ビーチテントを出たとたん、海と人混みの音の洪水が耳朶を叩いた。家を出たら目の前で祭りをやってたかのような気分だ。
「来てから言うのも難ですけど、海って何すりゃいいんですかね」
黒ビキニに包まれた静さんをちらちらと見ながら尋ねる。色気の暴力とも言える見た目自体も気になるが、周りの目も気になって仕方ない。おいこらそこのパリピ、エロい目で見てんじゃねえぞ。ファーストブリットを食らいてえのか。ここで手を出す想定が俺じゃないというヘタレぶり。
「大人数で来てるわけでもないのだし、ただ散歩をしたり海に浸かっているだけでも楽しいんじゃないか? …………」
静さんがくすりと困ったように笑ったことで、人目を気にしすぎて話半分にしか聞けていない自分に気付いた。
肉付きの良い腕がするりと絡められる。
「お、え……静さん……?」
静さんは笑っていた。とても楽しそうに。
「心配するな、私は君のものだ」
ぐらり、と世界が揺らぐほどの破壊力。目を見開き、ぐびりと喉を鳴らしてしまう。
「君はわかりやすい捻くれ者だな」
「めちゃくちゃめんどくさい生き物じゃないですか……」
浜辺を歩きながら交わす会話。静さんの言葉を聞いていると自然と人の目がどうでもよくなってくる。この人の表情が、仕草が、言葉が、するりするりと身体になじんでいく。
「めんどくさいのは私も同じさ。君と深く接するようになって、自分のめんどくささをそれなりに自覚するようになったとも。長文メッセージを送るとそれに反比例するかのように君の返信が雑になる現象を通してな……」
「すげぇ根に持ってるじゃないですか……」
ぎりりと抱きしめられる。柔らかな胸に腕が挟まれて天国でしかないけれど。
「君は愛情の見せ方が分かりづらいが、それでも君の妹……小町と話していると君の生態がある程度掴めてきたよ」
「生態って……」
ぼっち目腐れ目科とかかしら。ちなみに世の中には意識高い目ろくろ回し科とか、先輩風びゅんびゅん目イキリマウンテン科とかもいる。この世は地獄だな……。
静さんはやたらと上機嫌に笑っている。しきりに胸を押しつけては俺の反応を楽しんでいるのがちょっと腹立たしい。けど悔しい、もっとやってくださいって思っちゃう!
「君は心の開き方が特殊で面白いな。普通なら仲が良い人に心を開くところだが、ふたりきりになったらろくに会話ができないような人と突っ込んだ言葉を交わすこともよくあったろう?」
「あー……うん、思い当たる節だらけですね」
総武高にいた頃を思い出してふっと笑ってしまった。素直な笑いとは到底言えない、困ったような苦笑い。
静さんは目をぱちくりとさせ、腕を組んだまま手をつなぎ、するりと指を絡めた。
「……そんな君だが、どうやら身内と認識している人にはずいぶんと素直になる節がある。心の距離がある程度近付いた人、とも言いかえることができるかな」
「……そう言われると割と普通に聞こえるんですけど」
「たしかにな。けれど君の愛情表現は迂遠難解複雑怪奇にすぎるからな。傍から見ていると仲が良いのかそうでないのか分かりづらかったりするのだよ」
「漢字を並べて盛大にdisられた感がすごい……」
「ありのままを述べたまでさ」
そういえばこれ、何の話だっけ……と思ったところで、静さんが口元をもにょつかせ、目を泳がせた。なんだこの人可愛いなと悶えていると、追撃するように上目遣いをしてくる。
「あー、その、なんだ……ちょっと遠回りをしてしまったが……君は最近、どうやら私も身内のようなものと認識してくれている気がするんだが……間違いないかな?」
こほんこほん、と咳払いして、めいっぱい取り繕った顔で尋ねてくる。それでいて頬は赤らんで声はうわずっているのだから、にやけないでいられた俺を誰か褒めてほしい。
「……静さんもたいがいめんどくさいですね」
「……さっき言っただろう、自覚はしてるとも」
「まあ、その認識で合ってるんじゃないですかね」
「む? ほんとか?」
「何して遊びましょうか」
「ごまかし方が下手すぎるだろう……」
明らかにウキウキとした様子で追及してくる。あんまりにも嬉しそうで反論もできない。なんだこのめんどくさ可愛い人は。
