Twins Knight Saga ~双子の勇者の転生戦記~ 作:破戒僧
イオンとミリスが兄の来訪に気づいて赤面していたそのころ。
こちらは2人の行為に気づいてはいないものの……そこに程近い砂浜に、もう1人……彼らの仲間である少女が立っていた。
彼女……ユキは、明るい月の光の下、海から寄せる潮風をその身にあびながら、涼しげにそこに立って……ある人物の到着を待っていた。
待ち始めてから数分後……彼は到着した。
「……悪い、遅くなった」
「もぉ……女の子を待たせてどうするのよ。呼び出したのそっちでしょ?」
いつもどおりの軽口で、ユキは遅れて砂浜にかけてきたウルカに文句を言う。
今のウルカは……仕事着なのであろう、タンクトップのシャツに皮のベスト、それに丈夫そうなズボン……ちょうど、あの地下牢にいたころに着ていた服の色違いだ。
走ってきたのだろう、僅かに息を切らしながら……ウルカはゆっくり歩いて、ユキと向かい合うように立った。
その目には、複雑に絡み合った……いろいろな感情が見て取れる。
「それで、話……って何?」
ユキは、潮風で少しゴワゴワし始めた髪を指ですきながら聞く。
「……まず……謝る。ごめん」
それに答えて……ウルカは頭を下げた。腰は90度、誠意も本物。
何のことかと言うと……
「そっか……じゃあ、聞いたのね、イオンから」
「……ああ、イオンさんが、全部……説明してくれた」
……何のことを言っているのかというと……話は、数時間前……イオンがまだ、真珠の養殖場所に行く前の時間にまでさかのぼる。
イオンが……彼に、命を縛る封印をかけた時のことだ。
☆
裏付け捜査も終了させた上で……イオンは、この事件の真相をつかんでいた。
ゲリックとバリゲ卿が黒幕であったということは言うに及ばず……その裏に隠された……ウルカが巻き込まれるにいたった理由のことだ。
この事件のキーポイントは、2つ。
1つ目は……漁獲高の減少と真珠の品質の下降という、2つの財政的問題点。
もう1つは……ウルカがこの計画に必要だった理由だ
まず1つ目……この2つは、実は……ゲリックの手によるものだったのだ。
手口としては、なんのことはない。警備の手薄になる時間を調べて……そこを狙って盗賊達に『密漁』を行わせ、漁場の魚の数を減らしていたのだ。そうなれば、当然漁獲高は下がってくる。そしてもちろん……密漁で取った魚の利益は、自分の懐にしまっていた。
真珠の品質については……本来は使われない、真珠の生成が早くなる代わりに品質が落ちる飼料を、品質を偽って、真珠貝に与えていたのだ。
これには理由がある。もともと……品質の悪いものをブラックマーケットで高値で売ることが目的の1つだったのだ。品質が下がろうが、多ければ多いほどいい。
そしてもう1つ……保険金をなるべく多くせしめるために、より多くの真珠を収穫する必要があったのだ。そのために、品質を犠牲にして成長を早めていた。
この2つの『天然原因による財政被害』……これが、ウルカが参加した動機。しかし、実際には……オールが私財を削っていたなどと言う事実も、数年後には財政破綻まで追い込まれるだろう……などという事実もない。全くのでたらめだった。
ウルカは、現実の状況を操ったゲリックに言葉巧みに踊らされていたのだ。
そして、もう1つ……ウルカが必要だったことについての理由。
ゲリックはこの事件以降、今度はウルカが将来握ることになるであろうルートをつかって不正を働き、利益を得ようと画策していたのだ。
才能のあるウルカだ、いずれオールから……このアシルスにかかわる全権を委任される。そうなれば、犯罪歴という絶好の弱みを握っているゲリックは……また言葉巧みにウルカを先導し、不正な取引に走らせることができる。
というか、今からでも……ウルカの名前を出して信用を得れば、行える取引は山ほどあるのだ。その意味でも、そしてもともとウルカが生還するはずだったこの計画でも、あらゆる意味での信用を強固なものにするために……ウルカは必要だったのだ。
すなわち、ウルカは結局のところ……己の利益のみを欲したゲリックに、1から10までだまされていた、ということになる。
ウルカはそれを……昼前にあったイオンから、証拠の書類も交えて聞かされていた。
「そんなことにも気づかなくて……ユキをあんな目にあわせて……ごめん」
「……うん。反省してるなら……私は別に気にしないわ」
ウルカがこの計画に賛成していたのは……村を救うため、という大義名分があったからだ。それが失われた今……心に残るのは罪悪感のみ。
この事実は、まだアイクとイオン、ユキ、そしてウルカ本人しか知らない。
全てユキの意向だ。あんな目に遭わされておきながら……ユキは、ウルカが何も知らなかったことを考慮し、反省してくれるなら……と、真実を胸中に葬ろうとしていた。それで……彼が今後、強く歩んでくれるなら、それでいい……と。
