1.
由比ヶ浜の家は、ごくごくありふれた一軒家の二世帯住宅だった。俺の家とほぼ同じ雰囲気と言えるだろう。
しかし、うちのように子どもに男がいないと、また雰囲気が違うな……などと思いながら、ついきょろきょろしてしまう。
すると、隣の雪ノ下が小さなため息を漏らした。
「……人の家で、きょろきょろしない」
「は、はい……」
至極真っ当なご意見を頂いた。ましてや女の子が住む家ですしね……。
こういうときに、今までの経験の浅さっていうか、経験の0さが浮き彫りになる。ぜろさ。
俺たちをどう扱ったら良いのか困ったのだろうか、由比ヶ浜がきょろきょろとしている。
「あはは……ど、どうしよっか……?」
困ったように笑うと、雪ノ下が買い物袋を少しばかり持ち上げた。
「ここに来る途中、あなたに料理をこしらえられないかと思って食材を買って来たのだけれど……早速でごめんなさい、台所を使わせてもらっていいかしら?」
すると、由比ヶ浜の目がぱっと輝いた。
「え、ほんと!? わーい、ゆきのんの手料理だー!」
嬉しそうに雪ノ下に抱き付く。わんわん。
「こ、こら……そんなにくっつかないで……」
相変わらず仲がよろしいことで。雪ノ下さん、もはや全然いやがってませんよね?
由比ヶ浜のこの様子は……ほっといたら、犬みたいに雪ノ下を舐めかねない。舐めないか。流石にそれはゆるゆりの域を越えてしまう。……本当に、大丈夫だよね?
由比ヶ浜が台所で最低限の調理器具の場所を説明すると、雪ノ下がてきぱきと準備を始める。
手伝いたそうに由比ヶ浜がうろちょろするのを見て、雪ノ下が優しく諭す。
「由比ヶ浜さん……風邪を引いてる状態で無理をしなくても良いわ。あなたは比企谷くんの相手をしてあげて? 20分くらいで終わらせるから」
……ゆ、雪ノ下のやつ……優しさに見せかけて、由比ヶ浜を台所から追い出しやがった……!
いやまあ、本当の優しさもあるんだろうけど。
でもこれ絶対、一緒に料理したくないだけだろ……。
あと、ついででさり気なく俺がひどい扱いを受けてる。俺はどこの子どもだ。
「ゆきのん……ありがとう! よし、ヒッキー、あたしの部屋に行こう! 相手してあげる!」
「お、おう……」
由比ヶ浜の勢いに押されて、台所を出た。
――と。
雪ノ下が見えない位置まで来た所で、ふと立ち止まる。
……これから20分間、由比ヶ浜の部屋に2人きり?
由比ヶ浜も同じことに気付いたのだろうか。立ち止まったまま固まっている。全然こっちを見てくれない。
数秒すると、ぎぎぎと振り返って、にひっと笑った。どんだけ気まずいんだよ……。
「ひ、ヒッキー、あ、ああ、あたしの部屋、ににに、2階だから……どど、どうぞ……」
由比ヶ浜は緊張した声音で言うと、階段をとんとんと昇り始めた。
……こっちにまで緊張が伝播しちゃったぞ……。
階段を登っていると、あることに気が付いた。
……由比ヶ浜さん、しっとりとかいた汗のせいで、ちょっとばかしだけどお尻にパジャマが貼り付いておるやないですか……。
ガン見してたら、遅かれ早かれバレる。
なので、早めに目を伏せた。
「はい、どう……ぞ……」
しずしずと部屋に通された。
何この2人の雰囲気……?
初対面でもこんな緊張しねえぞ。
ウソ、俺はする、超緊張する。
「失礼します……おお」
しかし中に入ると、2人の間の固い空気もどうでも良くなってしまった。
由比ヶ浜の部屋は、一言で言えば、「THE ☆ 女の子」という雰囲気だった。
ピンク色の可愛らしいインテリアやぬいぐるみ等、一目で分かる女の子っぽさ。
……これが……女子の部屋か……。
小町の部屋しか見たことがなかったからなあ。雪ノ下の部屋は彼女のキャラも部屋事情も特殊なので除外します。
しかし視覚的な印象以外にも、妙に惹きつけられるものがあった。
そこはかとなく漂ってくる、甘い香りだ。
多分、何々を置いているからなどと言う単純な理由では無いのだろう。
総合的に、何か、甘い。
ここだけ読むと、なんか俺が雑で辛口な審査員みたいになってるけど、実際はそうではない。
何かもう、ただただ良い匂いなのだ。
……それに、恐らくさっきまで寝ていたからだろうか、どことなく汗の匂いがこもっているのだけれど……普通汗の臭いと言ったらマイナスのイメージしかないのに、この甘い匂いと絡まると何とも言えない感情が湧き出て来る。
要約すると。
俺、今、匂いで興奮してます。
「……ヒッキー?」
部屋の解説のナレーションを頭の中で一生懸命流しているうちに、由比ヶ浜が心配そうに声をかけてくれた。超ごめん。
「あ、ああ、わるい、何でもない」
「ん、そっか」
言うと、由比ヶ浜はとことこと歩き、ベッドに腰を掛けた。
「……じゃあ、ここ座って?」
少し頬を赤らめて、ぽすぽすと手で叩いて招かれたのは……由比ヶ浜のすぐ隣だった。
……はい?
