とある提督が鎮守府に着任しますた 作:へんたいかがくしゃ
「これで幾つの緊急海上交通路が麻痺したのだ!?海域、空域すらもヤツ等に奪われ放題ではないか!?」
そう円卓の向こう側から野次を飛ばしたのは旧海上自衛隊に所属していた、小太りの退役中佐だった。
今は存命していない神矢元帥の代わりに、という題目でこの席にいるわけだが、政府側としては傀儡にする気は満々だろう。
しかし、意見を出しても問題はないというのもありがたい話で、妙に上層、引いては同期からの支持率が多い。
単に血筋を大事にしている日本人らしい……という意味でもなく、それだけ信頼は高いということだ。
まあ、間違えたことを言わない人間なぞいないが、少なくとも下手に出ることは言わないが。
「何だと!退役した老骨めが痴れたことを!」
そして同時に思うのだ、どうしてこう、わざわざ古めかしい言葉遣いの人間が多いのかと。
確かに、自分以外の人間の大半は40代程度の少佐階級の人間であり、参謀長官になれる猛者だっているのだ。
新たに陣形を考え出すという独創性とその効率性、艦娘の運用率を大幅に上昇させた提督だって臨席しているが。
恐らくこの場で、最も目覚ましい戦果を挙げていないのは新米の自分だけだろう。
たった昨日に配属されたばかりであるが、それならせめて近海付近を掃除すればよいのだが。
あちら側の手違いのせいで、こうして会議に出席させられている始末なのだから、本当に溜息を吐きたくなる。
「仲間割れしている場合じゃないでしょう!?今はどうやって貿易網を復興させるかで……」
「では本当にあの艦娘とやらが機能しているのか!?」
とまあ、こうして言い争っているのだ。
実質、艦娘の正式運用……言うなればその非科学性を、誰一人として言及しないのには理由があり。
それこそが上層部のみが握っている、知りもしたくない侵略政治というヤツなのだろうが。
はっきりいって今は帰らせてもらいたいものだ。
いや、完全に私論に持ち越されているあたり、この会議に出席している提督とて一枚岩ではない。
あの退役したご老体は……「ひのえ」と呼ばれる最新型護衛艦の艦長を務めていた人間だったのだ。
深海勢力と呼ばれる敵の出現により、武力を持たざるを得なかった日本が誇る最強の戦艦、大和の次世代型とも言われていたが。
相手側の容姿は、それこそ人間や鮫といった生物と全く同じほどまでに小柄で、目視での発見が難航し。
結果として、旧海軍は滅亡。合計4時間にも及んだ砲撃に「ひのえ」は轟沈したのだ。
貴重な資源を無駄にしたわけではなく、敵の姿を知ることになった自分達には、それが無駄だとは思わないだろうが。
例えそれが海軍の元将校や元帥であろうと、『敵の姿』を教えることは重大な軍規違反とされているのだ。
その理由ははっきりとはしていないし、考える気すら失せてくる。
それはそれとしても、言い争いはエスカレートする一方だ。
こういう対処を、自分の親父がやっていたのだとすれば、その心労が窺える。
新しく元帥となるべく人間は多いと聞くが、親父よりも凄腕の元帥は居ないとすら聞く。
単なる面白半分の噂なのか。それとも、本当の意味での凄腕だったのか。
真実は全て闇の中……だがその責務だけは、今度は自分が背負ってやらねばなるまい。
……よくよく考えてみればわかることだが、こればかりは日本国民が認めたくはないだろう。
今、この場に集まって意味もなく討論をしているのが、人類最後の希望であり。
その平和というのは、艦娘という名の少女たちの上で成り立っているという事実と。
考えすぎかもしれないが、もしかすれば……本当の敵は何か、別のところにいるのではないかということに。
誰一人として疑問を持たず、誰一人として考えもしない。
兵器を持っているという事実そのものを、誰一人として認識していなかったのだ。
たった一人の新米提督を除いて、だが。
※
ようやく長かった会議も終わり、痛む尻をさすりながら軍港へと向かう。
途中、何度か声をかけられたりもしたが、誰もが一貫して親父の話をすることはなかった。
顔も知らないような同期とも会ったが、流石に挨拶をする気は起きない。