「……私もこの村、大好きよ。だから……ウルカ君、これからは、この村を……今度こそ、正しい方法で守っていってね」
「……待ってくれ、まだ話……終わってないんだ」
と、ユキが締めようとしたその時、ウルカは……はっとしたように大声を出した。
きょとんとするミリスの目には……なぜか、真剣そうな目つきになっているウルカの姿がうつる。その瞳には……覚悟や負い目、悲しみなど……様々な感情が見て取れた。
そのウルカは、少し言いよどみながら、
「その……ユキ、お前に、もう1つ……話があるんだ!」
「…………?」
そしてウルカは、決心したように言った。
というか……叫んだ。
「こんなこと、言えた義理じゃないけど……俺、前から……お前のこと、好きだった。お前が……アシルスに来た、すぐの頃から……ずっと、好きだったんだ」
「………………」
ぽかん、と口をあけて聞いているユキ。
はっきり言って……今の状況には似合わない言葉だろう。
しかし……ウルカの目は、皮肉なことに、どこまでも真剣に見えた。
「巻き込んじまったことも、地下牢で……お前に乱暴したことも、許されることじゃない。こんなこと……言うのもおこがましい、と思ってる。けど……俺、その気持ちにだけは……嘘はつけない……」
「………………ウルカ君…………」
何も聞こえないかのように弁舌するウルカの脳裏には……ユキに始めて出会ったころの記憶がフラッシュバックしていた。
漁村に生まれ、男社会に育ったウルカ。当然……職場も家で、漁業に携わる男達に囲まれて育った。女もいたが……会う女は皆が皆、その男達と渡り歩くだけの気風と恰幅のいい、男勝りの女が大半だった。
そんな中、突然村にやってきた……身元もわからない謎の少女。それがユキ。
見た目にも、中身にも可憐でありながら……むさくるしい男の職場にも怖がらず、物怖じせず……逆に積極的に交流を持っていた。
無論……自分にも、遠慮ひとつなく話しかけてきてくれた。
女らしさを感じる彼女の、そんな新鮮な衝撃に……ウルカの心は、次第に夢中になっていった。
「ホントは俺……全部上手くいったら、お前に……この村に帰ってきて、一緒に暮らさないか……って言うつもりだったんだ。……今となっては、そんなこと……言うつもりもないし、言えた義理じゃないけどさ……」
「……ウルカ君……」
「でも……それでも、これだけ、ユキには聞いておきたいんだ……ユキ、今お前、幸せか?」
真正面からユキの目を見据えて、ウルカはたずねる。
ユキは知らないが……イオンから『律する小指の鎖』による制約を受けている身であるウルカは、ユキに対して恋愛上の働きかけの一切を禁じられている。
それでも……それに抵触しかねなくとも、ウルカはそれを聞いた。
「言っちゃ悪いけど……愛人っていったら、体だけの……関係をさしてるわけだろ? いくらユキが、あの2人のこと、幼馴染で好きだからって……いや、好きだからこそ……そんな扱い、つらくないのか? それでも……愛人でも、ユキは幸せなのか?」
……それを聞いたユキは、
はぁ、とため息をつきつつ、
「勘違いしてるみたいだから言うけど、私、別にアイク達の愛人とか、体だけの関係とか、そういうんじゃないからね? 普通に付き合ってるだけよ」
「え? つ……付き合ってる……? で、でも……あの日、セックスしてたじゃ……」
「そりゃするわよ、恋人なんだもん」
「こ、恋人!?」
けろっとしているユキとは対照的に……目を見開いて、ウルカは驚愕している。
「そ、恋人。愛人じゃなくて」
「じゃ、じゃあ……ユキはアイク様の恋人で……アイク様としかヤらないのか?」
「いや? 別に……イオンともヤるけど?」
「ちょっ……じゃあやっぱり愛人じゃないのかよ!?」
「恋人よ。ただ……そうね、彼氏が2人いるだけ」
「彼氏が2人って……そ、その時点で普通じゃないんじゃ……」
とんでもないことを聞かされて狼狽しているウルカは、対応するような返事を返すので精一杯だ。
それに対して、ユキは……やはりというか、寸分のあせりも何も見せていない。
むしろ、何もわかってないんだから……とでも言いたげなため息と共に続ける。
「呼び方が気になるって言うんなら、別にどうとでも呼んでくれていいわよ? でもね、少なくとも……私も、アイクとイオンも、お互いのことを本気で愛してるし、恋人として接してる。構図はまあ……世間一般から見たら、普通じゃないかもだけど」
「お……お前……それでいいと思ってるのか?」
「いいじゃない。私……アイクもイオンも、どっちも好きだもん。どっちかなんて選べないし……だったら、両方恋人でいいじゃない。それでみんな納得してる。第一……好きな人は1人じゃなきゃいけないなんて法律、どこにもないでしょ?」
