※この作品はR-18です。

乱世の群像   作:獺祭り改め水蜜桃

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 暗い室内を照らすのは蝋燭のたよりない炎だけだった。

 サウザーは肘掛け椅子に坐し、向かい合うユダは立ったままでいる。

 大きな寝台が部屋の中央を占め、天蓋から幾重にも帳(とばり)が垂れている。大人五人がゆうに寝られそうなその寝台からユダは目を背け、意識の外に締めだそうとした。

「半年前から攻略を進めてきた六道山ですが、降伏を申し出ております。いかがなさいますか」

「服従か、然(しか)らずんば死か」

 頬づえをついたサウザーは冷たい笑みを浮かべた。

「おれに刃向かう者にこの世で生きる術はない。すべて殺せ」 

「わかりました」

 サウザーが椅子から立ち上がった。蝋燭の炎が顔の陰影を際立たせ、一瞬、猛々しい獣のように見せる。

 ユダは立ち竦んだ。サウザーを見つめる翠玉(エメラルド)の瞳に涙が浮かぶ。慕わしさと恐ろしさの板挟みとなり、身動きができない。サウザーを愛している。だが、同じくらい恐ろしいのだ。

 サウザーの指がユダの唇をなでる。ユダは従順に口を開き、サウザーの指を含む。口腔内をなぶるものに一心不乱に舌を絡める。

 そんな風に媚態を示すユダを見て、サウザーは薄く笑う。

 

 求められるまま、寝台に裸身を横たえたユダは首を横に向けた。

 帳(とばり)のすき間から、窓の向こうに瞬く灯火の光が見えた。巨大な台形をした白い構造物が闇に浮かび上がっている。夜を徹して建設工事が行われているのだ。

 聖帝十字陵。覇業もまだ道半ばだというのに、なぜあんなものを造っているんだ。

「どこを見ている」

 顎を掴まれ、正面を向かせられた。

 サウザーが冷ややかに見下ろしている。情欲とはちがう欲望を宿した蒼い瞳にユダは身を慄わせる。すべてをねじ伏せ、従わせずにはおかない覇王の征服欲にみなぎった眼差し。

 怖い。怖くてたまらない。でも、拒むことはできない。ずっと昔、この人に囚われ、服従することを誓わされたときから、自分はこの人の奴隷なのだ。

 サウザーが長い中指をユダのなかにくぐらせる。内部を解すように蠢かし、敏感な部分を指の腹で押し上げる。

「んん……ッ」

 ユダは手の甲を噛み、声を殺した。サウザーはオイルやヴァセリンといった気の利いたものなど使わない。受け入れる側を先に射精に導き、その精液を潤滑剤代わりにする。最初の頃はそうされた。だが身体が馴れるにつれて、指を入れられただけで性器が硬く、濡れてくるようになった。糸を引いて滴り落ちるほどになる。サウザーは環にした指でそれを拭い取り、ユダの後孔に塗り込めていく。

 サウザーが自身をあてがい、ゆっくり突き入れてくる。丹念に使い込まれたそこは抵抗なく男の欲望を受容する。ユダは唇を薄く開き、息を吸い込みながら、奥まで迎え入れた。

 苦痛と綯(な)い交ぜになった快感が全身に突き抜ける。

 おれはこの人を愛している。ユダは自分にそう言い聞かせた。愛しているから耐えられるのだ。

 ユダは喉を仰け反らせ、声を放った。すべての葛藤を忘れ去ろうとするように、与えられる快楽に没入していった。

 

「助けてくれ! まだ死にたくない」

 後ろ手に縛られた人々が慈悲を乞うていた。

 彼らの目の前に口を開けているのは長さ10メートル、幅3メートル、深さ2メートルほどの長方形の穴だった。それが等間隔に十カ所も掘られている。街の住民で、十歳以下の子供をのぞく全ての人間がここに集められていた。

「話が違う。降伏すれば生命だけは助ける約束だったはずだ!」

 六道山の代表が、聖帝侵攻軍の主将である赤毛の青年を見上げ、非難の叫びを上げた。

 聖帝軍の兵糧攻めは半年にわたって続いたが、餓死者が出始めるに及んで住民たちは降伏した。降伏を受諾した聖帝軍は死者を埋葬するためと言って、城外の空き地に穴を掘らせた。作業が完了する否や、彼らを縛り上げた。掘った穴は、人々を生きたまま葬り去るための墓だったのだ。

