童森町の管使い 作:ユッケ
第6話 〜美人教師と、か弱い同業者〜
商店街の脇道を抜け、飲み屋が立ち並んだネオンが輝く通りを歩く。
やがて目的のBARを見つけ、俺は迷う事なくその店へと足を運んで入り口のドアを開けた。
(……へぇ、思ってたより良い雰囲気だな。)
店内は落ち着いた内装で、暗めの照明がしっとりとしたムードを作っている。
酒も高価なブランデーから手頃なスコッチまで幅広く揃えられていて、酒選びも中々に悪くない。
客層は、見る限り社会人カップルが多そうだ。
気まぐれに来てみたが、かなりセンスの良い店のようだな。
(ん? ……1人、か?)
不意にカウンターを見れば、奥の席にかなり美人の女が座ってる事に気付いた。
しかし……すごい美人だな。
誰かと待ち合わせしている訳じゃなさそうだし、少し声をかけてみるか。
「隣、いいですか?」
「……ええ、どうぞ。」
彼女はカクテルか何かを飲んでいるようだ。
そこでマスターに同じものを頼み、一口飲んでみる。
……意外と度数が高いな。
フルーティな香りではあるが、コレを数杯飲んだら昨日の二の舞いになりそうだ。
そんな事を思いつつ横目で彼女を見れば、何やら落ち込んでいるのか深い溜息をついていた。
「……何か嫌な事でもあったんですか?」
「え? 私……そんな顔してました? ダメだなぁ、顔に出ちゃうなんて……。」
どうやら、彼女はかなりストレスを溜め込んでいるようだ。
度数の高い酒に逃げたくなるような事でもあったのだろうか?
「これも何かの縁ですし、俺で良ければ話聞きますよ?」
俺がそう彼女に話すと、カウンターの奥に居たマスターが仕事を奪われたかのような表情を見せた。
……悪いな。早い者勝ちだ。
「でも……いいんですか?」
「愚痴でも何でも聞きますよ? 1人で飲むのも味気ないですから。」
そう言って彼女に向けて薄く微笑む。
こういう事には慣れてないので、上手く表情を作れているか少し不安だ。
……しかし、見れば見るほど美人だな。
是非とも、この人にも俺の子供を産んで貰いたい。
だが、こんな口説き方では断られてしまわないだろうか?
そんなネガティヴな思考に落ち入っていると、俺の予想に反して彼女はゆっくりと口を開いた。
「実は、職場の同僚にいつも怖い話をしてくる人が……」
………………
…………
……
酒が入って饒舌になっているのか、彼女の愚痴は小一時間続いた。
頰も割と赤らんでいて、彼女が酔っているのが伺える。
「今日も背中に背後霊がついてますよ、って言って怖がりな私にイジワルするんです。……霊能力者の方って、皆んなああなのかしら……。」
……きっとその霊能力者は鵺野先生、だな。
って事は彼女が意中の相手であるリツコ先生か?
そうなると手を出し辛いな。
鵺野先生の事は勿論だが、既に美樹や郷子に種付けしてると知ったら教師であるリツコ先生は俺を受け入れてはくれないだろう。
勾弧が居れば話は変わってくるんだが……あいにく今は郷子の中で引きこもっている。
かなり郷子の中が気に入っていた様だし、勾弧のヤツは子宮の中に注ぎ込んだ精液を一滴たりとも残しはしないだろう。
……俺の子供を残すには、やはりもっと女が必要だな。
そう思うと、尚更リツコ先生を孕ませたいと思うのだが……。
「本人に悪気は無いかも知れませんが、嫌がる貴女を何度も困らせるのは良くないですね。」
だが、リツコ先生はな……。
彼女の膣内に勾弧が住み着く様子がないし、媚薬能力にも期待は出来ない。
勿体無いが……鵺野先生に譲るべきだろうか?
