青々とした大海原を、帆を張った高瀬舟が往来している。
高度な造船技術が失われたいま、水上交通の手段は中世のレベルにまで後退している。船の動力はエンジンではなく、風力や人力だった。
多摩川の河口は大田区と川崎市のほぼ全域が海に沈んだために、対岸までの距離が3キロもある巨大な湾となっていた。
多摩丘陵南端を流れていた鶴見川流域も深く切り込んだ湾になっている。サウザーは海を三方から囲む岬となった旧鶴見区に港を建設していた。
大宮台地の上にあるメディスン・シティへの連絡港であるこの港は、聖帝軍の勢力範囲が拡大するにつれて軍事的な重要度を増し、KING軍が支配する房総半島を正面に臨む戦略拠点となっていた。
聖帝の視察に同行していたユダは桟橋に係留されている三隻の大型船に目を向けた。
全長約50メートル、両舷合わせて六十挺の櫂船だ。メディスン・シティを通じて徴集した船大工に造らせた、この時代としては最大級の軍船である。港の倉庫では食糧や水、武器、燃料などの物資の集積も始まっていた。
今度はどこを攻めるのだろう。
サウザーは自らの軍事行動について幕僚に
海風が長い髪をかき乱す。ユダは顔にかかる髪を手で払いのけた。
「シンは東方衆に味方することを決めたようです。東方衆に肩入れするように見せかけて彼らを傘下に組み入れようという考えなのでしょう」
かつて茨城県があった北関東東部では、拳王軍と東方衆が激戦の矛を交えていた。
圧倒的な軍事力を誇る拳王軍に対し、中小軍閥の寄り合い所帯でしかない東方衆は分が悪い。このままでは彼らは敗北し、拳王軍はその残党を吸収して強大化するだろう。シンはそうなる前に東方衆を取り込み、以て北関東東部をも掌中に収める腹積もりなのだろう。
「ラオウが使者をよこしてきた。おれにシンの軍を牽制しろとな」
サウザーは辛辣な笑いを唇の端に刻んだ。
「シンもおれのもとに使者を遣わしてきた。こちらは中立を求めている」
「どうするおつもりですか」
その質問には答えず、サウザーはユダに視線を向けてきた。
「お前はシンと同期だったな」
「ええ。おれは遅れて士官学校に入ったので、年齢はおれのほうが上ですが」
シンは関東を三分する大国の支配者のなかで最も年齢が若かった。名前こそ日本風だが、金髪碧眼の彼は日本人の血を引いていない。繊細そうに見える容姿とは裏腹に気性は激しく、士官学校に入ったのもどうせ兵役に就くなら、命令されるより、する側になったほうがいいという理由からだった。サウザーやラオウも同じ理由で軍人になったのだから、似た者同士というべきだろう。
習志野駐屯地に配属されたシンはそこで世界の破滅を目の当たりにした。そして無法状態となった戦後の動乱を勝ち抜き、戦国の雄にのし上がった。いまではKINGという王号を称し、サザンクロス・タウンと名づけた、かつてのチバ・シティを中心に房総半島に君臨している。
ユダがシンの名を持ち出したのには理由があった。サウザーの関心を、シュウのいる都心から逸らし、KING軍のほうに向けさせたかったのである。
東京の中心部は放射線の数値が高く、人が住める場所ではない。民間人を含めた大勢の人間が隠れ潜んでいようとは想像もしていないはずだ。だが、シュウがそこにいると知れば、サウザーは討伐軍を差し向け、彼らを皆殺しにしようとするだろう。
ユダはもう一度、サウザーの顔をうかがった。サウザーは腕を組んだまま、海を見つめている。その表情からは何も読み取れなかった。
視察を終えた一行は聖帝城に帰還した。