夏コミで出したいろは本の続きという形はとっていますが、今作単体でも問題なく楽しめます。
※今日は平塚先生編の最新話も同時に投稿しています。両方とも楽しんでいただけると嬉しいです(^^)
(1)
「メイクは舐められない程度にして、でも気合は入れすぎないように……」
冷たい夜風に、コートを羽織った身をすくめるようになった冬のとある日のこと。
いろはが洗面台の鏡と真剣ににらめっこながらメイクをしていた。並べてある道具をちゃっちゃと手に取り、ときに「いや、こっち」などとつぶやいて手際よく顔を仕上げていく。
元が綺麗なので、俺からすれば「そこまで気を遣う必要があるのか」としか思えないのだけれど。そういうコメントをするたびにぷりぷりと怒られるので、今日も今日とて黙っている。
「そんなに気が進まないのか、今日の呑みは」
いろはがバイトの同僚に誘われた呑み会に行くという話は事前に聞いていたが、先ほどから聞こえる独り言や、まるで浮かれた様子のないところを見ると心配になる。ふたりで出かけるときは、姿見の前で楽しそうにくるくると回り、俺と目が合ってハッとして「見ないでください」と恥ずかしそうに言ってくるのに。可愛すぎか。
「まあ……ちょっと、色々と、盛大に、めんどくさそうではあるんですよね」
メイクを終えたいろはが化粧道具をポーチにしまい、くるりと振り向いて苦笑いをする。うっすらとしたナチュラルメイク。化粧のことはさっぱりわからないが、たしかにすっぴんのときよりも綺麗になっていることはわかる。
「ん」
気の利いたコメントが浮かばないので、とりあえずサムズアップ。
「……まあ、今日のところはいいでしょう。デートのときに同じリアクションだったら実刑判決ですよ、実刑判決」
物騒なことを言いつつ、同じくサムズアップした手をこつんと合わせてくる。小さくて丸っこい手は同じ人間とは思えないくらい柔らかく、触れただけで安心する。
いろはがぱたぱたと身支度をしているあいだ、俺は何をするでもなく辺りを見回した。
俺の住んでいるアパートの部屋には、いろはが自宅から持ってきた衣服や、ふたりで買いに行ったクッションなど、彼女の私物がどんどん増えていた。
なし崩しで半同棲という形になっているが、いろははお互いにひとりでいる時間も大事にしているため、思ったよりもすんなりと今の生活を受け入れることができている。
「まあ……社会勉強だと思って行ってきます」
いろはが最後に身にまとったのは黒のトレンチコート。初めて見る姿だった。
「やけにかっこいいな」
思わず口をつく。齢二十にしてできる女感がすさまじい。
素直に褒めたつもりだが、いろはは「ありがとうございます」と言いながら苦笑する。
「先輩とデートするときはこっちにするんですけどねー」
クリーム色のダッフルコートを指差し、ついでに俺の頬をぷにぷにとつっついてきた。
「いや、なんでだよ」
「先輩は今日も可愛いですね~」
「話聞いてる?」
「聞いてます聞いてます」
言いながら鼻唄混じりに俺の頬をつっついてくる。雨垂れのごとく俺の頬を穿とうしているのかしら。やだ、リアルデビル……。
「今日はぶっちゃけ警戒してるんで、可愛さは出さないようにしようかと」
トレンチコートをばっと開く。痴女みたいだなと言いそうになって、本気で怒られそうなのでやめた。中はシンプルな白ブラウスとジーンズ。ふだんのフェミニンな格好と比べるとクールな印象がかなり強い。
そこまで可愛らしさを封じるほど警戒しているとなると……。
「なんかだんだん心配になってきた」
いろはがくすりと困ったように笑う。
「大丈夫ですよー。石橋を叩いて渡るつもりで準備してるだけです」
「ならいいんだが」
「慎重に慎重に、って感じです。叩いて叩いて叩き壊すつもりで」
「途中から急に怖くなったんだけど」
手のひらで頬をむにーと挟まれた。なぜ。