「そうですよねっ? 私、鵺野先生なんて……霊能力者なんてキライです。」
……そんな事を思った矢先にこれか⁉︎
おいおい、鵺野先生かなり嫌われてるじゃないか⁉︎
それも、何かフォローしないとリツコ先生に鵺野先生共々、霊能力者そのものが嫌われたままになってしまいそうな勢いだ。
孕ませるのは無理でも、せめて、霊能力に対して良い印象ぐらいは持って貰いたいものだ。
「霊能力者は嫌い、ですか。俺も霊能者のはしくれなんで……少しショックですね。」
「あ、ごめんなさいっ! 私そんなつもりじゃ……。」
リツコ先生は、そう言って慌てて取り成そうとしてくる。
「ええ分かってます。……ですから、少しだけ霊能力者の立場向上を図らせて貰えませんか?」
「……? どういう事ですか?」
「少しお時間頂けますか? 無理にとは言いません。……出来れば、この場で済むことですからしばしお付き合いして頂けると有難いんですが……。」
「は、はぁ……構いませんけど……。」
そう言って、頭に疑問符を浮かべているリツコ先生の手を取り、半個室になっているテーブル席に連れて行く。
「では、俺からの……霊能力者からの、ささやかな贈り物です。」
俺は数珠を手に取り、静かに経文を唱えていく。
すると、ポツポツと光の粒が集まり出し、やがて微笑みを浮かべた小さな天使のような姿をした精霊が10体ほど現れ、辺りをふわふわと漂い始めた。
「……きれい。」
「この子達は最下級の守護天使です。力は弱いんですが、微量の幸せを与えてくれます。」
リツコ先生はその幻想的な光景に目を見張り、精霊を目で追ったり指に乗せたりと、かなり楽しんでくれているようだ。
「どうです? 霊能力者も捨てたもんじゃないでしょう?」
「ええ……とても素敵……。」
これで少しは霊能力者の評価が上がったか?
ついでに鵺野先生の評価も……いや、また墓場にデートとか変な事を言い出しかねないな。まだまだ友人の春は遠そうだ。
「っ⁉︎ これは……。」
そんな事を考えていると、突然俺はとある異変を感じ、この場から意識が逸れた所為で精霊達が次々と消えていってしまった。
「あっ……どうして皆居なくなったの?」
「すいません。ちょっと用事が出来ました。いくらでも付き合うと言いましたが……そうもいかなくなったようです。」
「用事? あの、それも霊能力者の……?」
「まぁ、そんな所です。ちょっと急ぎなので、先に失礼しますね。」
そう言って、テーブルの上に詫び代わりに2人分の代金を置き、急いで店を出る。
背後から声が聞こえた気がしたが、今はそれを気にしている場合じゃない。
……それに、どうせ無理ならリツコ先生を孕ませる事はすっぱり諦めた方が潔いだろう。
『勾弧っ! ちょっと来いっ!』
BARで感じた異変。
それは、邪悪な妖怪が街中で暴れている気配だ。
気配から察するに、次々と一般人に妖怪が取り憑いているようだが……その近くには弱い霊能者がいる。
どうやら妖怪を抑えようとしているようだが、その霊能者では力量差が大きい。
とてもじゃないが抑えられる相手じゃなさそうだ。
『今回ばかりは返事しろっ! おいっ!』
いくら念話を飛ばしても、勾弧からの応答はない。
普段のように無視しているだけかも知れないが……くそっ、今回ばかりは俺が戦うしかないか。
勾弧のヤツ、俺が死んだらどうするつもりだ⁉︎ 自分もただじゃ済まないというのに!
そんな事を考えながら、妖怪が暴れている童森町センター街に急ぐ。
幸いにも、今居る辺りはセンター街の脇道を逸れた場所だ。
まさか妖怪と戦う羽目になるとは思わなかったが……捉え方を変えれば、偶々BARに飲みに来ていておかげで大惨事になる前に食い止める事が出来るとも言える。
……物は言いようだな。
「っ! アイツかっ⁉︎」
しばらくしてセンター街に辿り着き、騒ぎのある場所へ向かっていくと、管狐らしき妖怪が運転手に取り憑いて数台を巻き込む交通事故を引き起こしていた。
「無茶苦茶だな……。既に大惨事じゃないか。」
……管狐にしては凶悪な面構えだな。
あまりにやりたい放題暴れているので、迂闊に近寄れそうにもない。
だが、相手があの程度の管狐なら……。
「おやめったら! 私の言う事が聞けないの⁉︎ 早く戻りなさいっ!」
そんな事を考えている俺の隣に、悲鳴に似た声で必死に管狐に話しかけるセーラー服の女の子がやってきた。
その子は涙を浮かべて、何度も何度も呼びかけている。
「筒に戻りなさい! こらっ、やめなさいってば!」
