※この作品はR-18です。

乱世の群像   作:獺祭り改め水蜜桃

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 激しい砂嵐だった。

 聖帝城の窓ガラスの向こうが黄色く霞んでいる。

 核戦争直後の大火災によって森林が焼失し、関東平野の広範囲が砂漠化したために、大風が吹くと猛烈な砂嵐が発生する。巻き上げられた砂は高さ数百メートル、幅数キロの壁となって押し寄せる。いったん砂嵐に飲み込まれると、あたりは真夜中のように暗くなり、視界はほぼゼロになる。

 さすがにこんな日は聖帝十字陵の建設作業は中止のはずだが、なぜか窓の外が騒がしい。複数の人間が怒鳴り合う声が聞こえる。

 聖帝城の正面に大勢の人間が集まっていた。

 こんな嵐の中をやってきた招かれざる客がいるのだ。三台のジープに分乗してきた人間たちを兵士らが取り囲み、追い返そうと押し問答をしている。

 来訪者の中心にいる人物を見て、ユダは目を瞠った。

「シュウ……!」

 ターバンを頭に巻き、鼻と口を布で覆っているが、間違いなかった。端整な顔に刻まれた凄まじい傷跡。熊にでも襲われたように見えるが、あれは昔、ある少年の身代わりとなって彼自身がつけたものだ。

 城の入り口から供の者を引き連れた聖帝軍幹部が現れた。どうやらサウザーが入城を許可したらしい。シュウと同行者たちが城に入ってくる。

 ユダは急いで階下に降りていった。

 城内は騒然となっていた。槍を持った衛兵や従卒、下働きの召使いまでもが口々に何かを喚きながら、廊下を走っている。ユダはその一人を捕まえた。

「おい、さっき来た人はどこに行ったんだ」

 肩を掴まれた男は苛立たしげに振り向いたが、相手が聖帝軍の主将だと気づくと態度をあらためた。

「謁見の間に通せとのことで、そちらに向かったようです」

 権勢並ぶ者なきサウザーは拝謁を賜るという形でシュウに会見を許したらしい。

 一階にある大広間の入り口には、聖帝に会いに押し掛けてきた命知らずを見ようと人だかりができていた。ユダは人垣を押しのけて謁見の間に入った。

 階段(きざはし)の上に黄金張りの玉座が据えられ、金の房飾りのついた紫色の天鵞絨(ビロード)の帳が周囲に垂れている。玉座の背後にあたる部分にはサウザーが自らの権威の象徴と定めた黄金の南十字星の縫い取りがある。それは聖帝が玉座に坐したとき、彼自身が天の極星を負っているような輝かしい光輝を添えるものだった。

 シュウとその仲間らしい総勢十人ほどの一行はベドウィンのような身装りをしている。肌を保護するために幾重にも巻きつけた布は砂埃にまみれ黄ばんでいた。

 大広間の専用の入り口からサウザーが入ってきた。泰然とした物腰で玉座に腰を下ろす。親衛隊の少年少女たちが玉座の左側から階段下へと居流れた。彼らを見たシュウたちの表情が一変した。

「リオン……! 無事だったのか」

「マリエル。どうして、お前がサウザーの手下になっているんだ」

 彼らは親衛隊の子供たちを知っているらしい。だが、当の本人たちは知らない人間でも見るように拝謁者たちを睨(ね)めつけている。

  五年前、旧・東部方面軍総監部の基地で別れて以来、サウザーとシュウの関係は険悪になる一方だった。

 いま現在、関東は多摩川以西の聖帝軍、北関東西部の拳王軍、房総半島に勢力を張るKING軍という三国鼎立の様相を呈している。これらの強国の狭間に中小の軍閥が乱立し、三国との同盟・離反を繰り返していた。

 そのなかでシュウの勢力は聖帝軍とは相容れない存在だった。二人が袂を分かった経緯からして当然である。

 拳王ことラオウはシュウを抱き込み対聖帝戦の先鋒に利用しようとしたが、シュウはラオウにも与しなかった。

 シュウが率いる軍は独立独歩の道を行きながら、聖帝軍や拳王軍による苛酷な収奪から逃れてきた人々を吸収し、侮れない勢力となっていた。サウザーやラオウにしてみればシュウは機会があり次第、抹殺すべき人間である。