「……え、いや、床でいいぞ?」
「あ、その……ゆ、床は掃除してないし、クッションも今全くないから!」
……クッションらしきものが、ぱっと見でも3つくらい見えるんですけど……。
しかし抵抗するのも難だと思ったので、
「そ、そうか……じゃあ、失礼します……」
お言葉に甘えることにした。
ぼふっとベッドのクッションで身体が沈み込み、すぐに元の高さに戻る。
「……」
「……」
……気・ま・ず・い・☆
何だこの状況。
由比ヶ浜のベッドに、二人並んで座るって。
由比ヶ浜は手を太腿で挟んで、もじもじとしている。やめて! どきどきするから!
「あ、あの、さ……」
もじもじしたまま、由比ヶ浜が口を開いた。
「ん?」
「今日は……ありがと。その……嬉しかった、すごく」
ちらりとこちらを見て、恥ずかしげに視線を送る。
心臓が、どくんと跳ねた。
……あれ、なんだこれ?
「あ、ああ、まあ何てことねえよ」
目を逸らして、意味も無くカーテンの縁を見つめる。わあ、綺麗なピンク色のカーテンの縁ですね……ただの事実報告だね!
「ゆきのんが来てくれるって言うのもすごく、すごく嬉しかったんだけど……ヒッキーが来てくれたって分かったら、嬉しくて、嬉しくて……びっくりしすぎて、ちゃんと言葉にして伝えられなかったから……今言うね」
ぽす、と。
腿に彼女の手が乗せられる。
「ありがと。本当に嬉しい。心細かったんだ……すごく」
視界が、ぐらりと揺れた気がした。
由比ヶ浜との距離が近い。
時間感覚まで麻痺したように感じる。
二人の間は更に詰められて、鼻と鼻が触れそうな距離になる。
心臓は早鐘を打ち、由比ヶ浜から目を逸らせなくなっている。
今にも唇と唇が触れてしまいそうな距離にまで近付き、震える声で彼女の名を呼ぶ。
「由比ヶ――」
がちゃり、と音がした。
「ごめんなさい、20分は言いすぎたわ。今から料理を持ってくるからドアを開けておいて……どうしたの?」
ドアを開けた雪ノ下が、不思議そうな顔をしている。
由比ヶ浜はベッドに不自然な体勢で寝転がり、俺は床に転がっていた。奇跡の反射神経と身体能力。
「……何をしているのかしら? まあ良いわ、今から持ってくるわね」
ぱたぱたと、雪ノ下が階段を降りていった。
……なんか、お母さんになった時の雪ノ下が垣間見えた気がする……。
ぱちっと由比ヶ浜と目が合うと、燃えるように身体が熱くなった。
由比ヶ浜も顔を真っ赤にしている。
そこから雪ノ下が料理を持ってくるまでの数分間、俺たちは何故か正座で待機していた。
2.
「はい、どうぞ」
雪ノ下が持ってきたのは、消化に良い具材を入れたお粥だった。
「わー! すごいすごい! ゆきのん、お母さんみたい!」
……その褒め言葉のチョイス、どうなのん? 雪ノ下も絶妙な表情になってるし。
あと、君が言うお母さんって、まさか君のお母さんじゃないよね? 多分君のお母さん、こんなお店で出てきそうなクオリティの料理は作れないよね?
「あ、ありがとう……それじゃ、召し上がれ」
雪ノ下は苦笑して、土鍋のお粥を小皿に取り分けて由比ヶ浜に差し出した。
「はーい! いただきまーす! ……あーん……」
……はい?
雪ノ下もぽかんとしている。
由比ヶ浜は、小皿を受け取るかと思いきや、雪ノ下に向けて口をぱかっと開けている。
……まさかこいつ、雪ノ下にあーんを要求しているのか……!? し、信じられねえ!
