1.
二人で家を出て、駅に向かってとことこと歩き始める。
由比ヶ浜の取り留めのない話を聞きつつ、周りを見渡す。
すぐ右側のガードレールの向こうを通り過ぎる車の気配にそれとなく注意を向けながら、左手に感じる温もりを噛み締める。
ふわふわとした心地良い感覚が、身体を柔らかく包んでいた。
「…………」
ふと。
人通りの無い路地に差し掛かった時に、由比ヶ浜が無言になったのに気付く。
振り向いて歩速を落とし、どうしたと顔で聞くと、由比ヶ浜がもじもじとしながらちらりと俺の顔を見た。
「……ん」
言って、俺の手を引いて足を止め、目を閉じる。
や、「ん」じゃねえよ。情報足りな過ぎるだろ。三浦の口下手な誘いに影響受け過ぎだっつの。
とは言ったものの、まあ。
やることは分かっている。
……にしても、ここでなのん? さっきしたのって道中我慢する為じゃあなかったんですか?
周囲に目配せをして、間違っても人に見られないよう細心の注意を払う。
誰もいないのを確認すると、こほんと咳払いをして由比ヶ浜の肩に手を添える。
「……ん」
同じく超絶短い言葉、略して三浦語で返事をして、唇を重ねた。略でも何でもねえなこれ。
互いの唇を、ほんのわずかに接触させる。ただそれだけ。
そんな単純な行為で、恥ずかしさを覗けば難易度なんて無いに等しい行為だというのに。
「……えへへ」
幸せそうに笑う由比ヶ浜を見て、不思議と心がぽかぽかになる。
数秒前までの恥ずかしさが、由比ヶ浜の温かみでとろりと溶け落ちた気がした。
や、ごめん、盛った。そんでもやっぱ恥ずかしいわ。超恥ずかしい。
2.
手を繋いだまま駅に着き、そこから電車に乗って降りるまでは流石に手は離していた。
由比ヶ浜は改札を通る時以外、俺の袖をずっと握ってたけど。
や、俺の袖握り過ぎでしょ。そんなに袖好きなの? お前の前世はなに、袖なの? 袖だったの? どんだけ善行積んで人間になったんだよ。すげえなお前の前世。袖なのに。
駅を出て俺の家に向かうと、今度は由比ヶ浜から手を繋いできた。
細い指がするりと絡んできて、妙にどきどきしてしまう。
「えへへ、また繋げた」
にぱっと笑う由比ヶ浜から、思わず目を逸らす。
……うーん。
幸せ全開モードの由比ヶ浜がまさか、こんなとてつもない破壊力を備えているとは思わなかった。ただの、前世が袖だったメロンパンナちゃん(主に胸)じゃなかった。俺のこいつに対する認識がもはや訳わかんねえな。
それにしても、何も話していない時でもにこにこと俺を見てるのやめてくれませんかねえ……恥ずかし過ぎて灰になっちゃう。俺と由比ヶ浜=吸血鬼と太陽。ぎゃあぁぁぁあぁぁぁぁああああぁぁ!
妄想に耽るばかりではとてもこの恥ずかしい状況を切り抜けられそうにないので、こほん、と咳払いを一つして、話題を切り出す。
「あー、由比ヶ浜」
「うん? なあに?」
うぅ……首の傾げ方がなんだよもう死ぬ程可愛いよ。目をぱちくりさせんじゃねえよ……どきどきしちゃうだろうが……。
こほんこほんと、再び咳払いをする。
「あれだ、世の中、胸の大きさを表す言葉って色々あるだろ」
「何があれなの……」
唐突すぎる上に阿呆極まりない話題に、思い切り呆れられてしまった。
しかし由比ヶ浜は会話を切るつもりはないらしく、小さく頷いて続きを促す。
「まあ大きい方でよく聞くのが巨乳だよな。小さいのなら微乳とかちっぱいとか」
「……なんかヒッキーの言い方が全体的にキモいよ」
ジト目を向けられた。こいつにこういう顔されるとすげえ凹むな……。
「うるせえ、気にすんな。で、大きい方は他に爆乳とか、スイカップとか、愛がいっぱいIカップとか、メロンパンナちゃんとか、色々あるな」
「え、え、え? スイカップまでは聞いたことあるけど……後半、何言ってんの?」
由比ヶ浜の頭の上に物凄い勢いでハテナが浮かんでいる。特定の個人のキャッチフレーズと、俺のお前に対する勝手なイメージだからそりゃ訳分からんよね……。
「まあ、胸には何かとそれを表す言葉が付けられることが多いっていう話だ」
「ふーん……? あ、じゃあ、その……あ、あたしは……?」
頬を赤らめて、上目遣いで見つめてくる。うーわ押し倒してえ。この欲望丸出しの感じはどう考えても路上で逆立ちしちゃう吸血鬼もどきにしか思えない。
うーん、と考えて、にこやかな笑顔(卑屈)を由比ヶ浜に向ける。
「お前はあれだ、バカップ」
「ひどすぎるでしょ!?」
由比ヶ浜がわーんと泣き声を上げた。だって、一番適切なフレーズだと思ったんだもん……。
