Twins Knight Saga ~双子の勇者の転生戦記~ 作:破戒僧
『純度10の純系、サイミールに現る!!』
驚愕の噂は瞬く間に広がり、サイミール中の人々がその噂に驚かされた。
現在ほとんどのサイミール在住者は、ブボウの圧政に何らかの形で多少なり被害を受けている身である。そのブボウの強大な権力を支えている『純度』を超える者、すなわち自分たちの救世主足りうる者が現れたとあっては、町が興奮に沸くのも当然であろう。
しかし、その2人とブボウが、数日後に闘技場で『決闘』を行うとの噂が流れ始めたころ、彼らのほとんどが再び落胆した。
☆
2人がブボウにケンカを売った当日の夜、である。
「一体何考えてるんですか!? あのブボウ相手に『決闘』を受けるなんて!!」
珍しくミリスが怒りの形相を見せてアイクとイオンに噛みついていた。当の2人はというと、特に申し訳なさそうな雰囲気は見られない。
「いや、何でそんなに怒ってんの?」
「当たり前じゃないですか!! あなた達、自分の『純度』忘れたんですか!? 別にあのまま黙っててもブボウは失脚したのに、よりによって『決闘』なんて…」
途中から力のない声に変わったミリスが、ふらふらといすに座り込んだ。
ここは、アイクらフローネ代表に割り当てられた宿の個室だ。
「あ、あのさあミリス、別にそんな落ち込むことじゃ…」
「落ち込みます!! お2人はこの地方を救える唯一の希望だったのに……こんな……」
「あのさ、何で俺たちが救えない結末確定してんの?」
「そうですよ、その『決闘』とやらに勝てばいいんでしょう?」
「無理ですよ!! 勝てるわけないです!!」
ミリスは2人にあたるかのように言った。
『決闘』
その名の通り、互いに対立する者同士が白黒はっきりつけるために行う戦いのことである。それは、このサイミールでも同じのようだ。
決闘は個人個人で行われる小規模なものから、公に行われるかなり大規模なものまで存在する。基本的には禁止されていたりするのだが、さまざまな例外が存在するため実質はそのほとんどは取り締まるのが難しいタイプらしい。
今回ブボウは、『闘技場』を貸しきっての、観客ありの大掛かりかつ合法的な『決闘』を提案してきた。使用料はブボウが出すらしい。余裕のためだろう、妙に気前がいい。
それをアイクら2人が受諾したことに、ミリスは怒り、呆れているのだった。
「ブボウは勝つために手段を選ばないんです。一応『決闘』にもルールはありますけど、まだブボウが権力を握ってるこの状況じゃあ、誰もブボウには口出しできない……平気でルール破って、卑怯な手でお2人を倒しにかかりますよ!?」
「殺しに、の間違いだろ」
「なおさらまずいでしょ!!」
何だかミリスの説教がやけっぱちになってきた気がする。
「お2人が死んだら、サイミールは救えないんですよ!? アリアちゃんも……」
2人はそこで、ミリスが親友の……アリアのことを心配しているのだと気づいた。
アリアは領主の娘、すなわち次の領主だ。世継ぎを残すためには、純系であり、妊娠能力のあるブボウと交わって子を残さなければならない。
そうでなくても、ブボウはこの総会期間中に、前々から目をつけていた彼女を抱くつもりだ。それを阻止できるのは……ブボウを失脚させる力を持った、自分たちのみ。
「……やれやれ、心配しすぎだぜ、ミリス」
「え?」
静かに、アイクがつぶやいた。
「汚い手だろうが何だろうがドンとこいだ。俺たちは絶対負けねーよ」
「で、でも……」
「ミリスさん、僕らは何も、伊達や酔狂で決闘を受けたわけじゃありません。ちゃんと勝って、ここを幸せな町に戻すつもりですよ」
イオンも加わり、2人ともはっきりと言い切った。
その2人の瞳に、ミリスははっきりとした決意を見た。そして、今まで何度もこの2人は自分を助けてくれたのだ、と思い出す。
