Twins Knight Saga ~双子の勇者の転生戦記~ 作:破戒僧
軽食を取った後、イオンは町にくり出していた。
(しかし……本当にファンタジーだな……)
イオンはそんなことを考えながら町を練り歩く。
ミリスや付き添いの役所の人たちは、手続きだかのために、『中央区』の『役所』まで行っている。一応護衛の役割でそれについていったアイクも、イオンの町の散策には好意的な返事を返してくれた。いわく、『お前の方が情報収集には向いてる』とのことだ。
そういうわけで、今、イオンは地図を片手に単独行動中である。
目の前には、フローネで見たのと同じような露店がずらりと並んでいる。しかし、その数はフローネの実に数倍。商品の種類も多そうだ。
しかし、もちろんイオンの目的はショッピングなどではない。
(これだけの規模の都市なら、いろいろと有益な情報を集められるかも……)
ライズで研ぎ澄ませた聞き耳を立てながら、そして目で物事を見て考えながら、イオンは商店街を歩いて回った。
正直、見たことのあるものを探すほうが難しそうだ。何の肉かわからない燻製や腸詰めがつるされていたり、見たこともない駄菓子が並んでいたり、壷入りの薬や野菜の漬物、形態食料、瓶詰めの……トカゲ?
他にも、よく斬れそうな凶悪な見た目の剣や槍、かなり斬新なデザインの服、何に使うのかもわからない雑貨類、場所によっては、鮮魚や家畜の競り売りが行われている。
(意外と、面白いな……明日あたり、兄さん達も誘って回ってみようか……)
その光景に、とっくに忘れたはずの子供のような好奇心を刺激されたイオンは、自然と歩みを速めていた。
ミリスによれば、自分たちも出席する予定の、『総会』における大事な行事の初回はたしか明後日。たしか、代表同士の交を目的としたの立食パーティのようなものだったはずだ。時間は、まだ一応ある。
2日……それだけあれば、情報収集も、その合間に色々と楽しんでみることも、十分可能だろう、とイオンは考えていた。
……しかし、
それと同時に……イオンは、街を歩いているうちに、何か妙な違和感のようなものをも一緒に感じていた。
活気はある。歩いていても、時たま呼びとめられて『買っていかない? 安くするよ?』などと売り文句が飛んで来るくらいだ。しかし……気のせいか、どうも、微妙に町の中の空気が悪いというか……後ろめたいものがあるのだ。
(……何だろう、さっきから……?)
これも、ブボウとやらの圧政の影響だろうか、
とイオンが考えたその時、視線の端に、何やら人ごみができているのが見えた。
(? 何だ……?)
イオンが近づいてみてみると、
ドガン!! ガゴォン!! ガラガラガラガラ…
「やっ……やめてくれぇ――――――っ!!」
今まさに、一軒の家が音を立てて崩れているところだった。
「ちょ、ちょっと……誰か助けてあげなよ?」
「無理だって!! 相手誰だかわかってんだろ!?」
そんな会話が聞こえてくる野次馬達の見る先には、崩れていく家と、その作業に当たっている数人の男の姿。手に杵柄(きねづか)ほどもありそうな大きさの金づちを持ち、それを打ち付けて壁を砕き、柱を折り、家をただの残骸にしていく。
既に半壊状態だが……見た感じ、木造の、もともと急ごしらえの小屋だったのだろうか、数人の人力で、瞬く間に解体されていく。
そしてその周りには、必死でそれを止めようとしている男と、その家族と思しき女性と子供の姿があった。見た目……家の住人、と考えるのが妥当だろう。
家主らしき男は金づちを持つ男達につかみかかって止めようとするが、仲間らしき別の男達に阻まれてそれができないでいる。結果、崩れゆく家をただ見守っている状態だ。
「あの~……何ですか、コレ?」
イオンが野次馬の1人に尋ねると、聞かれた野次馬は苦々しい顔で答えた。
「ああ、あの人は借金が返せなくなって、土地を差し押さえられちまったんだよ」
「はぁ……」
何でも、家主の男はもともと小さな宿屋を経営していたのだが、あるとき資金繰りに困り、わずかな額を借金してしまったらしい。
しかし、どうやらその金貸しが相当な悪だったようで、瞬く間に利息で首が回らなくなり、今日になって突然立ち退きを宣告され、今に至るらしい。
「その利息ときたら、一般相場の実に10倍さ……全く悪どいことしやがるよ……」
「それ……どうにか止められなかったんですか? 警察機関とかに打診して……」
すると、その野次馬はため息をついて、
「ああ、無理なんだ。普通の金貸しならまだどうにかなっただろうが…何せあの人が金を借りた相手っていうのが……」
言い終わる前に、再び群集がざわめいた。話してくれていた男も、そっちのほうを見る。
「げっ……おでましか……」
その視線の先には、ボディーガードらしき屈強な男たちに囲まれた、一人の男がいた。
背は低く、でっぷりと太った肥満体の体で、高そうな白いスーツ(のように見える)を着ている。黒い髪に黒い口髭、口には葉巻をくわえ、下品な笑みを浮かべている。
何と言うか……見るからに悪人面だ。
その男はつい先ほどまで家があった場所へ行くと、更地になったその場所を見渡して、満足そうにうなずいていた。
男たちの主人だろうか、とイオンが思っているそばで、
「ブボウ……」
ふいに、だれかがそう呟いた。
(!! あの男が……!?)