「む、あれは……」
しばらく俺をからかっていた静さんが遠くを見やる。海で遊ぶための道具を貸し出しているようだ。
「浮き輪か……」
「浮き輪ですね」
大人ふたりが浮き輪でぷかぷかしてもなぁ……と思っていると、静さんが俺の腕をきゅっと抱きしめた。
「ひとつの浮き輪にふたりで入るのはどうだろう」
「はい?」
「ひとつの浮き輪にふたりで入るのはどうだろう」
「や、聞こえてましたけど。って、あの、静さん?」
静さんが貸し出し所に向かって突き進んでいく。この人、ちょくちょく俺の人権をないものとして扱ってらっしゃる気がするんですが……。
有無を言わさず静さんが浮き輪を借りてきた。せめてゆとりのある大きな浮き輪を……と期待していたが、静さんが借りてきた浮き輪は思いのほか小さかった。ひとりなら悠々と入れる程度の大きさだ。
「これしかなかったものでな。さあ、行こう」
貸し出し所をちらりと見る。明らかにもっと大きい浮き輪があると思うんですけど……という言葉は呑み込んだ。この人が楽しそうにしているのを見ると、なんだかんだでまあいいかと思えてしまう。
「さあ、大海原へ旅立とう!」
「沖合で浮いてたらただの遭難ですよ……」
思った以上にテンションが高かった。
× × ×
足がつかない深さになったところで浮き輪に入ることにした。密着するのは予想していたが、まさかの対面だった。ぷかぷかと浮かぶ向かい合った男女。
「あの……静さん? これはさすがに……」
傍から見れば、いや、傍から見なくともバカップルにしか見えないであろう構図。
「これは中々の青春だな……」
つぶやく顔がほんのり朱い。恥ずかしいならやめた方が……とは思うものの、それ以上に楽しそうだからたしなめるにたしなめられない。
「君はやたらめったらと気にしているようだが、そこまで目立ってはいないぞ?」
静さんがちょいちょいと辺りを指差す。たしかに、カップルでくつろぐ人もいれば、親子ではしゃいでいる人もいる。浮き輪人口が思いのほか多い。浮き輪人口ってなんだ。
「や、うん、目立たないのはありがたいんですけど……その、ね?」
先ほどから柔らかな膨らみがばっちり当たっている。燦燦と照り付ける太陽の下でも生理現象が止まることはない。つまり勃ってる。
「君の本能は実にわかりやすいな……」
静さんがにぃっと目を細める。蠱惑的な笑みに喉を鳴らしてしまったのがバレた。
細指が胸板に触れ、するりと海に潜る。片手は乳首をまさぐりながら、もう片方の手は海パンの上から膨らみをこすってくる。
「静さん……エロいことをしないと気が済まないんですか?」
じりじりと高まる興奮に危機感を覚えつつちょっと毒づいてみるも、
「……君のなにもかもがたくましいのが悪い」
ちょっとだけ恥ずかしそうにつぶやく静さんの顔は、ベッドの上で見るときのそれで。
「なんだ、また大きくなったぞ?」
チャックが開けられ、海水の中で肉茎を優しく握られる。絡みついた指がきゅっきゅっ、きゅっきゅっと何度も締め付けてくる。海水の中ではぬめりが期待できないためか、いつもと愛撫の仕方が違う。焦らすような手つきにじりじりと劣情が昂る。
「ここでムラムラさせられても困るんですけど……」
「んー、それもそうだな……ところで比企谷、君はここでもっとくつろいでいたいか?」
静さんの目がギラついている。何を考えているかだいたいの見当がついた。
「あー……や、大丈夫です。暑いし」
「ふむ、それなら……あそこで、というのはどうだ?」
静さんが指差したのは岩陰だった。浜辺の端にあり、近くの浜で遊んでいる人もいない。
「……誰もいないなら、まあ、はい」
「君もすっかり私に毒されたようで何よりだ」
「自分で言うことじゃないでしょそれ……」
呆れながらも浮き輪から抜け、足をついて砂浜に戻る。チャックが開いたままなのに気付いて慌てて閉めた。危うく不審者になるところだった。
続く。
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!