それを受け、ミリスは決意した。
「わかりました。そこまで言ってくれるなら、お2人を信用します。そのかわり……絶対勝ってくださいね!!」
「「了解!!」」
自分たちを信じたミリスのその返事に、アイクとイオンはいっそう気を強くした。
その会話から3日後、ついに『決闘』の当日はやってきた。
☆
「甲子園みたいなとこだな、ここ」
選手入場を注げるラッパの音に背中を押され、緊張感のないセリフとともに、アイクとイオンはフィールドに立った。
ここ『南の闘技場』は、見渡してみると、ほぼ360度に客席があり、満員をはるかに超える客数が詰めかけている。向かって右にあるひときわ豪華な席には、領主セラとアリアが座って見下ろしていた。2人とも、緊張しているような残念なような面持ちだ。どうやらやはり、自分たち2人の勝ち目は薄いと思われているらしい。
2人がやれやれと思っていると、再びラッパの音が鳴り響き、反対側の入り口からブボウが現れた。その状態に、スタジアム全体がどよめく。
ブボウの後ろから、完全武装した兵士たちがぞろぞろとついてきたからだ。全員が甲冑をつけ、ある者は剣を、ある者は槍を、ある者は楯を持っている。その数、ざっと見ただけでも30~40人はいる。
「ブボウ氏、決闘者として登録されているのはあなた1人です! 部下の加勢は…」
「部下だと? 何を言っている」
すぐさま抗議に入った審判らしき男を、ブボウがギロリとにらんだ。
「勘違いしないでもらおう。こいつらはわしの『武器』だ。加勢ではない。武器ならば、ルールには違反しないだろう?」
(ガキかよ、あいつは…)
(発想がまるで子どもですね…)
悔しがるレフェリーが、さらに何か言おうとする。
「し……しかし……」
「ああおっさん、いいよそれで」
「え!?」
と、レフェリーが信じられない、といった顔になる。思いがけないところ……なんと対戦相手から、相手方に部下の加勢を認めるなどという言葉が来たからだ。
「ま、こんなこったろうと思ってたしな」
「ええ、予想の範疇です」
半ば呆れたように、というか呆れて2人がつぶやく。
スタジアム(?)全体が再びどよめいた。観客の中には、頭を抱えてしまったものもいる。どうやらアイクらの敗北が決まったと思っているようだ。見てみると、領主親子の顔からも余裕が消え始めていた。
ブボウのほうは、こちらが頭がおかしくなったとでも思ったのか、昨日の動揺はどこへやらの得意顔をしている。
そんなやり取りが繰り広げられている間に、今度は補充用と思しき槍や剣がスタジアムに続々と運び込まれてきた。
(武器の武器かよ)
その様子に、アイクとイオンは再び呆れかえった。
ここでもう一度、2人とブボウ側との装備の差を見てみよう。
ブボウ側は部下(武器)50余名、完全武装で武器のストックもある。それに加えて、先ほどは気づかなかったが、大きな木の箱が後ろに備えられている。象一頭が丸まる一匹入りそうな大きさの立方体だ。アレも武器だろうか。
ブボウ自身も鎧を着ているが、戦う気などありはしないだろう。ただの格好つけだ。もっとも、鎧の隙間からぜい肉がはみ出ていてお世辞にも格好いいとは言えないが。
対してアイク達は、あの女神(笑)から託された刀一本ずつ。と、妙な腕輪一つずつ。おまけに防具の類は一切なしで、服はいつものブレザーである。
人数、武器、防具……何から何まで圧倒的に2人が不利。客席も、対戦相手も、この状態で2人に勝ち目があるなどと思っているものはいないだろう。
……ただ1人、2人側の応援席の最前列で、2人を見据えているミリスを除けば。
その声なき応援だけで、2人には十分だった。
そうこうしている間に、場の空気が次第に変わっていくのを2人は感じた。舞台が静かになると同時に、どこからともなく湧き上がった緊張感が会場全体を包んだ。
