「それでは、比企谷。誕生日、及び成人おめでとう」
「ありがとうございます」
『乾杯』
俺はチューハイの入ったグラスを、平塚先生はビールの缶を手に持ち、そっと合わせる。平塚先生は滑らかな動作でぐびぐびっと煽り、ぷはっと男らしい息をついた。
「ほらほら、君も呑みたまえ」
「それじゃ……いただきます」
チューハイを口につけ、そっと飲み込む。シュワシュワした炭酸が喉を駆け抜け、同時に甘さを感じた。それだけだ。
「どうかね?」
「……なんか、普通にジュースって感じっすね。ちょっと違和感があるんで、かろうじてアルコールってわかりますけど」
「まあチューハイはそんなものだろう」
「初めての酒にしてはあっけない気はしました」
「いきなり強いのを呑んで倒れるよりはよほどマシだろう」
「それもそうですね」
くすくすと笑う平塚先生に和みながらちびちびと呑んでいく。おつまみに用意してもらった堅あげポテトを食べながら呑んでいると、ただただジュースとお菓子を楽しんでいるだけのような気分になる。
「やー、君と酒を呑み交わせる日が来たというのは感慨深いなぁ……」
平塚先生がしみじみとしながら2本目の缶を……2本目?
「え? 先生……はやくないですか?」
「誰かと呑む酒はひとり酒よりも進むものだよ」
「それは人によるんじゃあ……」
「いいから君も呑みたまえ、ほれほれ」
ほんのりと顔を赤らめた平塚先生が、グラスにぐいぐいとチューハイを注いでくる。鬱陶しいわ可愛いわで動揺するなか、不意に触れた細くて華奢な先生の手の感触に胸が痛いくらい高まった。
あんなにも頼りになった先生が、こんなにも繊細な手だったのかと今さらながらに気付く。最初の頃とか腹パン食らってたからそんなイメージがなかった。
なんとかチューハイの1本目を空にする。炭酸が多いので中々大変だ。
「いくら俺が元教え子といっても、先生の家に入れてもらえるとは思いませんでした」
俺の言葉に、ビールをぐいぐいと呑んでいた平塚先生の手がぴたりと止まる。
「……まあ、そういう気分になる日もあるさ」
「思いきり事前準備しましたよね」
「……私だって、提案したあとものすごく恥ずかしくなったんだからな」
「へ?」
「次はビールだ、ビールに挑戦するといい」
平塚先生が真顔でビールの缶を押しつけてくるので、それをすいっと避ける。
「先生の今のセリフを詳しく」
「……たいていのラノベ主人公は、ここで『え、えぇ~……? 今のっていったい、あ、ちょ、そんなに注がないでくださいよ~』みたいに押されるものじゃないのか?」
「いや、そもそも酒を注がれる主人公もあまりいないんじゃ……」
「何を言う。ファンタジーならいくらでもアリだし、そもそも最近は主人公の設定年齢が高めのものも多く出ているだろう」
平塚先生が話しながらぐいぐいと缶を押しつけてくる。いつの間にか2本目のビールが空になっていて、先生の息がちょっと酒くさい。そして距離が近い。
「先生ってそんなにラノベ読んでましたっけ?」
「……君との話題が増えるかなと思って最近読んでいた。あ、いや、元々たまには読んでたけどな?」
「前半部分をもう一度聞いていいですか」
「いいから、ビールを、呑みたまえ」
顔が酒気とは別の要素で赤らんだ平塚先生に和む。ふたりきりの空間なんてぜったいに緊張すると思っていたが、そもそもこれまで何回も食事やドライブに行ってるんだしな。意外となんとかなるのかもしれない。
「ビールは直接呑むに限る」
「はいはい、わかりましたよ……」
押しに負けてビール缶を受け取り、プルタブを開ける。先生がやけにワクワクした様子で見つめてくる。なんでそんな純粋な少女みたいな目を……と苦笑しながら、黄金色の液体を喉に流し込んだ。
「苦い、炭酸、苦いって、感じです」
「ふむ、まあ初めてはそんなものだろう。しばらく呑んでいれば慣れてやみつきになるぞ」