誰かのその一言でイオンは、その男がシルトが言っていた男だと気づいた。
圧政をもってサイミールを統べる傍若無人な『純系』……今しがた初めて見たばかりだというのに、イーラらに聞いていたそのままの印象を受ける。
「ブボウ様。強制撤去作業、終了しました」
「うむ、ご苦労」
作業に当たっていた男たちに向かって、そう声をかけた。その一言で、イオンは家主が金を借りていたのがこの男だと知った。
「ふむ、ここなら商店街にも近いからな、新しく店を構えるにも絶好の土地だ。いやはや、実に都合がいい」
「どうせ最初からそういうつもりだったんだろう!!」
群衆の一人が叫ぶ。ブボウはその声を気にもかけず、土地を見定めている。
「あんまりだ!! 借金の利息もそうだし、今日いきなり告げられてすぐさま家を……」
「ふん、だまれこの虫けらが」
うずくまってわめく家主の言葉を、ブボウは鼻を鳴らして一言で切り捨てた。次いで懐から何かの紙を取り出し、ひらひらと目の前で振って見せる。
比較的目がいいイオンは、紙面に書かれた『借用書』という文字を読むことができた。
「借りたものは返すのがルールだろうが。利息が膨れ上がって、今日で510000ドルだ。返せんなら、土地をもらう他あるまい?」
そう言って、うずくまる家主を、その家族を冷たく見下ろし、部下たちを引き連れて去っていった。
そこかしこから飛んで来る、恐らく聞こえているであろう陰口も気にした様子はない。BGM程度にしか思っていないようだ。ふんっ、と鼻を鳴らした以外は、振り返りもしない。
その背中が見えなくなるのを、イオンは野次馬たちとともに見ていた。
☆
ブボウにの蛮行を見てから数時間後、イオンは帰路についていた。
「だいぶ色々わかったな……」
あの後色々なところを回って、たった数時間のうちに、多くの情報を仕入れることができた。このあたりの情勢から、財政上の問題、軽い話題では、名産品や今が旬の食材など。やはり大きな町だけあり、得られる情報もかなりのものだった。
それらすべてに共通して、ブボウの蛮行に関する話題がついて回った。昼間のあれからも最低の人物だということは十分わかったが、ここまで広く悪評が出回っているというのも、ある意味ですごいかもしれない。もちろん、不快なことこの上ないが。
どうやらあのブボウとやら、話に聞く以上の悪人らしい。酒と金、そして女が大好物で、そのためなら手段を選ばない……聞く限り、そういうイメージだ。
さっきのような高利貸しに、土地転がしや取引相場の操作、その他諸々の不当な方法で金を稼ぎ、それを元手に遊びまくっているらしい。しかも、金が返せなく、または払えなくなると、担保として家や土地、ひどい時は女をむりやり奪って行ってしまうとのこと。もう時代劇の悪代官そのもの。嫌な商才……もとい、悪知恵もあったものだ。
挙句その一方で、生活費その他は公共費用から捻出させており、自分の懐は少しも痛めていないとのこと。それでいて贅沢三昧で、サイミールの経理を悩ませている。
それなりに時間をかけて調べるつもりだったのに、ちょっと叩いただけでこれだけのほこりが舞うのだ。イオンはほとほと呆れていた。
「ともかく、兄さん達にもいい土産ができたかな……」
ついでに物理的な土産(食料他)でも買っていくかと思ったその時……
ざわざわざわ……ざわざわ……
「? 何だろ……?」
イオンはまたしても前方に妙な人だかりを見つけた。
人々のざわめきが、ただ事ではないと告げている。気になったイオンは、その野次馬達に近寄り、その視線の先を見て驚いた。すると……
4~5階建てと見える、廃屋と見える建物の屋上、そこに……先ほどブボウに家を壊された男と、その家族と思しき女性と少女がたたずんでいた。それも……策の外に。
昼間の状況から考えても……飛び降り自殺、しかも一家心中に走ろうとしているのは、誰の目にも明らかである。
群集たちが口々に静止の声を飛ばしているが、かたかたと震えている彼らには、聞こえているようには見えない。逆にパニックになって、今にも飛び降りそうだ。
(ちょっとちょっと……なんかマズくないですかこれ……?)