玄関まで送りに行くと、パンプスをとんとんと鳴らしたいろはがくるりと振り返る。
「先輩先輩」
「ん」
どうした……と聞く前に首に腕がまわり、くんと引き寄せられて唇が重なる。いろはの格好も相まって、社会人どうしの恋愛をしている気分になった。スウェットを着ている状態で思うことではないが。
「……思ったより恥ずかしいですね、これ」
「じゃあやるなよ……」
ぽっと顔が赤らむいろはの破壊力がすさまじい。と思ったら俺を見て「え?」とわざとらしく驚いた顔をする。
「してほしくなかったんですか?」
「聞き方がずるいだろ」
いろはがいたずら狐のように目を細め、後ろ手に組んでずいと顔を寄せてくる。
「えー、ちゃんと聞かないとわかんないなー?」
「なんで呑み会前に言葉責めが始まってんだ」
ぺしっとおでこを叩く。
「あたっ」
いろはが可愛らしい声を上げる。俺がすりすりとおでこを撫でると、いろはは縁側で日向ぼっこをする猫のように目を細めて気持ちよさそうに頬をゆるめた。やだ、家の外に出したくなくなるじゃない……。それはもはや半同棲どころか軟禁だな。
「ほれ、行ってこい行ってこい。迎えがほしかったら言えよ」
しっしっと手を振ると、いろはどういうわけか夢見るようにまぶたを下ろし、そっと胸に手を当て、おとがいを上げると、小鳥がおとぎ話を歌うようにつぶやいた。
「わたしは知っているのです。先輩がそう言いながら心配で心配でそわそわして、いてもたってもいられなくなって家の中を不審者のようにうろうろして、迎えに行きたくてしょうがなくなることをむぐっ?」
キスで口を塞ぐ。いろはの手首を掴んで抵抗できないようにしつつ。
「……これは思ったよりも恥ずかしいな」
ぽそりとつぶやく。いろははほんのりと呼吸を荒らげ、目は色っぽく細められていた。
「じゃあしないでくださいよ……」
「え、してほしくなかったのか?」
「ちょっと待ってください、なんですかこの意趣返しは!」
いろはが逃げるように玄関のドアを開ける。
冬の夜気がするりと家の中に流れ込み、反射的に身をすくめた。亜麻色の髪がふわりと空気を含んで揺れるさまに見惚れる。
「先輩は油断するとすーぐ反撃してくるんだから」
「俺にも反撃くらいする権利はあるだろ」
「え? ないですよ?」
「真顔で言うのやめてくんない?」
俺の人権はどこへ。
いろはがべーと舌を出したかと思うとにへっと笑う。付き合うようになってから見れるようになった、気の抜けた優しい笑み。
「それじゃ、行ってきまーす」
「あいよ、行ってらっしゃい」
手を振りながらドアを閉める。顔が見えなくなったあとまでひらひらと揺れる手に、ふっと頬がゆるんだ。
ドアが閉まったあと、おでこをぺしんと叩いて天井を仰ぐ。
「……マジで恥ずい」
キスの意趣返しは思ったよりも恥ずかしかった。勢いですることではない。八幡、反省。閉まったばかりのドアをちょっと開け、冷気で頬を冷ます。すぐに全身余すことなく冷えたので、すかさず暖房の効いたリビングに引き返した。
「えぇと、さっき聞いた店の名前は……」
なんだったっけな……と考えていると、いろはからのLINEの通知がぽこんと来る。忘れ物でもしたかとトーク画面を開いてみれば、店の地図のURLが送られていた。迎えに来てもらう気満々じゃねえか、と苦笑しつつ『りょ』と返す。
――現在、俺は大学三年生でいろはは二年生。
いろはが俺を追いかけて同じ大学に入ったと聞いたときは心底驚いた。なんやかんやあって今年の夏に付き合いはじめ、今の半同棲生活に至る。
プチデビル後輩に日々翻弄されつつも、俺の中でいろはは限りなく家族に近い存在になっていた。その感覚は妹である小町と似ているようでまるで別物で、あくまで恋人としてのものだ。
まどろっこしい言い方をしたが、要は自覚症状がはっきりとあるくらい、俺はいろはを大事にして、甘やかすようになっていた。今日の呑みもあの様子だと心配でしかたがない。