「双方とも、準備はよろしいですか?」
審判の声が入る。それに、アイクとイオン、ブボウが首肯で答える。そして…
「試合、開始!!」
肉声ながらも会場全体に聞こえる大声とともに、決闘は幕を開けた。
「「「ウオオオオオオオォ――――――ッ!!」」」
怒号とともに、武装した兵士たちが2人に襲い掛かる。
前列の兵士たちが振り下ろす剣を、2人はひらりひらりと器用にかわしていった。もう少しであたりそうなのだが、紙一重で当たらない。
(へぇ……やっぱりフローネの山賊共とは違うな)
邪な集団ながらも、アイクはブボウの兵のスキルの高さに感心していた。すると、
「兄さん、上、上」
「あ? って……うおっ!!」
あわてて飛び退ったアイクの足元に、何本もの矢が突き刺さった。見ると、兵の何人かが武器を弓矢に持ち替えている。用意がいいことだ。
そう思ったアイクは、今度はなにやらその更に後方で何かしている者たちに目が行った。その次の瞬間、その手元から炎の球が発射され、一直線に自分めがけて飛んできた。
「うおっ!?」
アイクはサイドステップでそれをかわし、続いてまたも飛んできた矢を体をひねってかわす。イオンの方も、大体そんな感じだった。
(なるほど、さては兵の中に『術士』が紛れてましたね…)
初めて見る『魔術』に、若干興奮気味のイオン。
どうやらブボウは私兵に『術師』も抱えていたようだ。接近戦・遠距離戦ともに盤石ということらしい。そこに、
「アイクさん! イオンさん! 後ろ! ダメですそれ以上は!!」
ミリスの声が飛んで来る。慌てた、そして悲痛な、響きが混じっていた。
無理もない。イオンとアイクは、それぞれ引き離され、壁際に追い詰められていた。よく計算された動きに誘導されていたようだ。
しかし……おそらくとうに気付いていたのであろう2人に、動揺は見られない。
「へえ、案外優秀なんだな。……兵は」
「ええ、大したものですね。……兵は」
最後の部分を強調して2人が呟く。一方ブボウは、のんきに葉巻を吹かしながら高みの見物をしている。
「ふん、何とでも言え。その状況では、それも負け惜しみにしか聞こえんぞ。しかし、大口をたたいた割に案外あっさり決着がついたな」
それは、端から見ても明らかだった。2人は壁際へ追い詰められ、槍と剣の壁に阻まれてろくに身動きが取れない状態にある。
先ほどまで僅かな希望に目を輝かせていた観衆たちも、ブボウの勝利、アイクらの敗北を確信し、最早諦めを顔に出している。領主も、アリアも同様だ。
そんな中ミリスだけは……ただ祈るように手を合わせている。
ブボウは葉巻をふかし、そして、
「……やれ」
一言そう言った。号令を受けて、剣部隊が前進して2人に斬りつける。
アイクは後ろに、イオンは上に跳んでそれをかわしたが、次の瞬間、掛け声とともに突進してきた槍部隊がそれを前に突き出し、槍の切っ先がアイクを捕らえる。その勢いに押され、アイクの体は壁にたたきつけられて壁にひびが入った。それとほぼ同時に、イオンに向けて『術』と思しき無数の火球が放たれ、全弾命中してイオンは火に包まれた。
「ああっ!!」
真っ先に聞こえたのは、ミリスのそんな悲鳴。他にも、沈黙したアイクとイオンを前に、観客の息を飲む音や短い悲鳴、さらにはとっさに目を覆う姿があちこちに見受けられた。
「はーっはっはっはっは!! ガキの分際でわしに逆らうからこうなるのだ!!」
静寂に包まれた闘技場内で、ブボウの声だけが不快に響いていた。葉巻をくわえたブボウは、絶望に打ちひしがれている民たちを、そして領主親子を見て、気味悪く笑った。
「はっはっは……いい気味だ。小僧どもめ、あの世で悔し泣きでもしているがいいわ。純度10だか何だか知らんが、こんなガキ共にわしの国を台無しにされてなるものか!! これでこの町も、人も、アリアの体もわしのものだ!! はーっはっはっはっはっ……」