 ユダは真紅に塗られた唇をつり上げて笑った。

「聖帝陛下が求めるのは絶対的な服従だ。即座に膝を折らない者は殺す。抵抗の意思を示した時点でお前たちの運命は決まっていたのだ」

「悪魔め!」

 突然、喚声が上がった。何処かに逃げおおせていたのか、物陰から若者が飛び出してきた。弩(ボウガン)をかまえ、ユダめがけて矢を放つ。

 喉を貫かれる寸前、ユダは素手で矢を掴み止めた。

「愚か者が!」

 真空刃を放った。若者は血しぶきを上げて、倒れ伏した。

 ユダは忌々しげに振り返ると、手を振った。

「皆殺しにしろ」

 聖帝軍兵士たちが手にした刀や斧を、泣きわめく住民の脳天に叩き込む。頭部を断ち割り、頸椎を打ち砕いて、次々に穴に突き落とす。死にきれなかった者が穴の底でうめき声を上げている。

 ブルドーザーがエンジンを唸らせながら突き進んできて、土砂を押し出した。断末魔の叫びが砂の中にかき消されていく。

 全ての穴が埋め立てられると、不気味な静寂があたりを充(み)たした。殺戮に酔っていた兵士たちも冷静さを取り戻し、自らの行いに今さらながら身慄いしている。

 離れた場所にひとかたまりにされていた子供たちが檻車(かんしゃ)に入れられていた。

 彼らはこれから矯正施設に送られ、再教育を受ける。聖帝軍の教育部隊には連れてこられた子供たちを洗脳するための完璧なマニュアルがある。親兄弟を失い泣きじゃくっていた子供も、数ヶ月もすれば聖帝軍の忠実な兵士に育っていく。何の躊躇いもなく人を殺す兵器に生まれ変わるのだ。

 檻車に押し込められた子供が目に涙をため、怯えた表情でユダを見ている。

 ユダは顔を背けた。血腥い戦いには慣れている。だが、このような子供狩りは彼の好むところではなかった。

 手のひらを見た。皮膚が一文字に切れ、血が噴き出していた。とりあえず布を巻きつけ、止血した。

 夜になって、聖帝軍の陣地では戦勝祝いとして兵士たちに酒と肴が振る舞われた。普段は飲まない者も浴びるほどの量を痛飲した。呑めば呑むほど悪酔いするような酒だったが、誰もが皆、あの悪夢のような光景を忘れたがっていた。

 翌朝、ユダは聖帝軍の半分を駐留部隊として残し、帰路についた。

 

 核戦争によって気候が大きく変動し、この国から夏以外の季節がなくなった。

 それは地球規模で起きたことなのだろう。極地の氷は失われ、ヒマラヤの氷河もシベリアの永久凍土も溶けて海に流れ出し、海面水位を押し上げた。海岸線が内陸深くに入り込み、狭山丘陵のある武蔵野台地は海に突き出た半島となった。聖帝城のある相模原台地に行くためには大きな湾を北に迂回しなければならなくなった。かつて日野市と多摩市を隔てていた浅川は河幅が500メートルに広がり、舟橋が架けられている。無事に渡河し終え、草木一本生えない禿げ山となった山間部を越えると、広々とした平野に入った。

 目路(めじ)の限りつづく砂漠。これが大戦前、70万人を超える人口を擁した相模原市だったとは誰に想像できようか。住宅地は砂中に没し、廃墟となったビル群が林立するばかりになっている。人が暮らしている形跡といえばビルの隙間から細く立ち上る煮炊きの煙だけである。そこには襤褸(ぼろ)をまとった人々がいて、物陰に隠れながら聖帝軍の通過を見送っていた。

 かつての市街地の中心部に聖帝サウザーの居城がそびえている。城の正面から延びる都大路の突き当たりには建設中の陵墓・聖帝十字陵があった。

 工事を見つめていたユダはだんだん気分が悪くなってくるのを感じた。従軍している兵士たちも同じだったのだろう。一様に顔をしかめている。

 異様な光景が広がっていた。石切場から切り出された巨石を曳いているのは大人たち。そして彼らを奴隷として酷使しているのは子供たちだった。

 綱をつかんでいた男の一人が倒れた。監督官らしい少年が巨石から飛び降り、手にした鞭を振り下ろす。

「立って働け! この愚図がッ」

「赦してください。お願いします! お願いします!」

 大の成人(おとな)が息子ほどの年齢の少年に対して赦しを乞うさまは、異様を通り越して畏怖の念すらかき立てる。

 ユダは檻車(かんしゃ)に目を向けた。中にいる子供たちが柵にしがみつき、目を瞠っている。

 大人を奴隷扱いしているあの監督官の少年はこの子たちと同じように連れてこられた。そして数ヶ月にわたる「教育」の結果、ああなったのだ。

 大戦中、国防軍の将校だったサウザーは民主主義というものに完全に失望していた。愚かな国民が世界を滅ぼしたというのが彼の主張だった。戦争に前のめりだったのは軍人ではなく国民のほうであり、文民統制(シビリアン・コントロール)が聞いてあきれるような有様だったからだ。

