※この作品はR-18です。

Twins Knight Saga ~双子の勇者の転生戦記~   作:破戒僧

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第1章 想夜兄弟と異世界転生
第1話 終わりと始まり


 そこには何もない。どこを見ても、視界には「黒い空間」だけがある。ただただ暗黒の世界が広がるのみである。

 いや、暗黒という表現は少々違うだろう。周りは確かに黒いが、暗いわけではなく、はっきりと先が見えるからだ。ただ『黒い』だけの空間で、そこにいる人物や物などは、明かりもないのにはっきりと見える。

 と言っても、何があるかというと、何やらカフェテラスのようなひと組のテーブルとイスだけ、あとは……周囲に何やら、白いドライアイスのような煙が立ち込めているだけなのだが。

 そのイスに座り、一人の見目麗しい女性がその空間にいた。その女性だけだった。

 

「歯がゆい……運命とはかくも残酷なものなのですか…。指をくわえてみていることしかできないなど……」

 

 どこか神秘的な雰囲気が漂うその女性は、その整った顔を苦痛に少し歪ませた。そして、どこからか水晶玉を取り出し、何事か呟いた。

 すると、水晶玉が女性の手の中で光を放ち、それが治まると、その表面に何かが映し出されていた。女性はそれを確認し、何か決意したように口を真一文字に結んだ。

 

「このままでは、いずれこの世界は滅びる……それだけは何としても避けなければ……。しかし、もはや時間はほとんど残されていないのも事実……恐らくこれが最後のチャンスですね……」

 

 女性はその済んだ眼に映る水晶玉を―――そこに映っている2人の少年を見据えて、

 

「アイク、イオン、私は……あなたたち2人に賭けましょう……」

 

 語りかけるように、そう呟いた。

 

 

 ☆

 

 

 夏にしては涼しい日の朝、とある町の町はずれにその屋敷はあった。

 屋敷を囲む塀は、横は両端が見えないほどに幅があり、縦はキリンが二本足で立っても向こう側が見えないだろうというほど高い。

 屋敷は屋敷で、中世ヨーロッパの貴族もかくやという豪華さと大きさだ。庭には大きな噴水や、これまた大きな銅像、高そうな工芸品(らしきもの)が並んでいる。

 このことから、この屋敷が町はずれに立っている理由は、『地価が安かったから』ではなく、『この辺でないと建てるスペースがなかったから』だということが、そして当然だが、この屋敷に住んでいるのは、ただの一市民ではない……ということがわかる。

 朝の静寂の世界の中、その門(これまた大きい)が、ギィィィ……と音を立ててゆっくりと開いていく。どこぞのお姫様でも出てくるのではないかという雰囲気の中、黒光りするリムジンが姿を現した。

 

「「「いってらっしゃいませ、おぼっちゃま達」」」

 

 同時に……その庭に一直線に作られた白い大理石の道の(今まさにリムジンが通ってきた)両端に一列に並んだ、合わせて100人はいようかという執事やメイド達が、わずかもみださずに声をそろえてそう言い、彼らの主の出立を見送った。

 対してリムジンの方は……中の人物がどうしているかどうかは不明であるが、特に何の反応も示さずに、慣れた様子でその場を通り過ぎる。

 まあ……雑に言って、金持ちには慣れ切ったことなのだろう。

 日本の98%位の人々から羨望と嫉妬と逆恨みと軽い殺意を抱かれそうな光景が今まさに展開されている。これぞ金持ち、といっても過言ではない。

 

 

 ……ただ一つ……そのリムジンが、レーシングゲームも真っ青の猛スピードで飛び出してきた違和感を除けば、だが。

 

 

 『ギャリリリリリィィィ!!』などという効果音が聞こえてきそうなスピードとドラテクで突っ走るリムジン。にもかかわらず、メイド&執事達に動揺は見られない。よほど訓練されているか、もう慣れているのか……のどちらかだろう。

 普通に考えれば前者なのだが……この場合、実は後者が理由だったりする。なぜかという説明は、後々に回させていただこう。

 そしてその暴走リムジンはというと……この車、どう考えてもエンジンを改造して出力を上げているとしか思えない動きをしている。

 F1レースを見慣れている人物でも手に汗握るほどのブレーキアクションを駆使して疾走、見事に門にぶつからずに、盛大なドリフトとともに外に出た。ドライバーのテクニックうんぬんで変わる走りでは最早ない。いや、テクニックも相当なものなのだろうが。

 郊外ゆえにやや曲がり角が多いその車の中で、門を出てから6度目のドリフトの勢いに耐え切れず、

 

「うおあああああぁぷ!!」

 

 ぼふっ!