「……いつまでもキショい声で笑ってんじゃねぇ」
その時、ふいにそんな声が闘技場に響いた。
「え?」
「はっはっは……ん?」
ミリスが、アリアらが、ブボウが、皆が声のしたほうを見る。そこにあったのは、長槍に刺し貫かれたアイクの亡骸……ではない。
「もうちっと遊んでやろうかと思ったが、てめえのその声は聞き飽きたぜ」
しっかりと目を見開いて、ブボウをにらんでいるアイクだった。
「な……き、貴様なぜ生きて……!」
そこまで言って、ブボウは目を見張った。
突き刺さったと思った槍の切っ先は……アイクの手によって、全てガシッとつかまれて止められていたのだ。いつの間にか謎の手甲(ガントレット)のようなものが装着された、その手で。
一本たりとも、アイクの体には届いていない。
そして、
「おらあっ!!」
ガゴォン!!
あろうことかその拳を使って、一気に槍全てを殴って押し戻した。
そしてアイクは、イオンを包んでいる火の玉の方を向いて怒鳴った、
「おいイオン、いつまで休んでんだ! さっさとそんなもん吹っ飛ばせ!」
言い終わらないうちに、火の玉の内側から突風が巻き起こり、周りの炎を吹き飛ばし、近くにいた兵士たちをたじろがせる。
そしてその中心から、風の障壁に身を守られて無傷のイオンが姿を現した。余裕を持って空中で体をひねり、悠然と着地する。
「はいはい、わかってますって」
「わかりゃいいんだ。さて……」
2人は今一度ブボウに向き直った。ブボウは、目の前で起こったことが信じられないといった感じの顔を見せている。
「お、お前ら……術士か……!?」
「いいだろなんでも。違うけど。それよりクソジジイ」
そこでアイクは、ぴっ、とブボウを指差し、これぞ決め台詞といった感じで言った。
「こっから本気だぜ……覚悟しな」
ブボウは少し気圧されたが、すぐに持ち直して、
「うるさい! 術士だろうと何だろうと、この人数相手に何ができる! やれ!!」
そう怒鳴って、部下に再度命じた。
実際、2人が兵士に囲まれている状況は変わらないし、兵力差も依然としてある。
それでも、領主親子を含めた観客たちは、アイクのその言葉に強力な説得力が秘められていることをどこかで感じていた。
しかしミリスは、それともまた違う感覚……あの日、山賊たちを蹴散らした彼らが見せたあの背中を……その目で再び見ていた。
「行くぞイオン!!」
「ハイ、兄さん!!」
掛け声を上げて、アイクは俊足で真正面に突進する。正面で剣を振りかぶる兵士が見えたが、アイクは気にも留めない。
RPGゲームの装備を思わせる、鋼鉄の手甲(ガントレット)に包まれた手を軽く構え、
「苦雰兕魔神狼(クレイジーマシンガン)!!」
ドガガガガガガガガガガッ!!
残像が見えるほどの速さと勢いでもって、敵兵の剣に、鎧に、顔に、雨あられと拳を打ち込む。数人がかりでかかってきた前線の兵たちは、1人残らず吹き飛ばされた。
「何ィ!?」
あまりの早業(荒業)に、観客もブボウもあっけにとられていると、今度は、
「「「うぎゃあああ―――――っ!?」」」
イオンの方から、そんな兵達の悲鳴。
そっちに視線を向けると、イオンに相対していた兵士たちが、突如として闘技場に発生した『たつまき』によってまとめて吹き飛ばされていた。
イオンの起こした凄まじい風になすすべもなく兵達は捕らわれ、鎧がひん曲がり、服は引きちぎれ、しっちゃかめっちゃかにひっかきまわされた挙句放り出された。
「「「………………!?」」」
2人の予想外の、しかも何が起こったか全くわからない反撃に、ほぼ完璧だった陣形は一瞬にして崩され、陣形に加わっていない残りの兵たちすらも後ずさった。
一瞬の静寂。そして、
オオオォォオオォォォ―――――――ッ!!