 浅はかな民衆は無知蒙昧な状態に留め置き、読み書きすらできないようにすればいい。知識も教養も必要ない。ただ従順な奴隷であればそれでよい。帝国を支えるのは選ばれた少数の精鋭。優秀な少年少女を集めて徹底的なエリート教育をほどこし、将来を担う人材に育て上げる。それがサウザーの方針なのだ。

 自分はあの人の忠実な下僕(しもべ)となることを誓った。だから彼に対して疑問を差し挟むべきではない。しかし、生理的な違和感はどうにもならなかった。

 

 サウザーは城の居室にいた。

 室内は、大磯にあった彼の邸(やしき)の部屋によく似ている。

 屋敷に帰っているとき、サウザーはたいがい大きな暖炉のある書斎にいた。豪華な調度で設(しつ)えられた部屋の中はやや暗い。虹彩の色が薄いサウザーは蛍光灯を嫌い、間接照明やランプの光を好んだのだ。

 書斎でサウザーは大きな革張りの椅子に身を沈め、二本の指を頬に押し当て、片方の肘掛けに身を寄せるようにして本を読んでいる。足許には二頭のボルゾイが侍っている。ロシアの貴族に愛されたその犬たちは絹のような毛並みと優美な姿を持っていて、ときにサウザーは絨毯のうえに腰を下ろし、彼らにもたれて眠るのだ。

 犬たちはもういない。その代わり、サウザーは彼の膝に頭をあずけたユダの髪を撫でる。かつて犬たちにそうしたように。

 サウザーは火のない暖炉のそばの椅子にかけ、近侍の少年と話をしていた。

 年の頃は十三、四歳だろうか。頭の良さそうな、凛と引き締まった顔立ちをしている。

 聖帝の親衛隊。十八歳以下の少年少女から構成されるエリート部隊だ。サウザーに絶対の忠誠を誓い、彼以外の命令には従わない。子供ならではの潔癖さと冷酷さから敵と見なした者には誰であろうと容赦せず、いまでは正規軍兵士にすら恐れられている。二人は敷居際に立つユダに気がついた。

 ユダは片膝をついて拝跪した。

「陛下。ご所望どおり六道山を平定し、ただいま帰参いたしました」

「ご苦労だった」

 サウザーが労いの言葉をかけてくる。その横で少年がユダを睨みつけていた。

 聖帝軍の主将に対するものとは思えない態度だが、それも無理からぬことだった。

 ユダはかつて拳王軍に仕えていた。敵陣営に分裂と混乱をもたらすためのサウザーの策略だったが、それを知っているのは彼とユダの二人だけだった。二重スパイとして暗躍するかたわら、傘下の軍閥を敵側に寝返らせたり、有力な武将を粛清させたりして拳王軍の弱体化を図った。

 聖帝軍と拳王軍の同盟が成立したとき、ユダはサウザーのもとに戻った。それからはずっとサウザーと行動をともにしている。しかし、聖帝軍の将兵はユダを信用せず、二心ある者として白眼視している。この少年もそうなのだろう。

「お前は退がっていい」

 サウザーは傍らの少年に告げた。少年はサウザーに深く一礼したものの、ユダには見向きもせずに部屋を出ていった。

 立ち上がりかけたサウザーはユダの右手に巻かれた白い包帯に気づいた。

「その手はどうした」

「弩(ボウガン)の矢を素手で受け止めて切ってしまったんです」

「見せてみろ」

 ユダは手を差し出した。サウザーは掌を上に向け、傷のある部分を親指で軽く押さえた。

「痛むか」

「いえ、たいしたことはありません」

「いつもなら大騒ぎするのに。お前らしくないな」

 傷を診てもらったのは聖帝城に戻ってからだった。手当が遅くなったことに医師はいい顔をしなかった。ユダとて、いつもは自分の身体に傷が付くのを厭(いと)い、何をおいても治療を優先してきた。しかし、あのときは一刻も早くあの場所から、惨めで哀れな子供たちの前から離れたかったのだ。

 掴まれた手を強く引かれ、サウザーの膝に倒れ込んだ。

「サウザー……!」

 ユダは抗い、身を起こそうとした。

「やめてください。戦場から帰ったばかりで埃まみれです」

「おれは気にしない」

 サウザーはユダを押さえつけたまま笑った。だが、気乗りがしないユダの気持ちを汲んだのか、それ以上の無理強いはしなかった。

「湯を使い、一休みしてくるがいい。あとで夕食をともにしよう」

 