 

 少年……想夜(そうや)藍句(あいく)はすっころんだ。

 

「ちょ……ちょ……唐沢さん! もうちょっと安全運転してくれよ! 舌噛むっつの!」

 

 シートベルトを締め忘れ、転倒して床に顔の左半分を打ち付けた彼は、唐沢と呼ばれた運転手の男に軽く抗議する。しかし……比較的いつものことなのか、唐沢に動揺や陳謝の様子は見られない。

 代わりに返事を返したのは……その藍句(あいく)の隣に、きちんとシートベルトを着けて、余裕で腕組みなどして座っている少年。

 

「何言ってんですか、もともとあなたが悪いんでしょ」

 

 床からやっとこさ起き上がった藍句に、彼とほとんど全く同じ顔をした少年……藍句の双子の弟……想夜(そうや)伊恩(いおん)が、呆れ気味に声をかけた。

 二人とも濃い紺色の髪に整った顔立ち、すらりとした体躯を持ち、しわひとつないブレザーの制服を身にまとっている。双子なのだから当然だが、顔も体つきも、何もかもほとんど同じ。違いといえば、前髪のわずかなわけ方と、伊恩が眼鏡を着用しているところくらいである。

 イスに座りなおしている藍句に対し、イオンはため息交じりに声をかける。

 

「全くもう……兄さんが二度寝なんかするからこんな時間に……」

「だ~か~ら~! 今日休みだと思ったんだって! ほら、一昨日の土曜日文化祭だっただろ? 振替休日だと思うじゃん!」

「そうじゃないって先生言ってたでしょう? 振り替え休日は来月ですよ」

「んだよもー! いくら進学校だからってまじめ過ぎって言うかややこし過ぎって言うか……とにかくもっと生徒を大切にしろよな~!」

「おしゃべりはそこまで。ほら、ちゃんとシートベルト付けないとまた転びますよ」

「んなことわかって……おわっ!!」

 

 ぼふっ!

 

 何が起こったかは……効果音から察していただきたい。

 まあ、さっきの状況と……さして違わないのだが。

 

 ただ、違うところと言えば……今度の転倒の原因が、ドリフトではなく、急ブレーキによるものだということであろう。

 

 その原因とも呼ぶべき存在を、イオンは車の窓から確認することができた。

 まるで待っていたかのように道端に立ち、自分達に向けて手を振っている1人の少女……その顔は、実によく知っている顔だった。

 市街地に突入する直前のエリア。その入り口で……顔なじみの、しかしそこではあまり見ることもない少女を見た。

 明るい鳶色の髪にセミロングの髪型。美少女と言っていい顔立ち。そして、セーラー服がよく似合う、出るとこ出て締まるとこ締まっている女性的として理想的な体つき。

 

(ユキ……か……)

 

 幼馴染の少女……向井(むかい)由希(ゆき)の姿を。

 急ブレーキで止まったリムジン車。由希は遠慮なくそれに近寄り、後部座席の会話できる位置にまで来た。駆け寄るころには、既にイオンが内側から窓を開けていた。

 開けると同時に社内に吹き込んだ風が、高校生がてらに由希がつけている香水の香りを運んで来る。その慣れた香りに、車内で床に突っ伏していた藍句は由希の来訪を知る。

 

「おはよっ! アイク、イオン、今日もうらやましいわね、リムジン登校とは!」

「乗るつもりで止めたくせに、よく言うよ」

 

 タクシーじゃないのに、と呟くイオンを盛大に無視して、由希は勝手にドアを開け、1台で一戸建てが楽に買えるリムジンの車内に入ってくる。が、すでに慣れ切っていることであるがゆえに、2人はもちろん、運転手すらも気にしない。

 自動開閉のドアが閉まると、由希はさらに車内に搭載されている小型冷蔵庫を勝手に開け、中の飲み物を物色しながら一言。

 

「それじゃ運転手さん、学校まで」

「言わねーでも行くっつの」

 

 と、これは藍句。ようやく起き上がった。

 まあ、それはそうである。この3人……同じ学校に通っているのであるからして。

 そういうわけでなし崩しに、この朝、3人は一緒に登校することになった。

 

