※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(5)

 平塚先生に告白としか思えない言葉を口にしてからというもの、先生の機嫌がすこぶる良い。それでいて上機嫌だ。言ってることが同じだった。「詳しい詳細はまだ未定です」くらい同じことを言っている。どうした俺、落ち着け。

 

「ふふ、君もすっかり大人になったんだな……しみじみするよ」

「しみじみするとか言ってる割にやってることがえげつないんですが」

 

 遠い目をしながら器用に俺のグラスに梅酒を継ぎ足していく。

 

 苦笑していると、ふと先生と目が合った。

 数秒にわたり、無言のままで見つめ合う。

 

 先生のグラスの氷がからんと鳴ったタイミングで、魔法が解けたかのようにふたりの硬直も解けた。

 

「は、はは、す、すまない……」

「い、いえ、俺こそ……」

 

 先生は照れくさそうに顔を逸らしたものの、またちらちらと横目で俺を見てくる。なんですかねその小動物的な仕草は。いいんですか? 俺はギャップで簡単に死にますよ?

 

「こ、これ、ほんと呑みやすいですね」

 

 先生が選んだ梅酒をするすると呑み干すと、とたんに世界がぐらりと揺らいだ。

 

「おっと」

 

 やけに男らしい声とともに先生に肩を抱き寄せられる。目の前にある整った顔、左の二の腕に当たる柔らかな感触、お酒と甘い匂いが入り交じった香り。

 

 ふたり同時に目を見開き、口を開いて何か言おうとして諦め、代わりに塊のような息を吐き出す。

 

「す、すまない、とっさに……」

「い、いえ、ありがとうございます……」

 

 先生は俺の肩から手を離したものの、明らかにさっきまでと比べて距離が近い。どちらかがちょっと揺れただけで互いの二の腕がちょん、ちょんと触れる。白のノースリーブブラウスを着ている先生の肌は驚くほどなめらかで柔らかい。

 

『あ……』

 

 俺の左手小指と先生の右手小指が不意に重なり、ふたり同時に呆けた声を漏らす。先生はぴくりとしたが、逃げようとはしない。

 

 ふと訪れた沈黙。何か話さねば……と思っていると、先生が口を開いた。

 

「……そうだ、もう私は君の先生ではないんだ。名前で呼んでくれてもいいんだぞ?」

「へ? え、いや、それは……」

 

 予期せぬ提案に身じろぎしてしまうが、先生は右手を近付け、薬指まで重ねてくる。薬指と小指が甘えるように巻きついてきて、心臓がぶん殴られたかのように高鳴る。

 

「えぇっと……」

 

 断るつもりはない。けれど、そんなにすぐ覚悟はできない。曖昧な言葉を漏らしつつ視線をうろちょろさせていると、先生が頬を赤らめながらもむふーと鼻息をついて目をキラキラさせている。少女マンガのヒロインになれます、その感じ。超可愛いなおい。

 

 ふっとひと息ついて腹をくくる。

 

「……静さん」

 

 ぽそりと名を呼ぶと、平塚先生――静さんの顔が、まるで桜が一気に満開になったかのように赤くなる。

 

「ん、んん、中々、うん、よろしい」

 

 よく分からない口調でうんうんと頷いた静さんがぐいと酒を煽る。やっぱり可愛い。

 

 ちょっとからかいたくなった。

 

「1回静さんって呼んでみたら案外平気でした。静さん、大丈夫ですか? 呑み過ぎないでくださいね、静さん」

「ちょ、ちょっと待て、私の名前をゲシュタルト崩壊させる気か……っ」

 

 静さんが両手のひらを俺の目の前に突き出し、あわあわと慌てる。綺麗な手だ。これ以上いじめるのも難なので追撃はやめた。

 

 会話が落ち着いたところで、ふたたびふたりの手が重なる。お互い酒も呑まず、つまみも食べず、何か言葉を交わすわけでもなく。ただただ沈黙の帳が下りる。けれど気まずくはない。

 