「え、あ、その……由比ヶ浜さん?」
「ゆきのん……あーん……」
せめて言葉にして伝えろよ。いや、まあ、一応言葉にはしてるけど。
しかし雪ノ下は由比ヶ浜の責めに弱い。責めって表記にすると急に妖しくなる。
口を開けたままの由比ヶ浜にずいっと迫られ、雪ノ下がたじろぐ。
「…………」
いや、なんで無言で俺を見るの? 俺に何が出来るの?
あれか、フェイントで俺にあーんしてみるか。一生の記念になるぞ? 悪い意味でな。
ふいと目を逸らすと、左のこめかみに雪ノ下の恨めしい視線を感じた。だが、それでもめげずに逸らし続けると、ふうと諦めたようなため息が聞こえた。
「……分かったわよ。はい、あーん……」
「あーん……んむっ、むぐ、むぐ…………んーーーーー! 美味しいーーーー!」
星、3つ! とでも言わんばかりに。
由比ヶ浜は満面の笑みで握り拳をぶんぶん振っている。
こいつ、良いリアクションすんなぁ……。
素の反応だから、作った方は本当に嬉しいだろう。
ちらりと雪ノ下に目をやると、顔を真っ赤にして俯いて「そ、そう……」とかなんとか、ぽしょぽしょと呟いている。何この子、可愛い……。
その後も結局あーんを強要され、30口ほど食べるまでひたすらあーんさせられた雪ノ下は、由比ヶ浜が満足気にご馳走様でしたと言う頃には既に疲弊しきっていた。お疲れ様でした……。
3.
片付けも済んで落ち着くと、ベッドに雪ノ下と並んで座っていた由比ヶ浜がぱたぱたと手で仰ぎ始めた。
「由比ヶ浜さん、暑いの?」
「うん。温かいものを食べたからかな……でも、ちょっと前を開ければ大丈夫!」
さっき家の前で、俺がいるのに気付いて一度はパジャマの胸のボタンをほぼ全て閉じていたのだが、そのことをすっかり忘れてしまったのか、再びボタンを開けようとした。
「……あ」
そして途中で俺と目が合ってさっきのことを思い出したのか、由比ヶ浜はボタンを開ける手をぴたりと止めた。
しかし、由比ヶ浜の体調を考慮すれば、ここでボタンを外すのをやめさせるのは非常に申し訳ない。
決して、断じて、谷間が見たい訳ではない。
なので、優しく微笑みかけてみる。
「大丈夫だ、由比ヶ浜。俺はお前の胸元になど全く興味が無いから、遠慮なくボタンを開けてくれ。本当にもう、ふなっしーの中の人くらい興味が無いから安心してくれ」
「それ本当に興味ないのかいまいち分かんないんだけど!? ……むー、なんかムカつく……でも、うぅ……」
北風と太陽作戦、成功なるか? 北風しか吹かせてないけど。
由比ヶ浜は数秒迷った後、意を決したように顔を上げた。
「もういいや! ……んっ……」
「ちょ、ちょっと、由比ヶ浜さん!?」
「……うおっ……」
目を限界まで見開いてしまった。
さっき玄関で見たときより、更にボタンを1~2つ多く開けたようだ。
あと一歩で突起が見えてしまうだろうかと言うくらいにまで、胸元を開けていた。
……わぁ……凶器だよぉ……。
危なかった。ジャージでも履いてようものなら、慌てて手で隠さなければならなかった。
何だよあの谷間……腕差し込んで「充電~」とか言いてえよ……俺何言ってんだろ……。
由比ヶ浜が恥ずかしさからかふるふると震え、俺は興奮でふるふると震えていると、雪ノ下も震えていることに気付いた。え、なんで?
じっと見ていると目が合い、ふいと逸らされた。
「…………気に、してない」
小さく呟いた言葉に、死ぬ程悶えた。
由比ヶ浜をもう一度見ると、「や、やー、涼しいなー……」と言いながら、ベッドに両手を付いて目を泳がせていた。もはややけになっている感がある。
見える、見えちゃうから!
……自分の目が血走ってないか、心底心配になった。
続く。
猛烈にエロが書きたくなって小町の続きを書こうとしたのですが、ガハマさんも進めておきたいなーと言う思いに加えて、書きたいと思うシーンがいくらか出て来たので、ガハマさんの続きを書きました。パジャマと谷間のコンボ。
明日は小町を書きます。エロ大放出。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!