ラストをどういう風に書くかはすでに決めています。しかし話数がもうしばらくかかりそうなもので、ちょっと皆さんにご相談しようかなと。
【活動報告】にこのアンケートのトピックを設けますので、お答えいただけるとありがたいです!
①あーしさん編を書き終えてから平塚先生編をスタート
②平塚先生編を1月からスタートして、しばらくはあーしさん編と互い違いで連載する
※ルミルミ編はあーしさん編が終わり、平塚先生編を何話か投稿してから始めるつもりでいます。
こちら、①と②でどちらが良いかを【活動報告】にてお聞きしますので、よろしければぜひ!
<お知らせ①>
ノクターンノベルズにて連載中の「コンビニで出会ったエロい女の子と爛れた関係になりました。」の書籍版第3巻が発売されました!!
番外編も気合を入れて楽しく書きました。よろしければぜひ(^^)!!
<お知らせ②>
同じくノクターンノベルズにて、新連載「ドМでちっこい先輩とお付き合いすることになりました。」の投稿を始めました!
大学の1つ上のちっこ可愛い先輩とイチャイチャするエロ甘なお話です。
亜人ハーレムのようにのほほんとした甘々な世界観がお好きな方には、きっと気に入っていただけるはず!!
現在第5話まで公開中ですので、こちらも覗いていただけるとありがたいです(^^)!
(Twitterにてポンポンさんがヒロインの美咲のイラストを描いてくださいまして……それがもうたまらんのです……)
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!