 少しずつ重なっていく指の感触。静さんが恥ずかしそうに髪を手で梳き、ときおりちらちらとこちらを見てくる様子。艶やかな黒髪からふわりと漂う甘い匂い。ひとつひとつに昂揚する。楽しくてしかたがない。

 

「な、なんだか、暑いな……」

「あ、そうで……すか……?」

 

 思わず間抜けな声が漏れる。静さんはわざとらしくつぶやいたかと思うと、ノースリーブブラウスをするりと脱いだ。ラフな黒のキャミソール姿。静さんの肌は驚くほど白く、なめらかな肩が丸見えだ。

 

 そのうえ、豊満な乳房のラインがこれでもかと強調されている。今までだって静さんはラフな服装をしていることはよくあった。3年前は水着姿まで見ている。けれど、ふたりきりの密室で見るとなると話は別だ。理性を揺さぶる破壊力が強すぎる。

 ごくり、と喉が鳴った。ごく自然に。

 

 静さんがびくりと震え、俺の反応を窺うようにおそるおそる上目遣いを向けてくる。

 

「……静さん。ものすごく、色っぽいです」

 

 たどたどしくも感想を漏らすと、静さんは目をぱちくりとさせ、ふっと頬をゆるめた。

 

「そうか、ありがとう」

 

 とん、と肩にかかる柔らかな重み。

 静さんがしなだれかかってきた。

 

「……一応、聞いておきたいんだが」

「なんですか?」

 

 静さんが歯切れ悪そうに口をもにょもにょとさせる。何かすがるものを求めるかのように俺の手に指を重ねてくる。くるりと手を裏返し、静さんの手をきゅっと握った。静さんがびくーんと森のリスのように跳ねる。この人はこんなにも可愛かったんだな、とあらためて思う。

 

「……雪ノ下や、由比ヶ浜とは、その……今も会ったりはしているのか?」

「へ?」

 

 思わぬ話題に呆けた声を漏らしてしまう。けれど静さんの表情は真剣で、絡めた指が不安を表すようにふにふにと握ってくる。まずい、この人の何もかもが可愛い。

 

「今もときどき連絡はとったりしてますけど……まあ、会ってはないですね」

 

 本当は、会おうと思えば会える。お互い大学生で、さほど遠くに住んでいる訳でもなく、やたらめったら忙しいわけでもない。

 

 けれど、会ったらきっと、色々なことを考えてしまう。

 

 それは俺にとっても、あいつらにとっても同じだろう。だからこそなのか、ふたりとも俺と積極的に会おうとはしてこない。あのふたりはしょっちゅう会ってるみたいですけどね!

 

 胸がきゅっと締まる感覚に顔をしかめていると、静さんが俺の手をすりすりと撫でてくれた。いたわるような優しい手つき。

 

「……あまり聞かない方が良かったかな、すまない」

「いえ、大したことではないんで」

「君はいつもそうやって、自分自身をもだましてしまうきらいがあるな」

 

 静さんがふっと微笑み、先生の顔になる。男女の空気感が霧散してしまったことが悔しくて、握っていた手にぎゅっと力を込めた。

 

「ひゃ……っ」

 

 か細くて可愛らしい声が漏れる。静さんは口をぱくぱくとさせ、俺の真剣な顔を見て見る見るうちに顔を赤くしていく。先生モードから一瞬で乙女モードに切り替わった。

 

「静さんの言う通りかもしれないです。なのでもうちょっと、自分に正直に生きようと思います」

「へ……? あ、ちょ、こ、こら……っ」

 

 顔をずいと寄せると、静さんが目に見えて慌てる。人の目ってこんなに速く動くんだってくらいの速度でぎゅんぎゅんと揺れる。

 

「なんでこんな質問をしたんですか?」

「え、あ、そ、それは……」

 

 静さんが目を逸らすが、決して逃げようとはしない。あと少し粘れば話してくれるという明確な予感にワクワクする。

 

「き……君に、想う相手がいないかの確認を、その、ね、念のため……な? い、一応、と思って……」

 

 言葉尻に向かうにしたがってしおしおとしぼんでいく静さんの声。

 思うことはただひとつ。

 

「静さんは可愛いですね」

「んな……っ」

 