「どうして、あんな子供をお傍に置くのです。子供ではいざというとき役に立たないでしょう」

 枕にうつ伏せていたユダが顔を上げた。ともに横たわっているサウザーは頬づえをつき、もう片方の手でユダの髪をもてあそんでいた。

「いまは子供でもいずれ成長し、聖帝軍の中核を担う人材になる。お前は何も考える必要はない。今まで通り、おれの指示通りに動いていればいい」

 ユダの顎を持ち上げると、顔を近づけてきた。盲目的な従順さを求めるのは自分に対しても同じなのだ。彼のやり方に疑問をいだいたとしても、逆らうことなどできはしない。目を閉じて接吻を受け入れる。

 サウザーの舌が自分のものに絡みつき、歯肉を舐(ねぶ)り、口蓋をまさぐる。口腔も性器に他ならないことを教えたのはサウザーだ。ようやく唇を離されたユダは瞳を潤ませ、目もとを紅らめた。

 口づけを楽しんだサウザーに腕を掴まれて起き上がり、腰を引き寄せられて彼の膝に乗せられた。

「う……くッ」

 貫かれ、押し広げられる感覚に、思わず声を上げる。

 向かい合う座位の姿勢からサウザーに跨る騎乗位になった。すでに歓を極めた肉体は容易に欲情の燠火(おきび)をかき立てられる。ユダは髪を振り乱し、喉を仰け反らせて腰を使った。

「おれを見ながら、やるんだ」

 ユダは快楽に蕩(とろ)めく瞳でサウザーの目を見つめながら、腰を動かした。長い髪がサウザーの顔をなぶる。サウザーはユダの頬を両手で包み、髪を優しくかき上げた。

「そうやって、おれを見下ろせるのはお前だけだな」

 引き寄せられ、胸に抱き止められた。唇を貪られる。サウザーが抱き締めて離そうとしなかったので、ユダは身体を密着させたまま腰を揺すり立てた。二人の腹に挟まれた性器が擦り上げられる。たまらずに叫んだ。

「ああッ……サウザー! もう、もう!」

 サウザーは自分の耳元に顔を埋めて喘ぎつづけるユダの声を楽しんでいる。

「お前の声を聴いていると興奮するな」

 そう言って笑ったサウザーは身を起こし、今度は自分が積極的に動くために体位を替えた。ユダは寝台に押し倒された。背後から横抱きにされ、片膝を抱え込まれる。そうすると内部が締まるのだ。狭まった腸腔を抉られる痛みとともに、最も感じる部分を強く刺激される。サウザーが容赦ない突き上げを開始する。

 シーツを強く掴んで激しい翻弄に耐えた。強引に後ろを向かされ、ふたたび唇を奪われる。舌をねじ込まれ、声を封じられたユダは口腔のなかで悲鳴を上げた。

 

 真夜中に目を醒ました。

 左半身の下にあるのは肌触りのいいリネンのシーツ。今いるのは聖帝の主寝室だ。

 背に温もりを覚え、うなじに寝息がかかるのを感じた。サウザーがユダに片腕を回し、横抱きにしたまま眠っている。昨夜は結局、部屋に帰してもらえなかった。

 頭に鈍痛を覚え、気分が悪かった。治療したはずの右手の傷が熱を帯びている。

 ユダはもう一度、眠ろうとした。だが、朝になるまで眠れなかった。

 

 異変は翌日から始まった。

 医師が傷口を切開して溜まった膿を洗い流した。念のためにと渡された抗生物質を飲んだが、身体の不調は増すばかりだった。

 自分の城に帰りたい。しかし、動くに動けない。

 室内がひどく寒く感じられた。暖炉に火を入れてくれればいいのにと思った。

 サウザーの主寝室の寝椅子に横たわったまま、ぐったりしていた。サウザーが部屋に入ってきたときも気がつかなかった。

「どうした。具合が悪いのか」

 近づいてきたサウザーはユダのひたいに触れるなり、顔をしかめた。

「ずいぶん熱があるな」

「…………」

 返事ができなかった。頭が割れるように痛む。さっきまであんなに寒かったのに、今度は一転して全身が燃えるように熱い。

 サウザーが部屋の外に出て、医師を呼べと叫んだ。誰かが自分を抱き起こそうとしている。ユダはその手を振り払った。全身を包む炎から逃れようと足掻いた。

 猛火のなかを逃げ惑う人々の姿が見えた。

 高層ビルも、街も、公園の木々も、車も電車も、すべてが炎に飲み込まれていく。国民の絶大な支持を受けた首相のポスターも燃え尽きていく。

 もう終わりだ。誰かの絶望的な叫びがこだました。もう、この世は滅びるのだ。

 ユダの意識はそこで途切れた。

 

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