客席から、耳をつんざくほどの歓声が上がる。
観客は皆立ち上がり、一瞬にしてブボウの私兵たちを蹴散らした2人に賛辞を送っていた。そしてその心の中には、今まで感じ得なかった『希望』すら芽生え始めていた。
この2人なら、やってくれる……観客は、そして領主親子は、何の根拠もなかったが、そう感じていた。
「ひ……怯むな!! かかれ!! かかれぇ!!」
形だけ手に持った剣を目茶苦茶に振り回し、指示とも呼べないわがままを飛ばすブボウ。その声に押されてか、はたまた数の利を頼ってか、私兵たちが一斉に突っ込んできた。
「いい度胸じゃねーか……」
アイクはにやりと笑うと、突っ込んでくる部隊を見据えた。今度は槍部隊だ。
そして、アイクは今度は腰に構えた刀をすらりと引き抜く。
するとそこから、鞘の大きさに明らかにつりあわない巨大な刀が姿を現した。いくつもの刃をふも出つなぎ合わせたようなような形。太さ、長さ、大きさ……どれをとっても、明らかに鞘に収まりきらなさそうな剣だ。
身の丈ほどもありそうなその剣を、アイクは片手で構え……。
「吼えろ『蛇尾丸(ざびまる)』!!」
そう叫ぶと同時に、突っ込んでくる第2陣の槍部隊に向かって全力で振るう。
「うるあああああ!!」
剣は節のところから紐のようなものを出して伸び、大蛇の如くうねって槍部隊を襲った。
リーチには自身があった槍部隊だったが、その摩訶不思議な、鞭のごとき伸びる刃に懐に入られ、動揺しているうちに反撃もできないまま次々と斬り倒されて行く。
「な……っ……」
一瞬で部隊の半数近くが壊滅し、ブボウもさすがにあせりを隠せない。それに反比例して会場の歓声は大きくなっていった。先程は目も当てられない顔をしていたアリアらにも、笑顔が戻っている。
後続の部隊は、今何が起こったか理解できずにたじろいでいた。無理もない。いきなり細身の刀が、伸び縮みする妙な剣へ変貌したのだから。
それもそのはず、女神から託されたこの刀、実は使い手の意向次第で形が変わる。
日本刀にもなれば、大剣にもなる。小太刀、両刃剣、更には槍や薙刀や槌、果てはヌンチャクやハリセンに至るまで、状況に応じて使い分けられる変幻自在の武器だ。
無論、そんなことをブボウらが知るはずもない。
更に言えば、腕にはめている何製だかわからない腕輪の方も、特別なアイテムだ。
武器の他の、盾や手甲、魔法発動の触媒など、様々な用途のアイテムを『構成』して使えるのだ。もっとも、何でも作れるわけではなく……制限はあるようだが。
部隊がたじろいでいる間に、アイクは剣部隊の残りを無視してそのまま後ろに翔け抜け、今度は後衛の弓矢・術士部隊と対峙する。部隊はあわてて矢をとるが、アイクは一瞬で接敵すると、矢を射る暇も与えずに先程と同じ要領で剣を振るい、部隊を叩き潰す。
その後方に、先程やり過ごした前衛部隊が迫っていたが、
「光の精霊29柱……集い来たりて敵を射て……」
イオンは静かに詠唱を始めていた。
「魔法の射手(サギタマギカ)・連弾(セリエス)・光の29矢(ルーキス)!!」