倫理観で考えれば、大いに問題のある発言なのだろうが……心根から言っているという風に聞こえるユキの弁舌に、ウルカは不思議と言い返せなかった。
それほどまでに、ユキは自然に言い返してくる。
「い、いや、でも……」
「それに、前から言いたかったんだけど、私は……」
と、それをさえぎってユキは、
「愛人もちでも、ちゃんと信念を持ってる人のほうが……自分のやることに責任をもてない人より、100万倍好きだと思えるよ」
「えっ……?」
今度は、打って変わって静謐な目で見返してくるユキ。それも……辛辣な言葉とともに。
その視線に、ウルカは黙った。
「ウルカ君の……アシルスを思う気持ちは本物だし、立派だと思うわ。でも、だからって……こんな方法、間違ってるじゃない」
「そ、それはでも……他に方法がなかったからで……」
「あったわよ。知恵を絞って、商品が売れるように宣伝とかの工夫を考えたり……新しいルートを探したり……いくらでも」
「で、でも……そんなの、大変過ぎるだろ……。時間もかかるし、面倒だし……」
「はい、その考え方、0点」
「な……っ!?」
「あのねウルカ君、小学校……ああ、この世界だと学院? そこで何勉強したの?」
ユキ、再び嘆息。
「今更こんなこと言いたかないけど、お金を稼ぐって言うのは、きっちり費用対効果が成立してるものよ。1万ドル稼ぐのは1ドル稼ぐ1万倍大変なの。それを捻じ曲げようとしたら、必ずしっぺ返しが来る……って相場は決まってるものなの! 仮に村のためにお金が必要にしても、きっちり全うな方法で稼ぐべきだったのよ!」
「そ、それは……」
「大体……こんなことしたら、その尊敬してるオールさんに顔向けできないでしょ?」
「…………っ!!」
見事に核心を突かれたらしい。
何も言い返せず……ウルカはがっくりと膝をつく。
「……何かをするには、その後に何が待ってるか……きちんと考えなきゃダメよ。そうしないと、下手すれば……多くの人が、1人の軽率な行動で悲しむことになるんだから」
「……そう……だな……」
自分のやったことを、改めて見返しているのだろう。ウルカは……その声を、先程までとは打って変わって静かなものにしていた。
自分のとった行動が、いったいどれだけ軽率だったか……下手をすれば、自分が守りたかったはずの、大切な人をも、自分で傷つけることになっていたかもしれない……。いや、もう傷つけてしまっている……。
それを諭され……認識してしまった今、ウルカに言えることは何もなかった。
そして……わかってしまった。
完全に……自分の負けだ……と。
「……バカだな、俺」
「ん、大バカね」
「はは、厳しいな……けど、その通りだよ。村のためとか何とか言っといて、正味……自分が通すべき道が何も見えてねえんだ」
沈んだ声だが……どこか、すっきりしているような声だ。
まるで……自分の中にくすぶっていた、自分もよくわからなかった疑念が晴れたかのようだ。案外……そうかも知れないが。
きっぱり……とまではいかないが、ウルカは気持ちを決めてすっくと立ち上がった。
「……本気だったんだけどな……この気持ちだけは、さ」
「本気じゃなかったら怒ってるわよ。あんなことまでして……」
「うっ……すまん……」
その声に、本気の申し訳なさはきっちり感じられる。
しかし……気まずさはなく、聞いていて重くない、安心できる響きだった。
「……でも、今こうして話し合えて……よかったよ」
「何で?」
「……ユキが今、ホントに幸せなんだ、って……わかったからさ。俺なんかより、ずっとすごい人たちの所で……本当に好きな人と、一緒にいて……」
「……ありがと。あ、でも……」
と、ユキは思い出したように言って、
「私とセックスした思い出は……まあ、夜のお供くらいには使ってくれていいわよ?」
「ちょっ、お前……」
ずるっ、と危うくずっこけそうになるウルカ。
見れば、ユキの顔は……本当にすっきりした顔になっていて、別に何も他意があるわけでもない、と……容易に見て取れた。どうやら、この件に関して、これ以上何か問題にするつもりは本当にないらしい。
と、いうことは……今のセリフは、彼女なりのアイスブレーカー……というわけだ。
やれやれ、とウルカもため息混じりだ。
そんな、猥談を含めた他愛もない雑談を……2人は、互いの腹の虫がなるまで続け、村に戻ったのだった。
かくして、この潮風吹き付ける月の夜をもって……少年ウルカの初恋は終着を迎え、
その相手であるユキは……その翌日、全ての仕事を終わらせた後、アシルスの皆に見送られつつ……アイク達と共に、フローネへと帰還するに至り、このアシルスでの戦いは……真の意味で決着したのだった。