筒? そうか、この子があの管狐の……。
「あれは、君の管狐か?」
「だ、誰よアンタ⁉︎ 今は話してる場所じゃ……」
「とにかく! あの管狐、俺が好きにしていいか?」
そう話しつつ、数珠を手首から持ち替えて握りしめる。
持ち替える時にジャラジャラと音が鳴り、その子の視界にも入ったようだ。
「霊能者……でも、どうする気⁉︎ あんな強いヤツどうにも出来ないわ!」
「まぁ見てろ。俺みたいに霊力が弱くても、案外やり方はあるもんだ。」
鳩尾辺りに拳を当て、暴れる管狐に聞こえるように経文を唱えていく。
……今日2度目の霊能力だ。
しかもコイツ相手では普段以上に負担がデカそうだが、これで上手くいかなかったら俺もこの子も無事では済まないだろう。
何としてでも成功させないとな。
「南無大慈大悲救苦救難……」
すると経文に気付いた管狐が身を翻し、此方に一直線に向かってくる。
「きゃー⁉︎ 来たーっ!」
「悪しき妖怪、我が身に宿りて……」
眼前に迫る管狐の頭をガシッと掴み止め、霊力の膜で管狐全体を包み込んでいく。
「その身を、封じよっ!」
『シャアアァッッ⁉︎』
蛇に似たような断末魔をあげながら、管狐が俺の体内に吸い込まれていく。やがて管狐の身体全てを吸い終わると、辺りにようやくの静けさが戻ってきた。
「ハァ……ハァ……さて、
「凄い……あっさり封印しちゃった……。」
隣から感嘆の声があがる。
……しかし、まだ解決した訳じゃない。
「いや本番は、ハァ……これから、だ。」
俺の体内では、封印した管狐が外に出ようと激しく暴れ狂っている。
このまま管狐に封印を破られてしまったら、再び街中で暴れまわる事になってしまうだろう。
俺に残された霊力は、管狐に比べてかなり少ない。
万が一管狐の力が俺の技量を上回ってしまったら、その時は俺の身体は封印と共にバラバラに……。
「グウッ⁉︎ ……だが、そうはさせない。ハァ、俺から出たけりゃ、
俺の体内で、封印時に包んだ霊力の膜に閉ざされた管狐を、その中で少しずつ解体し、新たに作り変えていく。
その作業で霊力が夥しく消費されていき、目眩すら覚えてしまう。
……くそっ、ギリギリのせめぎ合いだ。
しかし、やがて管狐の動きが鈍り始める。
そして俺の封印内で管狐の再構築が終わると、遂には一切の身動きを取らなくなった。
……どうやら俺の勝ち、だな。
「ふぅ〜……。今回も死なずに済んだ、か。まぁ、
「……何なの? アンタ、さっきから何をしてるのよ?」
額の油汗を拭い、鳩尾から拳を離す。
そうして拳を離した途端、俺の身体から管狐が解き放たれていく。
「ふ、封印がっ⁉︎ ちょっと! どうすんのよ⁉︎」
「……心配するな。よく見てみろ。」
「見ろって……あれ、なんか黒い? それに……目が4つもある。」
元の姿とほぼ変わりないが、体色が黒曜石のような光沢のある黒に変わり、左右に2つの計4つ目が並んでいる。
あれは……勾弧の牙でトドメを刺した、妖怪
郷子に憑いていた悪霊の力は取り込めなかったか。
「……お前はどんな能力があるんだ?」
そう管狐に話しかけると、俺の影に入り込んでいった。
するとグニグニと影が形を変え、影に触れた小石などを取り込んでいく。
ふと掌を見れば、影が取り込んだ小石がいつの間にやら握られていた。
「影を操り、取り込んだ物体を手元に移す……か。中々に使い勝手が良さそうな能力だな。それに、勾弧と違って従順そうだ。」
そう言って喉を撫でてやると気持ちよさそうに擦りよってきた。
少しブサイクなヤツだが、見た目に反して結構可愛げのあるヤツだな。
「訳わかんない……。封印したり、姿を変えて従わせたり……何がどうなってるの?」
少女は目の前で起きた事が理解できないようだ。
……仕方ない。少し、説明してやるか。
「俺の中でコイツを作り変えたんだ。……以前倒した妖怪の力と、俺の霊力を混ぜ込んでな。」
……正確には勾弧の倒した妖怪だが。
ちなみに、郷子の守護霊にすげ替えられていた悪霊の力は一切反映されていない。
やはりこの技は、事前に倒した者が妖怪でないとその力を混ぜる事は出来ないようだ。
「つ、作り変えたって……そ、そんな、出鱈目な話が……。」
説明しても俺のした事が信じられないようだ。
まぁ、俺が独学で編み出したオリジナル技だし、基礎も何もあったもんじゃない。理解のしようが無いか。
そもそも今回だって、偶々成功したに過ぎないんだからな。
……それにしてもこの子、何故あんな自分が扱えないような管狐を飼っていたんだ?