 ☆

 

 『想夜グループ』

 

 政界や財界にこの上なく多大な影響力を持ち、あらゆる分野に無数の傘下企業を抱え、その気になれば小国の1つや2つ買えてしまうほどの財力を有する超巨大企業である。

 そのグループの総帥の元に17年前誕生した、2人の世継ぎ。2人とも男の、元気な双子の兄弟。グループ総帥は兄に藍句(あいく)、弟に伊(い)恩(おん)という名をつけた。

 つまり……そう、今リムジンに乗っている2人のことである。藍句と伊恩……2人は、世界有数の超巨大企業の跡取りなのだ。

 

 想夜グループの跡取りとして、幼少のころより英才教育を受けて育った彼らは、今しがたの間の抜けた様子からは想像しづらいが、文武両面においてすさまじい優秀さを誇る。

 通知表オール10など当たり前、テストでは常に2人で1位、2位を独占。体育では難度AAのパフォーマンスを軽々とやってのける。

 

 どちらかというと、兄の藍句は体を動かすことが得意で、弟の伊恩は頭を使うのが得意。

 藍句は抜群のバトルセンスをもち、野球のボールを握れば150キロの球速を叩き出し、サッカーは少林サッカーのごとき得点力を見せ、剣道は立ち合った者全員が『残像を見た』と話す。何をやってもインターハイに行けると噂の、生粋のファイターだ。

 

 伊恩の方は慎重かつ冷静な性格で有名で、突っ走りがちな兄のストッパーとしても知られる。身体能力も高いのだが、その知的な性格やそぶりから頭脳派としてのイメージがあり、実際に驚異の全教科満点で学年トップに立ったこともある。また、学業にとどまらずあらゆる分野におけるキレ者で、『土壇場で頼りになる人物』としても知名度が高い。

 

 2人とも、17歳の現在に至るまで、エリート中のエリートとして必要なあらゆる教育を受けた。礼儀作法、人材育成・管理、経営学、etc ……果ては、酒の飲み方、女の抱き方まで。最早彼らは、あらゆる面に置いて隙のないアビリティを会得しているのである。

 

 そして……その2人の超人の隣に座っている少女……向井由希もまた、ただの女子高生ではない。

 ラスベガスを始め、世界各所に巨大なカジノをいくつも経営する大富豪……それが由希の父親である。国境を越えて顔が広く、各国の政治家や裏の権力者にも知り合いが多い。

 しかし由希は、その父親の正式な子ではない。何人もいる愛人の中の1人の子供である。ゆえにその父親の横文字の姓は名乗らず、愛人の方の名字を名乗っているのだ。

 もっとも……由希本人の生活に不自由は皆無と言っていい。毎月、平均的なサラリーマンの年収ほどもある養育費が送られてくる上、家も都心の高級マンション、家政婦まで何人も雇っている。無論、全て父親の手配だ。恵まれている環境と言っていい。

 その由希と、同じ大富豪とはいえレベルが違いすぎる藍句と伊恩がなぜ仲がいいのかということについては……いずれ話すが、今は割愛しよう。本当に仲がいい、とだけ認識していてくれれば、今はそれで十分だからだ。

 

 境遇はかなり特殊だが、関係性だけ見れば、どこにでもいる仲良しの友達3人組(内2人は兄弟だが)。その3人に……

 

 ……ほどなくして、とてつもない事件が起ころうとしていた。

 

 ☆

 

 都内にある、とある高校。

 レベルの高い進学校ではあるものの、決しておぼっちゃま学校とかそういう類ではない、ごく普通の私立の高校である。

 由希はともかく、決して藍句や伊恩のような超エリートが好き好んで通うような学校ではないのだが、彼らはここに通っていた。理由は簡単、中学まではそういう学校にいたものの、そのあまりの堅苦しさに嫌気がさしたためだ。

 

 想夜グループの嫡男……というだけで、周りから媚を売られ、ごまをすられて言い寄られる日々。最初のうちこそ嫌な気はしなかったものの、それが何日も何ヶ月も続くと、うっとうしい以外の感想は最早出てこない。それが、彼ら兄弟がこの学校を選んだ理由だ。

 

 その学校の、全ての授業が終わり、今は放課後。

 場所は……校門前だ。

 

「あれ、ユキ、今日は乗らないの?」

 