そわそわしていると、いつの間にかばっちり外出する準備を整えていた。いろははまだ居酒屋に着いてさえいないだろう。
「……早すぎるだろ……」
自分にツッコんだものの、今からまた部屋着に着替えるのも面倒なので、そのままソファに座ってソシャゲにいそしむことにした。ガチャなら無心で引ける。
× × ×
「うー……さむ」
パンプスをこつこつと鳴らしながら、わたしはぽつりとつぶやいた。先輩が隣にいたら、冷たくなった手を先輩のポケットに突っ込んで「うわ、つめた」と驚かせることができるのに。とはいえ最近は先輩の気遣い力が上がってきて、外に出たらすぐ手をつなぐようになってくれたんだけど。うむうむ、調教は順調だ。
顔を上げ、ふぅっと白い息を吐きながらついさっきのやりとりを思い出す。
「……先輩、心配しすぎだって」
顔に出してるつもりはなかったんだろうけれど、明らかに言葉以上にそわそわしてるのが伝わってきた。エサを目の前にした大型犬みたいに可愛くて、笑いをこらえるのが大変だった。
わたしと付き合いはじめてから、先輩は言葉遣いこそ変わらないものの、とんでもなくわたしを甘やかすようになっている。あれは先輩の妹であるお米ちゃんに対する振る舞いに似てる。
だけど、以前そんなことを言ったとき、先輩ははっきりと、
『大事にしてるって意味では同じだが、小町は妹として大事で、いろはは、その、なんだ、彼女として大事にしてるぞ』
なんて言ってきた。自分の攻撃力を自覚してほしいな、と思う。おかげでちょっと気持ち悪いどもりかたまでしっかり記憶しちゃったじゃないか。
先輩のせいで二~三日にやにやが止まらなかったんだけど、「なんでずっとにやにやしてんだ?」と聞かれたときはけっこう腹が立ったのでいっぱいキスをしてやった。返り討ちにあった。だめだ、思い出したらまた顔が熱くなってきた。
夜道を行く車のライトに照らされる。いつも先輩が車道側を歩いてくれるから、自然と車道から先輩ひとり分開けた位置を歩いてる。すっかり先輩と歩くのが日常になったんだな、と思う。付き合ってまだ数ヶ月なのに、そんな認識の変化が嬉しい。
わたしは先輩にとって、もう家族みたいなものなのかもしれない。そう思うと顔がぽっぽと熱くなる。
今日これからの呑み会は憂鬱の極みだけど、帰ったら先輩にどう甘えてからかおうかと考えただけで、重い足取りがふわりと軽くなる。とりあえず今は手が寂しいので、あとでがっつり手を繋ごう。にぎにぎしちゃおう。ふふふ。
先輩に意味もなくスタンプを八十個くらい送ろうかな……と考えていると、目的地の居酒屋が見えた。店の前に何人かの女の子と、見るからにチャラい男たちがいる。ああ、もう気が重い。いやな意味で地に足が着く。
「こんばんは……」
「おー、君がいろはちゃん? 可愛いねー! 今日はよろしく!」
いきなり名前呼び。もうオーバーキルだ。先輩に聞いた言葉をこんなとこで思い出すなんて。
わたしが最後だったみたいで、すでに三人の女の子と四人の男が揃っていた。なんで男が全員ものの見事にチャラいの? 義務化されてるの?
店の中に入り、男女が対面する形で座るなりチャラ男たちが自己紹介を始める。
羽毛よりも軽い言葉遣い。
マッドサイエンティストの実験に巻き込まれたのかってくらい脱色した髪。
鎖骨を見せないと死ぬ呪いがかけられてるのかってくらい無駄に開いた胸元。
交通事故に遭って二十回転したのかってくらいのダメージジーンズ。
対面したチャラ男A、B、C、Dの印象はそんな感じ。
……評価がひどすぎるかもしれない。先輩のおすすめ本を読み過ぎたかも。他のジャンルのオススメ本も教えてもらおうっと。そういえば「同じ種類のモンスターはグループ攻撃の魔法で同時攻撃できる」って先輩から聞いたっけ。ベギ、ベギラゴン?
