コマクは点滴用の医薬品一式をカートに乗せて運んできた。
ユダは寝台のうえで片膝を立て、その膝を抱くようにして顎を乗せている。拗ねたような表情でコマクを見る。
敗血症の原因菌は黄色ブドウ球菌だった。ごくありふれた菌だが、薬剤に対する耐性を持っていることも多く、油断はならない。治療マニュアルによれば適応薬を十二時間おきに1gを一時間、あるいは六時間おきに0.5gを一時間かけて投与するよう定められている。
六時間間隔では疲れてしまうだろうからと一日二回にしたが、それでも患者には苦痛のようだった。
「いつまでこうしていなければならないんだ」
「身体から菌が完全になくなるまでです」
これで何度目になるのか分からない問答をまた繰り返した。
敗血症の治療を途中で止めると耐性菌が生まれて薬が効かなくなる可能性がある。そんなことはユダも知っているはずだが、寝室に閉じこめられているという鬱屈した気分がそう言わせるのだろう。
ユダは日がな一日、爪を磨いてマニキュアやペディキュアを塗ったり、枕を重ねた上にしどけなく横たわって本を読んだりしている。若く健康なだけに回復が早いが、それでも歩き回ると息切れがするようだった。結局は一日の大半を寝台のなかで過ごしていた。
「本来なら一ヶ月半は入院治療が必要なんですよ。短期間でどうこうしろというほうが無理です」
主治医として、わがままな患者には毅然とした態度を取るべきだとコマクは思った。
物資が極端に不足している今の世では、ほんのささいな怪我が命取りになることもある。ユダは自分が恵まれていることを感謝するべきなのだ。
コマクはユダの城となっている製薬会社の工場から、治療に必要な医薬品と医療機器一式を聖帝城に運び込ませていた。聖帝城の医師たちは元軍医だったが、戦時中からコマクとは学会で何度か顔を合わせたことがあり、ユダの治療にも協力的だった。原因菌の特定や白血球数のカウントなどを手伝ってもらえたのはありがたかった。
「さあ、ユダ様。早く済ませてしまいましょう」
口論することに嫌気が差したのかユダはおとなしくベッドに横たわり、腕を差し出した。コマクは皮膚を消毒し針を刺すと、点滴の落下速度を調節した。
ユダは目を閉じている。それをいいことにコマクは彼の顔を盗み見た。
自惚れがすぎるとは思うが、ユダは綺麗な顔立ちをしている。アングロサクソン人にイタリアかギリシアの血が少々といったところか。彼は欧州出身だというから、さまざまな民族の美点を受け継いだのだろう。
コマクは主人の顔から室内に視線を移した。贅を尽くした調度品の数々。家具のことなどよく分からないが、いずれも価値のある年代物なのだろう。重厚感がありながら、全体として調和が取れている。戦時中からこうした暮らしを当たり前のように享受してきたことがうかがえた。
ユダに主寝室を明け渡し、聖帝はどこで眠っているのだろう。
二人の関係にはとうに気づいていた。
聖帝は政務と軍務に多忙だが、日に何度かはここに足を運ぶ。そしてユダに不思議な情愛を見せる。そのときのユダの不可解な反応。サウザーを待っていたような、それでいて怖がっているような態度を取るのだ。
コマクはあらためて主人の顔を窺い見る。
二人の間に何があったのか知りたくなった。しかし、同時に、知らないほうがいいのかもしれないとも思った。