とある提督が鎮守府に着任しますた 作:へんたいかがくしゃ
ハァ……犯罪の香りしかしねぇ……。
心の中で途轍もなく大きなため息を吐きながら、見習いたいほどに行儀良く湯呑みをすすっている少女を見る。
取り敢えずのところ、新しく着任した提督だということも伝えたのだが、勢いだけで提督室に呼んでしまった自分が度し難い。
喋る話題もなければ、こういった年代との会話というのはしたことがない。
というか、空気が重くて物凄くつらい。
加えて、妙に行儀正しいことが余計に自分の心を抉ってくる。
他の提督というのがどれだけ凄いのかが解ったような、解らないような気分であるが。
配属されて一日目にやったことが基地内の探索だと言えば、流石に体面が悪い。
読むのも面倒だが、先ずは資料に目を通すことにしよう……え、申請書?
ペラリと紙を捲る。重要文章であろうその申請書の内容を読んでみれば。
配属された新任提督のために秘書艦を頂けたらしく、申請は明日までのようだ……確認しておいてよかった。
もう一枚めくれば、艦の全容と名称がそれぞれ記載されており……何故か漣の説明欄だけが小さいのは仕様だろうか?
そんなことは気にせず、取り敢えずは申請書の内容をもう少しだけ詳しく読み。
部屋に備え付けてある電報を手に取り、目的の番号に発信する。
文章の最後に「ナウ」という特殊電文を忘れずに記載し、直接本部の方へと打電すれば。
返信はやっ!?という感じに了解の意味の電報が届いた。
「……もしかして、本当に新任なのかい?」
いきなり声を掛けられてしどろもどろになりそうになった。
えっ、というよりはヒィ、という意味が強かったが。
「あ、ああ……初めて着任したばかりだ……出来れば色々と教えてほしい」
「了解……また一人になったワケではないんだね」
「……?」
気に掛かる物言いだったが、一先ずのところは資料を確認するべきだろう。
任務、建造方法、さらには工廠の使い方などなど。
兵舎や島内にあった和食レストランなど、様々な使用方法が事細かに書き連ねてあり。
確認してから島内を見回りすべきだったなと、心の中で溜息を吐く。
一頻り資料を確認し終え、いくつか記入しておく書類を整理しながら顔を上げると、湯呑みを置いた少女が机の前に立っていて。
「私がやるべきことはないのかい?」
書類を全て読み終えたのを見計らったようにしていて。
少しばかり面喰う破目になったが、少しばかり逡巡して。
「いまのところ、今日は特にない……呼び立てて済まなかった」
実際、自分がやることは山のようにあるが。
それをこの少女に任せてしまうというのには抵抗がある。
小一時間ほど眺めていても飽きはしないだろうし、近くに誰かいてくれれば仕事が捗るだろうが。
そんなワガママばかりを言っているヒマがあるなら、今すぐ書類を処理するべきだろう。
そう思い、ボールペンで様々な文章を記入していく。
健康状態、基地情報、その他諸々……。
って……あれ?
「……どうかしたかい?」
なんでまだそこに居るのだろうか。
自分としては、てっきり部屋に戻るのだと思っていたのだが。
嫌そうな顔一つせず、こちらの作業を眺めているのだった。
「いや……そういえば、名前を訊いてなかったと思ったんだ」
……どうにか誤魔化せたかと思う。
だが、気になっていなかったといえば嘘になるだろう。
すると、眠たげだった彼女は忘れていたと言わんばかりに驚いた様子で。
「響だよ、その活躍ぶりから不死鳥などの通り名もあるよ」
……噴いた。
決してバカにしているわけではないのだが。どうにも可愛らしいというか、愛らしいというか。
普通、こういうのは男から名乗るものだったな、と思い起こしながら、遅まきの自己紹介をする。
「俺は……そうだな、神矢康市だ。元海上自衛隊元帥、神矢宗治郎の息子だ」
だが彼女は、そんな俺の自己紹介に、少しばかり気落ちした顔をした。
……いや、本当は知っているのだ。
この泊地は、元々は自分の親父が勤務していた島であり。
退役する直接の原因を被った、いわくつきの日本領地であることは、重々承知であった。
そこにもし、誰かが残っているのだとすれば。
それは詰まり、自分の親父が遺した切り札か、何らかの手違いとも考えられなくもないが。
これもある一種の、切っても切れない腐れ縁というヤツだろう。
「宜しく頼む……俺は新米だがな」
俺が差し出した右手に、彼女は戸惑いながらも握手を返してくれた。