小さくため息をつくと、隣の女子が困ったように笑って「わかる」と目だけで頷いた。
今日の呑み会は、本来女子会になる予定だった。
バイト先のカフェでいっしょに働いている女の子に「呑もうよ」と誘われ、初めはその子やわたしの大学の女友達を含めて楽しい女子会になるはずだった。
だけど、同僚の子の大学の先輩がその話を聞きつけ、勝手に参戦表明。気付けば男女四対四の合コンのような形になっていた。同僚の女の子にはすでにがっつり謝られているのでもう気にしていない。今はただただこの時間を乗り越えるだけだ。頑張れいろはす。
そんな状況なので、わたしを含む女の子たちの表情は軒並み暗い。もっとも全員処世術には長けているようで、チャラ男たちにはバレない程度に笑顔を繕っている。隣の子と目が合うと、ふっと力の抜けた笑みをこぼした。わかるわかる、ずっと作り笑顔は疲れるもんね。
「今日はみんな、なんかかっこい感じだよねー!」
チャラ男の言葉に、そりゃあねと心の中でうなずく。わたしと同じく、残り三人もみんな可愛さや色気をいっさい出していない格好をしていた。一目見ただけで今日どんな気持ちで臨んでいるのかがわかってしまい、苦笑いがこぼれる。
女子の自己紹介が始まった。
「一色いろはです。彼氏がいます。よろしくお願いします」
最低限繕った声で、けれどはっきりとした交際宣言。女友達が驚いたのが気配で伝わる。
これで大丈夫だろう……と思っていたら。
「あー、だよねー。わかるわかるー」
「いろはちゃん可愛いもんなー」
なんであっさり受け入れてんだこの人たちは。あと名前で呼ぶな。脳内でベガロギン、じゃなくてベギラゴンを唱える。
そういえば、最近先輩が自分を呼ぶときの声が優しくなったなーと思い出す。あれはぜったい無自覚だ。嬉しいし、そんな先輩がもういちいち可愛い。
よし、気分がちょっと回復。
飲み物の注文が始まると、わたしともうひとりの女の子がソフトドリンクを頼んだ。「えー、呑まないのー?」というチャラ男の言葉を最高の作り笑顔でごまかした。
「何のサークルに入ってんの?」
「学部は?」
「土日は何してんの?」
チャラ男たちは次々とわたしたちに質問を飛ばしてくる。浅くて特に何の面白みもない会話。
かと思えば、唐突に男同士で笑い出し、「そういえば~」と自慢話が始まる。
「こいつテニサーなんだけどさー、このあいだ二股かけて修羅場ってー」
「やめろって、それ秘密なんだから!」
肘で小突き合って笑うふたり。この世の地獄がここにある。
「え~、そうなんですか~?」
「すごーい」
この場でぜったいするべき話ではない武勇伝を話すチャラ男たちに、女子ふたりが取り繕った驚きの声を上げる。目が綺麗に笑ってないけど、それはわたしも同じだ。
チャラ男たちは薄っぺらい自慢話の合間で、「可愛いよね」とひたすら褒めてくる。
俺はすごいんだよ。君を可愛いと思ってるよ。だからホテル行こうよ。
チャラ男三段活用だ。地獄にもほどがある。すごくないし、可愛いと言ってくれるのは先輩だけで充分だし、温泉付きのホテルにひとりで泊まってくつろいでなよって感じ。
チャラ男たちの話を、ひとりで歩く街中の音のように聞き流しながら思う。
先輩ならわたしの話をいっぱい聞いてくれるのになー、とか。
むしろ先輩ももっと自分の話をしてくれていいのになー、とか。
そういえば、先輩に「女性はきちんと褒めるように」と言ってから、ぎこちないけどちゃんと褒めてくれるようになったなー、とか。
先輩がわたしを褒めるときって、頬を掻いて照れくさそうに、だけどちゃんと本音で言ってくれるから幸せで身体がむずむずするんだよなー、とか。
……わたし、先輩のこと好きすぎじゃない?
顔がぽっぽと熱くなっていると。
「あれー? いろはちゃんどうしたの、顔赤いよー?」
「呑んでないのに赤くなってる。可愛いねー」
「あ、大丈夫です。なんでもないんで」
顔の熱さが一瞬で抜け落ちた。
ふとしたときに先輩との時間を思い出してにやけそうになるけど、さっきの感じだとこの場で油断した顔はできない。
テーブルの下でスマホをいじり、先輩にLINEでメッセージを送る。
『ちょーっと思ったより大変な空気なので、迎えに来てもらっていいですか? 面倒な女でごめんなさい……』
そわそわしていると、先輩にしては珍しく数秒で既読がついた。