「元気出せよ、きっと良い事あるから、な? バカップ」
「うぅぅ……バカにすんな!」
頬をぷくっと膨らませて、眉を寄せる。
「はっはっは、照れるなよ」
調子に乗ってイジメていたら、由比ヶ浜が少し迷った表情を見せた後、俺をきっと睨み付けた。
「……もう、触らせてあげないよ?」
「んがっ!」
身体に衝撃が走った。電気が走った。雷が落ちた。
なんかもう、小町に「お兄ちゃんなんて嫌い!」と言われたときくらいショック。あれは死ぬかと思った……。
早々に状況を改善しなければいけない。
なので。
「ごめんなさい」
謝った。
即座に。
両手をぱんと音を立てて合わせて、深々と頭を下げる。
「もうバカップなんて馬鹿にする気満々で言いません。これからも貴方様の胸を触らせてくだもがっ」
言葉を遮るように由比ヶ浜が俺の口を手で押さえ、身体も無理矢理真っ直ぐに起こされた。
「しーっ! しーっ! ちょっと、いくら周りに誰もいないからって! いつ人が来るかわかんないんだよ!? バカ!」
言われてハッとする。しまった、ショックの余り周りが見えなくなっていた……。
「ああ、わりいわりい……。じゃあ今度からは、きちんと人目を気にしてお前に謝って胸を触るとするわ」
「なにそれ!? ほんとに反省してんの!?」
と、まあ。
こいつが相手だと、どうもこういう会話をしがちになってしまう。ツッコミって大事ですね。
阿呆みたいな話でも道中の時間を潰すには程良かったようで、気が付けば自宅の前に辿り着いていた。
……ていうか、いつ人が来るのか分かんないのは、キスしたときも同じだったんじゃないの?
3.
「ただいまー」
「おかえりー」
俺の声に反応して、小町がとてとてと小走りでリビングから出てきた。なにこの子、超けなげ。うん、今日も小町は可愛いな。
「小町ちゃん、やっはろー!」
「結衣さん、やっはろー! ようこそ我が家へー!」
キラッ☆とか言っちゃいそうな眩しい笑顔で小町が迎える。いかん、太陽が空に1つとこの空間内にもう2つ……。
小町は俺と由比ヶ浜がリビングに入るなり、越後屋よろしくとても悪い顔をして俺に近寄ってきた。
「ふふふ……昨日はお楽しみで?」
こいつ……どこでそんな言葉覚えたんだ……。
「別に。……それなりだよ」
しっしっと手で追っ払いながら、適当にぼかす。
すると、小町は目をむいて一瞬止まった。
「え、なに、その言い方だと余計に気になるんだけど……」
「やめろやめろ、追及するんじゃねえよ……」
どうかわしたものかと考えていると、隣で由比ヶ浜が所在なげにたははと笑っているのが目に入った。
小町も気付いたのか、俺と小町が申し訳なさそうに顔を見合わせる。
「あ、わりい由比ヶ浜。ほら小町、まずは由比ヶ浜を休ませねえと」
「そうだね、結衣さんごめんなさい!」
「あはは、良いよ良いよ。やっぱり仲良いねー2人は」
そんな話をしつつ、俺と由比ヶ浜がソファに座ると、小町はコーヒーを入れにキッチンに向かった。
4.
「お兄ちゃんと結衣さんって、2人きりのときどういう会話をするんですか?」
ソファに座り、3人でコーヒーを飲みながらのんびりのんびりのんのんびよりしていると、小町がふと疑問を口にした。
こういうのって、パッと説明出来ねえなぁ……何話してたっけ? と思い、つと由比ヶ浜に視線を向ける。
俺の視線を受けて、由比ヶ浜があごに人差し指を当てて、んーと考える。
数秒考えたかと思うと、不意に何か思い付いた顔をした。
「あー……ヒッキーはあたしの胸ばっか見て、胸の話ばっかしてるかも」
「おまっ……!」
よりにもよって、一番恥ずかしいことを言いやがった。
しかも何がやばいって、それがただの事実ってことだ。
つまり、俺の胸好き具合がやばい。何がやばいってマジでやばい。
小町はもう予想通りというか予想を余裕で超えた軽蔑顔で俺を見ている。
「……バカ、ボケナス、八幡、おっぱい星人」
「最後、最後」
小学生みたいなことを言われた。
由比ヶ浜に目をやると、顔を真っ赤にして俯いている。
うぅ……なんだこの状況……。
「ちなみに、胸の話ってどんなことを話してたんですか?」
小町が表情をニュートラルに戻して、会話を膨らまし始める。顔の切り替え超はええなこいつ。章変えの術かよ。これなら体育会系変態少女に襲われても次の行で何も無かったことに出来るな。
「あ、えーっとね……」
由比ヶ浜はまだ顔を赤くしつつも、由比ヶ浜の家でした会話とここに来る途中でした会話についてぽつりぽつりと話し始めた。
5.