発射された29本もの魔法の矢が、イオンを狙っていた部隊に、更にはその後衛として待機していた部隊に降り注ぐ。高威力の魔法弾丸の直撃を受け、2部隊は一瞬で全滅した。
「残りは弓部隊数名、ブボウの近衛兵6名、それと…」
「野郎だけだ!! 一気に決めるぞ!!」
言うやいなや、ガシュシュシュン、という音とともに、節を連結させて刀を元の長さに戻して、アイクが突進する。その前に近衛兵と弓兵が立ちはだかるが、
「闇夜切り裂く一条の光………我が手に宿りて敵を食らえ……『白き雷』!!」
突如横からまばゆい光を放つ電撃が乱入し、弓部隊を直撃する。強烈な一撃を喰らい、声もなく倒れた彼らの上を飛び越え、アイクは『蛇尾丸』をふるう。
横薙ぎに振るった刃はしなやかに伸び、兵達を全員なぎ払う。アイクはブボウに一瞥くれてやると、その眼前に綺麗に着地した。残りの近衛兵は、恐れをなして逃げていく。
「お……おい待て!! 逃げるな!!」
そんなブボウの言葉などに聞く耳持たず、兵たちは入ってきた入り口に姿を消した。
金で雇われているだけあって、いざというときには淡白のようだ。自分の命かわいさに、雇い主を見捨ててさっさと逃げていく。
「あーあ、『武器』が逃げちまったな、おっさん」
「どうします? あなたも逃げては? 今なら見逃してあげてもいいんですが……」
合流したイオンも一緒に皮肉を投げかける。それを聞いて、ブボウは夜会の時よりも更に顔を真っ赤にして振り向いた。額には青筋が浮かんでいる。
「くそっ! あの役立たずどもめ! 全員クビだ!!」
声を荒げてそう言ったブボウは、鈍足で、先程から気になっていた例の『箱』の所へ走り出した。そして、ポケットをまさぐりながら振り向いて、
「もう怒ったぞ!! こうなったら最後の手段だ!! 目にもの見せてやる!!」
言いながらブボウはようやく何かを取り出した。なにやら金色に光っているそれは…
「鍵?」
金色の鍵だった。ブボウはそれを手にすると、箱の一部を手で押した。
すると、隠し扉になっていたのか、その部分が内側に開く。ブボウは鍵を持った手を、その中に突っ込んだ。
「ここに入っているのは、わしがこんな時のために用意した最終兵器だ!! これを使えば、いくらお前らが強かろうと勝ち目はない!! 今度こそ終わりだ!」
「「…………?」」
2人は、負け惜しみか? とも思ったが、ブボウのハッタリには見えない勝ち誇った顔が引っかかった。観客たちも声援が次第に収まり、何が始まるのかとざわめいている。
と、ブボウの方からガチャリと音がした。箱の中にあった何かの鍵を開けたらしい。
異変はすぐに起きた。
ドォン!!
「「「!?」」」
音を立て、箱が内側から何かに殴られたような音が響く。
それが何度も続き、木の箱は次第に変形を始めた。観客は、徐々にその顔に不安をあらわにし始める。ミリスやアリアも同様のようだ。
そんな中、領主エラは一人なにやらいぶかしげな表情をしていた。
と、何度目かの『ドン!』の直後、その表情がはっとしたものに変わる。
「まさかブボウ様、それは……!!」
瞬間、
ドバキャァッ!!