『なんだそのメンヘラ風味は。初めからそのつもりだったから気にすんな。すぐ行く』
心がぽっと温かくなる。ツッコミもしっかりしていた。「迎えがほしかったら言えよ」なんて言ってたくせに。なんだこの可愛い先輩は。
『きゃー! 素敵! 彼氏!』
『最後のは褒め言葉じゃなくてただの事実だな』
「あぅ……」
自分にしか聞こえないむにゃむにゃとした呻き。顔が熱い。先輩も顔が熱くなってそう。離れたまま共倒れって高度すぎると思う。
先輩が『ここで合ってるよな?』とGoogleストリートビューで店の入口を映したスクショを送ってきた。念入りだなぁ、どれだけ心配してくれてるんだかと余計ににやけてしまう。
すかさずオーケーのスタンプを送ると、
『わかった。今からウォームアップしとくわ』
との返事。いつもの軽口がこういうときは本当に心強い。
「いろはちゃん、誰とLINEしてんの? 彼氏?」
「あー、そんな感じです」
幸せな時間に水を差されて、言葉の温度がすとんと落ちる。それでもチャラ男はわたしの変化に気付かずべらべらと話しかけてくる。
さっさと帰りたいなぁ……と思っていると、チャラ男たちの提案で男女隣り合って座ることになった。より深い地獄に下りた感覚。女子同士でアイコンタクトをしてうなずき、腹を括る。
「いろはちゃん、お酒呑まないの? 二杯くらい呑もうよ~」
「いえ、結構です」
お酒を呑ませようとするのをするりとかわし、なれなれしく触れようとしてくるのもするりするりとかわす。わたしに触っていいのは先輩だけだ。あとは一部の女友達。静電気帯電シートがあれば巻きたいなと思った。待てよ、そんな便利グッズがあったら電車の痴漢防止に役立つのでは……と思ったけど、普通に乗ってるだけで被害者が続出しちゃうな。
ああもう、イライラする。
先輩に八つ当たりべたべた(すごいネーミングだ)をたっぷりしようと心に誓いつつ、人生の中で指折りの無駄な時間をなんとか乗り切った。
× × ×
居酒屋を出ると、案の定二次会に連れていかれそうになった。
「まだ呑み足りないっしょー?」
「なんか歌いたくない?」
「カラオケ行こうよカラオケ―!」
女性陣が帰りたい雰囲気を丸出しにしているにも関わらず、チャラ男たちの振る舞いがだんだん強引になっている。笑顔のまま腕を引っ張られ、友達が同じく笑顔のまま振り払っている。まったくなびかないわたしたちに業を煮やしているのかもしれない。これは本格的にやばそう。
どう逃げようか考えていると、視線の先に、髪がぴょこんと跳ねた、気だるげで眠そうでナマケモノみたいにぬぼーっとした、とっても見慣れた姿が見えた。
「あ」
小さな小さな声を上げて、他の誰も気づいていないうちに駆けだす。ずっしりと重くなっていた脚がウソのように軽くなった。心がふわふわしてる。
「うおっ」
ハリウッド映画でしか見ないくらいの、体当たりみたいな抱きつき。先輩は驚きながらもわたしの身体を抱きかかえて、しっかりと受け止めてくれた。映画のラストシーンならこのままふたりでぐるぐる回っているところ。
「お、おい……? ……無事でよかった」
戸惑いながらも安心した声。わたしの方が安心してます、と変な対抗意識が湧いた。頭をぽふぽふとされて身体の強張りが抜けていく。思った以上に緊張してたんだなーと気付いた。
胸がほわほわとあったかくなって、この気持ちの責任をとりなさーいと背中をばふばふばふと叩くと「ぐっ、うぉっ、あの、いろはさん? そんな晴れた日のベランダに干した布団みたいに……」と例えツッコミをされて笑ってしまった。
ほんのわずかな時間であっという間にできたふたりの世界。
ここってどこだったっけ……? と思ったところで、
「あー、彼氏?」
「なんか冴えねぇな……」
脳内でぴしっと亀裂が入る音がする。何度冷や水を浴びせかけたら気が済むのか
。
「気にすんな、慣れてる」
先輩がわたしにだけ聞こえる、優しい声で囁いてくれた。けれどだめだ、今は、だめ。
「わたしがどうこう言われるのは気にしませんけど、先輩がバカにされるのは許せません」
「お、おい……?」
「先輩をからかっていいのはわたしだけです」
「それ今言う必要ある?」
先輩のツッコミを流しつつ、後ろを振り返る。先輩には見せたくない表情を浮かべて。
『う……っ!?』
わたしの顔を見たチャラ男たちがたじろぐ。女子三人は目をぱちくりとさせていた。