 今は放課後。約1名にとって予定外だった学校も終わり、藍句と伊恩は迎えに来てくれたリムジンで帰路につこうとしていた。

 が……いつもならここで『私も乗せてって!』と言ってくる由希であるが……今日は違うようなのだ。

 

「うん、今日はちょっと行くところがあるから」

「仕事関係か?」

 

 これは藍句。予定外の学校で気疲れ気味ではあるが、きっちり由希のことを心配しているあたり、いい人であるとうかがえる。

 

「たぶんね。今日の相手は……外資系の企業の会長だったかな」

「大変だね……体、大丈夫?」

「そんなにヤワじゃないわよ。じゃ、また明日ね」

「おう」

 

 由希は後ろ手に手を振ると、事前に呼んでいたらしいタクシーに乗ってその場を後にする。タクシーが走りだしたのを見て、イオンは運転手に合図をし、自分たちの車も出発させた。

 

 

 

 

 一昨日も大体いつもと同じだった。

 昨日も

 その前も

 ……ならば今日も同じだろう。

 

 そう、当たり前のように考える。…実に自然なことだ。

 

 『普通』というのはとても強い。

 その固定されたイメージは崩れがたく……実際にそうそう崩れるものでもない。

 が、

 

 

 

 崩壊はいつも、突然にやってくる。

 

 ☆

 

 自宅まで、車で30分程度。飛ばして20分。今朝の調子で15分フラット。

 当然帰りは安全運転になるわけで、彼ら2人はリムジンの中で、外の景色を眺めたり、あるいは本を読んだりして、思い思いに時間をつぶしていた。

 藍句は外を眺める。無機質なコンクリートジャングルが見えるだけだが、藍句はその光景が自然と落ち着いた。色々な看板や、せわしなく動く人々を見るのも好きだった。

 伊恩はそんなことには興味を示さない。読書中だ。

 と言っても……小難しい文学や論文を呼んでいるわけではなく、普通にラノベである。意外だと言われることが多いのだが、伊恩は、そして藍句も、そういうマンガやゲーム、ラノベやアニメといったジャンルは大好きなのだ。

 

 そんな調子で2人が時間をつぶし、藍句が『今日の夕飯はなんだろう』と考えていた………………その時、

 

 窓の外を見ていた藍句の視界に、信じられないものが飛び込んできた。

 

 前方に向かって照射される強烈なライト。それは……大型トラックのそれだった。

 別に、大型トラックごとき珍しくはない。市街地を走れば多かれ少なかれ走っているし、何なら藍句たちの父の会社の系列の子会社が作っている。

 会社や工場の視察で、藍句自身何度も見たことがあった。

 

 問題は、そのトラックが……

 

 ……赤信号を無視して、猛スピードで自分たちの乗るリムジンに突っ込んできたことだ。

 

「……!? ふざけ」

 

 んな、と。最後まで藍句は言えなかった。

 伊恩に至っては、ラノベを読んでいる途中で『何これ? まぶしっ』と感じた直後であった。

 

 次の瞬間、リムジンのクラクションと、トラックとリムジンの衝突による轟音を耳に残しながら……二人の意識は失われた。

 何が起こったのかも、ろくにわからないままに。

 

 

 そう……自分達の死すらも。

 

 

 

 ☆

 

 どこまでも黒い、しかし、決して暗くはない空間が広がる。

 地面は煙に覆われ、足元はよく見えない。

 少し気味の悪い、しかし見方によっては神秘的とも言える場所で、

 

 ……藍句は目を覚ました。

 

「……? 何だここ……?」

 

 寝ぼけ眼が徐々に開いていくにしたがって、自分が今いる場所の異常性に気づいていく。

 暗いのに見える、黒いのに暗くない。といっても……何もある感じはしないが。わけがわからないまま、藍句は周りを見渡して状況把握を図る。

 すると……そのすぐ隣で横たわっている弟の姿が目に入った。

 

「あ? イオン…………っ!?」

 

 それを見た瞬間、藍句はさっきまでとは別の理由で目を見張った。

 自分たちが今どこにいるかというもの確かに重要な問題だろう。しかし今、藍句の視線は自分の弟の、伊恩のその姿……

 ……一糸まとわぬ、生まれたままの姿に向けられていた。

 

「……!? ……!!?」

 