「別にやみつきになりたくは……ちなみに慣れるまでの期間は?」
「毎日晩酌するのを1ヶ月くらい続ければ慣れるぞ」
「なんですかそのストイックに堕落する生活は」
「たしかに、それもそうだな。私は大学で初めて呑んだとき先輩にそう言われて、実際にやっていたんだが」
「ちなみにそのときの先生の年齢は?」
「あの頃は若かったよ」
「ぼかし方が雑……。今だって若くて綺麗ですよ」
ぽろりと零した言葉に、平塚先生が目をぱちくりとさせる。
「……今日はどうした?」
「いつも頑張って褒めてるじゃないですか」
ぐびりとビールを呑む。恥ずかしさで苦みがよく分からない。
「頑張って、といま君が言ったように、いつもなら私がそれとなく促してやっと褒める感じだったろう? 今のはごく自然と……その、うん、良い感じだったぞ、とても良い」
「刃牙の渾身のボディブローを褒めるビスケット・オリバみたいなセリフはやめてくださいよ」
「……いくら私が元ネタを知っているとはいえ、照れ隠しでもその例えをチョイスするのは悪手も悪手だぞ……」
「……ごめんなさい。でも、綺麗だと思ってるのは本当ですから」
平塚先生が目をぱちくりとさせる。可愛いなと思いながらふたたびビールを呑んだ。
「……やっぱり苦いです」
ごまかしがてら感想を言うと、先生がふっと笑った。
「いつかは慣れるよ。それに、ビールはのど越しを楽しむものだ」
「いや、だって口の中は通るじゃないですか……味覚をシャットアウトしないと」
「ふむ、君は屁理屈が過ぎるな……これは毎日呑ませて納得させるしかあるまい」
「怖いこと言わないでくださいよ……」
「まあそう言うな。ちゃんと毎晩付き合ってやるから」
「え」
「ん」
「今のは」
「冗談だ」
「……酒を呑んでますからね。こういうこともありますかね」
「う、うむ、そうだな」
「最近の研究だと、お酒を呑むことによって性格が変わるんじゃなくて、本来持っている性格がより強調されるらしいですね」
「何故それを今言った?」
平塚先生の顔が赤い。俺も顔が熱い。しばし無言でビールを呑む。先生が3本目のビールを、そして俺が1本目のビールを呑み干したのは同時だった。
「う……っ」
頭が軽くくらりとする。チューハイを呑んだときにはなかった感覚だ。
「一気に呑み過ぎたな。しばらく休むといい」
平塚先生がソフトドリンクとおつまみを勧めてくれる。ウーロン茶を飲みながら柿の種をかじると、いつもの日常に戻ったような気がした。
「君はヒマなときは何をやってるんだ?」
「俺は……アニメ、漫画、小説、ソシャゲがメインっすね。あとたまにゲームもやりますし、YouTubeも観てます。あとはNetflixで映画を観たりもしてますね」
「……ものすごく充実したインドアライフだな」
「先生もそんなに変わらないんじゃないですか?」
「失礼な。いや、別に失礼ではないのか……? まあ、君が挙げたものからソシャゲを除いてドライブを入れるくらいか。ドライブのときはなるべく最近の音楽を聴くようにしているな」
「ほとんど同じじゃないですか……」
先生が4本目のビールを開ける。つわものすぎるだろ……他の選択肢は存在しないのか。
「なんていうか、先生くらいの世代だと、その人が高校生くらいのときに流行った音楽ばっかり聴いてる人が多い印象なんですよね」
「そういう人も一定数いるのは事実だな。たまに旧友とカラオケに行って同世代で固まると、大抵の場合微妙に昔の曲がよく歌われる。5~15年くらい前の曲が多いな」
「生々しい話ですね……ゲームはしないんですか?」
さりげなくかじったチップスターが美味い。初めて食べる種類だったので名前を覚えておく。
「ふだんはやらないが……ああそうだ、最近は私が子どもの頃に流行ったゲームのリバイバル版がアプリでよく出ていて気になっているな」
「あー、わかります」
