薄闇の中でユダは目を覚ました。
室内が暗いのは寝台の周りに幾重にも垂れた
「ユダ様!」
「お気がつかれましたか、ユダ様!」
ダガールだ。それにコマクも。
身を乗り出すようにしてのぞき込んでくる二人の配下を、ユダはぼんやりと眺める。
ダガールの顔の向こうにみえる見慣れた天蓋。ここはサウザーの主寝室だ。
腕が動かせなかった。両腕がバンドで固定されている。左腕に針が刺さり、チューブが伸びたさきに点滴のスタンドが立っていて、透明な滴が規則正しく落下していた。
城を守っていたはずのダガールとコマクがなぜ、ここにいるのか。なぜ、点滴を受けているのか。自分の置かれている状況がまったく飲み込めなかった。
「あなたは敗血症を起こしたのです。危うく死ぬところだったのですよ」
敗血症だって? あの忌々しい
コマクがてきぱきとした動きでユダの脈を取り、瞳孔に光をあてる。貧相な短躯からは想像もつかないが、彼は医師免許と薬学博士号を持っているのだ。
「熱が下がり始めたようです。抗菌薬が効いて本当によかった」
コマクは戦時中、製薬会社で主任研究員を務めていた。
ユダの城はその当時の製薬会社の本社ビルと工場である。
UD軍では工場の設備を使って抗生物質、血清、生理食塩水、リンゲル液といった医薬品から覚醒剤やモルヒネといった麻薬までも製造し、メディスン・シティを通じて市場に供給していた。その利潤は莫大なもので、聖帝軍を支える重要な軍資金となっていた。資金といっても金銭ではなく、物資と労働力のことである。それが聖帝の帝国を近隣に並ぶものなき強国にしていたのだ。
帳のもう一方が開き、サウザーが入ってきた。ユダを見下ろし、表情を和らげる。
「気がついたようだな」
「おれはどれくらい眠っていたのですか」
「まる二日。お前は良い部下に恵まれたな。治療の開始があと少し遅かったら、お前は死んでいたそうだ」
敗血症は治療の開始時間が生死を分ける。症状が進み、多臓器不全が始まったら救命率はかぎりなく低くなってしまう。ユダが助かったのは優秀な医師であるコマクの存在と、ユダの軍が抗生物質をはじめとする医薬品を保有していたからだ。
「しばらく治療に専念なさらなければなりません。身体から菌が消えるまで、少なくとも二週間は抗菌薬の点滴を続ける必要があります」
コマクの言葉にユダは顔をしかめた。
「城に帰るわけにはいかないのか?」
「動いてはいけません。あなたの白血球の数値は正常値の三倍もあるのですよ。一時は体温が40℃を超えてしまって。とにかくいまは絶対安静です」
ぴしゃりと言われ、諦めるより仕方なくなった。
「ダガール」
ユダは隻眼の部下の名をよんだ。
「お前は城に戻れ」
「私はあなたのお傍についております」
それしか考えられないといったようにダガールは首を振った。
「お前以外の誰が城を守るのだ。言われたとおりにしろ」
「しかし」
「早く行け」
サウザーが鋭く命じる。
ダガールが離れがたく思ったのはユダをサウザーのもとに長く留めておきたくないからだ。彼は二人のただならぬ関係に気づいていた。聖帝が彼の主人を戦場に駆り立てるだけならまだしも、寝台の中でまで自分に仕えさせることを許し難く思っていた。抗議したところで主人に恥をかかせるだけだと分かっているから黙っているだけなのだ。ダガールは口惜しさを隠しきれない様子で引き下がった。
「サウザー、六道山は……」
多摩川の向こう側にある六道山周辺は聖帝領の突出部となっている。
北関東の西域を制圧した拳王軍はいま、古河や結城、筑波を本拠とする東方衆との戦いにかかりきりになっている。しかし、聖帝軍の北上に気づいたら、そちらに兵を向けてくるだろう。はやく増援を送らなければ拳王軍に六道山を奪われてしまう。
「心配するな。すでにハイダルを送ってある」
サウザーは国防軍時代からの部下を前線基地司令官に任命していた。
「それは……」
六道山城市を攻め落としたのは自分だ。病気のせいで、手柄をむざむざ他人に奪われることになるなんて。ユダは悔しくてならなかった。
「お前の功績は十分に評価している。いまは治療に専念しろ」
ユダは落胆のため息をつく。サウザーは唇の端をつりあげて微笑むと、まだ不満そうな表情のユダの頬を手の甲でなでた。
その光景を見てコマクは愕きを隠せずにいる。