「君は、俺と同じ管狐使いだよな?」
「え? そ、そうだけど……?」
「この程度の管狐すら扱いきれないなら、君は管狐なんか使うべきじゃない。今はまだ管狐を飼うのは止した方がいい。」
俺がそう告げると、隣からキッと睨みつけてきた。
何やら癇に障ったようだ。
「私の霊能力が未熟だって言うのっ⁉︎」
「違うとでも言うのか? ……どうやら
「っ……。」
それっきり少女は黙り込み、堪えるように身体に力を入れて俯きながら、瞳に涙を溜めていく。
……よほど自分の霊能力に自信があったようだ。
「まぁ、そこそこ強い管狐が君の元に来たって事は管狐使いの素質はあるのかも知れない。……だが、この結果は修行も扱い方も学び足りていない確かな証拠だ。こんな中途半端な霊能力、誰に習ったんだ?」
俺も最近になって経文を覚えた身だから、あまり人の事は言えた立場じゃあないんだがな。
「……実家がイタコなの。受験するからって、修行ほっぽり出して田舎から出てきたんだ。管狐も……勝手に持ち出してきた。」
イタコ、か。
管狐使いで、かつイタコ……恐らく東北の出身だろうな。風の噂で聞いた東北のイタコ連中なら、これぐらいの管狐はなんとか出来ただろうに。
「でも私、自惚れてた……。一人前になったつもりだったのに……。」
そう言って隣でぺたりと座り込み、大粒の涙を地面に落としていく。
……見てられないな。少し、励ましてやるか?
「ちゃんと修行すれば、きっと君も強力なイタコになれる。俺が保証するよ。」
俺のような未熟者の保証など何の意味もないが……まぁ、言わぬが花だろう。
そう言って、少女の肩をポンと叩いて立ち上がる。
辺りはまだ騒動の爪痕が残されたままだ。
警察が来て根掘り葉掘り聞かれる前に、さっさと立ち去った方がいいだろう。
「……飯でも行こうか? 霊能力者としてはまだまだ未熟な俺でも、ちょっとしたアドバイスならしてやれると思うぞ?」
そう言って、涙を流す少女の手を取る。
スカートに着いた砂埃をはたき落としてやり、肩を支えてゆっくりと立ち上がらせた。
「何が食いたい? 反省してるみたいだし、今なら何でも好きな物食わせてやるよ。」
ハンカチを取り出して涙を拭ってやりながら、なるべく意識して少女に笑顔を見せる。
……意識し過ぎて、変な顔になっていないだろうか?
「ステーキ……。ステーキが食べたい。」
……遠慮のない子だ。
この近くでステーキと言えば、高級な鉄板料理店しか思いつかない。励ますだけのつもりが、意外と高くついてしまったようだ。
「ステーキか。はぁ……仕方ない。ほら、行くぞ?」
そう言って俺はセンター街に背を向け、鉄板料理店に向かって歩き出す。
すると、少女が隣並んで腕にぎゅっと抱きついてきた。
そしてボソッと何かを呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「いずな。……私の事、いずなって呼んで。イタコ先生。」
「イ、イタコ先生?」
「だってアドバイスしてくれるんでしょ? だから、イタコ先生。」
……イタコって、確か女性にしかなれない巫女さんの筈なんだがな。
「イタコ先生はやめてくれ。俺を呼ぶなら、雄夜とでも呼んだらいい。」
「じゃあ、雄夜先生ね!」
「……先生もいらん。」
何が面白いのか、いずなは俺を先生、先生、と何度も呼んでくる。
いちいち訂正するのも面倒だ……とりあえず店に着くまでは、いずなの好きに呼ばせるか。
……とにかく今は、いずなが俺の二の腕に押し付けてくる胸の感触を存分に堪能させて貰おう。
リツコ先生と知り合いになりました。
今後、主人公との関係はどうなるんでしょうね?
いずなとも師弟関係となりましたし、どうやら主人公は向かう先々でフラグを立てていくようです。
……実は、今回の展開は作者の意図せぬ展開だったりします。
キャラクターが勝手に動くとは、こういう事なんでしょうか?