とある提督が鎮守府に着任しますた 作:へんたいかがくしゃ
一面に広がる海と潮の香りが心地よく白銀の髪を揺らす。
そんな久しぶりの海に、彼女はどこか懐かしく感じていたのかも知れない。
波と波とがせめぎ合う漣の響きは、しかし心に癒しを育んでくれるはずもなかったのだろう。
彼女にとって、その戦地は復讐の場ですらない。
それは彼女が優しいからこそ、という大義名分があるわけでも、そこに理性があるからでもない。
もっとも単純な話、彼女が忌み嫌っていたのは―――彼女自身だったからだろう。
それを現実的に言い表すのだとすれば、人情とでも総称することが妥当かも知れない。
だからこそなのだろうか。
彼女には自分が守れなかった存在が、重く
提督、そして電。
全てが因果だと言うなら彼女にとって、これは懲罰や極刑に等しいだろう。
単なる自己嫌悪というのはそうして積もり積もっていく。
それは彼女自身が無意識の内でもあり、彼女自身が確認できている内もまた然り、だ。
彼女は既に、大切な物を失い過ぎてしまっているのだ。
※
『あ、あー……聞こえてるか?」
波が寄せあう漣の音に混じり、ノイズが含まれている無線から提督の声が聞こえた。
嫌なことばかりを連想させてしまうそんな情景のせいか、考え込んでしまい、
「感度良好、問題ないのです!」
旗艦である自分が応じるでもなく、うわー!、という感慨深げな電が返答していたのだ。
……不死鳥と呼ばれたはずの駆逐艦も墜ちたものだ。
だが結局、その名はある意味―――侮蔑の意味合いの方が多いのだろう。
修理ばかりで戦場に立つことが出来ず、そのせいで……
「……き、響!大丈夫なのです!?」
「あ……ああ、済まないね」
いや、今は考え事をするような場合ではない。
幾ら近海付近に出没している深海棲艦があまり強敵ではないとしても、こうして油断するのは命取りだ。
「―――不死鳥の名は伊達じゃない、
自分を鼓舞するためにも。
仲間を、姉妹を失わないためにも。
こうして再びこの場に舞い戻ると決めたのは……他でもない自分のはずだ。
失わないために―――もう、悲しまないために。
例えその先に行きつく場所が、地獄であろうとも。
きっとそれでも、自分は許容するだろう。
「司令官、状況を」
『ああ、そこから北北西に数十キロ先の位置に敵棲艦の反応』
「了解―――電、征こう」
せめて電探が欲しいところだったが、そんな贅沢を言ってはいられない。
注意深く視察を繰り返し、禍々しく捻じ曲がったような、その独特の
「敵を視認したです!電、魚雷装填です!」
単横陣の状況を考慮しながら、電が酸素魚雷を放つ。
敵が何かに気づいたのか、こちらを粘つくような視線で捉え、そこで着弾。
しかし、僅かに狙いが逸れたのか、轟沈までには至らなかった。
「さて、やりますか」
主砲を構え、移動を極力抑えながら念じるようにして発砲。
続けざまに第二射をやや後方に向けて発砲、一射、二射目ともに着弾を確認。
「す、すごいのです……」
そんな賞賛の言葉を聞き、どこかに怪我がないか、念入りに電のことを眺める。
自分の怪訝な視線に反応したのか、少し困ったような笑顔を浮かべていたが。
「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」
電に告げるように、そう呟く。
やはり、気を張り過ぎているのかも知れなかった。