そう思ったイオンは、とっさに辺りを見回す。
下では群衆たちが、マットの代わりにしようと大きな布切れを広げているが、あの高さだとたいした効果はないだろう。
地面はレンガで硬い。あの高さからなら……大人でも十分致命傷だ。
(説得も無理…となると…)
と、
その刹那、群衆たちから悲鳴が上がった。
『飛び降りた!!』と直感したイオンは、それを確認するより前に反射的に飛び出した。
前方は群衆たちがいて通れない。イオンは瞬間的に『身体能力強化』を発動し(呪文なしでも使えるようになった)、強化された脚力で群衆を飛び越え、廃屋の壁に向かって跳んだ。
一瞬だけ上を見ると、3人が屋上より少し下のほうに落下し始めているのが見えた。やはり飛び降りていたのだ。
(こっちは僕1人……1人で3人受け止めるのは無理か……。なら……!)
「あ、おい、ガキ!?」
「ちょっ……危ないわよ!?」
突然の乱入者にざわめく群衆の声を聞きながら、イオンは心中の部隊となった廃屋の壁に横向きに着地(?)する。同時に、パン!と音を立てて胸の前で両手を打ち合わせた。
そしてその両手を廃屋の壁にあてる。
変化はすぐに起こった。甲高い音とまばゆい光が巻き起こると同時に、壁が変形して、そこから何枚もの薄い板がせり出してきた。板はイオンの計算どおり、布と3人との間に配置されている。
マンガ『鋼の錬金術師』で用いられる『錬金術』……イオンのこれは、それだ。
次の瞬間、落下してきた3人はせり出した板に衝突し、衝撃でそれらを次々に砕きながら布に向かって落ちていく。板との衝突で勢いを殺された3人は、勢い余って地面に激突することなく、布によってうまく受け止められた。さすがに無傷ではないだろうが、命は十分に助かっているはずだ。
その予想は、一瞬遅れて沸きあがった歓声が裏づけになってくれた。群衆に囲まれて3人が助け起こされている姿を確認して、イオンもほっとして息をつき、重力に従って落下、レンガの地面に降り立った。
すると必然的に、すぐさまイオンは野次馬たちに取り囲まれた。
「おい! あんたすごいな! 何だ今の!?」
「ありがとう!! 本当にありがとう!!」
「え、いや、あの……」
あまりの勢いにイオンがたじろいでいる間にも、彼を取り囲む群衆は増えていった。大惨事を防いだ英雄の顔を一目見ようと、家の中にいた人たちまでもが表に出てきている。
しかし、イオンにしてみれば……いい気はしないとはいえ、ちょっと迷惑である。思考はすぐさま、ここを脱出する方向に傾いた。
と、
「どうして…死なせてくれなかったんだ…」
ふとそんな声が聞こえ、イオンを含む群衆たちが一斉に振り返る。
声の主は、今しがたイオンが助けた家主だった。服のところどころに、当たったときについたのであろう壁の破片をつけて、地べたに座ってうなだれている。
「家をなくし……仕事もなくして……もう生きていたって仕方ないじゃないか……! だから……これ以上苦しむ前にと……なのに、何で……」
頭を垂れながら、家主の男は悲痛な声でそうつぶやいていた。
「馬鹿なこと言うなよ!! だからって死ぬことないだろ!?」
「そうだよ!! あきらめちゃだめだ!!」
「じゃあどうしろというんだ!? 仕事がなければ食っていけない。家がないんじゃ内職もできないし、住所不定じゃ働くあてもない!! しかも借金はまだ残ってる……こんな状態で……これ以上生きていたって……」
そこまで言うと、その男は再び黙ってしまった。
男の言葉は辛辣だった。それにどう返していいかわからず、イオンや群衆たちは、1人残らず黙ってしまった。その場に嫌な沈黙が流れる。
と、イオンは誰かが服のすそを引っ張っているのを感じた。