 まさかと思って自分の体を見る。

 ……案の定、自分も全裸だった(伊恩はなぜかメガネが残っていたが)。

 わけがわからず混乱している藍句。

 

 と、

 

「お目覚めですか…?」

 

 背中から、突如澄んだ声が聞こえた。

 驚いて藍句が振り向くと……そこには、一人の若い女性が立っていた。

 とても美しい女性だった。もしこんなわけのわからない状況下でなく、町で普通に見かけた、などというシチュエーションだったら、間違いなく見とれていただろう。

 しかし、今はただでさえわけのわからない状況におかれている。そんな余裕はない。

 

「お……おい! イオン! イオン!!」

 

 自分の姿も忘れ、藍句は夢中で傍らの弟を揺さぶり起こす。

 

「……う……ん……?」

 

 すると伊恩は小さなうめき声を上げ、上体を起こし、たった今自分をたたき起こした兄と向き合った。そして起き抜けに何か言いたそうに口を開きかけて……

 ……この後、最初に藍句が陥ったのと同じような行動を繰り返した。さすがに今回は、いつも冷静な伊恩の姿は見られない。

 と、そこに、女性の澄んだ声が割って入った。

 

「驚かせてしまったようですね…。ですが…まずは無事に目覚めてくれた用で何よりです。ようこそ『黄泉の河原』へ」

 

 女性は一息にそう言った。

 その声に。二人はなぜか頭が冴えていくのを感じ、あらためて女性を見る余裕ができた。

 柔らかそうな長い髪に、思わず見とれてしまいそうな美しい顔、その細い体にまとう衣は、薄手の布に、体のラインが見えるようなぴったりとした造りで、しかも胸のところに穴が開いている。若い男子の目にはかなり刺激的なデザインだ。

 一瞬見とれた後、伊恩は我に返って顔を赤くし、すぐに自分の股間に手をやってそこを隠した。

 藍句も同様に手で隠していたが、目を伏せている伊恩と違い、その目は女性の顔をしっかりと見据えていた。このあたりはさすがに兄といったところだろうか。

 二人が『一応』落ち着いたのを確認して、女性は話を続けた。

 

「心中はお察ししますが……長引かせていい話でもないので…話を進めさせていただきます。アイク、イオン、落ち着いて聞きなさい」

 

 女性はそこで一息入れて続けた。

 

(……? 何でこの人、俺らの名前知ってんだ?)

 

 藍句が聞く暇もなく、女性は口を開く。

 

「私はロローラ。この世界に君臨しそれを見守る役目を担う者…。あなた方にしてみれば、超常的な存在ですから…『女神』とでもいうのが正しいかもしれませんね」

「……女神ィ?」

 

 落ち着きを取り戻した藍句が、胡散臭いものを見るような目でそう言った。もはやまったく動じていないあたりはさすがである。

 しかし女性……ロローラは、この展開を予想していたようだ。

 ジト目で睨んでくる藍句の目を見据えて、ロローラは言った。

 

「信じられないのも無理はありません……ところで二人とも、自分たちの身に何が起きたのか覚えていますか?」

「はぁ? 何って……!」

 

 瞬間、計ったかのようなタイミングで、2人の脳裏に「あの時」の映像が映し出された。

 迫ってくるトラック、巨大な衝撃、消えていく感覚……

 

「え……っと……」

「僕たちは……」

 

 その言葉に答えるように、ロローラが割って入り、

 

「そう……あなた達は2人とも……少し前に交通事故で死んでいるのです……」

 

 無慈悲なまでにはっきりとそう告げた。

 2人とも唖然として、開けた口を閉じようとしない。その心中を察するように、ロローラもしばし沈黙を守った。

 当然のことだ。いきなり見ず知らずの女性に『あなたは死んでいる』などと告げられたのだ。おまけに、その時の記憶もある。混乱は仕方ない。ロローラはそう考えた。

 同時に……彼らが落ち着くまで、いくらでも待つつもりでいた。これから自分が『頼みごと』をする立場であると考えれば、配慮は当然だ……と。

 しかし意外にも、

 

「ははは……なるほどな……」

「そっか……死んじゃってましたか……」

 

 藍句と伊恩の、拍子抜けするほどに軽い言葉が沈黙を破った。予想だにしない展開に、ロローラもきょとんとする。

 

「お二人とも、冷静ですね……?」

「そぉ? いやまあ、超ビックリしてるけどね」

 