木の箱の天井が粉々に粉砕され、中から……
「「腕!?」」
ブボウのウエストほどもあろうかという太い、しかもレンガ造りの腕が姿を現した。最初は左腕、続いて右腕が飛び出し、次の瞬間その2本の腕は箱を粉々に粉砕した。
中から出てきたものに、場内全てが息を呑んだ。
そこには、レンガ造りの巨大な人形がいた。身の丈は3~4mはあろうかという大きさで、太い四肢に、無骨な作りの顔、頑丈そうな体…そしてその目と思しき部分には、赤い球状の光が宿り、この周りを見渡していた。
「ゴ……ゴーレム……!?」
領主エラがそう叫び、身を乗り出して叫んだ。
「ブボウ様!! それは……その『ゴーレム』は、一般人の所有は禁止されているはずです!! ましてや『決闘』にそのようなものを……」
「うるさい!! わしは『純系』だぞ!? わしがいいといえばいいのだ!! 口出しするな!!」
どうやら、この『ゴーレム』というレンガ人形、所有すら禁止されている兵器類らしい。動揺するエラを怒鳴りつけたブボウは、アイクらに向き直った。
「お前たちさえいなくなれば、この町は再びわしに頼るしかなくなる!! そうすれば誰も文句など言わん!! それでいいのだ!! 行けゴーレム!!」
その声に応えるように、ゴーレムが殴りかかってきた。どうやら、魔法か何かによって動力源を与えられているらしい。主の命令で動くようだ。
愚鈍ながら重量級のその攻撃を、2人は跳んで回避する。直後、2人が今までいた所にゴーレムの拳が着弾し、地面にめり込んだ。
(うお、すげー威力!)
「気をつけて下さい2人とも! 『ゴーレム』は本来は紛争や戦場に投入される、主の命令に忠実に従う魔術兵器です!! さっきまでの兵士とは比べ物になりません!!」
ミリスの叫び声の直後、ゴーレムは助走も無しに跳躍し、向かって右に跳んだイオンを追撃した。イオンはバックステップで、降ってくる拳の乱打をかわしていく。
(確かにまあ力は強いけど、そんなに速くない。これなら…)
そう考えつつ、イオンは単発の『魔法の矢』をゴーレムの胴体に放った。相当な衝撃を与えたはずだが、その胴体には小さな傷とひびが入っただけだった。相当硬い。
「ふん、そんな攻撃きくものか! ゴーレムはレンガの塊が魔術の儀式で命を与えられた戦闘兵器だ!! 魔術全般に態勢を持っている上、本物の戦場で敵兵を蹴散らして進むその力は、通常の兵力にして100人分に値する!! その程度では傷もつかんわ!!」
(いや、傷はついたけど)
言ってる間に、ゴーレムが両腕を振り上げて跳び、アイクに叩きつけようとする。アイクはそれを跳んでかわそうとして、
その瞬間、あることに気付いてはっとした。
ゴーレムのジャンプが高い上に、飛距離が予想以上に長い。
よけるのは難しくないが…このまま腕が振り下ろされると……客席にまで届く!
「くっ!! 風楯(デフレクシオ)!!」
とっさにイオンは風の楯を展開したが、一瞬タイミングがすれたせいで防ぎきれず、楯が破れる。イオンは横に跳んで避け、その拳は客席に直撃こそしなかったものの、壁を大きく抉った。客席にひびが入り、崩れだし、観客は悲鳴を上げて避難していく。
「ゴーレム!! 逃がすな!! 愚民ごとき巻き込んでもかまわん!! 仕留めろ!!」
「な……っ!?」
ブボウの放った言葉に耳を疑うイオン、それに言い返す暇もなく、ゴーレムが追撃を仕掛けてきた。腕を大きく横に薙ぐ。
「ホントに当たるって!! 『風花・風障壁』!!」
イオンは急いでレンガの怪物と観客席との間に割り込み、今度はしっかりと術を発動する。風の障壁がゴーレムの一撃を完全に防いだが…
(やば、もう一発くる!)