下を見ると、そこに立っていたのは、先ほど一緒に飛び降りていた娘だった。イオンがきょとんとしていると、その少女はたった一言、
「ありがとう、お兄さん」
とだけ言った。
たった一言の簡単な言葉だったが、イオンはそれを聞いて、理解した。
確かに、状況は苦しいままかもしれない。しかしそれでも……自分がやったことは……間違ってはいないと。
そして同時に、これからやることも決まった。
「どういたしまして」
イオンはそう一言返し、女の子の頭をなでてやる。そして家主に向き直り、
「家が……あればいいんですね?」
「……え?」
言うやいなや、男が聞き返すのも聞かず、イオンは歩き出した。
☆
そう遠くない位置に、家主の家があった場所……今はただの更地……が広がっていた。
隅のほうに目をやると、ブボウらが片付けずに行った家の残骸……まだ十分に使えそうな石材や木材が、一箇所にまとめられて放置されていた。
片づけのための専門職も雇っていなかったらしい。職務怠慢だ。
しかし……それがこの場合は逆に好都合だ。
「材料はそろってるな……好都合だ」
イオンは一瞬だけ振り返り、家主の男とその家族2人、そしてついてきた何人かの野次馬を見た。皆、何が起こるのかもわからずきょとんとしている。
そんな中、イオンは近くにいた野次馬の一人にそう尋ねた。
「ブボウは、今日明日中にまたここに来ますか?」
「いや、ここはあまり豊かな地域ではないし、今回のようなことがない限り、そう頻繁には……他の地区の視察が終わるまでは来ないと思うが……」
「そうですか、もっと好都合です」
「は?」
イオンは説明もせず、再び手を打ち合わせ、『錬金術』を発動した。
バチバチッ!! バチィイイィイイッ!!
先ほどよりも強い光が辺りを包む。それが消えたとき、そこには、
「……な……!!?」
設計図が特になかったためだろう、簡単なつくりだが……そこには、家族3人が十分に暮らせそうな広さの一軒家が立っていた。
驚きに開いた口がふさがらない家主夫妻を差し置いて、家主の娘は、
「すごーい!! お家ができちゃったー!!」
無邪気に喜んではしゃいでいる。
その笑顔だけで、イオンは満足できた。
聞く話では、ブボウはこれから先しばらくこの地区に来ることはないということだ。ならば……家を解体したはずの土地に、また新しい家が建っているということはもう少しはばれないはず。家も、前より小さい、つつましやかで目立たないデザインにした。
2日後の自分達との邂逅までは恐らく持つだろうと判断しての、イオンの策だった。
自分の仕事は終わったと判断し、イオンはそこを去ろうと背を向ける。そこを、
「ま……まってくれ!! あ、あんたは一体……!?」
驚きと喜びにほとんど混乱状態の家主に呼び止められた。
「あ……あなたの……な、名前は……?」
「あ、名のるほどの者じゃないです」
イオンはそう一言だけ言った。そしてはしゃいでいる少女をちらりと見ると、振り返らずに歩き去り、せまい裏路地に消えた。
「ま、待って……」
家主がすぐに追いかけたが……その姿はすでになかった。
☆
「さて、と……」
いまさら気恥ずかしくなったイオンは、路地に入るやいなや『身体能力強化』で加速し、クールさとは少々かけ離れたあわただしさで家主を撒いていた。
が、安心したようなその表情も、すぐに神妙なものに変わる。
「しかし……これはちょっと予想外の惨状だな……」
今しがた繰り広げられたひとつの家族の修羅場を見て、この町の抱えている癌の深刻さを知った。
あの男のせいで、財政や行政のみならず、司法機関や警察機構までも正常に機能していないのだ。自分たちの立ち位置にかかわらず、由々しき問題と言えるだろう。
イオンは自分たちの役割を改めて認識し、このことをアイクに報告して対策を練るために、帰路の歩みを速めた。