「わたしの彼氏を悪く言わないでください」
ほんの少し目を細めての真顔。そして淡々とした口調。けれどこれで、いくら鈍感なこの人たちでも明確な敵意を感じてくれているだろう。
ああもう、先輩がこんなことを言われるくらいなら、初めからきっぱり断っておけばよかった。あとでしっかり謝ろう……と思っていると、不意に、肩をくいと抱きしめられた。
「いろはがお世話になりました。それじゃ」
先輩がチャラ男たちを一瞥し、女子三人に丁寧にお辞儀をする。心の中でキャーキャーと黄色い声を上げてしまった。
「あたしたちもそろそろ帰ろっかー」
「そうだねー」
「おつかれさまでしたー!」
「え、あ、ちょっと……っ!?」
女子三人が次々とその場をあとにする。それぞれと目を合わせ、お互いにサムズアップ。お疲れ様でした。チャラ男たちはひとりひとりを追いかけるか、ひとりを複数人で追いかけるか迷っている。みっともないなーと思いながら、先輩と足早にその場をあとにした。
「先輩、ごめんなさい。迎えに来てもらったばっかりに、ほんとしょーもないことを言われちゃって……」
とぼとぼと歩きながら謝ると、先輩がわたしの頭にぽんと手を置いた。白い息を吐いて、ふっと笑みを浮かべる。相変わらずちょっと笑顔が下手だなぁ。そこがまた可愛くて好き。
「気にすんなって言ったろ。比較対象にされるくらい俺の彼女は魅力的ってことだ」
ほろり、と心に溜まっていたいやな気持ちがいとも簡単に溶けてしまった。ずるい。許しながら褒めてくるなんて。と思ったら、先輩もよく見たら照れてる。愛い愛い。
「先輩、顔が赤いですよ」
「寒いからだよ。いろはだって赤いぞ」
「寒いからですよ」
わたしも似たようなものだった。
ひと気のない道をぽてぽてと歩きながら空を見上げる。よく晴れていて、肌に刺さる冬の夜気に手先がかじかむ。
手を繋ぎたいなーと思っていると、冷えた手をぱしっと握られた。先輩が前を向いたまま、わたしの手を自分のコートのポケットに突っ込む。かじかんだ手があっという間に温まった。
「先輩、すごいですね。わたしもちょうど手をつなごうと思ってました」
「奇遇だな。需要と供給が一致したわけだ」
先輩の軽口にくすくすと笑う。先輩も軽く微笑んでいた。
信号で立ち止まると、先輩にぽすんとしなだれかかった。
「迎えに来てくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
「……おう」
そっけない返事。だけどその声がちょっと上ずってる。見上げると、街灯に照らされた先輩の顔がなんだかひくひくしている。これはわたしの可愛さにばっちりやられてるな。いろはちゃんは知っている。
愛くるしいヤツめーと先輩のほっぺたをつっつこうとすると、信号が青になって先輩が前に進んだせいで空振った。それはもう見事に。
「……どうした?」
人差指を突き出して固まるわたしを見て先輩が首をかしげる。
「うぐ……」
ちょっと腹が立ったので、先輩のほっぺたを人差指でぐりぐりとしてやった。それはもうドリルのごとく。
× × ×
今日のいろはの可愛さは常軌を逸している。
帰り道をのんびりと歩いているが、呑み会で色々ため込んでいたのか、腕に抱きついてとにかくころころと甘えてくる。付き合う前から意外と甘えたがりなのは知っていたが、なんだか今日はいつもよりも幼い感じがする。さっきから表情筋が仕事をしてくれない。
「先輩、おうちで呑み直ししていいですか?」
「ん、呑んで大丈夫なのか?」
いろははむふーと楽しげに笑い、俺の二の腕に頬ずりをした。なるほど俺を殺す気らしい。
「だいじょうぶでーす。あっちではソフトドリンクしか呑んでなかったんで」
「なるほど。ならコンビニに……って、あの、いろはさん? そろそろ……」
店が立ち並ぶ通りに近づいてきたが、いろははぴったりくっついたまま離れようとしない。
「えー、なんですかー? はっきり言ってくれないとわかんないなー」
いろはさん、むふーと笑って実に楽しそうににまにましてらっしゃる。ええい離れろ、恥ずかしい。顔が熱い。
コンビニの煌々とした明かりが見えると、いろははようやく離れた。ふたたび俺のポケットに手を入れて、楽しそうににぎにぎとしてくる。
「やけに嬉しそうだな」
「先輩と呑み直すのが楽しみなんですよー。……さっきまでがあんまりにも大変だったので」