 そう、藍句が先程と同じ口調で返す。言っている内容とは裏腹に、その口調は驚くほど冷静…というか気楽なものだった。

 

「しかしそうなると……この景色……ひょっとしてここが天国ってとこですか?」

 

 同じような感じでイオンが言った。どうやらこの二人、もともとそうなのか適応が早いようだ。

 ロローラは少し安心した様子で、自分も声のトーンをいつも通りに戻して続けた。

 

「いいえ、ここは『黄泉の河原』……いうなればこの世とあの世の境目です。あの世に行こうとしていた二人の魂を、呼び止めさせていただきました」

「え? なんでまた?」

 

 藍句が怪訝そうに尋ねる。局部こそ手で隠してはいるものの、死んだ(?)今となっては全裸の恥ずかしさなどあまりに気ならないようだ。

 

「もしかして俺ら……地獄行き?」

 

 兄のその発言に、伊恩もさすがにぎょっとする。『あれ? 自分ら何か悪いことしたっけ?』などと自問自答するが答えは出ない。

 代わりに答えを出したのは……ロローラだ。

 

「安心して下さい、そうではありません。あなた方を呼び出したのは……折り入って頼みがあるからです」

「「頼み?」」

「ええ、内容を考えれば、『任務』と言った方がしっくりくるかもしれません」

 

 ロローラは一息入れて続けた。

 

「それは大変に苛酷な任務です。時間、労力、身体能力、精神力……全てを恐ろしいほどに必要とする……ゆえに、普通の人間には不可能。二人のような才気にあふれた方たちにしか頼めないのです……」

「ちょ……ちょっと待ってください」

 

 一通り聞いたところで、伊恩が割って入った。

 

「それは一体どういうことですか? 任務とか過酷とか…よくわかりませんけど僕らは別に……」

「無論、タダとは言いません」

 

 しかし、それをさらにロローラが遮る。

 

「もし二人がその任務を達成してくれた暁には……」

 

 ロローラはそこで一呼吸おいて、

 

「私の…この女神ロローラの力で、あなた方二人の死を帳消しにしましょう」

 

「「!!?」」

 

 二人はその意味を理解するのに、しばしの時間を要した。

 一瞬の……しかし二人にとっては途方もない長考の後、先に反応したのは藍句だった。

 

「マジ!? 生き返らせてくれるってこと!? すげー! やる! やるやる!!」

「いやいやいやちょっと待って下さいよ兄さん!」

 

 目の前にニンジンをつるされた馬のごとき勢いで食いつく兄を、ジョッキー……もといまだ思考が正常に機能している弟が必死で止める。

 

「えと……ロローラさん? いきなりそんなこと言われても……何するかも知らされてないのに……。それに、途方もなく過酷とか言ってましたけど、僕たちはそんな……」

「ご心配なく、そのあたりはきちんと考慮します」

 

 至極当然の意見をナチュラルに流し、ロローラは続ける。

 

「それよりも、あなた方二人がやると言ってくれてよかった……お二人のような若い才能がここで絶えるのは……私としてもいい気分ではありませんから……」

「いや……だからまだやるとは言ってないんですけど……」

「さて、時間がありませんから簡単に説明しますよ」

「聞いてます?」

 

 伊恩には聞かれていないという確信があった。

 勝手に納得したロローラは、おもむろに胸の前で合掌するような形で手を合わせ、話を続けた。

 

「この世には……あなた方が住む世界とは異なる世界が存在します。あなた方はそれを『異世界』などと呼ぶようですが、そのうちの一つが今、危機に瀕しています」

 

 何だかんだで聞き入っている二人の前で、ロローラの手の隙間から白い光が漏れだし、そこらじゅうを照らし始めた。ロローラは構わず続ける。

 

「あなた方にお願いしたいのはその世界の救済……その世界に迫っている危機の原因を突き止め、それを断ち、世界を救ってください」

 

 話している間も、ロローラの光はどんどん強くなり、やがて眼をあけているのもかなわないほどの強烈なまぶしさとなった。

 

「ちょ……ちょっと待ってください! いきなりそんなこと言われても……」

「そうっすよ! 世界だの何だの、なんか話がでか……」

「ご心配なく、あなた方に力を授けましょう、その世界で生き残り、戦うための……」

 

 

 ――――最後まで聞き取れるか取れないかのうちに、光がすべてを覆い尽くし、二人の意識は再び消え去った。

 

 

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