 手を離し、梅酒をもう1杯呑む。明らかに顔が熱い。アルコールだけが原因でないことは充分すぎるほどにわかっている。

 

「……なんだか、さっきから君が調子に乗っている気がするんだが?」

 静さんがむぅ……と睨んでくる。うーん、可愛い。

「そんなことないですよ。とりあえず呑みましょう」

「……うむ」

 

 お酒を注ぐと、静さんはいとも簡単に俺への追及をやめた。チョロすぎる。

 

       ×  ×  ×

 

 他愛のない話をしながらもスキンシップが増えていく。手が触れ、二の腕が触れ、静さんがときおり太ももをてしてしと撫でてくる。

 

「静さんの髪、綺麗ですよね」

 

 ふと思ったことを口にする。

 

「そうか? それほど日頃の手入れに気合を入れているわけではないが……」

「女性が言う『あんまり部屋の掃除してないから』と同じくらい信じられない言葉ですね」

「また君はそういう……ああ、でもそれはわかるな」

 

 苦笑する静さんの長い黒髪をじっと見つめる。

 

「触っていいですか?」

「へ!? え、あ、そ、そうか、髪か。うん、髪を触られるのはけっこう好きだぞ」

「え」

「あ、いや、その、女友達に触られたときにな!? 存外気持ち良くて……いや、その、ああもう、私は何を……あ……っ」

 

 そっと髪に触れると、清流の水のようにさらさらと指のあいだから流れていく。

優しく頭を撫でる。静さんに撫でられたことはあったが、撫でるのは初めてだ。静さんの頭は思ったよりもずっと小さい。くしくしと手のひらを這わせるたびに庇護欲が湧いてくる。

 

 しばらく撫でていると、静さんはくなりと脱力した。

 

「大丈夫ですか?」

「……ああ、すごく、気持ちが良い……」

 

 思わず目を見開き、ぶるりと震えてしまった。静さんが自分の発言に時間差でハッとして顔を上げる。逃げようとする静さんの肩をとっさに掴んだ。想像していたよりもずっと華奢な感覚。耳元で聞こえる「んん……っ」というくぐもった色っぽい声。思わず喉を鳴らしてしまう。

 

 静さんと目が合った。互いの鼻先が触れ合うほどの距離。人のまばたきをこんなにも間近で見たことはなかった。

 

 俺がそっと顔を傾けると、静さんは目を細め、逆側に顔を傾けた。

 ほんの数センチだけ顔を前に出すと、柔らかな唇に自分の唇が触れた。

 ほんの数秒だけの、触れ合うだけのキス。

 目を閉じた静さんのまつ毛がか細く震えるさまが、信じられないくらい綺麗だった。

 

 口を離すと、静さんがおそるおそる上目遣いで見つめてきた。

 

「……ど、どうだ……?」

「……酒くさいですいてっ」

 

 てしっと優しいチョップをおでこにくらう。照れ隠しだとは伝わっているようで、静さんは「まったく……」と困ったように笑っている。

 

「やり直しだ」

「それはコメントをって意味ですか? それとも」

 

 唇を塞がれて言葉が切れた。静さんは今度はうっすらと目を開け、見開いた俺の目をじっと見ていた。

 

「……キスも、コメントも、どっちもだよ」

「……柔らかいです」

「……端的でよろしい」

 

 静さんがふっと微笑み、俺の背中に腕をまわした。俺も静さんを抱き寄せると、もういちど唇を重ねた。

 

「ん……んふぅ……っ」

 

 互いに顔の角度を変え、より唇を密着させる。静さんはときおり目を開けて見つめてきては恥ずかしそうに目を伏せ、また見つめてくる。

 

「んん……っ?」

 

 柔らかな唇の合わせ目に舌を伸ばすと、静さんはびくりとしながらもおずおずと唇を開いた。

 

 

 

 続く。

 

 

 




 次からはがっつりエロい空気になりますのでいったん切りました! 書きながら自分でも「来たぞぉぉぉ!!」と思っています。

 そろそろ冬コミ原稿を書き始めます。今回も受かっていることを祈りつつ……!

 それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!
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