「……がっつり労わらせていただきます」
「やったー」
どうやって労わろうか、とりあえず自分へのダメージを省みずに全力でお世辞抜きに褒めちぎろうかなどと考えながら、コンビニでお酒とおつまみを選ぶ。俺はいろはが好きなものを先に選び、いろはは俺が好きなものを先に選んでいた。お互い手に持ったものを見てくすくすと笑い合う。なんだか俺も楽しみになってきた。これが深夜テンションか。まだ夜の九時だけど。
「ただいまー」
「はいよ、おかえり」
家に帰るといろはが当然のようにこの挨拶をする。一応君の家は別にあるんですけどねとは思いつつ、すっかりわが家と思ってくれていることが嬉しい。
お酒とおつまみをローテーブルに置いて手洗いうがいを済ませ、コートを脱いだところでいろはが抱きついてきた。甘い匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。
「……お疲れさん」
亜麻色の髪をぽんぽんと撫でると、いろはは何も言わず俺の胸に顔をうずめ、おでこをぐりぐりと押しつけてくる。だいぶお疲れのご様子。
「休まなくて大丈夫か?」
「大丈夫です。寝る前にたっぷり甘えないと気が済まないんで」
「え、可愛すぎない?」
ぐりぐりの速度が増した。火を起こそうとしてるのかしら。
いろはがぱっと顔を上げる。出会った頃よりもぐっと大人びた顔。初対面のときは最大限に警戒した子だというのに、今はこの顔を見ると一番安心するのだから不思議なものだ。
「ん……っ」
唇を重ねると、いろはが鼻の奥で色っぽい声を漏らした。背中をさするとひくひくと身体がくねる。いろはの手がすがるように俺の髪や耳、首、背中を撫でてくる。
「ちゅっ、れるっ、はぷっ、あむ、んふぅぅ……っ」
互いの唇を咥え、舌をちろちろと絡める。しばらくじゃれつくと、今度は顔を傾けて唇をぴったりと密着させた。
「んっ、ちゅぴっ、はっ、んんっ、んふぅっ、ふぅぅ……っ」
白ブラウスにジーンズというシンプルな格好をした恋人が、徐々に顔を蕩けさせて女としての表情をめいっぱい見せてくる。いろははとにかくキスに弱い。キスという行為そのものにも弱いし、キスをしながら他の場所を責められることにも弱い。
「……はっ、へぁっ、せん、ぱぁい……っ」
いったん口を離すと、いろはははふはふと酸素を求めるように口を開閉して、またすぐに唇を重ねてきた。ねろねろと舌が絡み合う。いろはの舌はどんどんいやらしく動くようになり、ふっくらとした胸をすがるように押し付けてくる。
「あっ、あっ、そこっ、やぁん……っ」
背中から尻に手を滑らせると、いろはが扇情的に腰をくねらせた。ジーンズの硬い生地越しに撫でただけでも柔らかな肢体がひくひくと反応し、いろはの口内の唾液の量が増していく。
「ぅぐ……っ」
いろは柔指が俺の下腹部に添えられた。膨らみを下から上へと何度もなぞられ、スラックスの中で肉幹がぎちぎちと張り詰めていく。
「えへへ……すっごい硬いですよ?」
いたずらっぽく微笑むと、俺の唇をちろちろと舐めながらブラウスとジーンズを脱いだ。シンプルな白の上下の下着。
「先輩と出かけるときはもっと気合を入れますから」
「知ってる」
胸板にとすとすとパンチを食らう。愛嬌たっぷりな仕草に悶絶した。
「先輩、これから呑むのを忘れてません? だいじょうぶですかぁ?」
いろはの目尻がとろんと下がり、瑞々しい唇のあいだからてろりと舌が垂れる。舌の腹同士をこすり合わせ、ぱくりと咥えてずるりと啜る。
「へぅぅぅ……っ」
下着姿の身体が小刻みに震え、へなへなと崩れ落ちる。いろはは女の子座りになると、俺の股間に鼻先をくっつけて「ん~」と気持ち良さそうに鼻を鳴らした。
「いろはさん、エロすぎません?」
「先輩の調教の成果ですね」
「調教って言うな……」
鼻唄交じりにスラックスのチャックを開けるいろはの耳をそっと撫でる。
「ひんっ!」
甲高く喘ぎ、「うー」と唸りながら股間に頬をぷにぷにと押し付ける。
「……先輩のせいでほんと感じやすくなっちゃったんですからね? こういうのを調教って言うんですよ、調教って」
「……否めないな、うん」
いろはは「まったくもー」とぷりぷりしたかと思えば、スラックスを脱がせてがちがちに張り詰めた肉竿をパンツ越しににぎにぎとしてくる。