一通り聞いた小町が、目を細める。呆れたような、慈愛に満ちた顔のような、そんな顔だ。
「お兄ちゃん……結衣さん……その会話はもうバカップっていうかただのバカップルだよ……」
「うぐっ……」
俺と由比ヶ浜が同時にダメージを受けた。
小町はその話を聞いた段階で、俺と由比ヶ浜がどこまで行ったのかある程度の見当は付いたようで、俺と由比ヶ浜を交互に見やってふむふむと頷く。
腕を組んで天井を見上げてうんうん唸ったかと思うと、胸の前で手をぽんと合わせた。
「あ、小町、お昼の食材まだ買ってませんでした! ちょっと1時間程買い物に行ってきます! 帰ってくる頃にはお兄ちゃんに連絡入れるので! 結衣さんはごゆっくり! ではでは、行ってきまーす!」
「え、あ、おい……」
戸惑う俺と由比ヶ浜に構うことなく、小町は支度をちゃっちゃと終え、俺と由比ヶ浜にばちこーんとウインクをしたかと思うと、風の如く出掛けて行った。
「小町ちゃん……色々とすごいね」
前に乗り出していた身体を元の位置に戻して、由比ヶ浜がたははと笑った。
6.
小町が家を出てから10分程経った頃からだろうか。
由比ヶ浜が、ソファで俺の隣に座ったまま、妙にそわそわし始めた。
落ち着きなく俺をちらちら見て、かといって俺と目が合うとすぐに逸らしてしまう。
どうしたんだかと思いながらもぼへーっとしていると、不意に右肩に重みがかかる。
見れば、由比ヶ浜が寄りかかり、俺に体重を預けてきていた。
「……ね、ヒッキー」
熱っぽい視線を向けて、ゆっくりと目を閉じる。
「……ん」
これくらいなら、まあ、大丈夫。
さっきの場所に比べたら、よっぽど抵抗は少ない。
言葉少なに俺を求めた由比ヶ浜の唇に、そっと唇を重ねる。
唇同士の軽いキスをすると、由比ヶ浜の目がとろんとしたのが分かった。
更に甘えるようにすり寄ってきて、続きをねだる。
ま、まあ、これくらいなら、ね。まだ大丈夫、うん。
今度は、舌を軽く入れて……と思っていると、由比ヶ浜が思いの外情熱的に舌を絡めてきて、俺も思わず乗ってしまった。
気付けばしばらくの間、座ったままだったり、どちらかが上になったりしながら、ひたすらに互いの唇を貪り合った。
唇を離す頃には、由比ヶ浜の顔はすっかり上気していて、俺は完全に勃起していた。
「……あ」
それに気付いた由比ヶ浜が、小さく声を上げる。
そしてテントを張った俺の股間を興味深げに見つめると、指でつんつんと突いてきた。
「こらこら、やめろやめろ」
「わぁ……」
全然やめてくれない。なんか悪戯を止めない幼稚園児を相手にしてるみたい。
この状況、どうしたもんかな――そんな風に思っていると。
「ね、ヒッキー」
「ん?」
由比ヶ浜が、少し上ずった、やたらと色っぽい声で俺を呼んだ。
つんつん突いていただけの俺の竿を突然両手で包み込み、さわさわと指で弄り始める。
そして、さっきまでのひまわりみたいな笑顔とはまた違う、艶っぽい笑みを浮かべた。
「……ここで、ヒッキーの……してあげよっか?」
「……え?」
由比ヶ浜は俺の戸惑いを気にすることなく、俺の竿に顔を近付けて、すんすんと匂いを嗅ぐ。
その扇情的な光景に、俺の心臓は早鐘を打った。
続く。
ガハマさんでした。何気に字数多めです。のんのんびより。見た事ないんですけどね。チェックしよう。
0時ぴったり更新をしないのが本当に久しぶりで、確認したら4月19日以来でした。わお。
土日で小町編のラスト及び……めぐりんorはるのんをスタートさせようかなぁ……もうそろそろスタートさせないとぐだりそうなので、取り敢えずどっちかを投稿しようと思います。
1週間、お疲れ様です!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!