 そのシュウがなぜ、わざわざ聖帝城に乗り込んできたのか理解できなかった。

 ユダは本来、聖帝軍の主将としてサウザーの右側、親衛隊が立っているのとは反対の位置に侍立していなければならなかった。しかし、しばらく様子を見るために、大広間に参集した人々のなかに紛れ込むことにした。

「おれに用があるそうだな。臣下の列に加えてくれとでも懇願しに来たか」

 挨拶も抜きに切り出したサウザーの口調には強い嘲りがあった。

「私は人々を苦しめ虐げる、いかなる陣営にも膝を屈しはしない」

 対するシュウの態度も毅然たるものである。

「ならば、何用があって来た」

「お前たちが連れ去った我々の子供たちを返してもらいたい」

「なんだと?」

「そこにいる子供たちも我々のもとから奪い取られたものだ。どうか、お返し願いたい」

 シュウの仲間の男が親衛隊の少年少女たちに両手を差し伸べ懇願した。サウザーはすぐ傍に立っていた黒髪の少女に目を向けた。

「どうだ、マリエル? 帰ってやるか?」

「私はこの者たちを知りません。たとえ過去に関わりがあったとしても、いまの私は陛下に忠誠をお誓い申し上げております。その私がどうして陛下のお傍を離れることができましょう。どうか、このような愚か者どもの言葉をお取り上げになりませんように」

 マリエルという名の親衛隊長の少女は、サウザーを仰ぎ見て、揺るぎない口調で言った。

 その態度も言葉遣いも大人顔負けで、とても子供のものとは思えなかった。親衛隊に選抜された少年少女たちは年齢よりずっと知能が高いのだ。さすがサウザーが聖帝軍の中核にと望むだけのことはあった。

 片や、シュウは愕然とした様子を隠せないようだった。

「マリエル……リオン、きみたちが連れ去られて半年。その間に何があったというのだ」

「話し合いは決裂のようだな、シュウ」

 頬づえをつき薄笑いを浮かべたサウザーが手を一振りした。弓を手にした聖帝軍兵士が大広間を取り囲む。シュウとその仲間に向け、矢をつがえ、弦を引き絞る。

「ここがお前たちの墓場だ。おれに刃向かう者たちをこの城から生かして帰すとでも思ったか」

 シュウの仲間の一人がターバンの中から円筒形の物体を取り出すと、ピンを引き抜き、投げつけた。

 手榴弾か。そう思った次の瞬間、内部から大量の白煙が噴出した。猛烈な量の煙が視界をさえぎるとともに刺激臭が立ちこめる。兵士たちが激しく咳き込みはじめた。シュウたちは布で鼻と口を覆い、身を翻している。

 催涙ガスだ。ユダはマントで口元を押さえ、謁見の間を飛び出した。

 シュウたちは人々を押しのけ、廊下を駆け抜けていった。

「待て! シュウ」

 ユダは追いすがった。シュウは振り向き、ユダに顔を向ける。しかし、足を止めることなく、城の入り口に向かっている。城の前に停めたままだったジープに乗り込むと、いよいよ勢いを増しつつある砂嵐のなかへと飛び出していく。

 ユダは立ち尽くしたまま、車両のテールランプが黄色い靄(もや)の中に消えていくのを見送った。聖帝城の守備隊長がユダに追いついてきた。

「追跡隊を組織します!」

「やめておけ。この砂嵐では見つけ出すのは不可能だ」

 シュウは交渉が決裂し追跡される事態を想定して、わざと砂嵐の日を選んで来たにちがいない。この暴風ではタイヤの痕跡は消えてしまう。彼ら自身が道を失い遭難する可能性もあるが、潜伏している基地の秘密保持を優先したのだろう。

 ユダはさきほどの謁見の様子を思い返していた。

 奇妙なのは親衛隊の子供たちに、シュウや家族の記憶がまったくないことだった。

 聖帝軍の教育部隊には国防軍の情報機関に所属していた元軍人もいる。彼らは日本国内に潜入した工作員を捕らえて自白させるだけでなく、洗脳し、逆スパイに仕立て上げることをも任務としていた。

 あの子たちもその犠牲者か。年端もいかない子供たちが情報将校らの手にかかって記憶を喪失し、人格改造されていく過程を思い、ユダは慄然となった。

 

「この者たちは畏れ多くも聖帝陛下を守護する立場にありながら、叛逆者たちの武器を見過ごし、陛下のお命を危険にさらした。その罪、万死に値する。よってここに処刑し、その首級を晒すものとする」