「先輩、ほんとにおっきぃですよね……」
熱を帯びた声で囁き、裏スジにちゅっ、ちゅっとキスをしてくる。柔らかな唇が、肉茎の形に合わせてむにゅりとひしゃげるさまにごくりと喉が鳴った。
「いろはさん、これから呑むのを忘れてません?」
「んー、覚えてますよー? でもまあちょっとだけ……」
夢心地の声で呟き、いろはが俺のパンツに指を引っかけてするりと下ろす。勃起した肉槍が勢いよく飛び出し、愛らしい顔を睥睨するように力強く反り返る。
「あは……っ」
うっすらと口の端をつり上げた笑みをいろはが浮かべる。吐息が桃色に見えそうなほど、わかりやすいくらい欲情した顔。
「だめですよぉ? こーんなエッチな匂いさせてたらぁ……」
間延びした声。亀頭にかかる熱い吐息。高まる期待感に身体が強張る。
「はむ……っ」
生々しく開いた唇が亀頭の先端に触れた瞬間、甘い快感が尿道を突き抜けた。するりと伸びた舌が鈴口をねろりねろりと舐め、それからゆっくりと唇が侵食してくる。上目遣いで俺の反応を窺いながら、じっくり、ねっとりと。
「んふぅぅ……っ」
亀頭をぬるりと呑み込むと、柔らかな唇でカリ首を締めつけ、唾液で溶かすかのように丹念に舐る。亜麻色の髪を撫でると、俺のひざ裏をすりすりと撫で、嬉しそうに目を細めた。
「んっ、んむふぅぅ……っ」
とぷりとぷりと溢れる先走り汁を舌で掬い上げ、もっともっとと欲しがるようににゅりにゅりと舐め上げる。
「んっ、んっ、ん……っ」
きゅっと頬をすぼめ、ゆっくりと顔を前後させる。鼻の下が伸び、いろはの綺麗な顔が卑猥に歪む。この顔を見ることができるのは俺だけなのだという独占欲が背すじを炙る。
ちゅぽ、ちゅぽ、ちゅぽ……っ。
いやらしく唾液が弾ける音と、荒くなったいろはの吐息が静かな部屋に響く。いろははうっとりと俺を見上げ、太ももやひざ裏を愛おしそうに撫でている。
いろはは口でする行為が好きで、キスだけでなくフェラも好きだ。休みの日はほうっておくと何十分と舐めていたりする。最高でしかない。
じりじりと近づいてくる射精欲求に内ももが強張る。積極的に腰を振って温かな口内に肉槍をねじ込もうとすると、不意に口が離れた。
「え……っ」
「先輩、そろそろ呑みましょ?」
「……生殺しにもほどがあるんですが……」
それに、いろはも見るからに欲求不満だ。下着姿の身体を悩ましくくねらせ、亀頭にちゅっ、ちゅっと何度もキスをしている。
「たまには我慢してみるのも楽しいんじゃないかなーって。先輩がムラムラしながら呑んでる姿を見たらぜったい笑っちゃいます」
「それを言うならいろはだってぇぇ……っ?」
亀頭をぱくりと咥えられ、鈴口をにゅりにゅりとほじくられた。語尾が間抜けに伸び、俺が黙ったところでいろはが口を離して「むふー」と自慢げに笑う。
「遮り方がエロすぎるんですが」
「先輩の調教の賜物ですねー。……んぐ……んん……あぉ……っ」
小さな頭を掴んで喉奥まで肉茎をねじ込む。いろはが涙目で見つめるなか、ゆっくりと引き抜いた。口と肉幹のあいだに唾液の線がてろりと伸びる。
「じゃ、そろそろ呑むか」
いろはが名残惜しそうな、それでいてちょっと恨みがましそうな目で見つめてくる。
「……もっとしてくれていいんですよ?」
濡れた声音に肉槍がびんと跳ねる。が、今は耐えることにする。
「たまには我慢してみるのも楽しいんじゃないかなーって」
「うぅ……先輩が意地悪だ……」
「心配すんな、どうせあとでふたりとも大変なことになるから」
「すごい言い方しますね……でもま、間違ってないかも」
頭をぽんぽんと撫でると、いろはがぽしょぽしょと呟いた。鈴口にちゅっと吸いつかれるとカウパー液が溢れ、いろはが目をぱちくりとさせた。透明な粘液をちゅっと吸い、にんまりと笑う。
「まさか先輩がこんなに性欲が強いだなんて思いませんでしたよー?」
「さいですか……」
熱くなった顔を逸らすと、「可愛いヤツめー」とはしゃぎながら両手の人差指で竿をてちてちと弾かれた。卑猥すぎる遊びはやめてほしい。ぷらぷらと左右に揺れる自分のものを見ると、何とも言えない気分になった。
活動報告に詳しい情報を書いておきますので、ぜひ覗いてみていただきたいです(^^)!
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました(^^)!!
良いお年を(^^)!!