もう片方の腕がイオンに迫る。イオンが再度障壁を発動しようとしたそのとき、
「てめ何してやがんだこの木偶(でく)の坊(ぼう)!!」
後ろからアイクが剣を叩きつけ、ゴーレムのバランスを崩した。ゴーレムの体がぐらりと傾く。そこにアイクがさらに渾身の中段蹴り『烈蹴撃(れっしゅうげき)』をたたき込み、その巨体を闘技場の真ん中あたりまで押し戻した。
ゴーレムがゆっくりと起き上がる間に、アイクとイオンはその正面に並び立った。そしてゴーレムを、次いでブボウをキッとにらむ。
その怒れる視線は……己の都合に民衆を犠牲にしようとした外道に向けられている。
「こんの下衆野郎が……もう許さねえぞ……」
「覚悟してもらいますよ。観客の人たちまで巻きこむなんて……言語道断です」
その目には、怒りが宿っていた。
「ほざくなガキ共!! 行けゴーレム!!」
ブボウが威勢だけの激を飛ばし、ゴーレムが再び突っ込んできた。
「てめえこそ……ほざくな……!!」
言うと同時に、アイクはなぜか剣を鞘におさめる。そして右手を天空にかざし、まるでピザ生地を回して延ばすかのようにくるくるとまわし始めた。
直後……その手元に、ピザ生地……いや、高密度のエネルギーが凝縮された円盤が形作られていく。それは高速で回転し、どんどん大きな円盤体になっていった。
しかし、それが完成する前にゴーレムはどんどん距離を詰める。
だがその時、手の空いているイオンがすさまじい速さで接敵した。
その手には……先ほどアイクが装着していたものとは違う、更に重厚そうな金色の手甲が装着されていた。イオンはゴーレムの真上に跳び、その拳を振りかぶる。
「『アースクエイクラムハンマー』!!」
凄まじい威力の拳が真下に放たれ、ゴーレムを地面にたたきつける。ゴーレムの攻撃より重そうなその一撃に、ゴーレムは体にひびを作って地面にめり込んだ。
「ばかなっ!!」
信じられないという顔のブボウ。
その時すでに……アイクの準備は完成していた。
「趣味の悪い遊びは……これで終わりだ……」
頭上に光り輝くエネルギーの円盤を掲げ、凶暴な目をゴーレムに向ける。
そのゴーレムが、地面から体をやっとこさ起こしたその瞬間、掛け声とともにアイクはその円盤を投げた。
「『気・円・斬』!!」
円形をとって飛んでいくエネルギーの刃が、よける間もなくゴーレムの体に着弾する。
同時に、ガリガリガリッ!! という、電気ノコギリが石材を削り斬るかのような音を伴って、その背中側に通り抜け……そして、消滅した。
直後、
ピシ…………パカッ!
「「「!!?」」」
アイクの『気円斬(きえんざん)』によって、ゴーレムは綺麗に左右に真っ二つになった。
もはや動くことのなくなった人形の瞳から光が消え……動かなくなった。直後に、その身に刻まれていた魔術が解けたのか、ガラガラと崩れてただのレンガの塊になる。
あとには沈黙。そして……その主の悲痛な声だけが残った。
「あ……あぁ……」
ブボウが、まるでこの世の終わりのような顔をして、情けなく地べたにへたりこむ。まあ、彼にしてみれば実際そうだといっても過言ではないが。
そのブボウを、構えを説いたアイクと着地したイオンが、鋭い眼光できっとにらむ。
ブボウに……もう虚勢を張るだけの力は残っていなかった。
「ま……参った!! 私の負けだ!! 許してくれぇーっ!!」
その声は、会場中に響き渡った。
今繰り広げられた凄まじいバトルから何から、会場の観客たちはいまいち理解がついていっていないように見えた。領主親子も、ミリスも、ポカンとしている。
しかし、それも一瞬。
次の瞬間、会場全体から今の戦いの轟音に勝るとも劣らない大音量の歓声が上がった。ある者は笑い、ある者は泣いて喜び、またある者は隣の者と肩を抱き合っている。どこを見ても、この戦いで笑顔を取り戻した人であふれていた。
ふと見ると、領主エラ、そしてアリアも、満面の笑みで手を叩いて喜んでいる。
アイクとイオンは入場口から帰路につこうとして、ミリスと目が合った。
ミリスはその目から涙を流していたが、何も言わず、笑ってうなずいた。それだけで、2人は彼女の言わんとしていることがよくわかった。
2人もまた笑ってうなずき返し、歓声を背中に受けながら闘技場を後にした。