 聖帝城下の旧・相模原市の刑場に集まった民衆は公開処刑を見慣れていた。毎日のように誰かしらが殺されるからだ。しかし、死刑命令書を読み上げるのが十代半ばの子供であることに畏怖を覚えなかった者はいなかっただろう。

  聖帝城の警備を担当していた守備隊長以下十五名がつぎつぎに首を刎ねられ、高木の上に掲げられた。

 処刑を終えて戻ってきた親衛隊はユダをも糾弾した。シュウたちの追跡を止めたのはユダだったからだ。

「彼はこの聖帝軍に必要な人間だ。いま失うわけにはいかん」

 サウザーはそう言って、両膝をつき頭を垂れたユダを擁護した。しかし、彼らは納得しようとしなかった。副隊長らしき少年が一同を代表して進み出た。

「この者はかつてラオウの臣下だった人間です。いつまた陛下を裏切るともしれません」

「リオン、」

 今度は、はっきりと口調に不快さが表れていた。

「誰をいつ取り除くかはおれが決めることだ。お前は口を出すな」

 リオンとよばれた副隊長は、はっと顔を強ばらせた。

「申し訳ありません」

「退がっていろ」

 副隊長は頬を紅潮させ一礼した。その表情には自分の衷心(ちゅうしん)が受け入れられなかった悔しさが滲んでいた。立ち去り際、彼らは斬りつけるような視線をユダに向けた。サウザーに対する強い忠誠心は君側の奸と見なすユダへの憎しみとなって燃え上がったようだった。

「こちらに来い」

 サウザーが差し招いた。ユダは膝立ちのまま、いざり寄った。

 腕を掴んで引き起こされ、サウザーと入れ替わりに椅子に座らされた。

 衿紐を解かれ、手を差し込まれた。そのまま手のひらをすべらせて前身頃をはだけ、肩をむき出しにされてしまう。ユダはサウザーの腕をつかみ、押(お)し止(とど)めようとした。

「どうした。まだ身体の具合がよくないのか」

 気遣うような眼差しでのぞき込まれた。ユダは目を伏せた。

「この城の者たちはおれがあなたの傍にいることが気に入らないようです」

「くだらない」

 どうでもいいと言わんばかりに、ユダの頬を押さえ、首筋に顔を埋める。

「誰を身近に置くかはおれが決める。他の人間がどう思うかなど関係ない」

 サウザーは冷淡だった。そこには独裁者ならではの傲慢さが顕れている。専制君主である彼の行動を掣肘しうる人間など、この世にいるはずがない。

 サウザーにとって、おれはどういう存在なのだろう。どうしてこの人はいつも、こんな風におれを求めてくるのだろう。

 後頭部をつかまれ、唇を押しつけられた。舌が差し込まれる。

 口腔を侵されながら、衣服をすべて剥ぎ取られる。片方の脚を持ち上げられた。サウザーの体重がのしかかり、背凭れに身体を押しつけられた。

「ああ……ッ」

 容赦ない力で受け容れさせられ、ユダは喉を仰がせた。

 結合を深めるために腰を引き寄せられた。不安定になった身体を支えるために、サウザーはユダをしっかり抱き締めている。

 動きが激しくなるにつれ、思考がまとまらなくなってきた。

 サウザーが誰をどう思うかなど、考えたところで意味がない。それがこの自分であろうと。ユダも廷臣たちも、サウザーにとっては畢竟(ひっきょう)、奴隷にすぎない。隷従する者に自分の意思など必要ないのだ。

 ユダは目を閉じて、ただひたすら翻弄されるままになった。

 

 それから二日後、ユダは聖帝の御前に伺候し、しばしの暇乞いをした。

 敗血症の投薬治療は二週間だったが、大事を取ったために滞在が一ヶ月にもなってしまった。

 その間、ダガールがユダの代理人となっていた。しかし、配下のなかにはダガールが主君の不在に乗じて領国を乗っ取るのではないかと疑う者も出始めていて、いつまでも戻らないわけにはいかなかった。

 聖帝領の一部を領地として与えておきながら、サウザーはなかなか傍から離してくれず、行動の自由がなかった。しかし、領国経営が疎かになるといわれればサウザーとしても帰らせないわけにはいかない。

 サウザーが一応、納得してくれたのでユダはほっとしていた。

 旧町田市の所領に戻ったユダは、腰を落ち着けることなく別の場所に向かった。

 ユダにはある目的があった。

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