海軍学校を出てここのところ、実のところ友人というのは数えるほどもいない。
それは自分が、海軍元帥の息子という地位にいるからではなく、指折りの成績優秀者だったからだろう。
白い眼で見られるのには慣れている。後ろ指をさされるのにだって、もう慣れてしまった。
今さら思えば、自分は本当に一人ぼっちだったのかも知れない。
母親をすぐになくし、頼みの父すらも、その後の事故で他界……一言でいえば不幸ってヤツだ。
……もしかすると、そのせいもあるのだろうか。
泊地に着任して真っ先に響のことを探そうと思ったとのは、単に昔の自分を重ねてしまったのだろうか。
あの意味深なセリフを考えるに、親父の遺言か、それとも加担していた仲間であることには変わりないだろう。
いやしかし、本当にただの手違いでしかない可能性だって否定することはできない。
それが噂であれ何であれ、本人に問い質す以外にその本質を探ることは出来ないのだし。
……そうやって無駄に考え事をしていたせいか、間もなく軍港に着いていた。
「失礼します」
少し気疲れが窺えるような挨拶になったが、特に不審がられることはなかった。
そこには例の案内係―――階級はたしか大佐だったはず―――が薄く笑いながら立っていたのだ。
「どうだい神矢提督、あちらは慣れたかい?」
そうやって気さくに話しかけてくるが、まあ胡散臭い。
相手はいわゆる伊達男というヤツで、どうにも個人的には好かない……というのは冗談として。
着任して早々で慣れるはずもない、と薄く笑いながら首を横に振った。
「今日の用は……っとそうだった、艦娘の受け渡しだったね。もう少し歩くから付いてきてくれ」
と、踵を返してさっさと向かっていく。
どうやら任された仕事はさっさと終わらせてしまわせたい性格らしいのは昨日から知っている。
ただ、理解していると言っても、身体は簡単には付いて行かないというのが実情だが。
「いやはや、今日は見苦しいものを見せてしまったね」
そうやって切り出してきたのは今日の会議のことだったのだ。
確かに、色々と面倒そうではあるし、あれが人類の希望を託すに値するのかと言われれば……反対もしたくなる。
「いえ、そんなことはありません……勉強になりました」
世辞でもそう言っておくのが上下関係において大事だったりもする。
多分、この人物はそういった解答を望んでいる訳ではないと思う。
この業界ではできるだけ敵を増やしたくはないが、既に同期から恨まれている始末だ。
こうなったら開き直って助けを乞うでもなく、誰が敵なのかをハッキリさせるほうが手っ取り早い。
「ここだけの話、私達がやっていることは実のところ、規模がとても小さいんだ。艦娘と呼ばれる新たな希望が生まれたとはいえ、その能力自体は未知数……そして、彼女たちにはある戦争で受けてしまった感情がある」
「……?どういうことです?」
ある戦争……それは自分でも知り得るところだ。
この軍港内ですら何故か言葉を濁されるが、この大佐は何を知っているのだろうか。
いや、大佐だからこそ、様々な資料を覗き見たことがあるのか……?
「……彼女たちは、引いては艦娘たちというのは、第二次大戦期に使用された日本の軍艦であり、そのほとんどが轟沈している……それは詰まり、何を指し示しているのかが、キミには解るはずだ」
「……なるほど、だからこそ曖昧にされるのか」
艦娘に感情があるとすれば、それは引き金をひく時の重さにつながる。
新たに出現した深海棲艦と呼ばれる敵……その艦には艦娘同様に人型の物もあるという。
……考え過ぎだろう。
単純に、その因果を受け継いでいるだけだと考えてやる方が合理的だ。
何も解らない段階で答えをだすのは、それこそ愚行というものだ。
「……さて、彼女が君の望んだ艦娘の電だよ」
そこに居たのは、響と同じくらいの背丈をした、可愛らしい栗毛の少女だった。
「ぇっと、電です。どうか、よろしくお願いいたします」
当然のように悩殺されたであろう提督の姿がうかがえる。
ある意味認めたくはなかったが、疲れていてよかったと思った瞬間でもあった。