TwitterのTL上に『あの名作が復活!』などと謳われた広告をよく見かける。やったことはないがめちゃくちゃ流行っていたことだけは知っている作品が多い。
「しかし、いざダウンロードしてもな……仕事が忙しくてやるヒマがなくてな」
「1日15分だけでもプレイしてみたりはしないんですか?」
「検討したさ。けどな、ある程度プレイしたならともかく、一番最初は世界観を掴むためにもある程度まとまった時間をとりたいのだよ」
「あー……すげぇわかります」
自由に戦闘できるようになるまでの長いくだりを途中途中で切るとかなりわかりづらくなる。小説をなるべくセクションの区切りまで読むようにしたいのと同じ心理なのだろうか。
「まったく、年々忙しくなるばかりだよ……」
平塚先生が愚痴をぽそりと呟き、ちょっと遠い位置にあったじゃがりこに手を伸ばす。
その瞬間、ノースリーブブラウスから先生の驚くほど綺麗な腋が目に入った。白くなめらかなくぼみに見惚れ、ウーロン茶をやけに大きな音を立ててぐびりと飲んでしまう。
「どうした?」
「い、いえ、なんでも……」
先生が首をかしげながらじゃがりこをぱくりと食べ、きょとんとした目でじーっと俺を見ながらしゃくしゃくと食べていく。可愛いなおい。こっちは新たな性癖をこじ開けられたことに動揺してるってのに。
ウーロン茶を飲み干したところで自分の状況を確認する。まだ多少アルコールは残っているが、もうくらくらはしておらず充分に冴えている。
「えーと、先生」
「ん、どうした?」
「聞きたかったことがあるんですけど……」
なるべくさらりと話し出すつもりだったが、思いのほか声音が深刻になってしまった。先生は俺の変化を感じ取り、ビールの缶を置く。優しくも真剣な目。なんだか先生と教え子の関係に戻ったような気がした。今はその関係がもどかしいのだけれど。
「先生、この間のラーメンは久しぶりでしたよね」
「……ああ、そうだな」
「俺、誘われない理由はなんとなく察してました。ていうか先生から聞いてましたし。……俺から聞くのもどうかと思ったんですけど、気になって」
「なるほど、どうなったのかが気になると」
「そうです。……先生が上手くいくようだったら、もう誘ってもらえないかなと思ってました。先生が幸せならそれでいいか、とも思ってましたけど」
「おや、いつもスタンプひとつで返信する君らしくない可愛らしい本音じゃないか」
「からかわないでくださいよ……」
平塚先生がいたずらっぽく微笑む。俺よりもずっと大人なのに、ころころと変わる表情はまるで少女のようだ。
「……そうだな、そろそろ話すか。私が愚痴りたい話題でもあったからちょうどいい」
「……聞かせてください」
「うむ、それじゃあその前に……もう1本空けていいか?」
「お酒はほどほどに……」
苦笑する俺ににかっと笑みを返すと、平塚先生はふたたびビールの缶を開けた。
この人、呑み過ぎじゃなかろうか。
続く。
①しっかりと雑談を挟むのって意外と大変だなーと最近思ってます。以前よりもプロットの作り方が上手くなって、「ここでふたりがこうなって、次にこうなる」という未知筋が明確にできればできるほどどうでも良くて楽しい話題が浮かびにくくなったり。
自分の中での雑談の根源は物語シリーズなので、久しぶりに読み返そうかなーと思いました。
②ここの後書きは、特にTwitterでの呟きを意識していない頃はかなり近況報告をしていたなーと(今もしてはいるんですが)。
何年か前の更新分の後書きをちらっと見ると、当時の自分がどんな感じだったかが生々しく浮かんで中々楽しいです。前に進んでるなーという実感も得られますし。
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それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!